02.鏡の中
一週間ぶりにケツの荷が降り、スッキリした気分で手を洗っている最中に気付いた。
トイレもキレイになっている。
物がない。
前回までは、手洗い場の壁沿いにトイレットペーパーや洗剤、芳香剤の買い置きの段ボール箱が天井まで積み上がり、使いかけの洗剤や芳香剤のボトルが床に林立していた。
洗濯が面倒なのか、床のマットは汚れる度に上に新しい物を重ねていた。誰かが定期的に再起不能になった汚れマットを捨てていたらしく、一定以上の厚さにはならなかったが、足元は常にふわふわしていた。
トイレのドアの内側には、何年も前のカレンダーがぶら下がって厚い層を成し、ジジイとオヤジの煙草のヤニで変色していた。
現在、足元のマットは、清潔な物が一枚敷いてあるだけだ。
カレンダーは一枚もなく、アンモニアやヤニの臭いもしない。
ヤニと埃で茶色く煤けていた壁や天井も、廊下同様、うっすらと灯を反射している。
便器からは黄ばみや黒ずみがなくなり、新品同様に白く輝いている。
もしかすると本当に新品と交換したのかもしれない。
蛇口やパイプなどの金属は、鏡のようにオレの姿を映していた。
手洗い場の鏡は一点の曇りもなく、パイプよりもはっきりオレの姿を映している。
最後に風呂に入ったのが何年前だったか、正直、覚えていない。
皮脂とフケでコーティングされた髪が、ベッタリと頭にへばりつき、テカテカと黒光りしている。前髪もサイドも後ろでまとめ、輪ゴムでひとつくくりにしている。腰まである髪の重量は相当な物で、ぶっちゃけ、重くて邪魔だ。髭は胸まで伸びている。
コピー用紙のように白い顔に垢が付着して所々黒ずみ、眉毛周辺のムダ毛も伸び放題で、左右の眉毛が繋がっている。
目が充血しているのは、エアコンで空気が乾燥しているのと、ディスプレイを見続けているせいで、ドライアイになっているせいかも知れない。
服は今冬、初雪が降った日に裏起毛のジャージとトレーナーに着替えて、そのまま着た切り。前面に食べこぼしのシミ、袖口には黒い輪ジミ。襟首と袖口は伸びきって、全体に毛玉が付いている。
靴下には伸びた爪で穴があいている。
手の爪はキーを打つ時に邪魔になる為、噛み切っているが、足の爪は歯で切るには汚すぎる。そもそも、口が届かない。
鏡の中のオレは、このトイレに場違いな程、汚れた人間だった。
廊下に出て隣の洗面所に入る。
洗面所の横は脱衣所で、その奥が風呂場だが、深夜なので誰もいない。
思い出した……
今、この家、オレ一人だ。
ジジイとオヤジと異母弟妹は毎年、冬休み期間中、オヤジの後妻の実家に滞在する。
今年は、留守番のババアも入院で居ない。
オレ一人だ。
じゃあ、誰が片付けて壁や天井まで磨き上げたんだ?