第5話
金牛樹区のザンブロッタさん。磨羯樹区のゼンガさん。宝瓶樹区のナターレさん。
「し、信じられない……」
生きてる。動いてる。各区を代表する竜撃士たちが、僕でも顔を知っているような有名人が僕なんかの目に映っちゃってる。
巨蟹樹区、ティベリア川に沿った小さな村。
その中央にある広場にて、僕は震えた。感動してるんじゃない。恐縮しているのだ。
「あ、あの、レオンさん……ほ、本当にいいんでしょうか。僕なんかがここにいて……」
「ほわっ? ほふ、ほふ、はちちち……」
オドオドと質問する先には、焼けた肉を口先で躍らせるレオンさん。土の地面にあぐらをかき、金串に刺さった肉にかぶりつく姿は、自宅でくつろいでいるかのようだ。
太陽が高い。広場の中央、僕らのすぐそばでは巨大な焚き火が煙を吹き上げている。チームの面々はそれを囲み、あるいは建物の中に入って、昼食をとっている。
あれから一週間。僕は授業を休み、竜狩りに参加することになった。校長には許可を……というかレオンさんの有無を言わさぬ要請で承諾を得た。他の樹区の人間とはいえ、『雷』の言うことは無下にできなかったのだろう。
竜撃士は基本的に貴族や商人に仕え、主人を野良竜、あるいは盗賊などから護衛する。しかし、牛や馬、あるいは人が多く襲われる地域では、自ら山に入って元凶の竜たちを狩ることがある。もちろん、むこうのテリトリーに入っていくわけだから、護衛よりずっとリスクは高い。そこで、複数の竜撃士とそれに数倍する後衛で構成されるチームが組まれるのだ。
それにしたって、こんな豪華なチームはゾディアはじまって以来じゃなかろうか。参加した竜撃士は、いずれもジオストラの樹区代表クラス。後衛だって一流ぞろいで、設営準備や防具の整備、竜の世話など、その手際の良さときたらもう神業だ。
「で、何か言うた? ジュリオ君」
「いや、その。こんなすごい人たちの中に、僕なんかが混じってていいのかな、って。しかもレオンさん、僕以外に後衛つけてないじゃないですか。どうしたらいいのか……」
「そんな卑下することあるかいや。よう似合うとるやないの、そのコート」
「そ、そんなことないですよ。着るっていうか、着られてるみたいで」
このチームのために特注されたという純白のコートは、膝の下までの長さで、チビの僕にはてんで似合ってない。レオンさんが竜撃士用の緑のジャケットをカッコよく着こなしているのとは、雲泥の差だ。
「自分に足らんのは経験や。最初にこんだけの狩りに参加しといたら、後はなんも怖いもんなしや。ちゅうか、すでに十分楽しんどるんちゃうの? そんなん頭に巻いて」
言いながら、レオンさんは僕の頭を指さした。頭のてっぺんから耳を通してアゴまで、包帯が巻かれている。まるで摘み取る前の桃のようだ。
「いや、好きでこんなふうにしてるわけじゃないんですけど」
「え、ウケ狙ってたんとちゃうの?」
「違いますよ! 歯を抜いたところが腫れてるんですっ!」
怒る僕に、レオンさんはげらげらと笑った。緊張とか気負いとか、そういうのが微塵も見られない。考えてみれば、このすごい面子の中で一番すごいのが『雷』のレオンさんで、僕はその人と堂々話をしているのだ。そう考えると少し気が楽になってきた。
「とりあえず、心の準備だけは済ませときや。そろそろ敵さんのナワバリん中や。あの竜よけの焚き火も、気休めにしかならんやろ」
太い煙柱の向こうでは、グランデ山脈の切り立った絶壁と冠雪が見える。ゾディアの北に鎮座する、五千メード級の巨大山脈だ。
そこから降りてくる穏やかな流れが、ティベリア川だ。少し前に、このあたりで砂金がとれることが分かり、川べりに工夫たちの村ができ始めた。それがグランデ山に棲む竜のナワバリと衝突、被害が出るようになり、巨蟹樹区の長老会が狩りの依頼をしてきたという。
「それで……その襲ってくる竜って、どれくらいいるんですか?」
「一頭や」
「は?」
「敵は一頭だけ。他に一切おらん」
一頭? たった一頭にこれだけの面子を?
「三・四年前に、グランデ山に住み着いたらしい。誰も殺されたわけやなくて、せいぜいケガだけなんやが、小屋やら採掘の施設を壊してくんでな。仕事にならんっちゅーことで、実は今までにも何回か狩りがされとるんや。で、そのたびケチョンケチョンにやられる」
「そんなに強いんですか?」
「強いよ。俺も負けたぐらいやから」
「レ、レオンさんがですかっ?」
信じられない事実に、すっとんきょうな声が出る。レオンさんは「でかい声出すな」という感じの苦笑いを浮かべた。
「とにかく、スピードがハンパやないねん。どんだけ撃っても当たらんし、近づこうとしても逃げられて。おかげで、ゾディア中の竜撃士に恥さらしてもうた」
「あ。それで……どうりでみなさん、目がギラギラしてると思いました」
「ええ観察眼しとる。これだけの面子が集まったのも、つまりはそういうことやな」
竜撃士の価値は、狩った竜の数と質で決まる。多くの竜を、あるいは強い竜を狩った実績があれば、主君からの俸給が増えたり、護衛の依頼が多くなったりするわけだ。
『雷』のレオナルド=ネスタでも倒せなかった竜を狩る。これはある意味、ジオストラ優勝以上の宣伝だ。今年のジオストラが二週間後に迫っているのに、代表クラスのメンバーがこれだけ集まるのは妙だと思っていたが、これで納得できた。つまり、レオンさんは標的の竜だけでなく、自分の地位を狙う竜撃士たちまでも意識しなければならないのだ。
追いかけられる者のつらさなんて僕には分からないけれど、相当な重圧に違いない。
「大変……なんですね」
「全然」
「え」
「他のヤツのことなんかどうでもええねん。俺の狙いは一つだけや」
言って、懐から何かを取り出す。白い羽根だ。人間の手の平ほどもある、大きな。
「鳥の羽根、ですか? にしては大きいですね」
「いや、これが例の竜の羽根やねん」
まさかと思った。色の種類こそあれ、竜の体表は例外なく鱗におおわれているものだ。
翼はコウモリ型の皮膜で、こんなふわふわした羽根なんて一本たりとも生えるはずがない。
「ところが、おったんやな。例外が」
レオンさんの口調は、なぜか嬉しそうだった。
「見たんや。全身真っ白で、まるっきり鳥みたいな恰好。頭には赤いトサカがあってな。仲間内では『ニワトリ』って呼ばれとるわ」
「ニワトリ……ですか」
そこで不意に、レオンさんの表情が引き締まる。プロポーズする前の男みたいに。
「ジュリオ君は、運命の糸って信じるか?」
「う、運命の糸……ですか?」
「よく言うやん。将来結ばれる男女は生まれつき赤い糸で、いうの」
「いや、僕、そういうのはあんまり……」
「俺も前までは信じてなかったよ。せやけど、いっぺんあいつと手ェ合わせたときな……こう、『ビビッ』と来たんや」
「ビビッ、ですか……」
「一目惚れや。あの速さと強さに惚れたんや。そんで、生まれて初めて思ったよ。こいつのことが欲しいって。どんな手ェ使ってでも、こいつを俺のもんにしたるってな」
レオンさんの語り口は真剣で、でも楽しそうで嬉しそうだ。聞いているこっちまでワクワクしてくるくらいに。
最強の竜撃士が恋焦がれる竜。一体どんな竜なのだろう。そしてそんな竜にレオンさんが乗れば、どんなにカッコいいだろう――
「うわぁ……なんだか鳥肌立ってきました」
「はは、うまいこと行ったら、ジュリオ君を真っ先に乗せて飛んだるわ」
「ほ、ホントですかっ?」
「おう、もちろん――」
と、そこでレオンさんは手にしていた金串を放り捨てて立ち上がった。
「? どうしたんですか?」
続いて、彼の愛竜チェンタウロも鼻をひくつかせ、首を持ち上げる。風が止まる。
「来た」
え? と聞き返すと同時、角笛が鳴り響いた。屋根の上で望遠鏡を構えていた後衛が、あらん限りの叫びを放った。
「ニワトリだァ―――――――――――――――――――――――――――――ッ!」