絶望の指揮者 5 「真夜中の晩餐会」
警察に状況を説明するのは地味に大変な作業だった。
無人なのに何故動き出したのか、と訊かれても秋ノ葉が知っている筈は無い。
それでも色々訊かれるのだから秋ノ葉達からすればたまったものでは無いだろう。漸く解放された頃には十二時近くになっていた。もうすぐで日付が変わってしまう。流石に日付が変わってから帰るのは心配させてしまうだろうと思い(恐らくもう心配していると思うが)秋ノ葉達は急いで組織の建物に戻った。
四五六だけならもっと早く帰る事ができたはずだが四五六は秋ノ葉と一緒に走ることにしたようである。確かに一人だけ置いていくのは酷というものだろう。
しかし、秋ノ葉の足は異常に速かった。
「おかえり、秋ノ葉君、こんなに遅くまで何かあったのかい?」
階段を上り部屋に入ると神崎が出迎えた。
「ん? ああ、八百万君も一緒だったのか。という事はもう知り合ったのかな? 大変結構な事だ。さて、ギリギリ間に合ったようだね。では、パーティを始めよう!」
神崎の手の方向にはぎっしりと並べられた豪華な料理。豊富な飲み物。
先程は無かった筈だが、広大な部屋のど真ん中に大きな机と贅沢なソファーが並んでいる。
一体この部屋にはソファーや椅子が何個あるんだ、と驚嘆するばかりであった。
そしてそのソファーにはもう既に三氷達が腰を下ろしていた。
その中に見覚えのない顔が二つばかりある。
そっくりな顔をしているため、恐らく彼らが救井兄妹だろう。
兄の方はサラサラの黒髪が目立つおかっぱヘアーでありとても可愛らしい顔立ちをしている。妹の方はゴスロリの服を纏ったツインテール。一目でアレだと分かる格好をしていた。が、その格好はやけに似合っている。
「我々黒塊戒告部隊はね、新人の歓迎パーティはその日の内にやるって決めているのだよ。まだ十二時を回ってないからセーフだね。さあ、席についてくれ」
四五六は、いかにもこの事を忘れていたような顔で席についた。やはり普段は色々と抜けている所があるようだ。
「おお! 秋ノ葉君おかえり! もう準備はできてるぞっ!」
「おかえりなさい、秋ノ葉君」
見慣れた二人が出迎えの言葉を述べる。
それにつられてか、座っていた救井兄妹がソファーから立ち上がった。
「は、はじめまして! 俺は救井タダって言います!」
兄の方が先に頭を下げたが妹の方は下げる気配が無い。
「…………ども」
暫くしてボソッと言うとそのまままた座ってしまった。
もっとアレなキャラだと思ったら案外普通なようだ。少しシャイなところが年相応で可愛らしくも思える。
秋ノ葉は微笑みながら自己紹介をしようとしたが、タダが自分の事をじっと見ている事に気づき首を傾げた。
「な、何かな?」
「か、かっこいい……」
「え?」
聞き間違いではないだろうかと疑う。
「あ、あの! 兄上とお呼びしてもいいでしょうか!」
「ええ!?」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
自分の容姿のどこにカッコよさがあるのかは全く分からないが、タダは秋ノ葉の事を気に入ったようである。
「秋ノ葉君、どうやらタダ君に気に入られたようですね」
秋ノ葉が狼狽えていると、横から折木谷が会話に加わってきた。
気に入られたと言われても自分のどこをどう気に入られたのかが一切不明なためリアクションに困る。
あ、どうもありがとう、とか、いやぁ、それほどでも、とか言っておけばいいのだろうか。
とあれこれ思案を巡らせている姿がどうにもただ狼狽しているように見えて一同は苦笑した。
が、席の右端に座る御吉野は表情を変えていない。
救井兄妹に目を取られていたが、意外にも御吉野はそこにいた。
相当なレアキャラらしいからてっきり居ないものだと思っていたため、つい二度見をしてしまう。
それに、数時間前に一瞬だけここに来た御吉野が今ここに居るというのはどういう事なのだろうか。数時間だけこの場に居なかったというのはいささか不自然である。
「彼がいるのが意外かい?」
自分の席であろう真ん中の席に座った神崎が尋ねてきた。どうやら表情に出てしまっていたらしい。二度見をしていればばれても仕方ないが。
「御吉野君はね、普段はほとんど居ない代わりに呼んだら必ず来てくれるのだよ。せっかくの歓迎パーティなのだからやはり第三部隊の全員で祝わないと、と思ってね」
そう言うと、神崎は食べ物を皿に取り分け始めた。
チキンにサラダに寿司、ギョーザにスパゲッティにステーキ、様々な食べ物をひとまずはバランスよく分けていく。
バランスよく、と言っても置いてある食べ物がもう既にバランスが良くないため、ただ量の意味でのバランス、という事である。
しかしそれ以前の問題としてこれほどの量を八人で食べきれるのだろうかという事を払う訳にはいかない。そしてこれらをいつ買ってきたのかという事も。
別に訊いても問題無いかなと思ったので、席に座ったついでに隣の折木谷に質問してみた。
「この料理はいつ用意したんですか?」
「先程神崎さんと私と三氷さんで買ってきました」
「え?」
近くで大きなスーパーやチェーン店があるのは間違いなく秋ノ葉達が行ったショッピングモールである。つまり折木谷達は秋ノ葉よりも後に出て先に帰ったという事になる。
随分な手際の良さだと感心しつつ、遭遇しなかった事に驚いていた。
「秋ノ葉君と四五六さんがいちゃついている姿を、そう言えば見ましたね」
「ええぇぇ!?」
断じていちゃついてなどいない、と思う。初対面だった人間と馴れ馴れしくするなんて事は秋ノ葉には出来ない。しかし一緒に買い物をしていては、はっきりと否定するのは難しいだろう。能力の事について訊いていたのだとは言え、結局最後の方は二人で遊び回ったのだから。
が、そういう意味では、秋ノ葉はもう四五六によって歓迎されたとも言える。
「私はいちゃついてなどいません!」
秋ノ葉の左隣に座る四五六にも思う所はあるようで折木谷に反抗する。
「あら、ただからかってみただけなのに。本当にいちゃついてらしたのですね」
「若いね」
二十歳を超えた二人がやけに細い目をしている。
秋ノ葉は続けて反論しようとしたが、顔を赤くした状態で何を言っても仕方ないと思い自粛した。(ここで自分が顔を赤くしている事に気づけるのが秋ノ葉という人間であったりする)
「それより、秋ノ葉君。八百万君とはどこで会ったのかね? 何も、角でぶつかったなんてロマンチックな出会いでもないだろう?」
その鎌かけはどうかと思いつつもそれが事実でない事は救いであった。
「流石にそんな出会いではありませんでしたというかむしろ逆――」
「ああ! 言わないで言わないで!」
手短に話そうと思っていたが四五六に止められてしまう。
席を立ってしまった四五六は呼吸を落ち着けてから座りなおした。
「じ、自分で話すから!」
「何かまずい事でもあったのかい?」
「いえ、まずいというかとてもまずかったり……」
「大丈夫、落ち着いて話してごらん」
下を向く四五六を見て神崎は優しく子供をあやすように語り掛ける。確かに、倍近い歳の差があるためそのようになっても不思議では無い。
「その、借りていた<一虚一実>が新種の能力を感知しまして、それでその……」
「いきなり襲撃されました」
言いにくそうであったので秋ノ葉はさらっと、自分で言ってしまった。
ガビーンという音が似合いそうな顔をして固まる四五六を横目に、もう面倒だからと自分で事の次第を言うことにする。
「急に後ろから襲撃されてびっくりしましたね。それにナイフで切りかかられましたし。いやぁ怖かった」
別にふざけている訳ではないが――むしろ話の内容は普通なら犯罪に関係する行為である――秋ノ葉の口調にはどこか意趣返しのようなものがあった。少なくともなかったとは言えない。
秋ノ葉は場を明るくするつもりで少し冗談めかして言ったのである。
その証拠に、不愛想だったナオもが顔に笑顔を浮かべている。
御吉野は相変わらずだがそれでも場の空気が一部を除いて良くなったのは確かだろう。
「双六ちゃんは顔の割にせっかちだもんね!」
四五六の反対側に座る三氷が曇りの無い笑顔で言う。故に嫌味な感じが全くしない。だからこそ、四五六の心は抉られるというものである。(双六ちゃん、という渾名はおそらく四五六の読み方をシゴロクと読んでのことだろう)
「それにしても、ナイフとはまた物騒なものを。と言っても多分それはナイフでなはいがね。そうだろう、八百万君」
「はい、そうです」
確認を取ると神崎は続けた。
「あれは<十年磨剣>の変形した姿だよ。さっきは言わなかったけれどね、あの電気棒は充電不要というだけでなく形を少しだけなら変形できるんだ」
『TM』というものは名に恥じずびっくりアイテムのようだ。
「じゃあ、なんで四五六はナイフの形にしたの?」
「おや、もう名前呼びかい? 手回しが早いよ、秋ノ葉君!」
「しかも呼び捨てですね」
「いやぁ仲の良い事は大変結構だね」
「あの、一言発する度に集中砲火は勘弁して戴きたいのですが」
「まあ、新人歓迎会なんてこんなものさ」
新人はからかわれる運命にあるというのなら、その運命を捻じ曲げてやろうじゃないか、といらない決心をする秋ノ葉であった。
「まあそうかもしれませんが、僕ばかりを構っていては他の人がつまらないと思いますよ。ほら、タダ君とか、さっきからじれったそうにしていますし」
ひとまず様子見としてタダに話を振ってみた。
そして今の内に頭の中で作戦を考える訳だがそんな事に頭を使うのは少し滑稽である。
タダの方はと言えば、急に話を振られて混乱していた。
「え、えと、俺はその、兄上のお話を聞いているだけで十分というか…」
「だってよ、お兄ちゃん!」
「だそうですよ、兄さん」
「私も加わらせていただこうかね、兄者」
「……何なんですか、三連撃を避けるのは難しいんですよ?」
「新人歓迎会なんてこんなものさ」
神崎が先程と同じ答えを返す。
どう行動しても三連撃が飛んできそうだなと思いつつも、無駄に諦めの悪い秋ノ葉はここで挫けはしなかった。
「あ――」
『ようこそ! 黒塊戒告部隊、EDMへ!』
十二時ちょうどになった瞬間、ほぼ全員が声を揃えて言った。
秋ノ葉は途中(?)で言葉を遮られる事になったが、最初に思った事は、「略称あるのかよ!」である。
「あ、これからよろしくお願いします」
何か一言言った方がいいのかと思い秋ノ葉は定型文を述べた。
「さて、では歓迎会を始めるかね」
「おぉ!」
神崎の開始宣言に乗じて三氷が張り切った声を出したが、今から歓迎会が始まったとすると、黒塊戒告部隊のモットーである「その日の内に歓迎する」という原則が崩れてしまうような気がする。故に神崎の頭の中では、秋ノ葉が席に座った時点で歓迎が始まっていたのだろう。
「あの、実にタイミングが悪くて申し訳ないのですが、僕もう食べてきちゃってるんですよね」
「では四五六さんも食べてきてしまっているのですね」
「二人で一緒に食べてきたんだね!」
「仲良く食べてきたという訳だね」
「……四五六も何か言ってくれないかな」
四五六が一向に口を開かないので秋ノ葉は話を四五六に振ってみた。が、四五六は気まずそうに顔を伏せて動かない。
「秋ノ葉君、まさか自らに向けられた矛先を八百万君に流すとは鬼畜だね」
「仲間を売ったね!」
「薄情ですね」
「あ、あの、皆さんの方が大分酷いと思いますが……」
巧妙なチームプレイによって秋ノ葉は翻弄されているがそれでも未だに食い下がっている。(図式は完全に新人いじめだが)
「秋ノ葉君、大丈夫だ。今はお腹が空いていなくても、後三時間くらいすればきっとお腹は減ると思うから」
うんうん、とよく分かっていないであろう三氷は神崎に激しく同意している。
「さ、三時間? いや、三時間後って三時ですけど。その頃には流石にもう寝てますよ」
「ああ、うちの新人歓迎会では、何時間歓迎会を続けられるかが大事でね、新入りは最後まで没してはいけない決まりなんだ」
「その決まり今作りましたよね……」
秋ノ葉は周りの人間の反応を見てそう思った。
「お、中々鋭いね、秋ノ葉君。まあ、うちの隊員は皆素直だから顔に出てしまうのかな。いやぁ、とっても素直だ」
「素直だよ!」
「素直で良い子ですね」
「……素直で良い子は人を弄んだりしないと思います」
目の前の料理を放置するのもどうかと思い、秋ノ葉はいくらを箸でつまんで口の中に放り投げた。お腹が空いていないとは言ってもせっかく用意してくれたのだから少しは頂くべきだろう。
それに合わせ神崎も寿司を一つ取る。
するとさらにそれに合わせて三氷と折木谷、四五六にタダ、ナオまでが一斉に寿司をつまんだ。
「うん、皆実に素直で良い子だ。ちゃんと秋ノ葉君を歓迎出来ているね」
「何ですかその歓迎。相撲部屋の「可愛がってやる」みたいなオーラが超出てるんですが」
「中々斬新な返しだ」
「相撲とは無縁な秋ノ葉君から出た言葉とは思えませんね」
「秋ノ葉君なら相撲部屋でも普通に可愛がられそうだけどね」
「秋ノ葉君の力士姿を見てみたい気もするけれど」
「よ、四連撃は予想外です!」
神崎、折木谷、三氷に加えて四五六まで攻撃に参加してきたとあっては、もう秋ノ葉には取り付く島もない。
何となく恥ずかしくなって料理に手を伸ばすと同じく料理を淡々と消化するタダの姿があった。
食べ盛りだから沢山食べるのは好ましいが(秋ノ葉も食べ盛りの筈なのだが少食である)その顔はどこか物足りないような感じがする。
おそらくは話の渦に入っていけていないからだろう。
あの三人のコンボに乗るのは至難の業なのでそれも仕方ないと言える。
秋ノ葉はタダを気遣ってなるべく声をかけるように心掛ける事にした。
「タダ君はどんな食べ物が好きなの?」
「お、俺はメカジキが好きです!」
「……そ、そっか、僕はカレイが好きかな」
予想外の答えが返って来たため動揺を隠しきれなくて自らも謎の答えを返してしまった。が、この謎のやり取りは返って使えるのではないかと思い至る。
「神崎さん達はどんな魚が好きなんですか?」
魚、の部分にアクセントをおいておいた。
「私は鮎が好きかな」
「私は鯖が好きです」
「マグロ!」
「鱸が好き」
「お、己はウナギが、好き、だと、思う……」
物静かなナオまでが答えたのだから驚かずにはいられない。誰かひとりくらい魚の名前が出てこなくて迷う人がいるかなと思ったが全員好きな魚はいたようだ。
ただ、御吉野は答えていない。
「よしのんは? ほら、流れ的に言う所だよ」
「……俺か? ……ニジマス、かな」
場が一気に静まり返った。
高価なものを……とつい心の中で呟いてしまう。鯛、とか言うのならまだ分からなくもないのだが。
「さ、さて。一通り簡単な挨拶が済んだ所で、これから秋ノ葉君に黒塊戒告部隊のメンバー一人ひとりの詳細について話したいと思う」
「全然一通りでも簡単でも無かったですけどね」
ただ秋ノ葉が集中的に狙われていただけである。
「まあまあ、大丈夫。これからは一人ひとりについて秋ノ葉君が自由に質問して良いから。誰を集中狙いするかは秋ノ葉君の自由という訳さ」
「いやしませんけど」
最初に比べて皆箸が進んできたようで、少しずつ食べ物は減少しつつある。と言ってもまだ大分余っているのだが。
「ほら、組織や情勢については話したけれど私達自身のことについてはまだ詳細を話していなかったからね。では、第一号は秋ノ葉君に最初に会った心里君にしようか」
「了解でありまーす!」
神崎が三氷に発言権を回すと、三氷は元気に立ち上がった。わざわざ立ち上がる必要があるのだろうか。
「私は心里三氷、十九歳、六月八日生まれのAB型よ! 趣味は裁縫、買い物、その他諸々。よ・ろ・し・く・ね! 何か質問はあるかな?」
「……テンション高いですね」
と、言わない訳にはいかない。
秋ノ葉は三氷のハイテンションさをクールに受け流した。
「心里君の個性はそこにあるからね」
スパゲッティをフォークのみで器用に巻き取りながら神崎が言う。
「えー、秋ノ葉君、何か無いの? 何でも訊いて、お姉さん答えちゃうから!」
周りの淡白な返しに不満なのか、三氷は腰に手を当てている。質問されたくてたまらないという感じだ。
「えっと、じゃあ……うーん、やっぱり何もありませんね」
「無いの!?」
若干引っ張っただけに三氷はショックを受けていた。
秋ノ葉は別に引っ張ったという意識は無く単に考えていただけなのだが傍から見ればじらしていたように見えたかもしれない。
「質問が無いなら私の方から少し心里君を紹介しようかな」
眼鏡の位置を軽く調整してから神崎がそう切り出した。
「心里君は二年前からこの部隊にいる。初期は私と折木谷君と御吉野君だけだったけれどね」
「本当に初めの頃は私もいませんでしたが」
折木谷が付け加える。
「で、大体心里君と八百万君が加入したのは同じ頃だったかな。後は三氷君の能力についてだが――」
「え!? 今言っちゃうんですか!?」
驚いた表情で三氷が立ったまま尋ねた。
「言わない方が良いかな。じゃあ、後にしよう。では三氷君の人格についてだが、まあ、見た通りと解釈してくれて構わないと思うよ。皆はどうだい?」
神崎が皆の顔を伺うと、揃って首を縦に振っている。
だから秋ノ葉もそれに倣う事にした。
「ちょっと、秋ノ葉君まで何でそんなに肯定してるの!?」
「……心里さんがいると場が明るくなりますね」
何と言おうか迷った挙句、そんな事を言ってみた。
皆笑顔である。
三氷も恥ずかしそうにしながら黙ってしまったので神崎は話を再開した。
「心里君の実力については、全く問題無いと言える。心里君はね、あらゆる事を平均以上にできてしまう万能人間なのだよ」
「見かけとは大きく違いますが」
再び折木谷が補足すると、
「ショック!」
と言って三氷がドスンと腰を下ろした。隣に座るナオが少し驚いている。
「何でもできるんですか?」
「私に任せておけば何でも万事解決よ!」
満面の笑みで答える三氷は中々微笑ましい。
「そう、心里君はルールややり方を教えるだけでどんな事も並以上にできてしまう。スポーツも料理も勉強も絵画も写真も。その他あらゆる分野において心里君の万能さには目を見張るものがあるね」
「それは凄いですね」
眠気が一向にやって来ない体を少し前かがみにして遠くのから揚げを一つ取る。秋ノ葉も一応若者のようで、まだ店で食べてからそんなに時間げ経過していないのにも関わらず地味に食が進んでいるのだった。
「後、何か心里君について訊いておきたい事はあるかい、秋ノ葉君」
「特に無いですね」
「私って興味持たれてないのかなぁ……」
真面目にショックを受けている三氷を見て今からでも何か質問した方が良いのではないかと思ったが、生憎質問の内容が思いつかない。
若干停滞していると折木谷がすっと手を挙げた。
「秋ノ葉君、本当に質問はないのですか? 三氷さんのスリーサイズくらいなら教えられますが」
「ああ、じゃあそれでお願いします」
「秋ノ葉君!?」
「嘘です。僕は別にそういうのには――」
興味無い、と言いそうになって秋ノ葉は口を窄めた。流石に、興味が無いと言ってしまうと三氷が傷ついてしまうと配慮しての事だ。が、途中まで言ってしまうと何だかそのような配慮がばれてしまうようなのであまり良いとは言えないかもしれない。
「秋ノ葉君はちゃんと人間が出来てますね」
「しっかりしているね」
「細見だけれどね」
四五六が手前のポテトを淡々と食べながら言った。
「じゃあ心里君の事はここまでにして折木谷君の紹介に移ろうか」
「分かりました。では改めて、私は折木谷聖恩、あなたと同じ四季園高校の出身です。趣味は裁縫で、三氷さんとよく一緒にやっています。秋ノ葉君もよかったら今度一緒に何か作ってみましょうね」
クールな面持ちで微笑まれると秋ノ葉としてもドキッとせざるを得ないが、それを抜きにしても誰かから何かに誘われるというのは嬉しかった。
無性に、嬉しかった。
「折木谷君は、先程言った通り隊設立初期からいる古参だ。色々知っていると思うから、何か困った事があったら折木谷君に訊くと良い。私でもいいが多分彼女の方が説明が上手だろうからね」
「分かりました。頼りにさせてもらいます」
「あれ!? 私の時と態度違い過ぎない!?」
不満を全面に押し出して三氷が抗議する。
「いえ、そんな事はありません。お二人とも年上ですから、ちゃんと敬意は払っているつもりです」
これは嘘では無い。元々秋ノ葉はあまりお世辞を言うタイプでは無いが、二人にはそれぞれ尊敬すべき点があるという事はよく分かっている。
「折木谷さんは何か得意な事とかはあるんですか?」
ふと出た事を訊いてみた。
向いでは三氷が「私には質問してくれなかったのに」というような愚痴を零している。
「えっと、私は……」
「自分では言いにくいだろうね。折木谷君は完璧にこなせるものが非常に多い。正にエリートだね。あらゆる事を覚えたその時から物凄い理解力と応用力を以て対処できる。が――」
神崎も少し言いづらそうに間を開けてから言った。
「心里君は全ての事に対応できるのに対して、折木谷君はほとんどのものを完璧にこなす事ができる。だから、その、出来ない事は……うん、からきし、だね」
折木谷は素知らぬ顔をしているが、その頬は若干赤く染まっている。
秋ノ葉はどう対応したものかと考えた。
どうフォローすれば折木谷を傷つけずに返答できるだろうか。
だが、そう考えている事がまるわかりな顔をしているので意味が無い。
「秋ノ葉君、別に気を使う必要はありませんよ。仲間の長所と短所を知らせるのは大事な事ですから。それに大体の事は三氷さんより出来ます。私が出来ない事なんてほんの一部です……」
と、あまり自信なさげな声で呟く。
折木谷は三氷にそこそこの対抗心を燃やしているようだ。本当に「そこそこ」かどうかはいまいち分からないが。
「参考までに訊きますが、折木谷さんが一番苦手なものって何なんですか?」
短所を知る事は大切、と言われたので秋ノ葉は単純に思った事を口にした。
「え!? ……いえ、あの、私の苦手な分野、ですか……」
折木谷は口ごもるが何故か誰も口を開かない。
もしかして訊いてはいけない事だったのかなと少し反省していると、
「折木谷は料理が出来ない」
ぼそっと、御吉野が呟いた。
今まで殆ど喋らなかった御吉野が声を出したのにも驚いたが、折木谷は料理が苦手、という事実が地味に予想外である。
「な、何で言ってしまうのですか!? 御吉野君!」
「誰も言いそうに無かったからな」
素っ気なく言うと、御吉野はまた静かに箸を進めた。
未だに神崎や三氷は何も言わないため少し雰囲気が冷え込んでいる。
秋ノ葉は再び、かける言葉を探すのだがやはりその表情は分かりやすい。
「別に、良いのですよ。気にしなくて」
表情にはあまり出ていないが落ち込んでいる様子が明らかに見て取れる。
しかし味方の弱点を把握するべきだと言ったのは折木谷自身だ。
「でも折木谷さん。仲間の欠点は知っておくべきなんですよね」
「そ、そうですね……」
言った後で、今のセリフは明らかに折木谷を追い詰めるものであった事に気づき深く反省した。
「秋ノ葉君は中々のやり手だね」
「そ、そんなつもりでは――」
「天然の悪か! 秋ノ葉君は怖いねぇ」
「そうね。私の時もさり気なく言葉で追い詰められていた気がする」
三氷に加えて四五六までもが秋ノ葉を責める。
明らかに追い詰められている人間がチェンジしていた。
少し狼狽えたが、秋ノ葉は自分の感情を客観的に捉える習性があるため「オロオロしている自分」を認識してしまう。そういう意味では本当に狼狽している訳ではないのかも知れない。
「……皆さん、チームワークがいいですね」
どう避けようかと思って最初に出て来た言葉がそれだった。
秋ノ葉のその一言で神崎達は少しハッとする。どうやら本人達は今の連携プレーを自覚してはいなかったようだ。それに加えてその顔には秋ノ葉に対する感心が見られる。
「上手い返しをするね、秋ノ葉君は。これなら我が隊がピンチに陥った時も機転で助けてくれるかも知れない」
「そ、そうですね。秋ノ葉君の冷静さは交渉等に役立つ可能性があります」
冷静、と聞いて秋ノ葉は少し首を捻った。
冷静、だろうか。今の自分は冷静なのだろうか。
つい十二時間前まで普通の学生生活を送っていた自分が天変地異のような現象によってその場を奪われ、その上謎の集団の中で和気藹々と会話を楽しんでいる。そんな現状を理解しても尚、ありえない状況の中にいる自分を許容し人生のサイクルの中に取り込んでいる。
そしてその事を不気味だと捉えている自分を「冷静に」観察している自分がいる。
いた。冷静な自分が。
今の自分はどうやら冷静だったようだ。荒波のように打ち付けるこの十数時間、数多くの動揺により心は多いに荒れたが、やはりその荒れた海を眺められる程遠くで「冷静に」荒れ狂う自分を見ているもう一人の自分がいたのだ。
という事は、自分は昔からこの孤独に包まれた場所から人間を見続けて来たのだろうか。
だとすれば、皆の記憶から消え去る前の自分も、「今目の前にいる自分」もただの傀儡に過ぎず、本当の自分は生まれた時からずっと、たった独り、孤独だったのではないだろうか。
玄冬藤秋ノ葉も隠れSではありません★