19.嫁に確定
「私の幸せは、ご主人様の下僕であることです」
「いや、いやいやいやいやいや、それは違うだろう? それ、マジで言ってんの? 何で?」
言わされてる……コレ、絶対、言わされてる。
さもなきゃ洗脳だろ。
「ご主人様は、私を道具扱いなさらず、私の気持ちを尊重して下さいます。私の嫌がるご命令は、余程差し迫った危機に直面でもしない限り、なさいません。……ところで、また手が止まってますよ」
ドアの前に堆積している物を手当たり次第にザクザク袋詰めする。
床はまだ見えない。
納品書、説明書、フィギュアのパッケージ、DVDのシュリンク、焼き損なったDVD‐R、菓子袋、カップ麺の外装フィルム、ティッシュ、黴の生えたパンツ、元は白かったっぽいけど足の裏がやたら黒くなった靴下。
それらを袋に突っ込んでいる内に冷静になってきた。
そっか、ムネノリ君は声変わりもしてないから、他の部分もお子ちゃまな訳で、そっち系は一切できないんだ。
メイドさんは夜伽をする気がなくて、ムネノリ君はそう言うのに興味自体ない。だから夜の道具扱いされない。
どうしてもムネノリ君の跡継ぎが必要になったら、不妊治療で卵子提供とかに協力させられるかもしれないけど、今の所それはない。
絶対にセクハラしない王族に仕えている限り、身の安全は保障される訳だ。
つまり、処女。
メイドさんの本名をムネノリ君には教えても、王様にすら教えないってことは、王様に求められても拒否れるってことだ。もし、家来とかがセクハラしようとしても「ご主人様に言いつけますよ」って言いさえすれば絶対無敵。
つまり、メイドさんは絶対に処女。
そう言うことなんだな。
オレに出逢うまで、王族の強権で処女が守られてたって寸法だ。
そりゃ幸せだわ。
テキトーな仮名で呼ばれるくらい、余裕で耐えられるわな。
「いや、あ……その……そっそっか、幸せなのか」
「はい」
メイドさんは満面の笑顔でイイお返事をしてくれた。
……かわいい。
これはもう確実に処女だ。間違いない。
山端家長男の嫁に確定。
「いや、あの、えー……君は今、どこに住んでるの?」
「この国の帝都にあるご主人様のお家です」
「いや、あの……ムネノリ君、王族なのに日之本帝国に住んでるの? 何で?」
「はい。ご主人様のお体のことがございますので……」
原始的な医療しかないんだろう。
おまじない(笑)とか、祈祷(笑)とか。
で、ムネノリ君の治療は、現代医学頼みか。
やってらんねーな。身勝手な権力者のワガママって奴は。
「いや、それ、ムルティフローラの魔法でどうにかなんねーの?」
ちょっとイジワルな質問をしてしまった。
それでもメイドさんは淀みなく答えてくれる。
「はい。魔法による治療は『元の状態に戻す』ものです。従って、後天的な怪我や病気は、即死でない限り完全に回復できますが、先天的な障碍等は治療の対象外です」
即死以外完全回復って、回復魔法パネェ。RPGかよ。
じゃあ、ババアの骨折も医療費なしで一発回復できんじゃね?
「いや、あの、あれだ、バ……じゃなくって、オレの祖母がって言うか、ムネノリ君の祖母でもあって……えー今、骨折で入院してるんだけど、そ、そう言うのも治せるの?」
「はい。可能ですが、今ここにいる治癒魔法の使い手は、ご主人様おひとりです。ご主人様は現在修行中で、まだ骨折を癒す術は、修得なさっていらっしゃいません」
チッ。どこまでも使えねークズだな。
無能の癖に偉そうにメイドさんに命令してんなよ。
ま、いっか。どうせババアは元日に退院してくる。
あと五日分の入院費用くらい、豪農の山端家にとっちゃ屁でもねぇ。
「いや、あ……そっそうなんだ。残念だけど、ムネノリ君に無理なら仕方ないねー。ムネノリ君、何しに来たの? 生まれてこの方、一回もウチに来たことなかったんだけど、何で?」
何かの食べこぼしのシミに黴が生えたトレーナーをゴミ袋に入れつつ聞いてみる。
そろそろ二つ目の袋が一杯になるが、まだドア前の床は見えてこない。
「ご主人様は、来年の秋にあちらの世界へ行って、二度とこの国に来られなくなります。最期に一度くらいは母方の親戚にもご挨拶をなさりたいとのことで、お体の無理を押していらっしゃいました。今迄いらっしゃらなかったのは、ご幼少の頃は殆ど病院で過ごされていた為、その後は、この辺りに病院がない為、万一ご主人様が体調を崩された場合、お命に関わるからです」
すらすらと答えるメイドさんの声をBGMにすると、作業がサクサク捗る。内容はともかく、メイドさんの声は耳に心地よかった。
いっぱいになった二つ目の袋を押入れの前に置き、ドアの隙間から顔を出す。
メイドさんは、エプロンのポケットから出したゴミ袋を広げて手渡してくれた。
次は何を聞こう。




