表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/33

第28話

 突然、背中に焼けるような痛みが走った。

 樹壁が背中をこすったのだ。自分でも気づかないうちに、後ろに押されていた。

 このままじゃ押し切られる。しかも、ルーチェもチェンタウロの爪から逃れられないままだ。なんとかしないと骨まで削り取られる、どうする、どうする、どうするっ?

『しがみつけ!』「え?」

 反応が遅れた。何の前触れもなく、背中のつっかえが消えた。支えを失った僕の体は必然、がくんと後ろに倒れこみ、

「うわぁ――っ!」

 バキバキと何かを割る音。気がつけば、周囲の景色が一変していた。

 明るい。薄緑のこの光はアカリゴケだ。逆さまの視界に螺旋階段が渦を巻いている。

 樹の中だ。

 ルーチェが亀裂から身をくぐらせ、雨よけの板を叩き割って入りこんだのだ。

『立て直す! 頭を下げておれ!』

「え、ちょ、うわあっ!」

 上体を起こすヒマもない。ルーチェは激しく羽ばたいて、樹の中を上昇した。

 内部を貫く渡り廊下を、右に左にすり抜ける。

 ヘタに頭を出せば、ぶつかって首が飛ぶ。

 翼の起こす烈風が通りの洗濯物やら花瓶やらを吹き飛ばし、そして、それらに混じって、真っ赤に染まった風切り羽根が飛ぶのを僕は見た。

「ルーチェ、血が!」

『かまってられんわ! とにかくここは、ッ……来たぞ!』

 振り向けば、眼下に亀裂をくぐったチェンタウロ。

 廊下をよけながら僕らを追って――いや、それだけじゃない。

 レオンの炸裂銃が、こっちを向いていた。

 ――まさか、ここで。

 通りや渡り廊下には、レオンの起こした爆発で何十人もの樹士たちが身を乗り出している。事情を知らない彼らは、まるで無警戒だ。こんなところで撃ったら。

「みんなダメだ! 逃げろ――――――――ッ!」

 叫び終わらないうちに、銃口が閃いた。

 一瞬にして樹の中が地獄に変わる。

 とどろく悲鳴、舞い散る鮮血。板ごと足を吹き飛ばされた樹士たちが廊下の上を転がりまわる。

 渦巻く風に弾道が乱れ、めちゃくちゃに飛び回る弾丸がありとあらゆる場所に衝突し、天秤樹は破壊と絶叫の中に叩きこまれた。

 ルーチェは鋭く舌打ちして、頭上の亀裂へと飛んだ。

 狭い場所では不利と見たのか、それともみんなを巻き添えにしたくないと思ったのか。どのみち、今のレオンは危険すぎる。

 両翼を折りたたんで亀裂を抜ける。再び幕が下りたような闇の中、顔面に降ってくる石つぶてのような雨を裂いて、白い翼はそのまま勢いを止めず、ものすごいスピードで上昇してゆく。向かう先にあるのは、空を埋め尽くすアネルカの枝だ。

「! ルーチェ、何を!」

 身を隠す気か、と思ったが違った。

 ルーチェはなおも速度を緩めないまま、一本の太い枝の先に突っ込んだ。

 ぶつかる直前、反転し、両肢で枝を押す。

 膨大なスピードを丸々受け止めた枝が、ぐぐぐ、と上向きにたわんでゆく。

 まるで弓を引くように。

 いや、『まるで』じゃない。これは弓そのものだ。

 折れる寸前まで引き絞られた弓、溜めに溜めた力を受けた矢じり。

 狙いをつけるのは、今しがた出てきたばかりの亀裂だ。

『手を離すな! 地面まで放り落とされても知らんぞ!』

 言われるまでもない。人生最大の速度に備えて、死に物狂いでしがみつく。

 ぎりり、と枝のうめきが止まった。体を持ちあげる力が消えた。

 く……来る!

 亀裂からチェンタウロの鼻先がのぞく、その瞬間、

『迅く!』

 音が歪んだ。火を纏う勢いで放たれた矢は、そのまま真っ二つに空を切り裂き、

 貫いた!

「やっ……!」

 激痛。

「なっ?」

 僕の左肩から、ナイフが生えていた。

『ジュリオ!』「だ、だいじょ……ぶ……!」

 歯を食いしばりながらそれを抜く。幸い傷は深くない。

 ……が、あのスピードの突進を、かわすどころか、すれ違いざま刺してきたっていうのか……? 信じられない。

 後ろにすり抜けたチェンタウロが、旋回して戻ってくる。

 その背でレオンは笑っている。

 ――強い……!

 とてつもなく強い。しかもそれだけの強さの持ちながら、勝つために手段を選ばない。

 恐怖よりも戦慄よりも、自責の念が襲ってきた。

 僕に同じことができるか? 善悪関係なく、これほどの覚悟をしてきたか?

 ルーチェの部屋の場所を教えてしまった。

 奇襲される可能性などカケラも考えず、ただジオストラの開催を待っていた。

 状況に流されるまま、何の準備もしてこなかった。

 ――ジオストラで絶対勝てるいう自信でもあったんか?

 返す言葉もない。大事な人を守りもできないくせに、何が卑怯だ。何が卑劣だ。

 今、ルーチェを危機に陥れているのは、他の誰でもない。この僕だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ