03.六人家族
先週はこうじゃなかった。
洗面所と脱衣所、風呂場にも物がなく、隅々まで磨き上げられたように輝いていた。
勿論、元はそうではない。
先週までは廊下、トイレと同様、大量の在庫と不用品と灰色の綿埃が積み上がり、天井からは黒い埃にまみれた蜘蛛の巣が垂れ下がっていた。
水場だからか、虫の種類も豊富だった。洗面台の引き出しは、化粧品等の試供品が溢れ、閉まらなくなっていた程だ。
今は、何もない。
脱衣所には、脱ぎ散らかされた衣類もバスタオルもなく、ネズミに齧られた石鹸もない。
鏡の前には、新品と使い古しの歯ブラシがごちゃ混ぜに入った茶筒の代わりに、プラスチックのコップにパッケージに入ったままの歯ブラシが立ててあった。
コップ五つに歯ブラシ五本。
家族の人数分には足りない。
オレ、ジジイ、オヤジ、ババア、異母弟の賢治、異母妹の真穂で六人だ。
後妻で賢治と真穂の母・美波は、随分前に入院して、それから実家に帰ったとかで戻って来ない。
「実家に出戻っていても正式に離婚していなければ、世間で肩身の狭い思いをしなくてもいいだろう」と言うオヤジ達の配慮で、離婚届にサインはしていない。
毎年、遠路遥々、離島の実家まで出向いてやり、身体を壊して出戻ったダメ嫁に子供の顔を見せてやっている。
ジジイの見立てでは、離島育ちの田舎漁師の子だから、ウチみたいな由緒正しい豪農の嫁は務まらなかったのだろうとのことだ。
ウチの財産目当てですり寄って、軽い気持ちで分不相応な結婚なんかするからこうなる。ちょっとはこっちの迷惑も考えろっつーの。
ババアは「片親になったら子供らが可哀想」と、ひたすら異母弟妹に同情している。
先妻であるオレの母・晴海は、オレが七歳の時に行方不明になった。そのせいでババアは異母弟妹に同情しているのだろう。
オヤジは七年後に失踪宣告をして、美波と再婚した。
近所の下衆共は、オフクロが男を作って駆け落ちしたと噂した。
顔見知りばかりの小さな集落なので、大人たちの噂話は、小学生のオレの耳にも当然、入ってきた。
オレは「これだからアバズレの子は……」と言われないように必死で勉強した。医者になってこの無医村で開業して、あいつらの生命を握ってやる為に。
由緒正しい豪農の跡取り「山端優一」の名の通り、優秀なオレは小中高と常に学年トップだった。
大学受験が上手くいかなかったのは、直前まで無学なジジイに農作業の手伝いをさせられたのと、三歳児だった賢治がうるさくて、殆ど勉強時間がなくなったせいだった。
翌年、四歳になった賢治が、隣の矢田山市内にある私立の保育園に通い始めてやっと静かになると思ったら、真穂が生まれた。
昼夜を問わず泣き喚くから、勉強どころじゃなくなり、このクソ田舎には予備校なんて気の利いたものがなかったから、教科書改訂の後は完全に受験勉強から取り残されてしまった。