16.論破成功
「いや、オレそんなコト聞いてねーし。ツネちゃん、オレの質問に答えろよ」
「洗浄の魔法です。水から一切の不純物を取り除き、加熱して汚れを溶かしこむ魔法です。人体に使用する場合、通常は肌荒れを防ぐ為、塩やハーブ等を先に溶かしこみ、水の純度を下げてから実行します」
外人女が淡々と説明する。
「はあ? いや、まほーって……」
「ムルティフローラ王国は、魔法文明圏の国だから、宗教と彼らは魔法使いなんだよ」
「まほうひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」
マジで笑いが止まらねー。
ムネノリ君、魔法使いなのかー。そっかー。
三十路過ぎて声変わりもまだだし、そりゃDTだよな。
魔法のひとつやふたつ、よゆーで使えるよねー。
「なに笑ってんだよ。今、身を以て体験しただろうが」
賢治がゴミ袋をゴミ山に追加しながら、吐き捨てるように言い放った。真穂と藍もマスクをして袋詰め作業に戻っている。
まぁ、確かに水の塊は、物理的にあり得ない動きをした。
未開人め。ネットもねーくせに。
「あのね、魔法文明圏の国では所謂、霊感があるのが普通で、ない人は殆どいないの。それでね、視えない人は、物質と霊質の内の半分しか視力が働かないから『半視力』って呼ばれて、保護の対象なの」
スゲー。未開の国じゃ、頭お花畑な電波がデフォなのかよ。
オレはロリ声の説明に背筋が寒くなった。
「半視力の人の保護用に『一時的に両眼を開く』魔法があるんだけど、ゆうちゃん、このお家の状態、ちゃんと視てみる? そしたら、大掃除で叔母さんがみつか……」
「いやいやいやいや、いらねーし。その魔法が一時的に霊感を付与する術かどうか、オレには確認のしようがないだろ。幻覚の魔法掛けて『ほーら☆おうちにはオバケがいっぱい☆』とかやられたら、たまったもんじゃねーっつーの」
これ以上付き合っていられないので、玄関に向かって歩き出す。
今度は誰も何も言わず、水の塊に妨害されることもなく、すんなり家に入れた。
論破成功。
何もない玄関を抜け、磨き上げられた廊下を通り、本やガラクタが各段に積み上がった埃っぽい階段を上り、自室に戻った。
八畳の自室のドアを閉め、外界との接触を断ち切る。
これでいつも通りだ。
あいつら、後でジジイとオヤジにフルボッコにされるがいい。
オレは優しいから、一応、常識ってもんを教えてやったし、やめるようにも言ってやったからな。
賢治と真穂は最悪、勘当されるかもな。ざまあwww
布団に潜り込み、ぬくぬくする。
非常識な連中に早朝から叩き起こされて眠い。
眠い筈なのにムカついて眠れない。
メイドさんの手造りおにぎりと卵焼きは美味かったが、その幸せなひとときで差し引いても、まだ余りあるくらいムカつく。
やっぱり、もう一言二言苦情を言ってやろう。
つーか、これ、窃盗じゃね?
家長代理であるこのオレの許可なしで家の物持ち出して、捨てるって言って、リサイクル屋とかに売り捌いてんじゃね?
ヤバイ! 駐在さんに通報しなきゃ!
ベッドから跳ね起きる。
動悸が激しくなり、頭がガンガンした。
服塚が崩れ、ベッドから落ちたが、そんな物に構っている暇はない。セーターを拾い上げると急いで身に着け、ドアを開けた。
メイドさんと目が合った。
メイドさんは、ノックしようとした姿勢のまま固まっている。
オレも、間近に見た琥珀色の瞳に魅入られたように固まった。
「優一さんのお手伝いと、アドバイスをするようにとのご命令で参りました」
先に我に返ったメイドさんが用件を告げた。
ムネノリ君め、あんだけ言ってきかせたのに、まだわかんないのかよ。
メイドさんも、ダメなご主人様を持って大変だよな。
その点、このオレなら……
「優一さんが自主的にお掃除なさらない場合、部屋の中身を全て窓から捨てるように命じられています」
メイドさんに無茶振りするにも限度ってもんがあるだろうが!
今度は優しくなんて言ってやらん。
あのロリ声、ガツンと言って泣かしてやる!
部屋を出ようとするオレの眼前に、黒く艶やかな幕が現れた。
ツルツルの幕を払いのけようと、右手で掴む。
黒い幕はゴミ袋だった。




