23.衣蛾!害虫!
「優一さん、虫食いの穴が開いた服はどうなさいますか?」
「は? いや、え? 虫……?」
メイドさんの手には、腹の部分に一円玉サイズの穴が開いたダサいTシャツがあった。ババアが去年、ショッピングセンターで買ってきた安物だ。首の部分も伸びきっている。
「いや、いらない。処分しといて」
「かしこまりました。では、他の物もそうさせて戴きますね」
「いや、あー、いいよいいよ。そうしといて」
服の袋詰め作業に戻る。
汚パンツはさっき貰ったゴミ用ゴミ袋へ、それ以外は今貰った服用ゴミ袋へ。どっちも同じ黒ゴミ袋だが、記憶力のいいオレは間違えることなく、バンバン入れた。
第二の服袋をメイドさんが待つドアの前に置く。
「穴が開いていない服は三着だけでしたが、他は全て処分しても宜しいですね」
「は? いや……えぇっ?」
「虫に齧られていない服は、三枚しかありませんでした」
「は? いや、えー……虫、居るの? この部屋に?」
足下から背筋まで、ぞわぞわと鳥肌が立った。
「はい。衣蛾やヒメマルカツオブシムシ等、衣類を食害する虫がいるようですね」
何それ怖い。
「如何なさいますか? 先程の服、本当に全て焼却して構いませんか?」
「いや、いやいや、いらない! 捨てて、それ全部捨ててくれ!」
「かしこまりました」
メイドさんの背後には、パンパンに膨らんだゴミ袋があった。
あれ全部、虫の餌食になった服か……
じゃあ、ベッドの上のも?
つか、ベッドに載せた時点で虫もベッドに移動してねぇか?
マジ、今夜寝る場所ないの、オレ?
絶望で膝から力が抜けそうになったが、メイドさんから新しいゴミ袋を受け取った瞬間、活路が見えた。
さっさと服を部屋の外に出して、布団をはたけば何とかなるだろう。
いざとなったら、あの女騎士に布団を丸洗いさせよう。
なるべく虫服を直視しないように、但し、汚パンツを混入させないように、難易度が上がった袋詰め作業に取り掛かる。
悲劇は、三枚目の袋が満タンになる直前に起こった。
トレーナーらしきものを掴んだ右手に違和感。
カサカサと乾いているが、明らかに紙屑やシュリンクではない。
有機的な「何か」の触感。
恐る恐る右手に視線を向けた。
「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!」
袖と一緒に干からびた五センチ級のゴキブリを鷲掴みにしていた。
「優一さん、大丈夫ですか?」
「いや、はうッ……あっああ……だッ大丈夫だ。問題ない」
メイドさんの声で平静を取り戻したオレは、右手のブツを冷静にゴミ用ゴミ袋に投げ込み、服袋をドアの前に移動させた。
「いや、ちょっと、トイレ行ってくる」
「ごゆっくり」
ドアの隙間を抜け、廊下に出た。
階段の物がなくなり、ピカピカに磨き込まれていた。
……メイドさん、オレに声を掛ける前に階段掃除もしてくれてたのか。すげー。
物を回避する余分な動作なしで、まっすぐに階段を降り、オレは洗面所に直行した。
ぬるま湯を出し、石鹸を激しく泡立てて手を洗う。
泡は瞬時に灰色に染まってしぼみ、石鹸も灰色の泡で汚れた。
一度流して洗い直す。まだ動悸が激しい。
……まさか、Gまで居たとはな。
今まで、知らずにGと同居してたってことなのか、偶々迷い込んで、オレの部屋で力尽きた奴なのか……
服の状態から察するに、Gもずっと住んでたと考える方が自然だな。
それに、ちょっと掃除しただけでこんなに手が汚れるんだ。部屋の汚れも相当だろ。
今朝の賢治たちの言葉と、騎士たちの態度が脳裏に蘇ってきた。
あいつら、オレを汚いもんでも見るような目で見てpgrしてやがったけど、ひょっとしてオレ、ホントに汚かったのか……?
「ゆうちゃん、どうしたの?」
藍が玄関先から二階に向かって叫んでいた。
オレは今、洗面所だっつーの。
廊下に顔を出すと藍はホッとしたような声で話し掛けてきた。マスクに隠れて表情はわからない。
「あ、何だ、降りてたの。凄い声だったけど、大丈夫?」
「い、いや、べっ別に。何でもない」
「お掃除、ちゃんとやってる?」
「は? お前に関係ねーだろ、すっこんでろ」
「あっそ。くれぐれもクロエさんにあんまり迷惑掛けないようにね」
「うるせー! ブス!」
オレは捨て台詞を残し、藍の方を振り返ることなく、チリひとつ落ちていない階段を駆け上がった。
※ 衣蛾の画像検索は自己責任で。
つまり、ゴミが多多過ぎて気付かなかっただけで、こんなのが大量に棲息している部屋なのです。




