31.命令
自室に戻って窓の鍵を開けた。
錆びているのか、固かったが何とか動いて解錠できた。
外から、ジジババが驚く間抜けな声が聞こえる。もう点火したらしい。
窓は開けられなかった。
桟に分厚く積もった埃や虫の死骸が詰まって固まり、窓はびくともしなかった。
折角のメイドさんのアドバイス「掃除する時は窓を開ける」は、実行不可能だった。
何の為に徹夜までしたんだ……オレは……
雨戸どころか、窓すら開かない暗い部屋で、オレは今まで何やってたんだろうな。
「優一さん、おはようございます」
メイドさんの声に心臓が止まりそうになったが、足下を見て落ち着きを取り戻した。
戸口から見える位置にヤバい物はもうなかった。
振り向くと、全開のままの戸口には、ゴミ袋を被せた段ボールを抱えたメイドさんと、女騎士の双羽隊長が立っていた。
「室内の全ての電化製品のプラグを抜いて下さい」
双羽隊長が淡々と命令する。
隊長の横には、水の塊が浮いていた。
確かに一晩中掃除して汚れてるんだろうけど、部屋まで押し掛けて、オレを丸洗いする気かよ。
「あの、優一さん……電源……」
メイドさんの声でようやく気付いた。
オレに命令してたのか。
てか、電源関係なくね?
「は? いや、何で?」
「通電した状態では故障する惧れがあります。私は構いませんが、貴方は困るのでは?」
「は? いや、いやいやいや、故障って、なっ何する気だよ?」
「部屋を丸洗いします」
双羽隊長が冷たい声で答えた。
廊下、トイレ、洗面所、風呂、玄関、階段、台所、居間。
あれ全部、双羽隊長の丸洗い魔法かよ。
「壊しても構いませんね?」
「いや、いやいやいやいや、待て、待て待て待て、まだ、まだだ、まだダメだ!」
マウスをぐりぐり動かしてスリープを解除、ブラウザを閉じてパソコンをシャットダウンする。
焦っているせいか、湯沸かしポットを抜く時に、まだ電源を切っていないモニタまで抜いてしまった。
落ちつけオレ!
シャットダウン待ちの間に学習机のゲーム機群のタコ足と薄型テレビのプラグを抜いた。
エアコンのリモコンはどこだ?
捨てた? いや、さすがにそれは……
あった!
リモコンは本棚の中、DVDの上で埃を被っていた。だが、電池が切れているのか、全く反応しない。
「クソッ!」
学習机によじ登って直接、壁の天井付近にあるプラグを引っこ抜いた。
電気……後は……電気……プラグ……電気……蛍光灯だ。
紐を引いて灯を消すと、部屋は真っ暗になった。
廊下の灯で、二人のシルエットがくっきりする。
ボリッ、ビリリッ。
双羽隊長が、メイドさんの持つ段ボール箱の蓋を破り取る。斜めに細く裂けた紙片を手に、双羽隊長が何かブツブツ言うと、紙片の先が明るくなった。
隊長は、その光る段ボール片を無造作にオレの部屋へ投げ込んだ。
段ボール片は、灯を消した部屋にモニタの光くらいの明るさをもたらした。
「天井のプラグも抜いて下さい」
双羽隊長の口調は、言葉こそ丁寧だったが、どこまでも冷たい「命令」だった。
言外に「さっさとしろよ、ヒキニート」と言われているような威圧感と「殺すぞ、コラ」と恫喝されたかのような恐怖を感じた。
同じ国の魔女なのに、メイドさんとは大違いだ。
殺されない内に、学習机付属のキャラ椅子を蛍光灯の下に持って行く。
光る段ボール片を拾って、ジャージのウェストに挟んだ。




