第12話
「ええええっ? なにそれ! なんなのそれ! どういう理屈?」
僕の説明を、ルーチェが翻訳し、ナムに伝える。
『じおすとらは、いちばんのりゅうつかいをきめるたたかい……いちばんのりゅうをなのるおまえが、まけるどうりはあるまい。……「よせん」と「ほんせん」があるのだな? ならばもちろん、「よせん」からでてもらおう。らくはさせん』
『このわしに、人間どものお遊びに付き合えというのか?』
『まければニンゲンどものまえで、かばねをさらすことになる。ほこりがどうのとうるさいおまえには、にあいのしにかただろう』
『ふん、そういうことか。面白い』
「な?」
『わしもレオンサンノには赤っ恥かかせてやりたいところじゃったしな。渡りに船じゃ』
乗っちゃったよこの人! 確かにレオンさんは、すでに獅子樹区の代表として出場を決めている。年に一度の大舞台で、しかも前回優勝者だから、間違いなく本戦には出てくるだろうけど……。
『それと、もうひとつ。そのにんげんには……「はやにえ」をやってもらう』
ホラ来た! また分かんない単語来た!
『ニンゲンのちからをかりようというのだ。けじめはつけなければ』
『こやつなどそもそも力にならんがの。ま、よかろう』
僕を置き去りにしたままスイスイと話は進んでゆく。誰か、誰か止めて。
『「よせん」はみっかごだったな。それまでにやってみせろ。しっぱいすれば、おまえもそのニンゲンもくう。ではな』
ナムは翼を広げて空へと去り、他の竜たちもそれに続く。何十もの翼が巻き起こす風が森を波立たせ、鳥たちが騒いだ。
やがてそれが収まってから、ルーチェはふぅ、と息をつき……一言。
「あー。こわかった」
「こわかったの?!」
思わずレオンさんばりに突っ込んでしまった。性格が読めないよ、この子!
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って。なに、なんなの? なんか怒涛の勢いで話がまとまっていった気がするんだけど」
「気がするのではない。その通りじゃ」
「余計悪いよ!」
聞いた感じだと、はやにえというのは何かの試練であるらしい。いや、それより。
「ジオストラに出る? 分からない。わけが分からないんだけど」
「んー……なりゆき?」
「だからそのなりゆきを説明してよ! なんなのさっきからこの適当に扱われてる感!」
怒鳴りっぱなしで喉が痛い。誰か助けて!
「よ、よーするに君は僕がいないと竜に変身できなくて、レオンさんと戦うこともできなくて、自分のナワバリを取り戻すこともできなくて、だから協力しろ、ってことでしょ?」
「分かっておるではないか」
「だから、なんでそこに僕が入っていくのか分からないんだってば」
「わしが死ねば、お主も死ぬからじゃ」
「……な……なぜ……?」
「それが『誓約』のルールじゃからな」
『誓約』。彼女が僕を「竜魂」の代わりにした、と言った術……だけど。
「じゅ、術者が死ねば解放されるんじゃ……?」
もしくは、術者の意思で術を解く。それがルールのはずだ。
「んー? 『隷属』と勘違いしとらんか?」
「『隷属』?」
「お主らが『洗礼』とか言っているあの術じゃ。あれはもともとわしの生まれた地で、獣を隷属させるための術なのじゃ。主人が死ねば奴隷が解放されるのは当然……が、誓約は違う。魂そのものをもらい受けるわけじゃからな。一蓮托生じゃ」
待て、ちょっと待って……状況を整理しよう。
ルーチェと一緒に戦わなければ、彼女はナワバリを追い出される。というか、多分あの竜たちに食われて死ぬ。そうすると僕も死ぬ。
解放されるには、ジオストラに出るしかない。年に一度の大舞台、去年の覇者のレオンさんもちろん出場する。そこで勝たなければ、僕に自由はない……
「罠だ――――――――――――――!」
「人聞きの悪い。天命と言え」
「どっちにしろキミの言いなりなんでしょ!」
「嬉しくないのか?」
「当たり前だよ! 犬か、僕は!」
なんてことだ。なされるがままなすがまま。まるで渦に巻き込まれる木の葉のようだ。
「い、今からでも、他の人に交代、とか……」
「『誓約』は生涯に一度しか使えんのじゃ。でなければ、誰がお主のような腰抜けなど」
「そ、そうだ! 何もここにこだわらなくたって、別のナワバリを探せばいいんだよ!」
「なら、お主も故郷を捨ててわしと来るか? どこに行こうと、人間のままではわしは獣に食い殺されよう。もちろんお主も同じ運命じゃ」
「……! で、でもジオストラに出るのはやっぱりまずいよ。だって君、ニワトリでしょ? おたずねものみたいなものなんでしょ? 人前に出たら捕まっちゃうよ、ね? ね?」
「お主が『隷属』させたことにすればよかろう。それくらいはガマンしてやる」
ああ言えばこう返ってくる。じわじわと上がる水位が喉元に来たのを僕は感じた。
と、そこでルーチェは盛大なため息をついた。
「お主なァ……悔しくないのか? レオンサンノに使い捨てられて。一発やり返してやろうという気概はないのか?」
「そりゃ少しは悔しいけど……だいたいアレだよ、レオンさんはゾディアで一番の竜撃士なんだよ。そんな人に、僕みたいなのが勝つ、ってのは無理があると思うわけで」
「戦うのはお主じゃないわい。お主は黙って背中に乗っかっておればよい」
「でも、その分重しになるわけで。二人分の重しを背負ったレオンさんに負けたキミが、今度は僕っていう重しを背負いながら戦うわけだから、その……」
「だーッ!」
突如の爆発。尻もちをついた僕に、ルーチェは馬乗りになる。
「なら聞くが! なぜあのときわしをかばった! レオンサンノの前に出てわしに『逃げろ』と言い放った、あのときのお主は! 勇気はどこにやったのじゃ! 答えろ!」
ルーチェの剣幕は本物だ。空を閉じ込めたような澄んだ瞳が、今は燃え立つようだ。
「あ、あのときは……これで最期だと思ったから」
せめて最期くらいカッコをつけたかった。それだけだ。勇気なんてたいそうなものじゃない。あのときは、本当に特別だったから。
「なら、今は違うのか?」
ルーチェの顔を見る。空色の瞳は怒りに満ちたままだ。
「あのときと今と、一体どう違う? わしに言わせればな、お主らの人生などアッという間じゃ。五十年後か六十年後か、死はすぐさまやってくる。じゃというのに、ウジウジウダウダと……いつまで後回しにすれば気が済むのじゃ?」
「……」
「お主はまるでダンゴムシじゃ。危なくなったら丸まって、小突かれても蹴り飛ばされても、じーっと待つばかり。自分が坂道を転げ落ちておることにも気づいておらん。断言するがお主、ここで奮い立たねば一生ダンゴムシのままじゃぞ」
その迫力に押されたまま――どうしてだろう。僕は、胸が熱くなるのを感じた。
ルーチェは怒っている。僕に対して怒りを示している。
だけどそれは、たとえばフェデリコが僕に向けてくる「怒り」とは、全く違う。
笑われて、こずかれて、蔑まれるばかりで。これほどまでに真剣な眼を、今まで向けられたことがあっただろうか。こんな強い気持ちを、一度だって――
「もう一度聞く。強くなりたくはないのか。悔しくはないのか」
今、僕は。
「く……くやしい……」
想いは声となって喉の奥から滑り出ていた。
「悔しい……! くやしいよ! 強くなりたい!」
このまま泣き寝入りしたくない。僕を使い捨てたレオンさんに、一泡吹かせたい。
「勝ちたい! どうやったら勝てるのか、知りたい!」
腹の底から絞り出した声は、森にこだました。こんな大声を出したのは初めてだった。
静寂が戻り、やがてルーチェの顔に浮かんだのは……悪魔のような笑みだった。
「確かに聞いたぞ、その言葉」
……へ?