17.捨てよ
「まずは、ドアを全開にすることを目標に、入口付近にある『明らかに不要とわかる物』をゴミ袋にお入れ下さい」
「は? いや何これ? いつの間にオレが掃除するコトになってんの?」
「さあ……? それは私ではわかりかねます。私は、ご主人様のご命令に従うだけですから」
メイドさんが困惑した顔で答えた。
そりゃ、あんな頭がお花畑のご主人様の考えなんて、まともな人に理解できる筈がない。
彼女は正常だ。
「いや、あの、さ、ムネノリ君を呼んできてくれる?」
「致しかねます」
きっぱりと断られてしまった。
彼女もムルティフローラ人で、王族様のご命令は絶対なんだろう。
どんな理不尽な命令にも絶対服従を強いられる国民が、気の毒でならない。
よく考えたらあの外人女……女騎士も仕方なく、王族の我儘に付き合わされて、命令だから仕方なく、あんな態度を取っていたのだろう。
でなければ、明らかにムネノリ君より男らしくて優秀なこのオレに、あんな風にする筈がない。宮仕えってのは大変だな。
オレがゴミ袋の口を広げると、メイドさんはホッとしたような笑顔を見せてくれた。
「優一さん、お掃除して下さるんですね」
「いや、あ……その……オレが掃除しないと、メイドさんが叱られるんだろ?」
「いいえ。もうひとつのご命令を実行します。お掃除、なさらないんですか?」
「え? いや、あの……ホントに窓から捨てるの?」
「はい」
メイドさんは屈託のないイイ笑顔で答えた。
そっか、彼女も魔女なんだ。
部屋の中身を外に出す魔法のひとつやふたつ、余裕で使えるって訳だ。
で、作業が終わるまで戻って来んなって言われてるんだな。
つまり、掃除が終わるまで、メイドさんはムネノリ君のお守から解放されて、オレと二人きりになれるって訳だ。
そりゃ、オレが掃除するっつったら、笑顔にもなるわ。
「いや、その、あの……ちが、違うんだ。かっ確認しただけ。メイドさんが手伝ってくれるならすぐ済むし、掃除はするよ。うん」
「私がご主人様から与えられたご命令は、優一さんが自らお掃除する場合、お掃除の方法についてアドバイスをすること、お掃除のお手伝いとしてゴミをお庭に持って行くこと、優一さんがお掃除をしている間に限り、回答可能な質問に答えること……の三つです」
メイドさんが澱みのない声で「ご主人様」の命令を伝える。
澄んだ声で伝えられたのは、詩の暗唱ではなく、掃除の条件だ。
「は? いやいやいやいや、それは違うだろう? メイドさんが掃除するんだろ?」
「ご主人様から、優一さんのお部屋に入ることは、禁じられています」
じゃあ、どうやって部屋の中身を捨てる気だったんだ?
……魔法で遠隔操作?
「部屋に入らないと掃除の手伝いできないよね?」
「私に与えられたご命令は、掃除のアドバイスとゴミ捨て、条件付きで質問への回答の三つです。入室は禁じられています」
木で鼻をくくったような、取りつく島もない返事だった。
まぁいい。掃除しながらメイドさんのことを色々聞いてみよう。
ムネノリ君め、アホの子のくせにプライバシー保護とか、余計な気を回しやがって……まぁ、メイドさんに見られたら困る物も、ちょっとは置いてあるし、ある意味よかったと思うことにしよう。
「いや、あー、その……じゃ、じゃあ、今から掃除するよ。まずは君の名前を教えてくれる? クロエって苗字? 名前?」
「私の真名はご主人様以外の方にはお教えできません。『クロエ』は他の方々が呼びやすいようにと、ご主人様がお与え下さった仮の名です」
ご主人様が好き勝手改名って、古代の奴隷かよ。
ムルティフローラは、未だに原始時代なのか?
「いや、えー……あ、そ……そうなんだ。オレにも本名は教えてくれないの?」
「禁則事項です」
「いや、え? 禁則……」
「はい。ご主人様以外のどなたにもお教えできません。例え国王陛下であってもです」
王様でもダメって、凄え……どんな習慣だよ?
「優一さん、手が止まってますよ」
「いや、あ、やるやる。……いや、あの……えー……何するんだっけ?」
 




