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確乎不抜ノ戦闘記  作者: 鳥終螺
第一部 黒塊戒告部隊編
8/28

絶望の指揮者 6 「悪戯の睡魔」

 しかしそれに気づいたからと言って何が変わる訳でも無い。

 むしろ元々気づいていたとさえ言える。

 気づいていて見ない振りをしていた、という事を認識した上でまたその事を無かった事にした。そうなのかも知れない。

 が、やはり頭の中を何度思考が巡っても、秋ノ葉のやる事は変わらなかった。

 今はこの場を楽しもう。

 そう思っている自分がいる以上、自分の行動に躊躇いは生まれない。

 意を決した所で周りを見渡すと、誰もが口を閉ざした状態になっていた。

 折木谷の言葉が霧散した後秋ノ葉が複雑な表情をした事も無関係では無いだろう。

 だが、秋ノ葉が何かを言い出す前に折木谷が言葉を続けた。

「私の事はもういいでしょう。さっさと皆さん自己紹介しないとナオちゃんが可愛そうです」

 ナオは実に眠そうな顔をしていた。

 十三、四歳であるはずのナオからすれば十二時を過ぎた今の時間は夢の中の時間なのだろう。

 対して、隣に座るタダの方はあまり眠そうでは無い。ナオの事を気に掛けながらも自らは意外にピンピンしている。それはもしかすると秋ノ葉に対する興奮(変な意味では無い)故なのかも知れない。

 折木谷がナオに話を振った事により、当然順番がナオに回る訳だが、当人はと言えば、眠そうにしているというよりはもう半分寝てしまっていた。頭をタダの肩に預けてスースーと寝息を立てている。半分どころかぐっすり眠ってしまっていた。

「えーっと、ナオのやつ、寝ちゃったみたいなので、俺、寝かして来ますね」

 タダは苦笑するとナオをそっと抱えた。

「タダ君ももう寝た方が良い。育ち盛りはしっかり寝ないといけないからね。でないと秋ノ葉君みたいに大きくなれないよ」

 神崎はタダにも寝るように促した。そこは大人の采配というやつだろうか。

 リーダーというだけあって、タダもすぐに言う事を聞き、照れ笑いを浮かべるとナオをおんぶして広大な部屋を後にした。

 あまり大事ではないが、秋ノ葉は結構背が高い方だ。それ故に細さもより目立ってしまうのだが。

 秋ノ葉は男としてもっと頑丈な体が欲しかったのである。だから実は、いつも秘密裡に筋トレをしていたり走ってみたりしていたのだった。

「……あの二人、学校とかはどうしているんですか?」

 二人が完全にいなくなってから秋ノ葉はそっと言った。

 こんな組織にいる時点で訳ありなのは分かり切っていたため、本人達の前では言わなかったのだが、やはり気になってしまう。

 故に最大の配慮をして遠回しに訊いたのだ。

「秋ノ葉君も気づいているとは思うけどね、あの二人は孤児なんだ。つまり親がいない。経緯を話してもいいのだが、そんなに長い話じゃない。ただ偶々通りかかった道に捨てられていた、それを私が拾った、それだけの話だ。あの二人の名前はね、私がつけたのだよ。ナオとタダ、両方「直」という漢字だ。何故そうしたかと言うと、あの二人が座っている間に落ちていたプレートに「直」と書かれていたからなんだ。実際どちらのものだったのかは分からないし、もしかしたらどちらのものでも無かったのかも知れない。で、二人の服には両方とも救井と書いてあった。だから救井ナオと救井戸タダという訳さ。まあ、戸籍上は私の養子という事になっているから、神崎ナオと神崎タダ、だけれどね」

 最後に驚く発言をした神崎であった。

 まだ三十路にもなっていない男が十代の子供二人を養子にするなど、普通は経済的に厳しいはずだ、そこが、政府の力というものなのだろうか。

 それ以前に、神崎に配偶者はいないのか、という疑問が出てくる。

 経済力があり爽やかで格好良く優しい二十代後半の男となれば結婚とまではいかなくとも恋人くらいはいそうなものだが。

 秋ノ葉が分かりやすいのか神崎が鋭いのかは分からないが、神崎は秋ノ葉の考えを読み取ったようで、

「経済力は政府のお陰、かな。家庭裁判所の承認の時は色々大変だったけれどね」

 微笑みながらそう返した。そして付け加える。

「私にはね、婚約者がいるんだ」

 それを聞いた時、皆は揃って目を見開いた。どうやら初めて聞いた事だったようである。皆がただ純粋に驚いている中、秋ノ葉だけは少し衝撃を受けていた。

 意外だったのではない。むしろ自然と言えよう。だが、秋ノ葉が動揺したのはそこではなかった。

 神崎の変化の乏しい表情を見て、秋ノ葉は反射的に、その婚約者がもうこの世にいないという事を理解してしまったからである。

 根拠は無い。が、神崎の表情がそれを物語っていた。周りが気づかない方がおかしいと思うほどである。

 しかし、どう見ても皆(と言ってもやはり御吉野は除くのだが)はただ驚いているようにしか見えない。

「えぇ!? 神崎さん彼女いたんですか! 今度会わせて下さいよ!」

「初耳ですね」

「意外ではありませんけれど」

 各々の方法で驚きを口にする。

「そうかい? まあ、機会があったら紹介するよ」

 神崎は軽く返事をしたが、秋ノ葉には分らない事があった。

 何故、今この話をしたのか。

 三氷達とは数年の付き合いがあるというのに一切知らせていなかったようだ。にも関わらず今この場所で明かすのに何の意味があるのか、秋ノ葉には分らなかった。

 しかし今それを口に出す訳にはいかない。

「ではここで、私の紹介でもしておくかな。神崎咫倉間、二十八歳だ。一応この第三調査隊の隊長を務めている。固有能力は持っていないがね」

「そうなんですか?」

 隊長ともなれば凄い固有能力を持っているものだと思っていたため、少々拍子抜けである。

「私は『ADAM』タイプだからね。『TM』が使えるというだけで特にこれと言ったものは持ち合わせていない。そこの彼女らとは違ってね」

神崎は折木谷、四五六、三氷の順に見回し、最後に、隣に座っている御吉野を見た。

「私と救井兄妹を除く、第三調査隊のメンバーは全て『EVE』タイプだ。中々『ADAM』タイプの仲間が増えないから少々残念ではあるけれどね」

 神崎は全く眠そうでは無く、秋ノ葉に語りかけている。秋ノ葉も、流石にこれ程の災禍に巻き込まれた身が早々眠くなる筈も無く、未だに高揚を覚えている身体は少しも眠気を訴えてこない。

 しかし、流石に一時を過ぎると元気一杯の三氷も冷静沈着の折木谷も睡魔に襲われるようで、三氷に至っては一人になったソファーでだらしなくゴロゴロしている。

 ――二人とも眠そうだなぁ、僕も眠くならないかなぁ。

 と考えていたりするのだが、気づけば右隣では四五六がすっかり寝落ちしていた。

 ソファーにもたれかかっているだけなので中々気づかなかったのだが、いつから寝ていたのかも分からないくらいに完全に寝てしまっている。

 折木谷は昨日から徹夜のようだし、四五六は今日散々暴れたのだから仕方ないだろう。

「あの、皆さんそろそろ限界のようですし、もう休んだほうが良いのではないでしょうか……」

 恐る恐る箴言してみたが、神崎はニコニコした表情を崩さない。

「何を言っているのだね秋ノ葉君。どんどん人が脱落していく中、最後まで生き残る気でいないといけないよ?」

 などと諭してくる。

「ん、八百万君はもう完全にダウンしているみたいだから、そうだね、心里君、彼女を部屋まで運んでくれるかな」

 三氷は眠そうにしてはいるものの未だソファーの上でゴロゴロするだけの気力は残っているようだ。

「はーい、了解です……」

 だらだらと起き上がると、三氷はよっこらせ、と老人のようなセリフを吐きながら四五六を抱きかかえた。こうして見ると、髪の色は違うものの姉妹のように見える。

 ふらふらしながらも人ひとりを抱える力がある所を見ると、三氷は力持ちの方なのかも知れない。もし三氷に宿った副次的能力が腕力だったら、と秋ノ葉は考えた。

 力を持った女性ほど怖いものは無い。

「心里君も、眠かったらもう寝てしまっていいからね。ここで制限があるのは秋ノ葉君だけだから」

 やはりその制限は続いているのかと思ってしまう。ノリで決めたようなルールが継続するのは何とも辛かったりするのだ。が、今回に限って言えば秋ノ葉は全く眠くないので問題は無い。

「さて、お待たせしたね、御吉野君。君の番だ」

「……御吉野西雲牙、初期メンバーだ」

 一言述べるとまた黙ってしまった。

「御吉野君はさっきも言った通り設立当初からの付き合いでね、本当に助かっているよ。いろいろこれまた訳ありで殆どここにはいないのだが、呼べば来てくれるから助かるよ。怖そうかもしれないけれど、全然そんな事はないから気軽に話してみるといい」

 場に四人残った今の状態(入口と向かい合うソファーに神崎と御吉野、向かって右側に秋ノ葉と折木谷が座っている)を見て、

「神崎さん、なんか人の配置、アンバランス過ぎませんでした?」

 今更どうでもいい事が気になってしまった。

 最初は八人いて、机を四つのソファーで囲っているのだから一つのソファーに二人ずつ座るのが普通なのだが、秋ノ葉の反対側には救井兄妹と三氷がいて、秋ノ葉の座るソファーには四五六がいたから、二、三、三、という配置になっていたという事である。つまり入口に背を向けるソファーには誰も座っていなかったという事だ。

「それはきっと、八百万君が秋ノ葉君の隣に座りたかったのではないかな」

「何故です?」

「それは、何となく、というやつさ。まあ、実際はそこのソファーには誰も座りたがらないというだけだがね」

 前のソファーを指して神崎が言う。

「より厳密に言えば、入口に背を向けるように座るのを好まない、という事だろう。私達はこれでも一応戦闘を請け負う部隊だから、危機管理は徹底している方なのだよ」

「それにしては、見知らぬ僕の前で堂々と眠くなっている人が沢山いましたが」

「ははっ、そうかも知れない。だがもう君は見知らぬ人間などではないよ。もう我々第三調査隊の仲間なのだから」

 酷く複雑な気持ちになった。秋ノ葉が思ったのはただそれだけだった。

 と言っても先程、今できる事を精一杯しようという結論に至ったのだから、その複雑な気持ちすら、もうどうでも良いものになっていたのかもしれない。

「仲間の紹介が一通り終わった所で、夕方説明できなかった分を少ししておこうか。我々黒塊戒告部隊の主要施設は全国に四か所ある。一つはここ、本部、即ち第一調査隊はここからそう遠くない、首都近郊だ。またいつか詳しい場所は説明しよう。三つ目、第二調査隊は近畿地方にある。四つ目、研究専門機関は九州だ。と言ってもあまり実感は無いだろうね」

 秋ノ葉は真摯に話を聞いているが御吉野はただひたすら食事を摂っている。静かだから気づかないが、御吉野はどれ程の量を食べているのだろうか。

「うん、やっぱりまた今度にしよう。今話しても伝わらないだろうからね。実際に出くわした時に話すのが一番だ」

 出くわす、という言葉が出てくるあたり、恐らくは黒塊戒告部隊の活動の邪魔になるような要素なのだろうと秋ノ葉は思った。

 それならば、下手に先入観を与えない方が、敵の存在を正しく判断できるかもしれない。

 という事を瞬時に考えられるのが秋ノ葉という人間であるため、今神崎が色々な事を話してもその事を軽く見たりはしないのだが、百聞は一見に如かず、である。

「そうですか。ではそろそろ――」

 解散しましょう、と席を立とうとした所、突然腿に重みを感じた。

「え――」

 何事か。一瞬頭がフリーズしてしまったが、そこにあったのは折木谷の頭だった。

 無論、頭だけがあったのではない。そんなホラーな光景では無く、ただ折木谷が秋ノ葉の膝枕でぐっすり眠っているだけである。

 徹夜続きで耐えられなくなったのだろう、倒れ込むようにして意識は完全に飛んでいるようだ。

 生々しい感覚に襲われ再びフリーズしたが、いつまでもたじろいでいてもみっともないので秋ノ葉は冷静を装った。

「……神崎さん、どうしましょう」

「どうするも何も、そのままでいるしかないね」

「ええ……?」

 妙に気恥ずかしい状態をこのまま続けるのは実に厳しい。

 だが秋ノ葉の足は不思議な程全く動かなかった。いくら装うのが上手くとも、物理的攻撃にはどうにも弱いようである。

「いいこと思いついた!」

 暫しの沈黙が続いた後、急にドアが開かれると、すっかり元気になっている三氷が大きな声で言った。近所迷惑である。(実際この建物の周りに民家は殆ど無いが)

「何を思いついたのかな?」

「えっとね神崎さん、って何してんの!?」

 もうすっかり落ち着いた秋ノ葉は膝の上で沈黙している折木谷の頭に皿を置いてクラッカーを口にしていた。

「いや、少しお腹が減ってきまして。神崎さんの言う通りですね」

 苦笑いをしながらビスケットも頬張る秋ノ葉。

「そうじゃなくて! オリギンが! オリギンが潰されてるよ!」

「いえ、これは潰しているのではなくただお皿を……ってあわわわ!?」

 秋ノ葉はどうやら自然に皿を折木谷の頭の上に載せていたようである。今更気づいたのか(だじゃれではない)と思わずにはいられない光景だ。

 秋ノ葉はすぐに皿をどけた。

「す、すいません、気づかぬうちに……」

「何だ、秋ノ葉君、分かっていてやっていたのではないのかい? そうだったら大した器だったのだが」

「ははは! オリギン潰されてる! ははは! 写真とっておこう!」

 三氷はポケットから携帯を取り出すおとシャッターを押した。嫌がらせにでも使うのだろうか。

「それで、良い事とは何ですか?」

「うん、歓迎パーティの続きって事で、社員旅行に行こう!」

「社員旅行?」

「そう、前に一回だけ行った事があるんだけど、とっても楽しかったからどうかなって!」

「そんなに簡単にいけるものなんですか? 色々忙しいのでは……」

「よし、行こう」

 神崎がざっくり言った。

「面白そうじゃないか。そう遠出する訳でもないのだから、一泊二日くらいの休暇はとってもいいだろう。政府に届けておこう」

「やったー!」

「ええ!?」

 大分あっさりとしているものである。

 何だか二人のやりとりを見ていると、神崎には失礼かも知れないが、父と娘のような雰囲気がある。

「後はいつ行くか、だが……秋ノ葉君は何か用事等はあるかい?」

 神崎にそう聞かれて反射的に、無いです、と答えてしまいそうになった。しかし、秋ノ葉には用事がある。

 日曜日、映画に行かない?

 そう誘われた事を忘れるはずが無い。

 今はもう忘れてしまっているとしても、約束が消える訳では無い。

 彼女の方は覚えていなくとも、自分が覚えている。

 そのせめてもの証明の為に、秋ノ葉は日曜日に映画に行かなくてはならなかった。

「……今週の日曜日は少し忙しいので、それ以降なら……」

「うん、確かに週末は混むだろうから避けた方が良いね。では全員に聞いてから日程を決めるとしよう」

「よし! どこに行くかは神崎さんに任せますね! それでは、お休みなさい!」

 本当にお休みできるんですか、と言いたくなるほど元気にその場を去って行った。

「ふう、中々大変なんですね、この部隊」

「ああ、大変だよ」

 会話できる人間が二人しかいないこの空間においてはどうしても空白の時間が生まれてしまう。

 それをなるべく埋めるために秋ノ葉は質問を重ねる事にした。

「この部隊の人は、全員ここに住んでいるんですか?」

「御吉野君を除けば全員だね」

 理由も訊こうと思えば訊けたが、何となくプライバシーに関わる気がしたのでやめておいた。

 質問を重ねる気でいて早くもネタ切れとなる訳だが、さて次はどうしようと考えていると、

「俺はそろそろ帰らなくてはならない。ごちそうさま」

 御吉野はすっと立ち上がると部屋を出て行った。

 これで会話ができる人が本当に二人になってしまった。

「これで私がリタイアしたら、秋ノ葉君は寝られるという訳だね」

「どこの修学旅行ですか」

 いつまで起きていられるかを競うなんて事にあまり興味が無かった秋ノ葉は、さっさと寝てしまうタイプであったので、このような忍耐勝負はあまり得意ではないのだ。が、やはりというか一向に眠くならない。

 眠くない、という思いが伝わったのかどうかは分からないが、秋ノ葉が首を回すと、それに合わせて折木谷が薄らと目を開けた。

「おはようございます、折木谷さん。と言ってもまだ夜中ですが」

「……? ああ、おはようございます、秋ノ葉君……」

 寝ぼけているまま、再び眠りに落ちてしまった。引っ叩かれなかっただけましであろう。

「秋ノ葉君をいつまでも起こしておくのも悪いし、私もそろそろ寝ようかね。悪いけれど、秋ノ葉君、折木谷君を部屋まで運んでくれるかな?」

「ええ!? 嫌ですよ!」

「嫌って事は無いだろう。私が運ぶと絵面的に犯罪だが、秋ノ葉君の場合はもし何かが起こっても若気の至りで済む――」

「済みません!」

 謝っているようにも聞こえてしまう。

「第一、僕は折木谷さんの部屋がどこなのかも知らないですし――」

「折木谷君の部屋は君の部屋の隣、つまりは三階の西側だ」

「場所が分かっても行きませんよ!」

「そうか、じゃあ悪いのだが折木谷君が目覚めるまでここで面倒を見てやってくれないだろうか」

「え、ええ、それくらいなら」

 取り敢えず諸々の可能性的危機は去ったようで秋ノ葉は一安心した。

「ああ、そうだ。明日また紹介するけれど、君の部屋は西の端の空き部屋になる。今はベッドと少しの家具しか置いていないが、必要なものは言ってくれれば経費から出す事ができるから遠慮せずに言ってくれ給え。それでは、お休み」

「あ、はい、お休みなさい」

 神崎が部屋を去ると、本当に静かになった。

 静寂という言葉では足りないような静けさである。

「って、結局まずいじゃないですか!」

 神崎はもう出て行ってしまったが、それでも叫ばずにはいられなかった。

 神崎が出ていってしまっては折木谷と二人きりになる訳で、精神的に相当辛い。寝ているとなれば尚更である。

 だが乱暴に起こしてしまうのも悪い気がするのだ。

 そっと頭をどかしてやればいいのかも知れないが折木谷一人をこの広大なスペースに置いてけぼりにするのも何だか可愛そうな気がした。

 そして、気にしなければ案外一人でいるのと変わらない為、自分が眠くなるまで暫くこのままでいる事にしようと決意する。

 しかし何もしない、という事は中々大変な事である。

 人間は考える事ができる生き物であるが故に何もする事が無い状態になっても尚、何かを考えようとする。

 この場合、秋ノ葉が考え出したのは当然ながら今置かれている状況について、だった。

 何故こんな事になってしまったのか。秋ノ葉は何だかんだ言って巻き込まれてから今まで一人で冷静に考える時間を取る事が出来ていなかった。

 だから今がその絶好のチャンスだった。

 まず、自分がこのようなカタストロフィに巻き込まれた原因について探ってみる。

 <黒い塊>だ。間違いなくあの不気味な物体のせいである。

 ではあの塊が具体的に自分に何をしたのか。

 周りの人間から、秋ノ葉の記憶を消した。そう、消したのはあの塊に決まっている。

 それで今、何故ここに自分がいるのだろう。

 それは心里三氷という女性がついてこいと言ったからだ。もしくは黒塊戒告部隊そのものに拉致されたからだ。

 何故攫われたのか。

 能力が宿ったからである。その力を黒塊戒告部隊が必要としていたから、とも言える。

 どんな能力か。

 分からない。使い方も効果内容も、よく分からない。

 自分はここにいていいのか。

 多分、イエスだ。神崎達は秋ノ葉に仲間だと言ったのだから。

 仲間とは何か。

 それは、

「分からない……」

 今となってはもう分からない。彼ら彼女らの優しさを知った今となってはもう。

 甘いな、と思った。

 仲間というものがもし踏み潰し、踏みにじり、裏切った上で使い捨てるようなものならば、そもそも信頼を得られなければならない。信頼を得るにはまずは優しく。当たり前だ。

 そんな風に何の躊躇いも無く考えてしまう自分がやはり嫌でたまらなかった。

 好意を素直に受け取れない自分は、ここにいる資格が無い。

 ここにいられなくなったら自分はどうなるだろうか。

 死ぬだろう。生活能力が無い十六歳の子供が生きていける程世の中は甘くない。

 しかしここで一度別の方向から物事を考えてみる。

 彼らは秋ノ葉の事を必要だと言った。それは秋ノ葉の言う通り信頼ではなくただの利用なのかも知れない。

 それでも秋ノ葉はこの場に必要なのだ。

 資格は無くても義務はあるのだ。

 だから自分はここに居続けなくてはならない。その事によってそれだけ自分が苦しもうとも。

 そして、この場にいなくてはならないという強制力に便乗して自分の考えを合理化する自分を何度も何度も嫌悪した。

 一人になった(正確には二人)途端に心が揺れた秋ノ葉は自分の事を臆病者だと判断した。

 仲間について散々酷い事を言っておいて結局仲間がいないと一人で寂しい。そんな自分を見つめた。

 この世に終焉が訪れたかのような心地である。ならば世界よ、終わってしまえ。

 そんな中学二年の病み気のような事を考えながら秋ノ葉は静かに目を閉じた。

 何も見えない。

 ただ自らの心臓が刻む静かな音が聞こえるだけだ。

 鼓動が一つ、一つ。その度自分の愚かさを噛みしめる。

 そのまま秋ノ葉はドミノ倒しのように倒れ込んだ。

 ソファーで眠る二人を見る者は誰もいない。

 ましてや、秋ノ葉の心の内を見る者など。



 翌日。金曜日。弓先高校、二年二組の教室。

 赤茶色の髪をした少女が窓際から外を眺めている。

 太陽は丁度真上程にあり、その強い日差しは昼の休み時間を酷い暑さによって妨害している。

 少女は暑苦しそうに唸ると、そっと立ち上がった。

 そのまま教室を出ようとすると、

「なっちゃん、どこ行くの?」

 友達と思わしき女子生徒に話しかけられ足を止める。

「ジュース買ってくる。パシられよっか?」

「え、サンキュ! じゃあウチ、ウーロン茶!」

「相変わらず渋い趣味してるよね」

  軽く手を振ると、少女は教室を後にした。

 出た後、すぐに少女は速足になる。

 一緒に来る? ではなく、パシられよっか? と訊いた事から少女が一人になりたがっているという事は想像できる。

 向いからやってくる男子の群れも、仲睦まじく歩いているカップルも、教室内の騒がしい女子連中も、少女は気にせずにひたすら人をかき分けた。元々生徒数が多い学校なので、昼休みの廊下はそれなりに混むのである。

 二階にある自動販売機でオレンジジュースとウーロン茶を買い、そのまま教室には戻らずに屋上へと急いだ。

 そのウーロン茶は何のために買ったのか、と言いたくなるが少女はそんな事は一向に気にしていない様子である。

 三年生がいる三階を高速で過ぎ去った少女は屋上へのドアをそっと開けた。

 屋上は別に解放されている訳ではない。

 しかしこの頃は屋上のドアが開いているとの噂が流れていた。

 それもそのはず、鍵を壊したのはこの少女なのだから。

 それも針金で開けたとかペンチで壊したとか、そういう事では無い。

 手で捻じ曲げたのである。

 かくして屋上への扉が開いた訳であり、教師達は修理を依頼しているらしいが中々来ないようだ。そもそも、直したとしてもまた少女が壊してしまうのだろうが。

 少女は誰もいない広い屋上の風を受けた。

 後ろに垂らした二本の尾が靡いて不規則に揺れる。

「あの女、今日もいなかったわね」

 そんな中呟いた独り言は誰に届く訳でも無い。

「いっつもいっつもちやほやされて、馬鹿にした表情で冷やかに私を見るの……あの女! 昔から! 私の事を馬鹿にして! ……昨日はどうなったかなぁ? ちゃんと絶望してくれたかなぁ? 確かめられないのが残念だなぁ。今日はあいつの姿をしっかり確認してからやらないと……絶望を与えて与えて与えまくるの! それであの時の懺悔をさせるの! もうこれ以上ないってくらい懺悔させて悔しがらせて絶望で満たして! はっはははは! 本当、いいものを手に入れたわ!」

 フェンスに手を掛けて上から街を見下ろすと、そこに広がるのはビルの羅列と豆粒のような人々。

 下を見下ろす少女の目には一種の狂気が宿っていた。

 嫉妬と侮辱に対する憤怒を抱いたその瞳はただただ街行く人々を見下ろす。

 関係の無い人間にまでその狂気が降りかかるような、そんな予感を抱かせる。

 ふと中庭に目を移すと、二人の少女がベンチで弁当を広げていた。

 実に仲良く、微笑ましく。

 片方は少女のしっている人間だった。

 中学時代の同級生。

 友達。

憎き相手。

「仕方ない。あの女への怒りを鎮めるのに、ここは取り敢えずあなたに犠牲になってもらおうかなぁ。ねぇ。私のト、モ、ダ、チッ」

 ひと時の嘲笑を済ませると少女はポーチから携帯端末のような漆黒の物質を取り出した。

 そこには普通のキーボードのようなものの他に不思議な形状をしたボタンがついている。

 少女は笑みを浮かべながらそのボタンを押していく。普通に見れば、少し変わった形の携帯を弄っている少女にしか見えないだろう。

 少女は操作をし終えると画面を確認した。

 

 Target : 木村 結子 

 D level : 3

 Victims for the effect : Surroundings


 その後、中心のボタンを押す。

 刹那、金色の光が少女の左手を包み込んだ。

 その光は鮮やかに輝きながらも、奥に只ならぬ黒い物を宿しているように見える。

 決して大きな光では無い為下の人間に気づかれる事は無かったが、少女の目に宿る光は本物だった。

「さあ! 裁きを受けなさい!」

 ――Despair.

 機械ごもった音がその小さな機器から発せられる。

 その音さえも明確な敵意を含んでいるように聞こえた。

 中庭のベンチに座る生徒二人を睨む事数秒、少女が知らない生徒の方が突然苦しそうにもがきだした。

「だ、大丈夫!?」

 心配そうに木村というらしい女子生徒が声を掛ける。

 しかしもう一人はただ腹を抱えて悶えているだけだ。

「保健室行こう? ね?」

 木村が諭すが女子生徒はぐったりとしている。

「ほ、本当に大丈夫!? ねぇ!?」

 木村の方もだんだん焦ってきて言葉が激しくなる。額には冷や汗がにじみ、誰かに助けを呼ぶ余裕もないようだ。

 ――お前がさっき交換した具材が原因なんじゃないか?

 木村の耳元で曇った声がささやいた。

「え?」

 ――お前が毒を盛ったんじゃないのか?

「ち、違う! 私は――」

 ――お前のせいで友達が苦しんでいるぞ。いいのか、それで。苦しんでいるぞ。助けないのか? それとも助けられないのか?

「あ、ああああ、あああああ!」

「おい! どうした!?」

 木村の声が聞こえたのか一人の男子生徒が教室を出て駆け寄って来た。

「実花が! 突然苦しそうに!」

「小野池が? まずは保健室に運べ!」

「う、うん……」

「何だ! 早くしろよ! ……もう仕方ねえな、俺が運んで行く!」

 グズグズする木村を見かねて男子生徒が小野池を背負って行った。

 そして木村はその背中をただ見ている。

 罪悪感と嫉妬を帯びた目で。

「へぇ、レベル3でも中々やるのね。見直したなぁ、この機械。それにしても、いい気味ね。友達と好きな男、両方同時に離れていくんだもの。乙女にとってこれ以上の屈辱ってないんじゃない? これでレベル3なら、もっと上げれば大変な事になるかもね……ふふふ……」

 中庭に座り込む木村を嘲ってから一つ深呼吸をすると、少女は屋上の出口へと向かった。

「さて、あの女にもっと使ってあげないとね……少しずつ、じわじわと……」

 少女は手に持ったペットボトルを強く握りしめ階段を下りて行った。

 教室に戻ると、友達がすぐに少女の下へ寄って来た。

「遅くない? 何してたのさ!」

「ごめんごめん。それ奢るからさ」

「え! ホント? ありがと~」

 すぐに矛先を収めた女子生徒はペットボトルのふたを開けながら、

「ねえなっちゃん、週末暇?」

「週末? 日曜は他校の部活友達と映画行く約束してるけど、土曜日なら空いてるよ?」

「何だ~ 私も呼んでくれればよかったのに」

「ごめんごめん。ほら、部活帰りに行くからさ」

「そっか。でさ、土曜日でいいからいつものメンバーで買い物行かない?」

「いいよ。だったら、四五六ちゃんも誘わない? ほら、彼女全然学校来ないし」

「え? なっちゃん知り合いなの?」

「うん、中学が一緒でさ。今どこにすんでるか分からないけど、街でよく見かけるから」

 そう言う少女の顔には嗜虐的笑みが浮かべられていた。

 少女は四五六がどこに住んでいるか、知っている。

 街はずれの怪しいマンション。

 そこを訪ねれば、四五六はいる。

 それが分かっているからこそ、少女は明日が待ち遠しくなり、今すぐにでも学校を抜け出したい気持ちだった。

「友達は沢山いた方が良いじゃない」

 昼休み終了のチャイムが鳴った。

事情により三週間ほど更新が空く事になるかも知れません<m(__)m>

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