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第19話

「ねぇねぇ、どうやって『洗礼』したの? あの白い竜!」「今どこに置いてるの? 全然姿見ないけど」「見て見て、よく見たらこの子カワイイ顔してる!」「ホントー! キャー!」

 甲高い声が嵐のように飛びかう様に、僕は、あうあうと左右を見回した。

「ね、ね、ジュリオ君て、年いくつ?」

「え、あ、じゅ……じゅうよん、だったような」

「十四! すごーい!」「今までの代表で一番若いんじゃない? あれ、去年の子、何才だっけ?」「えー、いくつだっけ。すぐ負けちゃったし忘れたー」「でも今度は絶対勝てるよー。あたし予選見て泣いちゃったもん」「あたしも! もうすっごかったー!」

 前後左右からの集中砲火。誰にどういう反応を返したらいいのか、てんでもって分からない。これじゃ竜たちに囲まれたときのほうがはるかにマシだ。

 予選から一夜明け、僕はアネルカ頂上部の特別室に住むことになった。

 そもそもジオストラは神事で、竜の前は馬に乗って戦っていた。代表騎手たちは予選から本戦までの間、樹に住み、外界との接触を絶って体を清めた。それにならい、予選を突破した竜撃士は本戦までの二週間、一切地上に降りずに過ごすのだ。

 僕は今、アネルカ内の食堂で、女の子たちに包囲されている。全員が全員、紺色の長衣と頭巾を着ているのを見ると、ここで下働きをする『樹士』なのだろう。

 ちなみに樹主とか樹士というのは、この国の宗教であるアネロ教の位階の名前だ。

 地区の総本山であるアネルカに住み、総元締めをするのが、樹主。

 各地にある『樹社』を管理しながら人々に教えを説くのが、樹守。

 さらにその下にいるのが、いわば修業中の聖職者である樹士。

 基本的に樹士は樹社にいて、樹守様の指示に従うのだけど、アネルカの中にもたくさんいて生活全般を支えている。

「ねーそれよりキミのこと教えてよ。好みのタイプとか」「わ、コイツいきなり核心ついたー!」「いいの? いっちゃうよ、そこまで踏み込んだら私も行くよー!」

 再び僕を取り囲む黄色い声。なんじゃこら。ひょっとして僕……人生初のモテ状態?

「おーおー、早速オモチャにされてやがんなァ。えーコラ」

 うっ、と。現実に戻った気になった。

 取り巻きを引き連れて、扉をくぐってきたのは、緑色の坊主頭、フェデリコだ。

 ――な、なんでここに……

 フェデリコの薄い眉は、不機嫌そうに歪んでいた。たちまち、女の子たちが「うわ」としかめっ面になる。去年の代表だったから、面識があるのだろう。

「ちょっと何よー。二十秒ー」「ジュリオくんに手出ししたらタダじゃおかないわよ、二十秒ー」「去年二十秒で負けたくせに、二十秒ー」

「うっせ、クソアマども! あんだけキャーキャー言ってたくせに本戦で負けたら掌返しやがって! てめーらに用はねーんだよ、どけオラ!」

 どこか悲愴な怒鳴り声に、樹士たちはキャーキャー言いながら逃げ去った。

 いきなり静かになった神殿の中、座る僕と立つフェデリコ。重苦しい沈黙の上から、普段の二倍は危険そうなギョロ目が見下ろしてくる。

 ヤバい。絶対にヤバい。昨日のことを怒ってるんだ。なにしろ千人以上の目の前で、小便を漏らさせたんだ、怒るとか怒らないとかの話じゃない。今度こそ殺される。

 バッ! とフェデリコ一同が背筋を伸ばした。ヒッ! と僕は頭をかばい、そして、

「おはようございますッ!」

 …………は?

「ゆうべは御苦労さまでしたッ! 姐さん!」

 その声の向かう先は僕の後ろでふんぞり返る白髪の少女、ルーチェだった。

「でかい声を出すな。起きぬけの頭に響くわ」

「ハイッ! すんませんしたッ!」

 女王の貫禄で話すルーチェに対し、フェデリコはまるで別人の態度だ。

「あ、あの、ルーチェ。これは一体……」 

 そっと耳打ちする僕に、ルーチェはものすごく悪い笑顔を返してくる。

「このミドリムシ、なかなかに使えるの。予選の後、わしの素性を話してやったら、舎弟になると言ってきおった。殺されかけたのが、よほどこたえたと見える」

「いいっ? そ、それはまずいよ……」

 彼女は今、僕と同じ部屋で寝起きしている。

 ニワトリの正体が彼女であることなど知らない周囲からすれば、ルーチェはまるで無関係の人間だ。本来なら特別室に足を踏み入れることすら認められない――が。

 ――ジュリオ=ユリアーノ君。あの白髪の、態度の大きな子はキミの何かね?

 ――その……妹です。僕の、生き別れの。

 ――あんまり似てないようだが。

 ――よく言われます……。

 ――まぁ、それはそれとしても、一緒に暮らしたいというのはちょっと認められんよ。

 ――僕らには親がいないんです。で、妹は僕が一緒にいないと夜泣きするんです。

 ――しかしだね、規則が……

 ――ダメならジオストラには出ません。出られません。ここは譲れないです。

 という、委員会の人とのやりとりの末、強引に認めさせたという経緯があり(もちろん僕の台詞は全部ルーチェが考えた)……今思い出しても足が震える。

 その上、こんなところで正体がバレたらえらいことだ。存在そのものが伝説みたいな彼女のこと、公になれば長老会がだまっていない。

「心配するな。他の者にはしゃべらぬよう言ってある。わしも人の身ではいろいろと不自由じゃからの。もう一人くらい奴隷が欲しかったところじゃ」

「今さりげなく僕のことも奴隷扱いしたよね? したよね?」

 しかし、それにしたって、あのフェデリコが一日でいいなりになるなんて……

「あの、すみません。姐さん」

 フェデリコはルーチェのそばで腰をかがめた。モジモジと肩を縮めながら、小声で、

「今夜は……その……背中を踏んでもらえると……ッ」

「考えておいてやる」

「何したの! アンタ一体何したのおおおお!」

 僕はルーチェの肩をつかみ、がくがくとゆさぶった。調教か? 調教なのかッ?

「くらあああああああああ!」「あいだっ!」

 後頭部に直撃をくらった。

「おう、ジュリオ! 姐さんに気安く触れるんじゃねェ! ブン殴られてェのか!」

 え? なに? 僕まだイジメられてる?

「顔はいかんぞ。腹にせい」

 しかも敵が増えてる?

「フン。長老会から『お前の練習相手になれ』って言われたから来てやったがよ、俺ァおめェに負けたとは思ってねェ。あくまで姐さんに負けたんだ。ちっとでも調子に乗ったマネしてみろや、叩き落とすぞ」

「そうじゃ、そうじゃ。調子に乗るな、ダンゴムシー」

「え、ええ~……?」

 涙目で立ちすくむ僕は、そのまま人垣の外に押しのけられた。何この最凶コンビ。

「ふふ、楽しい妹さんね」

「へ?」

 色っぽい声に振り向く――と、すごい美人がそこにいた。

「はじめまして。ジュリオ=ユリアーノ君」

 艶やかな微笑みに、心臓が跳ねる。

 十八、九才くらいだろうか。樹士の頭巾と長衣に身を包んだ長身の女性。

 他の人たちが逃げた中で、この人だけは平然と残っていたらしい。

「あ、は、はじめまして。えっと……」

「天秤樹樹士のアルダ=ファケッティです。これから二週間、貴方の身の回りの世話をさせてもらいます。よろしくね?」

「え。世話、ですか?」

「ほら、アネルカじゃいろいろ地上と勝手が違うでしょ? だから毎年、代表の人には世話役がつくことになっているの。分からないことがあったら何でも言ってね」

「あ、そ、そういうことでしたら……こ、こちらこそよろしくお願いしますっ」

「ふふ、いい挨拶」

 ふっくらした紅い唇を上げるアルダさん。

 まさに大人の美女、という感じだった。切れ長の紫の瞳。頭巾からこぼれる、糸のような銀髪。座った僕に合わせてかがんでいるが、それでも分かるくらい背が高い。

 す、すごい。こんな美人がお世話をしてくれるなんて……代表って、いいかも。

「それでね、ジュリオ君。早速で悪いのだけど、ちょっと時間いただけるかしら」

「は、はいっ! なんでしょう!」

「服のサイズを測らせてほしいの。本戦では、代表選手は専用の服を着る決まりでね。早いうちに仕立てないといけないから」

「あ、はい。分かりました」

「それじゃ、立ってもらえる? マントは脱いで」

「はい」 

「両腕上げて」

「はい……え?」

 瞬間、僕は両腕を広げた石像になった。

 アルダさんが、前からぴたりと抱きついてきたのだ。

「ちょ! あ、あのあの……っ!」

「あん、動かないで」

 なんて言われても、この密着度ときたら採寸っていうレベルじゃない。抱擁だ。

 絹の銀髪が、耳にかかる。吐息が首筋に染みる。体温が全身を覆う。ふわりと香るのは、ずっと住んでいるアネルカの樹の匂いだろうか。言っては悪いけど、ルーチェとは全然違う……近くにいるだけで体温の上がるような匂い。

「へえ、意外としっかりした体してる」

 楽しそうに言いながら、なおも体をくっつけてくる。だ、ダメだそれ以上は。あまりの密着にそ、その、あまりにふくよかな、む、む、胸が……

「さ、次は股下ね」

 頭に雷が落ちた。ま、股下だと?

 アルダさんがひざまずく。下半身に伸びるその手を、僕はとっさに押しとどめた。

「ダメ! 今、そこダメェェ!」

「あら、どうして?」

「ど、どうしてもこうしても、そのっ……」

「ふふ、成長期かしら?」

 イタズラな上目づかいは、何もかもお見通しに違いなかった。妖しいまなざしに僕の抵抗はあっけなく崩され、よし、流されよう――そう決意したとき。

 股の間から、人間の頭が生えてきた。

「きゃっ?」「わあっ? ルーチェ!」

 ルーチェは、上下から押しつぶしたような不機嫌顔を僕の股間からにじり出すと、「ふん」と埃を振り払い、アルダさんの前に立った。

「人の『兄』にえらく気安く触ってくれるではないか。誰に許可を得とるんじゃ、ん?」

 一方のアルダさん、一旦は意表を突かれた形だが、すぐさま落ち着きを取り戻し、眼前の少女に微笑みかけてみせる。

「あら。お兄さんの採寸をするのに貴女の許しがいるのかしら? 妹さん」

「お主、神に使える身であろう。よくもそう男にベタベタできるもんじゃの」

「樹士だからって、恋愛まで御法度なわけじゃないわよ。実際結婚している人だっているもの。そんなことも知らないなんて、あなた外国の方ぁ?」

 な、なんだ、この険悪な雰囲気は……。予選のときの五百倍は怖いぞ?

「そうだ、妹さん。よければ貴女も採寸してさしあげましょうか? 女の子として、その服じゃ、あんまり……ねぇ?」

 ルーチェの格好を流し見て、にんまりと笑う。ルーチェの衣服は、こげ茶にすすけた膝丈のチュニックで、袖も裾もほつれ放題。確かに普通の女の子にしてはどうかと思う。

 が、当の本人はそれを気にするそぶりもない。ふん、と鼻を鳴らし、

「遠慮しておくわ。お主に触られるほうがよっぽど汚らわしいわい」

「あら、触るまでもないわよ。見ただけで分かるもの。棒みたいな体型しちゃって」

 ここでルーチェの額に青筋が立つ。……ん? 棒みたいな体型ってなんだ?

「あ、体の凹凸がないからか。アハハ、上手いこと言われたね、ルーチェ。アハハ」

 ごぎゅ、と鈍い音がした。あれ? 視界がナナメだよ?

 ふぃーっ、と熱い息を吐き出して、ルーチェはアルダさんに向き直った。

「お主、年はいくつじゃ?」

「? 十八だけど?」

「それは成長の早いことでうらやましいの。自慢の乳が熟れ切るのも、さぞ早かろうて」

 ぴく、とアルダさんの美貌にヒビが入る。

「それは、垂れてくる、っていう意味かしら……?」

「そう聞こえたか? ならすまんの、痛いところをついてしもうたわ」

 口の端を上げ、悪魔のような笑い方をするルーチェ。ゴゴゴ、と二人の間に空間が揺らぐような緊張が噴き立ってゆく。ヤバイ!

「ま、待って待って二人とも!」

 ナナメの首のまま、僕は二人の間に割って入った。

「せ、せっかく女の子同士なんだし、な、仲良くしましょうよ、ね? ねっ?」

 女の子同士だからこうなってるという気もするが、とにかくルーチェもアルダさんも、互いに相手から視線を外さない。竜と竜のケンカを仲裁する気分だった。

 しばしガンをつけ合った二人は、どちらともなく背を向けて去った。解放された肺が、凝り固まった空気を吐き出した。

「し、死ぬかと思った……」

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