私は
――彼女に、ずっと伝えられないことがある。
それは――彼女にはいつも、“なにか”が憑いているということだ。
――こんなことがあった。
ある日、私が窓際に座り、空を眺めていた時のこと。ふと彼女の方を見て、ギョッとした。
ソファに座って雑誌を読みふけっている彼女の後ろに、もう一人誰かがいるのだ。中年の、男性である。もちろん、ここは彼女の住む部屋であって、そんな中年男性がいるはずなどもない。
雑誌に目を落とす彼女の後ろにその男性はいて、同じように雑誌を眺めていた。そして気がつくと――なんとその男の両眼が、ぷるぷると震えながら飛び出してくるではないか!
私は固まったように動けず、その様子をただジッと眺めていた。ハラハラしていると、やがて男の両眼は半分以上飛び出して――
ボロッ、と落ちた。
私は思わず声をあげたのだが、彼女はというと、
「どうしたの?」
なんて呑気に言っている。
よくよく見れば男はもう消えていて、それ以降見ることはなかった。
――こんなこともあった。
台所で彼女は食事を作っていた。日の沈みきった、夜のことである。
出来上がった食事を盆に乗せ、「おまたせ~」といってやってくる彼女の方を見て――またもやギョッとした!
なんと、その彼女の右足首を、髪の長い女が掴んでいるのである。女はぐったりとうつ伏せになって倒れ、両手だけに力がこもっている。そんな女を彼女は引きずりながら、気づかないまま歩いてくるのだ。
私はというと口をポカンと開け、その様子を眺めていた。正直、もう食事を摂る気分ではなかった。……でも、
「いっぱい食べてね」
……彼女が笑顔でそう言うから、私はそれを全て平らげた。……彼女は三日後、その右足首を怪我した。軽い捻挫で済んだからよかったものの、やはりあの足首を掴んでいた、女のせいなのであろう。
――彼女はきっと、いわゆる“憑かれやすい体質”。“霊媒体質”なのだ。……だが、“ソレ”が彼女には全く見えていないというのは“良かった”というべきか、“悪かった”というべきか。
見えていないので気にしすぎることもなく、そこは“良かった”といえる。
……しかし、害を及ぼす存在もいることは確かだ。見えないことで対策をとることもできないので、そこはやはり“悪かった”ともいえる。
――どうしたもんかと今日も一人、部屋で彼女の帰りを待っていると、玄関の方で音がした。彼女が帰ってきたのである。私は彼女を迎えるべく、玄関へと急いだ。
「ふぅ~……。疲れたぁ……。あっ、ただいまぁ~」
スーツに身をつつんだ彼女は、今日も疲れているようだった。私を見ると、笑顔を見せる。……しかし、今日も憑かれているようだった……。
背中に、老婆を背負っているのだ! (疲れるのも、当然だろう……)
きっと心優しい彼女は、そこらに存在する“浮遊霊”を、拾ってきてしまうのだ。霊は「この人こそは、私を助けてくれる」と思うと、その人に憑いてしまう。私は彼女が心配で、今日こそ伝えようと、声を張る。
「ニャアァアァァ!」
「ん? どうしたの?」
そう言うと、私を抱き上げて頬ずりした。その結果、私の目の前に老婆の顔面が迫ってくる!
「ニャアシャアァ!」
私の右爪が老婆の顔面をひっかく! ……すり抜けてしまったが、それでも効果はあったようだ。老婆は狼狽えたような表情になり、煙のように霧散した。
「おうおう……あばれるでにゃい……」
彼女は私を抱きかかえ直し、リビングへと連れてゆく――。
やった……! やったぞっ……! 私の爪は、霊にも有効なのだ。今までは恐れてばかりで近寄ることもできなかったが……。……私が彼女を守っていこう。そう固く誓った。霊を見ることの出来ない彼女に変わって、私が戦うのだ! 愛する、彼女のために……。
――申し遅れたが、私の名前はレオン。
――猫である。