10.金髪美女
「え? 同居の弟妹とホントに初対面なのか? ゆうちゃん、一体、何年ひきこもってたの? ケンちゃんって今、大学四年生だぞ?」
ツネちゃんが、呆れたように言った。
訛のない明瞭なテノール声が、的確に痛い所を突いてくる。
それに、賢治も大学生って何なんだよ?
本家長男のこのオレを差し置いて、後妻が生んだ次男や分家娘の分際で大学行くとか、何、勝手こいてんだよ。
世間様を舐めてんのか。長幼の順序ってもんがあるんだよ。
そもそも、よくジジイとオヤジが許したな?
思わずキレそうになったが、メイドさんのことを思い出し何とか耐えた。
良いご主人様は、無闇にメイドさんを怖がらせてはいけない。
後で賢治を〆て、ツネちゃんは蔵にでも閉じ込めて反省させよう。
蔵の方を振り返った。
家の右手に白壁の土蔵がある。
その前には、はち切れそうな程中身の詰まった黒いゴミ袋が積み上がり、ゴミ捨て場のようになっていた。
ゴミ山の傍らに、メイドさんと外人の男女が立っている。
金髪碧眼ですらりとした長身の白人女。
冷たい印象の整った顔立ちで、十人中十人が美人だと言うだろう。
年は二十代後半くらいか。
ギリギリアウト。圏外だ。
あーでも、嫁はダメだが、セフレならアリかもな。
左右の襟にワッペンが付いたトレンチコートを着ていてよくわからんが、スタイルはいいようだ。
コートの右襟のワッペンは、鳥の羽二枚が円を描くデザイン。
左襟は、白い花の絵が付いた赤い盾と、盾の後ろで剣と魔女の杖みたいなのが交叉した厨二病的デザイン。
コートの裾からはスラックスが覗き、軍靴のように無骨なブーツを履いている。
金髪美女の隣には、黒髪の大男。
肌の色や青っぽい瞳、彫りの深い顔立ちを見る限り、コイツも外人なんだろう。
二十代か、三十代か、四十代か……顔が厳ついせいで年は読めない。
金髪美女とほぼ同じ服装だが、こちらは右襟のワッペンが三本の枝を「小」の字を上下反転で配置した図柄。左は美女と同じ。
身長が二メートル近くあり、コート越しにもわかる鍛え抜かれた肉体だ。
コイツには正攻法では、ちょっと勝てそうにない。
大男の斜め後ろにツネちゃんと同じ顔の男。
手には身長より高い杖を持っている。黒山羊の頭部を模したやたらリアルでキモい装飾が施され、全体が黒い。
カシミアか何か高そうなコートの袖から見える手首は病的に細い。
こいつの腕を力いっぱい握ったら、ババアでも簡単にヘシ折れるだろう。
ツネちゃんの兄のマー君だと思うが、暫く見ない間に随分、印象が変わってしまった。
オレの知っているマー君は、風邪ひとつ引かない健康体で、腕っぷしも強くて、都会っ子とは思えないくらい、元気いっぱいの悪ガキだった。
ツネちゃんから眼鏡を取った顔のこいつは、日焼けしたことがなさそうな白い肌だ。
しかも超ロン毛。
こっちを向いた時、腰まで届く三つ編みが、背中で揺れるのが見えた。
メイドさんは、推定マー君の隣でオレを見ている。
誰がご主人様なんだろう。




