灰の離宮・リベルタ Ⅱ
ここは異世界で、自分は召喚された。
まるで、アニメか小説だ。
しかも、よくあるパターンの。
それが自分の身に起こるなんて、誰が想像できただろうか?
「夢でも見てるのか……?」
試しに、頬をつねってみた。
「いひゃい……」
夢じゃないらしい。
赤くなった頬をさすりながら、意外と落ち着いている自分に気づく。
普通、もっと焦るはずなのに。
(まぁ、この状況だし)
待遇は悪くない。言葉も通じるし、はじめて会ったのは綺麗な女の子だった。
今のところ、身の危険はない――と思う。
「着方分かるかしら?」
「あ~……多分?」
あの後、朝食を終えたリツカは、エレオノーラによってバスルームへと追いやられた。
さすがに、いつまでも寝間着のままで話を続けるわけにはいかない。
「これで、いいんだよな?」
シャツにズボン、ブーツ。動きやすいし、素材も良い。
悪くない感じだ。
「あら、良く似合ってるわ」
エレオノーラは満足そうに微笑むと、フロック・コート――上着を差し出す。
「外は寒いわ。それを着ていないと」
「出掛けるのか?」
「えぇ。そろそろ、貴方の疑問を解決しないと」
外套を手早く身にまとい、エレオノーラは扉を開ける。長い廊下に、ふたりの足音だけが響く。
チラッと外へ視線を向ければ、一面の銀世界。太陽の光を受けて、真っ白な雪は宝石のように煌めいている。
「さ、寒い……」
気にしないようにしていたが、やっぱり寒い。肩を竦め、吐き出した息は白かった。
今までいた部屋が、恋しくなる。
「冬だもの。仕方がないわ」
「……四季があるんだ」
じゃあ、そのうち春も来るのだろうか?
ポケットに手を突っ込み、先を行くエレオノーラの後に続く。
それにしても、この廊下は寒い。
まるで、外にいるみたいだ。
(静かだな……)
雪は音を消すと言うが、本当らしい。
17年生きてきたが、これ程の雪を実際に見たことはない。
「あのさ、誰もいないの?」
静寂に耐えきれず、リツカは自分から話を切り出してみた。
長い廊下を歩き続けているが、誰にもすれ違っていない。
むしろ、人の気配すら感じない。
「いないわ」
当然だと言わんばかりの速度で、返答された。
「誰も? この広い…………屋敷に?」
家と言うには大きすぎる建物だ。
そんな建物に、ふたりしかいないなんて。
「ここは忘れられた灰の離宮・リベルタ。人は来ないらしいわ」
「…………らしい?」
「私も詳しくは知らないわ。ここへ来たのは、つい最近だもの」
ふと、エレオノーラが立ち止まる。
「それにしても、リベルタですって。似合わないわね」
「…………?」
そう言われても、リツカには同意も否定もできない。
「リベルタは、古い言葉で【自由】という意味があるのよ。――まぁ確かに、誰も来なければある種の自由よね」
自分で言って、自分で納得している。
エレオノーラはさっさと歩き出し、リツカは慌ててその後を追う。
「あ、あのさ!」
「何?」
立ち止まったエレオノーラと、危うくぶつかるところだった。
ギリギリでなんとか衝突を回避したリツカは、距離の近さに思わず後退してしまう。
「何?」
「その、君は、えっと……」
「エレオノーラよ」
言いにくい名前だな、そう思ったのは秘密だ。
「エレオノーラ……さんは、誰?」
「私が誰か――哲学的なことを聞くのね」
気を悪くした様子ではない。
その証拠に、エレオノーラは答えを探しているようだ。
「私は……そうね。貴方をこの世界に呼んだ張本人、かしら?」
「俺を、呼んだ? 君が?」
エレオノーラが、笑顔で頷く。
「呼んだのは私よ。でも、貴方を呼びたかったのは彼ら」
ガチャリ――扉を開けると、新たな出合いが待っていた。