11.ムネノリ君
「ゆうちゃん、あれ、宗教。三つ子の三男だよ」
いつの間にか隣に立っていたツネちゃんが説明した。
「いや、えっ? あれっ? ムネノリ君って、死んだんじゃ……?」
「本人の目の前で勝手に殺してやるなよ。縁起でもない」
「いや、でも、瑞穂伯母さんは『子供はこの二人だけ』って言ってたし……」
「母さんは、心臓とか内臓に色々障碍があるからって、宗教を要らない子扱いしてたんだよ。巴のお祖父さんが住み込みの看護師さん雇ってくれて、何とかなってるけど……」
ツネちゃんは忌々しそうに言った。
じゃあ、金髪美女が看護師で、大男が介護士か。左のワッペンは、病院のマークだな。
巴家の爺さんが孫可愛さに人を雇うのも無理ないが、瑞穂伯母さんも可哀想だ。
不妊治療で受精卵二個しか使ってないのに、その内一個が一卵性双生児になったせいで、予定外の三つ子化。母体の負担もハンパなくって、結構、入院してたらしい。
生まれてみれば、一人は他の二人よりも低体重で内臓に重度障害。
ただでさえ、双子の育児って大変らしいのに。
オレみたいに優秀な子なら、予定外に殖えてもお得だろうけど、ムネノリ君みたいな、大人になっても穀潰しにしかなれない文字通りの意味で余分な子、要らないだろう。
一昔前なら、産婆に捻られて口減らしされてるところだ。
世の中、キレイごとだけじゃやっていけないんだよ。
伯母さんが自分の実家で、法外な医療費が掛かる余分な子の愚痴くらい、言ってもいいだろ。
「えっと……あの……初めまして。宗教です」
オレは思わず周囲を見回した。女子小学生の姿は見当たらない。
ゴミ山の陰に居て見えないのか?
ロリ声の姿を確かめる為、ゴミの向こうに回り込もうと、外人たちに近付いた。
大男が共通語で何か言いながら、両腕を広げて立ち塞がった。
オレは、共通語の読解は得意だが、ヒアリングは苦手だ。オレが現役のころはALT……アシスタント・ランゲージ・ティーチャーなんて、なかったしな。
大男はしきりに首を横に振っている。
止まれってこと?
金髪美女は、畑の方を向いて右手を挙げた。
何語かわからない言葉で何か言いながら、右手を「バックオーライ」のようにヒラヒラと動かす。
何やってんだ、コイツら。
金髪美女の視線の先、畑の方を見てオレは自分の目を疑った。
畑に降り積もった雪が、軽トラ一杯分くらい宙に浮いている。
雪の塊は空中で水になり、こちらに向かってふわふわ飛んできた。
何だこれ!?
逃げた方がいいのかもしれないが、足が地面に貼りついたように動かなかった。
目の前に来た水の塊は、アメーバのように広がり、オレの体を包み込んだ。
思わず目を閉じる。
……温かい。
温かい何かが、オレの体をすっぽり包み込み、生き物のようにまとわりついて、這いまわっている。ちょっと熱めの風呂みたいな温度だ。
さっきの……雪……? お湯になってる?
「ちょ……マジ凄くね?」
「一瞬でドブ色とか……ないわー。これはないわー」
「きんもー……」
賢治、藍、真穂が、貧弱なボキャブラリーで、感想らしきものを口にしている。
何がドブだよ。
不意にお湯が体から離れた。
恐る恐る目を開ける。
目の前に、ドブ色に染まった水が浮いていた。
思わず一歩退く。
ドブ水は、ふよふよと宙を漂い、ゴミ山の真上に移動した。そこで水の塊が身を震わせると、黒っぽい粉がバラバラと落ち、一瞬で元の清水に戻った。
「一度では無理ですね。あと二回……いえ、三回」
金髪美女が、訛のない完璧な発音の日之本帝国語で、溜息交じりに言った。
清水のように澄んだ冷たい声だ。
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