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確乎不抜ノ戦闘記  作者: 鳥終螺
第一部 黒塊戒告部隊編
4/28

絶望の指揮者 2 「決意の少年」

いや、実際本当に悪魔なのかどうかは分からない。だが、蛾のような斑模様をした毒々しい羽に黒曜石のような三本の巻き角を持ち、黒い煙を纏いながら赤い両目を光らせているのだ。悪魔と言っても全く問題ない、どころか非常に適切な表現の様に思われる。

「ぁ……ああぁ、わああああああぁあああああああああああああぁあぁぁぁああ!」

 衝撃のあまり椅子から転げ落ち、そのまま逃げるように部屋の隅まで這いつくばった。

 まるであの黒い塊から逃げる時のように。

 それ以上の恐怖が秋ノ葉を襲っていたが、神崎達は何が起こったのか分からない様子で互いを見合った。

「ど、どうしたんだい!? 君もあれはもう見たのだろう?それ程驚くような事では無いと思うのだが……」

 神崎が席を立って秋ノ葉に近寄る。折木谷と三氷も心配する気持ちと困惑する気持ちがまざりあい、複雑な表情をしていた。

 呼びかけても暫く返答が無かったが、秋ノ葉の呼吸がだんだん落ち着いてくると、ようやく口を開いた。

「見て、ないですよ……あんな恐ろしい、悪魔……」

 体をわななかせて途切れ途切れに言う。

 顔色が非常に悪いため、神崎は引き続き秋ノ葉の背中をさすりながら疑問を口にした。

「悪魔? あの塊がそう見えたのかい?」

「違い、ますよ……あの、塊の傍に……でっかい悪魔が……」

 三人は同時に窓の外を見た。が、そんな異形のものは見受けられない。

 けれど、三人は秋ノ葉がおかしくなったとは思わなかった。それほど愚かでは無かった。

 自分に見えないものは存在しないなんて自己中心的な発想を持ってはいなかった。

「そ、そんなものが見えるのですか?」

 とは言え、あっさりと納得する事は当然出来ない。疑問を持つのは当たり前である。

 三人とも同じ事を思っていたがそれを口にしたのは折木谷だった。

「は、はい……見えます……!」

 眼孔は大きく開かれているが彼には悪魔を直視するだけの勇気は無かった。

 が、直視はしていなくても悪魔がどのように動いているのかは大体分かる。

 彼が視界の片隅に悪魔の行動を映し出している時、突如悪魔が不自然な動きをした。

 塊の上に止まったのである。

 塊は――距離が掴めないため何とも言えないが――地上から見る限り夕日の三倍程の大きさがあるが、その悪魔はそれより一回り大きい。そんな怪物が塊の上に止まったのだ。

 そして次の瞬間、悪魔はその中へ吸い込まれるように消えた。

「消え、た……?」

 秋ノ葉は自分がおかしくなってしまったのではないかと真剣に思った。それもそうである、何せこの世に居るはずの無い、それこそファンタジーの世界にしかいないような化け物を一時の間見てしまったのだから。

「すいません……幻覚だったみたいです……」

 秋ノ葉は今見た現象を疲れのせいという事にした。

 神崎達はそれで素直に納得する訳にもいかなかったが、本当にただの見間違いだったという事もあり得なくはないという結論に達し、また秋ノ葉に疑いをかけても無駄であるという判断から、彼をこれ以上追及する事はしなかった。

「そうか、疲れているのなら今はゆっくり休んで、と言いたい所だが流石にこんな状況では寝るに寝られないだろうから、まずは君が今生きている世界について、それから我々の組織について説明する時間を頂きたいのだが、いいだろうか」

 神崎が事務的口調で語りかける。

 いいだろうか、と訊かれても、秋ノ葉としては肯定するしか選択肢が無いため、その場で頷いた。

 自ら話を聴く意思があるという事を示すために、秋ノ葉は自分の足で席に戻る。

 それによって全員が席に戻り、いよいよ話を再開できる形となった。

「では、先程は中断してしまったので改めて。ようこそ、黒塊戒告部隊へ」

 神崎らからすればこれはただの挨拶に過ぎないのだが、秋ノ葉にとっては非常に新鮮な言葉だった。彼は読書傾向として非日常系のノベルを読む事が多いため、当然このような秘密組織が出てくる小説も多く読んだ。

 だから今の状態はよくよく考えてみると自分が憧れていたシチュエーションなのではないか、と思い始めた。思春期の男子なら真っ当な思考回路と言える。

「我々組織の目的は、組織名にも表れているように、黒い塊に対して警鐘を鳴らし、速やかにお引き取り願う事だ」

 神崎はさらっと流すように、まるで当たり前の事のように目的を話した。組織にとっては当たり前の事なのだろうが、今初めてこの組織を知った人間からするといささか不自然な目的であった。

「警鐘? ……あの黒い塊に言葉とか通用するんですか……?」

 第一声から質問してしまったなあと思いながらもこれは仕方のない事だと割り切った。一般人からして(一般人はあの黒い塊を見る事は出来ないが)黒い塊なんてものはただの塊にしか見えないのである。

「いや、あれに明確な意思は無いと我々は思っている」

 秋ノ葉の問に対して極々平坦に答えた後、続けた。

「もう気づいていると思うが、あれは普通の人間には見えない。あの光を身に受けたものだけが見る事ができる。君も今日、光を受けただろう?」

「はい。帰宅途中に」

 秋ノ葉の方もあくまで冷静に対応する。が、それはただの緊張の裏返しである。

「あれが初めて目撃されたと思われるのは七年前だ。もしかするとそれ以前からずっとあったのかも知れないが、初めてあれを目撃した人間が表れたらしいのが七年前、という事だ」

 やけに回りくどい言い方をするなあと思ったが、口には出さない事にした。

「先に言っておくが、我々は未だにあの塊の正体を突き止めてはいない。この組織が創られたのは今から三年前だから無理も無いと思うが」

「始めて観測されたのが七年前なのに、どうしてもっと早く設立しなかったんですか?」

 あのような不気味な塊が突如現れたのならそれこそ一大問題として提起されるはずだと秋ノ葉は思ったが、その質問は予想していたらしく神崎はすぐに口を開いた。

「簡単な事さ。初めて目撃されたのは確かに七年前だが、それを見たのはたった一人の人間だ。その人間が何と言おうと世間が取り合う訳が無い。つまりは、あれが見える人間が爆発的に増えたのが三年前という事になる。爆発的に、とは言ってもその人数は全人類からすれば極一部に過ぎないから、政府も世間一般には公開していないのだよ。こんな事を公開したら、政府がおかしくなったと思われるだろうからね」

 机の側面に座る二人の女性が全く喋らないので不思議に思って見ていると、折木谷と目が合った。

「……? どうかしましたか、秋ノ葉君」

 姿勢は実に真っ直ぐしている折木谷は首だけを傾げて尋ねた。

「い、いえ! その、お二人は何で何も喋らないのかな、と……」

「それはきっと、オリギンは新しい仲間が来て緊張してるんだよ!」

 三氷が満面の笑みで述べた。

「それはあなたもでしょう!」

 言い返した。意外だ、と思った。

「悪いね、秋ノ葉君。うちの隊員は精神年齢が低くて」

「精神年齢って何ですか! 私はもう十九ですよ!」

「ああ、精神年齢っていうのはね、実際の年齢では無く精神的年齢の事を言うのだよ」

「言葉の意味は知ってます!」

 優しく諭した神崎に、馬鹿にされていると思った三氷が反論した。折木谷はどうやら平静を取り戻したらしく、また礼儀良く席に座っている。

「おっと、話がそれてしまった。それでは先に、この世界の事について教えようか」

 パンッ、と手を叩き仕切り直す。

「現在、少なくとも日本では、あの<黒塊>の影響によって『TM』と呼ばれる機械があちらこちらに散らばっている」

 またもや訳の分からない事を言う神崎だったが、その目は真剣だったので秋ノ葉は黙って続きを聴く事にした。

「『TM』というのは、超越した機械という意味で、その名の通り、辺りに撒き散らされたそれらの機器は現代の科学技術では作れない機能を搭載している」

「な、何故!?」

 と訊かずにはいられなかった。

「それは現在、分かっていない。ただ、あの光を浴びた者はそれを使いこなす力を得る。しかしその機器とは別に、超越した力がその身に宿るケースがある。それはあの光を浴びた時刻によって異なるのだ。今までの検証によると、まだ例が多くないので確かでは無いが、秋分から冬至までの時期では、午後四時五分から午後四時三十九分、冬至から春分までの時期では、午後四時二十二分から午後五時七分、春分から夏至までの時期では午後五時五十七分から午後七時、夏至から秋分までの時期では、午後六時二分から午後六時三十一分。この時間帯に、体内に力が宿ったとされている。つまりは、夕方。これらのケースでは必ず夕日が出ていた。我々はこのようなタイプを『EVE』タイプ、力を宿さずに光だけを浴びた者を『ADAM』タイプと呼んでいる。そして君、君の覚醒時刻は午後六時十七分、光を浴びたのは午後六時二分、記録更新だ」

 現在は夏至から秋分の間の期間であるから、データの午後六時二分、というのは秋ノ葉のものだろう。

「さて、ここで私達は君に訊かなければならない事がある。……光を浴びてから力が覚醒するまでの時間は人によって異なるが、今までの傾向からしてその時間が長い程物理的な力、短い程精神的な力として覚醒する傾向にある。君のブランクは僅か十五分、最速だ。どんな力を得たのかね?」

 威圧的では無いが、そこには先程とは違う緊張感が漂っている。是が非でも答えなくてはならないと思ったが、生憎秋ノ葉は自分に力が宿ったなんて事を自覚してはいなかった。

「し、知りませんよ、そんなこと」

 秋ノ葉の怯える様子を見て、神崎は自分が少し圧力をかけていたという事を自覚し、すぐに調子を取り戻した。

「おっとすまない。まだ力が宿ってから少ししか経っていないのに分かる筈はないよね。大丈夫だ。そこの折木谷は自分の力が何なのかを見つけるのに一年もかかったからね」

 秋ノ葉を落ち着けるように神崎は言ったが逆に言えば折木谷は落ち着きを無くした。

「そ、その話は後でいいでしょう!」

 折木谷は焦ったが、秋ノ葉はその時、疑問に思った事を口にした。

「折木谷さんもえっと……『EVE』タイプ、何ですか?」

「そうだね、ここにいる人間は多くが『EVE』タイプだ」

 答えたのは折木谷では無く神崎だった。

「まあ、いつか各々の力を見る時もあるだろうから、その時まで楽しみにしていてくれ」

「力のことに戻るんだけどさ、ほら、秋ノ葉君言ってたじゃない。何だっけ、世界にフラれた? だったっけ」

 ここでふと、今まで黙っていた三氷が発言した。

「あ、それは私も気になりました」

 折木谷も続ける。

 しかしその秋ノ葉の言葉は、彼自身にとっては恥ずかしいものであった。

「あああ! それは言わないで下さい! あの時はちょっと荒れてただけで! 恥ずかしいので言わないで下さい!」

 世界にフラれた、なんて言葉は確かに、実際に使うには痛い言葉かも知れない。

「まあそういう時もあるさ。恥ずかしい事はさっさと忘れてしまうのが一番だ。だけど君がそう言った意味は教えてもらわないと、力の推測のしようが無い」

場の乱れが収まった後、神崎はまた説明口調に戻った。

「『EVE』タイプはね、覚醒時に、それから使えるようになる力と似た現象を引き起こす事になっているんだ。だから午後六時十七分に、君の周りで何かが起きた筈なのだが、何か心当たりはないかな?」

 ドチラサマデスカ。ヒトチガイジャナイッスカ。

 頭の中であの言葉が再生される。

 秋ノ葉は顔色悪くしたが、最初の時のように取り乱す事は無く、落ち着いていた。

「そうか……あの時不安になったのはそういう事だったんですね……」

 ドアの前の異常な現象。それが神崎らの言う力の発現の瞬間だったという訳だ。

「あの時、僕は忘れられたんですね……」

 我慢はしていたが、思い出してしまうと自然に涙が出てきた。言葉を発せる程度ではあるが、その涙の原因が自分達にあるのでは無いかと思った神崎達は慌ててフォローした。

「だ、大丈夫だよ! ほら、怖くないですよ? 私達は秋ノ葉君の味方ですよ?」

「三氷さん、それだとあなたが秋ノ葉君を馬鹿にしているように見えます」

「そ、そんな事してないし!?」

「悲しい事もあったのだろうが、できれば話して欲しい。きっと話せば楽になる」

 三人の絶妙な相性(噛み合い)を見て少し頬を綻ばせた秋ノ葉は、息を整えた。

「おそらく僕は、僕を知っている全ての人間から、忘れられてしまったのだと思います」

 自分が今一番正しいと思っている事実を述べた。

「全員? 何故分かるんだい?」

 代表して神崎が尋ねる。

「いや、実際に多くの人に訊いて回った訳では無いんですが、何となく分かります。その、玄関の前でおそらく神崎さんの言う、力が発生する時の現象が起きた時、僕は異常なほど不安になりました。目の前に自分の家があるのに何故だか自分の居場所ではないような気がして、この街に自分がいる事自体、おかしな感じがして。それに加えて僕の頭の中で僕の知っている人間の記憶が、どんどん薄れているのです。そして現実として、母親とクラスメイトに完全に忘れられている自分を知れば、そうとしか思えないでしょう」

 言葉にするのは苦しかったが、それでも秋ノ葉は自分の考えをしっかり神崎達に伝える事ができた。

「なるほど。しかし、それだけでは君の力がどのようなものなのかは分からないね」

「秋ノ葉君は現段階ではどのように考えていますか?」

 折木谷も話し合いに参加しようとして積極的に質問している。が、もう一人は退屈なようで机に伏せて唸っている。

「……と言われても、僕は未だにどうやればその力とやらが使えるのかを知らないのですが。でも、今まで起きた事からして人の記憶を消す、とかそういう類のものですよね。ほら、心里さんも僕の事忘れたじゃないですか」

 誰にでも分かるような当たり前の事を言ってその場をやり過ごしたが、後半の対応はどうやら高評価だったようだ。

「なるほど、あれは三氷さんのボケでは無かったという訳ですか。残念です」

「何が残念よ!」

 突然起き上って三氷が反論する。彼女は反論するのが得意のようだ。

 突然だったので場に居た全員が驚いた。(三氷も含めて)

「起きていたのですか。残念です」

「だから何が残念かぁ!」

「騒がしくて申し訳ないね、秋ノ葉君」

「いえ、大丈夫です」

 苦笑いしながら神崎に答えた。

秋ノ葉としてはこのような光景は大歓迎である。今まで背負っていたものを置く場所ができたような感じがした。

「まあ、君の力については後々考える事にして、ひとまず私達の知っている情報をなるべく伝えたいと思う。先程は『TM』の話をしていたのだったね。説明だけではいまいち分からないだろうから、実物を見てもらいたいと思う」

 神崎は立ち上がると物入れの中を漁り始めた。

「ああ、そうだ。君はもう、いくつか見ているのだったね。心里君が着ていた服、使っていた通信機、腰に差していた棒、そして腰に巻いていたベルト、あれらは全て『TM』だ」

 秋ノ葉は三氷が丘を降りてくる時の不自然さを思い出した。

 確かにあの時、飛んでいた。低空飛行ではあったが彼女の体は現実ではあり得ない動きをしていた。

「あの黒い服は超硬質防弾チョッキ<千軍万馬>だ。しかし、その割にはかなり柔らかくて軽い。研究部が調べているのだが、未だにあれが何で出来ているのかは判明していない」

 秋ノ葉は、そのチョッキの名前が気になった。

 ――何で四字熟語なんだ?

 が、敢えてツッコミは入れないでおく。

 神崎は物入れからいくつかの機器を出しながら説明を続けた。

「あの通信機<以心伝心>は電源が要らない。それに電波を必要としない。それで、あの警棒<十年磨剣>は充電不要の電撃棒と思ってくれていい」

 思ってくれて、という事は何かその裏にあるのかなと思わなくも無かったが、思ってくれていいというセリフは説明するのが面倒な時に使う言葉であるという事を思い出し、またしてもそのままにしておいた。

「そして、君が一番気になっているであろうこのベルト<籠鳥恋雲>は君も見たように低空飛行機だ。これは結構レアでね、未だに三機しか見つけられていないのだよ」

 神崎が挙げた機械を見て、正直の所秋ノ葉は、地味だなと思った。

 ただ丈夫なだけ、電源が要らない、電波が要らない。考えてみれば物凄い事ではあるのだが、超越した、という割には影響力が少し小さいのではないかと思うのも当然だろう。

 だが、低空飛行機には少しロマンを感じた。低空、とつけるからには高くは飛べないのだろうが、それでも人間に不可能な事があのベルト一本で可能になってしまうのは確かに驚きである。

 しかし、ここまで聞いてやはり一つ言っておかなければならない事があった。

「神崎さん、何で全部名前が四字熟語なんですか?」

「ああ、それは総指令の趣味だ」

「趣味、ですか……」

 四字熟語が趣味、という事は何か文学関係の人なのだろうか、と思いもしたが、文系の人間が科学技術の最先端のようなこの場所で総隊長を務めているとはあまり思えない。

「総指令は若干、というか大分アレな人だからね。いや、でも使っていると慣れるものだから大丈夫さ」

 ついどうでもいい事を訊いてしまったが、良く考えれば先に訊く事があった事を思い出す。

「あ、そうだ、低空飛行機がレアだと言いましたけど、レアなのに三つもあるんですか?」

 秋ノ葉の予想では、『TM』が散りばめられている、と言ってもそんな大した数では無いと踏んでいた。故にレアという響きを持つものが三つもあるという事に得心がいかない。

「ああ、普通の『TM』はその辺を探せば結構簡単にあるものだから十個や二十個は簡単に見つかるものなのだが、少し性能の良いやつは発見個数が少ないという傾向があるのだよ」

 そう言うと神崎は物入れから携帯端末サイズの機器を取り出し秋ノ葉の前に置いた。

「それは<一刀両断>という。うちには一本しかないのだが、発見個数が少ない割には性能が微妙なのだよ。言ってしまえばそれはただの折り畳みの剣だ。鋭いと言えば鋭いのだろうけど普通の剣と大差無い。だからあまりもののようで悪いのだがそれは君にあげよう。一つでも『TM』を持っていれば安心だろうからね」

 話に戻ろうか、と言って神崎は席に戻った。秋ノ葉も少し気持ちを切り替えて背筋を伸ばす。

 三氷ははっきり言ってもう退屈という雰囲気を体中から放っているが、それはもしかすると先程の任務(?)で疲れたからなのかも知れない。

「さて、細かい事は追い追い説明するとして、次は我々の組織の構成について軽く話をしようか。では、これを見てくれ」

 神崎が手元のリモコンを操作するとモニターに簡素化された組織図が表れた。

「黒塊戒告部隊は大きく分けて六つに分かれている。一番上に書かれているのが総司令部。政府と直接やり取りしてその他の部に伝達するのが主な仕事だ。総司令部とは言ってもそんなに偉い訳じゃないからあまり気負わなくていいと思うよ。それで、その下に分かれているのが管理局、研究室、第一から第三調査隊だ。大雑把に言えば、管理局は貴重資料や情報を管理する場所、研究室はその名の通り、<黒塊>について研究する場所だ。調査隊は一から三に分かれている訳だが、第一は遊撃系、第二は情報収集系、そしてここ第三部隊では戦闘をメインとする」

 黙って聞いていた秋ノ葉だがここで聞き捨てならない言葉が飛び出てきた事に驚いた。

「戦闘!? 戦うんですか!?」

「私達の仕事は仲間の勧誘と敵の殲滅です」

 折木谷が誤解の余地無く丁寧に答えた。

「より細かく言うのなら、仲間とは我々の誘いを受けた君のような『一般人だった人間』を指し、敵とは我々の誘いを断った者の事を言う」

「ダメですよ、二人とも。秋ノ葉君をそんなに脅かしちゃ。殲滅とは言っても殺す訳じゃないんだし」

 三氷の言葉を聞いて秋ノ葉は少し安堵したが、その後また恐怖をそそるような言葉が発せられた。

「害意の無い人間ならそうですが、悪意を持った強力な者は殲滅許可が下りています」

「せ、殲滅って……」

「殺すのだよ」

 重い言葉を、神崎は覆い隠さずストレートに放った。

「隠しても仕方の無い事ですからね。政府は一定の危険レベルを超えた人間にD指定というものを与えて殺害許可を出します。勿論、秘密裡にですが。D指定を受けるのはその超能力を以てして殺害を犯した者以上の人間です。だたの盗人や悪戯好きを殺すなんて非道な事はしません」

「十分非道ですよ……」

 能力の事がいまいち分かっていないからと言って危険な人間を排除するという事は、現代社会にとってあってはならない事だと秋ノ葉は思った。

 理解はしている。危険を野放しにする事がどれほどの危険を呼ぶかを。

 それでも、そんな風に隠れてやる事を秋ノ葉は許容できなかった。

「君も分かっているとは思うが、この世界を知ってしまった以上引き返す事はできない。それと同時に、もし君が能力に侵されてしまった悪人達を救いたいと願うのなら、彼らを救うのもこの立場からでないとできない事だよ」

 折木谷や三氷も少しばかり目を暗くしているが、対する秋ノ葉はと言えば、それほど落ち込んでいるという訳でも無かった。

「ええ、さっきは驚いただけですから、大丈夫です。D指定を受けた人間は必ず殺さなくてはならない、という訳でも無いんでしょう? なら、きっと変えて行けますよ、世界を」

 何か吹っ切れたように秋ノ葉は言った。それはもしかすると過去のしがらみを全て置き去ってきたようなものだったのかも知れない。一つの引っ掛かりを残して。

 秋ノ葉の言葉を聞いた神崎達は暫し唖然とした。何に唖然としたのかと言えば、それは秋ノ葉の思い切りの良さに、だろう。

「秋ノ葉君。君は中々の大物なのかもしれないね。世界を変えるなんて言葉は早々出てくるものではないよ。私達からしても頼もしい限りだ。おっと、私達と言っておきながら全員を紹介していなかったね」

 神崎はもう一度手を叩くと話を切り替えた。折木谷達も、暗い話から抜け出した事に安堵を覚えているようだ。

 が、秋ノ葉はそもそもここにいる三人以外に仲間がいるなんて事は聞いていなかったため(だから今から言うのだが)少々驚いた。

「え? あなた達の他にも人がいるんですか?」

「流石に三人だけで戦闘を受け持つのは厳しいからね。あと四人いるのだよ。八百万四五六やおよろずよいむ御吉野西雲牙みよしのせいうんが、それに救井直すくいなお救井直すくいただ、これで四人だ。もっとも、救井兄妹は非戦闘員だがね」

 どれも非常に聴き取りづらい名前だった。漢字で想像できたのは、八百万、と御吉野くらいで後はあまり分からない。が、その内出会う機会もあるだろうと思い、は訊かない事にした。

「まあ、後でちゃんと紹介するから今は取り敢えず名前だけ知っておいてくれればいいさ」

 ここで神崎は何かを思いついた、もしくは思い出したように目を開いた。

「ああ、そうだ。秋ノ葉君にもコードネームをつけないとね」

「コードネーム、ですか?」

 秋ノ葉は少し高揚しながら訊いた。それもそうである。コードネームと言ったら秘密組織度が跳ね上がるのだから。

「ああ、そこの心里君は<射眩光>、折木谷君は<曲水否>、私は<禁書塔>、御吉野君は<豪細槍>、八百万君は<感傷元>、ナオちゃんは<魔王眼>、タダ君は<流円眼>だ」

「神崎さん、ネタバレ早いですよ! これからじっくりカッコイイ見せ場でコードネームとかが発覚するものなんじゃないですか!」

 三氷には何やら理想の展開があるようだ。が、折木谷はあまり気にした様子は無い。

 それよりも秋ノ葉はそのネーミングの方が気になった。漢字が想像できたのは魔王眼だけで(中二過ぎると思ったりもした)あとはさっぱりである。それに一応だが訊いておくべき事もあった。

「あの……やっぱりこのネーミングは……」

「ご想像通りですね」

 今度は折木谷が答えた。

 そうだとは思っていたがやはりここの総隊長とやらは大分アレな人らしい。

「君にもコードネームをつけたい所なのだが、未だに能力が分からないとつけにくいと思う。まあ、総指令ならフィーリングでつけそうな気もするが」

 何やらあまりよろしくない事を神崎は考えているようだ。フィーリングなどで自分の個性が決められてしまうなんて悲し過ぎる、と反論してみたくなったが、それはドアの開く音によって消された。

 ドアを開いたのは長身細見の男だった。長く垂れた前髪が右目を隠している。歳は二十歳くらいか。それよりも印象的だったのは隠されていない方の目の鋭さだった。猫科のような鋭い眼差しはまるで獲物を見るように秋ノ葉を捉えている。

「おお、よしのん、久しぶり!」

 真っ先に声を掛けたのは三氷だった。久しぶりという辺り、あまりこの場所にいない人間なのだろう。秋ノ葉は、三氷が呼んだ『よしのん』という渾名から、先程名前に挙がった御吉野西雲牙という人間なのではないかとの予測を立てた。また、それは当たりであった。

「何だ、新入りか」

 こちらに向けられてきた声もまた鋭く透き通っていた。

 つい体が硬直する。そんな彼を庇う訳では無いが一同は席を立った。

「ああ、御吉野君。彼は今日、さっき仲間に加わった玄冬藤秋ノ葉君だ」

 紹介するように神崎が左手を秋ノ葉に向ける。

「…………それで、あの折り畳み剣はどこにある?」

 御吉野は仲間の言葉を華麗に無視して自分の要件を告げた。

 どうやら<一刀両断>を取りに来たようである。

「ああ、<一刀両断>なら秋ノ葉君にあげたのだが」

 悪びれる様子も無く神崎が答えた。元々共用のものだったため、この部の隊長である神崎が決めたのなら別に悪い事では無いのだとは思うが、それにしても中々の白けっぷりである。

 それによって秋ノ葉は何だか居心地が悪くなったが、御吉野はそんなに気にしていないようで表情一つ変えていない。

「なら良い。別にそれ程の用という訳でも無かったしな。さっきもう一つ見つけたから、予備として持っておこうとしただけだ。そこの少年に上げたのならそれで構わない」

 御吉野はそれだけを確認するとまたドアを開けて出て行ってしまった。新入りとして何か声をかけるべきか迷ったがついにそのタイミングを逃してしまったようである。

「秋ノ葉君、今の人が御吉野西雲牙だ。怖そうなイメージを持ったかもしれないけれど、全然怖い人じゃないから安心していい。そうだな、怖さで言ったら心里君程度のものだよ」

 それって全然怖くないじゃないですかっ! と思わずツッコミを入れそうになるのを何とか堪えて素知らぬ顔をした。

「あぁ! 秋ノ葉君、今馬鹿にしたね!? お姉さん表情で分かっちゃうんだからね!」

 ギクッという音が聞こえなくもない状況である。

「そのような幼稚さを馬鹿にされているのではないですか?」

 が、折木谷が鋭い指摘をする。

 秋ノ葉からしてみれば馬鹿にしているつもりなど全く無いのだが、今それを言った所で信用してもらえそうに無かったので自重した。

 しかし黙っているのもあまり良くなかったらしく、

「やっぱりそう思っているんだね!? 秋ノ葉君!」

 誤解されてしまうという結果は変わらなかった。

 仕方ない、と一拍おいて秋ノ葉は正直に言う事にした。

「いえ、馬鹿にしているなんて事はありませんよ。ただ、最初に受けた美人のお姉さんという印象から可愛いお姉さんという印象に変わっただけです」

 神崎の真似をするように澄まし顔で言ってみた。

 笑いを取る意図は無かったが、数秒してから神崎が笑いを堪え切れなくなり大声で笑い始めた。それにつられてか、折木谷もクスクスと笑っている。

「はっはっは! いやぁ、秋ノ葉君。君は見かけによらず中々大胆な人間のようだね! で、でも……はっはっは! そうか、可愛いお姉さんか! そういう表現もあるものだな!」

「秋ノ葉君は、弁舌巧なようですね。それにしても、女性を褒めるなんてその年齢だと恥ずかしいものなのでは?」

 三氷が顔を真っ赤にしている真横に立って秋ノ葉に尋ねた。が、この質問は明らかに三氷への攻撃である。もしかするとこの二人には何か因縁があるのかもしれない、とどうでもいい事を考えてしまった。

「いえ、別に僕はお世辞とかあまり言わないタイプですし、そのままの事を言うのに躊躇いはありませんよ」

 ちょっと言い過ぎたかなという事を自覚しつつも、組織に溶け込むにはこれくらいフランクな感じの方が良いと判断しての言動である。

 こういう計算高さを、性格が悪いとするのかどうかは時と場合によるものである。

 この場合、皆が明確に三氷をからかっているため、行き過ぎない程度でノリに合わせるのは必要な事だろう。

「なるほど、肝の据わった人間は大歓迎だよ。重ね重ね言うが、見かけによらず、芯がしっかりしているね」

「そんなに、見かけによりませんか」

 繰り返し言われる言葉に疑問を投げかけてみたが、その事に関しては全員が同意のようである。

「そうですね、秋ノ葉君は見かけによらずしっかりしてますし、写真で見た時より男前ですね。あくまで、写真で見た時よりは、ですが」

「そ、そうだよ! 秋ノ葉君は見かけによらないんだよ! 見かけは可愛いくせに中身は可愛くないんだよっ!」

 約一名、自棄になって言ったような人間もいるが、いつの間にターゲットが自分に変更されている事に気づいた秋ノ葉は冷や汗を流した。

 加えて言えば、折木谷の性格も秋ノ葉の考えるものとは少し異なっていた。もしかしたら何かのストレスを溜めているのかもしれないと思い(八つ当たり的言動が目立つため)労りの心を持った、かもしれない。

 どうにかして流れを変えようとして折木谷に一つ質問をした。

「折木谷さん、もしかしてストレスでも溜まっているのですか?」

「ほほう、折木谷君のストレスを見抜くとは中々の強者だねぇ」

「ストレスの原因を作っているのは主にあなた方ですが!」

 一つ質問を投げかけるだけで流れは大きく変わるものだ、と心の内で納得しながらカオス状態になったこの場から離脱する為、秋ノ葉は学校の鞄を肩に掛け直した。

「それでは、これから宜しくお願いします。僕は必要最低限のもの、えーっと服とか筆記用具とか買ってきますので」

 足早に部屋を出ようとした所、神崎に呼び止められた。

「秋ノ葉君。筆記用具や日用品など、生活に必要なものは政府の資金で賄う事ができる。君もここの一員となった以上、自分の部屋というものを持つ事ができるし、毎月、まあ給料のようなものも出るから、生活に関しては本当に心配する必要は無い。ただ、私服くらいは自分で買いたいだろうから、そうだね、服は買いに行った方がいいかも知れない」

 神崎はもう一度丁寧に秋ノ葉の生活を保障した。

「分かりました。ありがとうございます」

 秋ノ葉は深く頭を下げると退室した。

 イレギュラーがいなくなってほっとしたのか、三氷が奥のソファーまで走りダイブした。(ほっとした時の行動にはあまり見えないが)

 折木谷も一度目を閉じてデスクへと戻る。

 暫くして折木谷のパソコンの音だけが聞こえるような空間になっても誰も口を開かない状態が続き、殺伐とした感がある。

 が、ここに御吉野が加わってもあまり変化が起こるようには思えないため普段はこの様な感じなのかもしれない。

 秋ノ葉は未だ知らない他のメンバーを気にしているのだろうが、今まで見た四人からするに、ただ普通の人間であるような気がしないと思うのは、秋ノ葉だけでは無いはずだ。

 ブラブラ部屋を歩く神崎の足音が止まると、突然折木谷が神崎に質問した。

「何故、秋ノ葉君にS指定の話をしてあげなかったのですか?」

 三氷は寝ているのかどうなのか分からないがソファーの上で沈黙している。

「その内知る事になるのだから、その時まで待っていればいいと判断したからだよ。それに、それを言ってしまえば、彼にはまだ天敵破壊団の事も、あの組織の事も言ってはいない。そういっぺんに話してしまえばきっと混乱してしまうだろうからね。徐々に慣れて行けば良い」

 落ち着いた口調で話す神崎の方を、自然に折木谷と三氷が見ていた。隊長たる雰囲気を感じ取ったのかもしれない。

「彼は逸材だと思うよ、きっと。普通の人間なら剣を渡されたり、人を殺すと言われた時にあんな風に冷静に居られるものでは無い。彼はどこか周りの状況を自分の中に取り入れるのが上手い節があるね。ああいう柔軟さは大切だ。それでいて、見かけによらず、芯が固い」

 見かけによらず、の部分を強調して神崎は言った。

「秋ノ葉君の事はこれからじっくり知って行けば良いでしょう。もう彼は、私達の仲間なのですから」

「おっ、随分肯定的だね、仲間を増やす事を嫌う折木谷君にしては」

 挑発する意図は無く、神崎はただ淡々と感想を口にした。

「ねぇ、ところでさ、忘れられたといっても秋ノ葉君の所有物とか学校の在籍歴とかは残るんでしょ? そこのところはどうなってるのかな?」

 ゴロゴロしていた三氷が突然喋りだす。

「それは多分、不気味に思われて捨てられるのだろうね。まあ、今後、分かっていくのではないのかな」

「そんな雑な事でいいのでしょうか」

「大丈夫だよ。彼はおよそ今までの全てのものに対する未練を断ち切った。その意志が見えた今、私達が彼を導く必要がある。彼は全てを捨て、全てを私達に委ねた。だから私達は彼に」

 目を鋭くして言う。

「新しい世界を与えなくてはならない」


※折木谷聖恩は隠れSではありません(笑)

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