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確乎不抜ノ戦闘記  作者: 鳥終螺
第一部 黒塊戒告部隊編
12/28

絶望の指揮者 10 「至高の風呂」

 風呂。

 それはどんな人間でも心安らげる究極の空間である。

 全身の隅々まで温かいお湯が包みその者を快楽へと導いてくれる。

 家の風呂であれば一人の空間で至福の時を満喫できるし、銭湯ならば共に来た仲間と背中を流し合いゆっくりつかりながら語るもよし、知らない人がいる中一人で孤独を実感しながらその暖かさを噛みしめるもよし。

 風呂とはすなわちこの世の天国なのだ。

 一日の終わりにその日の嫌な事、忘れたい事を全て洗い流し、その日の良い出来事を暖かさに包まれながら振り返る、これぞ人類の進歩してきた証……

 と、現在旅館の風呂につかっている秋ノ葉は思うのだった。

 秋ノ葉は大の風呂好きである。

 夏であろうと毎日入るし、暇なときは某アニメのヒロインのように長く入る事もある。

 だから秋ノ葉が旅館で一番楽しみにしていたのは風呂であった。

 薬の効能や湯の質等、そのような専門知識は持っていないが秋ノ葉の持論としては、そんな事はどうでもいいのだ。

 心まで温めてくれるお湯さえあれば良い。それこそ全て。一生お湯の中に居たい。

 ……そんな事をしたら間違いなくのぼせるのである。

 馬鹿な理想を一人頭の中に浮かばせていたが何もこの場所には秋ノ葉一人という訳では無い。

 貸し切りであるから一般客はいないがそれ以外にいるとなれば当然部隊の男メンバーだ。

 皆と一緒に行動する事が珍しい御吉野まで一緒に入っているのは中々レアな光景かもしれないがこれは神崎が強引に連れてきただけである。

 秋ノ葉君との親睦を深めるために是非一緒に行こうじゃないか。

 そう言って無理矢理引っ張って来たのだ。

 御吉野は別に皆といるのが嫌いな訳では無いようで神崎に誘われると大人しくついてきたので、無理矢理という表現はあまり合わないかも知れないが。

「では秋ノ葉君。体も温まってきた所で女の子の話をしようか」

「はい?」

 女の子の話、それは英語にするとガールズトークというやつだろうか。いや違う。(ガールズトークはgirls talkでありgirls` talkでは無い)

「お! いいですね! しましょう! 兄上!」

「女の子の話って何ですか。お風呂でするような話ですか」

「別に寝るときでもいいのだが?」

「いや何でそんなやる気満々なんですか。そんなにしたいなら神崎さんから始めて下さい」

「何を言っているんだい。女の子の話と言っても秋ノ葉君の話に決まっているではないか。私には婚約者がいるのだから」

「じゃあその婚約者の良い所とかを語ればいいのではないですか?」

「あ、俺も聞きたいです!」

 そう勧めても神崎は表情を変えなかったが、

「それとも、あまり面白い話は無いのですか」

 と、少し、本当に少しだが挑発気味に言うと神崎がほんの僅かの間停止した。

 だがそれもほんの一瞬、またすぐにいつもの表情に戻る。

「いや、私のフィアンセは、それはそれは素晴らしい女性なのだがね、ここで話し始めてしまうと終わらなくなってしまうから。だから秋ノ葉君に話してもらわないと。で、誰がタイプなんだい? 言ってしまいなさい」

「兄上! 俺も気になります! ナオならお嫁さんにあげますよ! そうしたら本当にお兄さんですよ!」

 タイプ。それはつまり女の子のタイプという事だ。

 だがそれを考える前に、秋ノ葉の脳内にはあの光景が映し出された。

 映画の約束。

 約束した時に嬉しそうにはにかんだあの笑顔が。

 どうしても消えない、否、消したくないあの表情が脳裏に描き出される。

 未練は断ち切ったはずだったのに、こんな所に来てさえ、秋ノ葉はあの少女の事を想っていた。

 ――僕は本当に――

 あの少女が好きだった。

 今はどうなのかも分からない。ただ記憶に焼き付いている彼女の事を。

 だが、タイプを言うくらいならいいのではないだろうか。

 どういう性格が好みだとか、どういう髪型が好みだとか、身長はどれくらいだとか。

 そのくらいは言ってもいいのではないだろうか。

 しかしそう考えると今度はあの男子高校生が思い出される。

 男子高校生ともなれば思春期真っ盛りであり、異性の話に花が咲く頃だ。そのような話をするのは真っ当であったはず。

 けれど秋ノ葉はそれが気に食わなかった。

 嫉妬の炎を宿した目で睨んだ事を秋ノ葉は忘れていない。

 ならば、やはりあの少女を差し置いて自分が女性の事について何かを語る資格は無い。

 いや、もしかするとあの少女についてだって、自らの経験を語る事はできないのかも知れない。

「僕には、好きな人がいました」

 神崎が少し思慮深い顔をする。タダも何かを感じ取って押し黙った。

 好きな人はいた、と言う事はつまり、その人に忘れ去られた、と伝える事に等しい。

 秋ノ葉の能力覚醒時の災難を知っている神崎はそれをすぐに感じ取ったのだろう。

「そうか。好きな人か。……うーん、話が止まってしまったね。じゃあ代わりに御吉野君のタイプを聞こうか」

「あ、俺も聞きたいです!」

 タダは何にも興味津々のようである。

 だが秋ノ葉には御吉野がそんな事を言うようには見えなかった。

「……銀髪ロング、下の方で髪を縛り長めの前髪を垂らしたサファイア色の瞳を持つ色白で背の低いプロポーションが整っている活発な毒舌天然電波系美少女が俺のタイプだ」

「え……?」

 あまりにも具体的過ぎて実際にモデルがいるのではないだろうかと思ってしまう。それは最早タイプというより理想と言った方が近い。

「ほう、御吉野君は中々にマニアック体質だったのかな」

「冗談だ」

 その一言で一蹴する。

「俺は金髪の可愛い子が好きです!」

 御吉野があまりにも非現実的かつ詳し過ぎる冗談を言った後でタダが素直なタイプを叫んだ。

 男は全員金髪碧眼の美少女が好きだと言うがそれは若干語弊があると秋ノ葉は思う。

 タイプは人それぞれだし、どんなキャラであれ最後に美少女とつければ男全員という条件を簡単にクリアしてしまうものなのである。

「因みに、秋ノ葉君の慕っている相手はどんな子なんだい?」

 敢えて「慕っている」と現在形にする事で淋しさを紛らわせつつその少女の事を忘れさせないようにという神崎の思いが込められた一言である。

 未練は引きずるから良くないのであって過去であってもそれを抱えて行く事ができれば良い。単純な事だがその配慮は秋ノ葉にとってありがたいものであった。

「そうですね、あの子は……綺麗に切りそろえられた前髪のショートヘアで背は低め、目は純粋な黒で少しだけ猫目、基本は大人しいけれど意志はしっかりしていて時々とっても明るくなって変な所で恥ずかしがり屋で、はにかんだ笑顔がとっても可愛い、制服のよく似合う清楚系で口癖が――」

「秋ノ葉君、そこまでにしよう。君がその子の事を心から愛している事はよく分かった」

「あ、あい!?」

 ストレートに言われてしまい動揺したが同時にそれが事実である事を思い知る。

 ――やはり僕はあの子が好きだ。

 だが、変わらない想いを振り返った所で何も変わらない。

 過去は振り返っただけでは何も起きない。振り返って得た事を未来に向けて用いなければ、何も変化は訪れない。

 温故知新と言われるよう、昔からの変わらぬ真実である。

「秋ノ葉君、何も諦める事は無い。私の経験談から言わせてもらえば、相手の様々な感情がリセットされたからこそできる事もある。まだ本当に好きなら、忘れられたって関係無いはずだよ。もう一度一から出会い直せばいい。今時のゲーム風に言うと、攻略、という感じかな。恋は戦争という名言があるだろう。それは愛する人の取り合いという意味だけでは無い。相手と自分の駆け引きでもある。だから半ばずるいような手を使ってでもその子を手に入れないと。もう一度好きになってもらうのだろう? まだ取り返しは十分つく。まだそこにいるのだから」

 最後の言葉は多少の陰鬱さを帯びていた。

 そう、まだこの世にいれば、取り返しはつく。取り戻せる。

「はい、諦めないで、何とか頑張ってみます」

 風呂の温かさは変わっていないはずなのに、先程よりも温かく自分を包んでくれているような気がした。

 ただ一抹の冷たさを宿しながら。



 男勢が内部の風呂だったのに対し女性陣は露天風呂である。

 だからと言ってよくアニメや漫画であるような展開にはならない。

 この隊の男性にはスケベ系キャラがいないからだ。

 隣の露天風呂から男達の声が聞こえてくる事も無く至って平和な露天風呂となっている。

 加えて隊の女性以外この場には誰もいないので解放感に満ち溢れていた。

 すなわち女性の楽園。

 と言っても四人しかいない訳だが。

 その露天風呂はと言えば非常に広く、隅に四人固まっていればその余りのスペースがあまりにも(だじゃれではない)目立ちすぎてしまう。

「さてオリギン」

 全員がお湯につかった所で三氷が「さて」などと言い出す。

 ここはお約束として全員しっかりとタオルを巻いているが、更なるお約束としてここからは色々いけない展開になってしまうのではないか。

「な、何でしょう」

「……その、最近双六ちゃん元気無いよね」

 と、そんな懸念をよそに真面目な話を切り出す三氷だった。

 隅にいるとは言っても四五六はナオと一緒に話しをしているので少し離れているため三氷達の声は聞こえないようだ。

「ええ、仕方ないでしょう。その内原因も分かるでしょうし」

「でもまだ何も分かってないんだよ? 大丈夫かなぁ、何か慰めてあげたいんだけどどうづればいいかな」

 三氷にしては少し弱気に折木谷に尋ねる。

「そのような気遣いはむしろあなたの方が得意でしょう。私に訊かれても」

「うーん、そうなんだけどさ、ほら、幻聴なんて中々無いじゃない? だから不用意な事を言って地雷を踏んじゃったり……」

「それは仕方の無い事です。人間誰しも何か言う毎に人の心を抉る可能性があるものなのですから。それは慰める時も同じ。ですから、三氷さんなりの励まし方でいいのではないでしょうか」

 二歳だけしか年上では無いが折木谷は真面目な質問に関して大人の対応をした。

 年齢に関係無く、折木谷は対人関係に非常に優れているのかも知れない。

 人それぞれに対応の仕方があり、それを探るのは中々難しいものであるのだが折木谷はそれを瞬時に行う事ができる。

 彼女の万能さというのはこのような所にまで及んでいると言える。

「うん、そうだね。でもオリギンも手伝ってよ? ほら、おいでおいで!」

 そう言うと三氷は折木谷と腕を組み四五六の元へ移動した。(つかりながらである)

「え? ちょっと」

 いきなり手を引かれた折木谷は体を倒しそうになり慌てて折木谷について行く。

「双六ちゃん! いつまでも落ち込んでいてはダメだぞっ。だから私が元気にしてあげるのです!」

「え、な、何?」

 急に言われて四五六がたじろぐ。

「三氷さん、あまりにもストレート過ぎます」

「自分なりのやり方でいいんでしょ?」

 そう言われると折木谷には返す言葉が無い。

「ほら、明るくしてないと! という事で、ガールズトークをします!」

「そのようなものは普通就寝時にやるのではないですか?」

 どこかでみたやり取りである。

「それに私はもう二十一ですしガールと言えるのかどうか……」

 少し自虐的に下を向く。世間では大学生であり未だ青春の域だと思うのだが、元々静かなのに加えて第三調査隊の中で二番目に年上という事もあり自分を少し年上に捉えがちなのであろう。

「そんなの気にする事無い無い! 女の子はいつまでもガールなのだよ! ほら、最近だとおばさん同士で女子力を高め合ったりするらしいし」

「お、おばさん……!?」

 只ならぬショックを受けている様子である。

「ち、違う違う! オリギン私と二つしか違わないじゃん! ほら、来年私成人だからこれで私も大人の仲間入り!」

「そ、そうですね。二十と二十二じゃあほとんど違いませんよね」

「そうそう、ってあれ? 何故かオリギンを慰める会になってるよ?」

「折木谷さん、可愛い」

 ここまで口を開かなかった四五六が突然そんな事を言い出した。

 普通なら照れる所だが、折木谷は普通に嬉しいらしい。若干機嫌を取り戻した。

「さてさて、双六ちゃん、ガールズトークをしようか!」

「何について話すの?」

「それは勿論、秋ノ葉君についてだよ? ほら、双六ちゃん間違って秋ノ葉君襲撃しちゃったみたいじゃん?」

「三氷さん、嫌な事を思い出させてどうするのですか」

 四五六がばつの悪そうな顔をしていた。

「え、だからほら、どう? 秋ノ葉君、超可愛いじゃない?」

「そ、そうね」

 未だ曲がった眉は戻らない。

「秋ノ葉君は背が高いですし、造形的にも可愛いというより美人という方が合っていると思いますが」

 それを見かねてか、折木谷が顔を少しお湯に沈めながている四五六の隣まで移動する。

「確かに! っていうか今の特徴そのままオリギンじゃない?」

「え、そうでしょうか」

 今度は恥ずかしかったのか折木谷も四五六と並んで顔を沈めた。

「ほら、秋ノ葉君もオリギンも細身だし背高いし美人だし」

 折木谷は背が高いと言ってもそれは女性の中ではという事であり167センチ程で三氷の方が高い。

「背は三氷さんの方が高いでしょう」

「いやでも私は細身じゃないし」

「……それは私の胸が無いと言いたいのですか」

 別に折木谷のプロポーションは悪くない。バランスが取れていると言えるが、三氷と比べると確かに非常に細身に見えるかも知れない。

「違うって。あれ、いつの間にか双六ちゃんの話からオリギンの話に変わってる……」

「仲が良いのは良い事でしょ」

 折木谷に続き若干機嫌を回復させた四五六である。

「体の面だけじゃなくてさ、何か顔も若干オリギンに似てない?」

「そうでしょうか」

「オリギンの髪を黒く染めて目をもう少しパッチリ開いて背を伸ばしたら、ほら、似てない?」

 恐らく脳内で折木谷→秋ノ葉変換を行っているのだろうが、そんな妄想は勿論見えない。

 一人で妄想に耽る三氷を折木谷達がじーっと見つめる。

「に、似てない、かな?」

「そんなに人を変えてしまったら最早それは別人でしょう」

「そ、そうだけど、何ていうか、雰囲気? 姉妹みたい?」

「確かにちょっと見えるかも」

 ここで姉妹というワードを場の全員がスルーしてしまうのは秋ノ葉にとっては悲しき事実であるが、幸か不幸か、その事実は秋ノ葉には伝わらない。

「でもオリギンと双六ちゃんも似てるよね。何かいつもの表情がそっくりというか、姉妹みたい?」

「またですか。そんなに似ています?」

「自分でもちょっとキャラが被ってるなぁ、と思ってた」

「そ、そうなのですか」

「ほら、だから長女が秋ノ葉君で次女がオリギン、三女が双六ちゃんって感じ?」

「わ、私が一番上では無いのですか!?」

「え? だって身長順的にそうかなって。それにオリギン見た目が若いからさ。まだ高校生で十分通るよね」

「通ると思う」

「そ、そうですか……? そうですか……」

 お湯につかっていれば顔を赤くなるのだがそれを考慮に入れても折木谷の顔は赤かった。

 若いと言われて喜ぶのは女性の性のようだ。

「だから今度、どっちでもいいからさ、秋ノ葉君の事お姉ちゃんって呼んでみてよ! あぁ、今日のゲームでオリギンにお願いすれば良かったなぁ」

「い、嫌です!」

「え」

 折木谷は確たる意志で拒否した。

「えー、いいじゃんいいじゃん。というより多分秋ノ葉君の方が恥ずかしいと思うんだよね」

「もしかしたらショックを受けるかも知れない」

 本人にしてみれば恐らく十分ショックだろう。若干コンプレックスにもなりつつあるのだから。

 そうは言っても秋ノ葉は自分の顔自体にコンプレックスを抱いている訳では無い。

 秋ノ葉はオカマでは無いがいわゆる乙男の属性を多少帯びているので綺麗なものが好きだったりオシャレに気を使ったりする、オシャレ系男子と呼ばれるものである。

 しかし事ある毎に女性に勘違いされるのは中々衝撃的であったりする。

 妹とはそっくりな顔をしていてしばしば姉妹に間違えられたという過去があったりする。

 その妹にも今は忘れられているのだろうが。

「……戦いに巻き込まれて、秋ノ葉君はどんな気持ちなのでしょうか」

 暫くの間の後、折木谷がふと呟いた。

「え? 戦いに? うーん、どうなんだろ」

「まだ一度も戦いを経験していないのだからいまいち実感が湧いていないと思う」

 秋ノ葉は一度も戦闘に参加していない。

 いや、銭湯には入っているのだが今はそんな冗談を言う者はいなかった。(今のだじゃれに気づくおやじのような感性をもった者もいなかったはずである)

 戦闘に参加していないから実感が湧かない。お湯は沸いていても実感は湧かない。

 確かにその通りである。

 秋ノ葉は未だこの組織の本質を知らない。

 戦ってもいない、第三調査隊以外の人間にも殆ど遭っていない、能力についても分かっていない。

 組織を知らない。

 そう、この部隊の目的があの<黒塊>に通じているという事を頭のどこかでは分かっているもののそれを実感していない。

 増してやあの塊が何なのかという事については誰の知る所でも無い。

 そんな不安定で不思議な世界に足を踏み入れてしまったのだという事を、もしかするともう足を踏み入れた気になっている人間も含めて、全員が理解していないのかも知れない。

 それでも秋ノ葉は決心した事を曲げはしないだろう。

 この世界に入る事、それに名も知らぬ少女と再び同じ舞台に立つ事を。

 部屋に戻ってくしゃみをする、そんな秋ノ葉だったが、それでもその瞳は確かに前を見据えていた。



 夜の帳が下りた頃、静寂に包まれた空間で秋ノ葉はふと口を開く。

「あのー、何で僕達皆同室なんですかね」

 広い旅館のいくつもある部屋の中、特別広い部屋の中には、秋ノ葉、神崎、御吉野、タダの四人の姿があった。

 贅沢にも貸し切りにしているのだから普通は一人一部屋を使っても全く問題無いはずなのにも関わらず男四人は一緒の部屋で布団を敷いている。

「まあ女子四人も一緒の部屋じゃないか」

「いや理由になってませんが……」

 とは言え、秋ノ葉は同室が嫌な訳では無い。ただ少し疑問に思っただけで何ら問題は無いのだ。寧ろ一人一部屋を与えられると孤独を強く感じてしまう恐れがある。(いつもは自室で皆一人なのだがやはりこのような場所では話が違ってくる)

 せっかく皆で来たのだから同じ部屋になるのはもしかすると自然な事なのかも知れない。

「……もう遅いですし、寝ましょうか」

 時計の針はもう既に真上で重なった後で……という表現はデジタル時計には適さない。

 不思議な事にこの部屋には壁に掛かっているはずの時計が無いのである。

 その代わりに隅に置かれた洒落た机の上に置かれた小さなデジタル時計がその時を伝えていた。

「そうかい? 皆でトランプとかしなくて良いのかい?」

「いや何歳ですか」

「秋ノ葉君は十六だよね」

「そうですけれども」

 そしてタダは十四である。中高生であるのなら集まって夜にゲームをするくらい普通であるように感じる。

「でも神崎さんはもういい大人ですし御吉野さんだって成人していますよね……」

 大人になってから男だけで集まって夜にトランプというのは何とも殺伐とした光景である。麻雀でないだけましだが。

「私は二十八だが御吉野君は永遠の二十だからなぁ」

「え、永遠のって、どこのアラサー女性ですか」

 二十代で歳を止めるのは三十に近づいた女性に特有の行動である。男は基本そのような事はしない。

「……俺は二十で止まっている」

 いつの間に布団に潜り睡眠体勢を取っている御吉野が冗談に聞こえない風で言った。(いつも冗談を言う風には聞こえないのだが)

「そ、そうなんですか……でもタダ君はもう寝てしまいそうですし」

 例によって秋ノ葉は別にトランプがしたくない訳では無い。だが何かしら引っかかる事があるとすぐに口に出してしまうのだ。

 タダはと言うと、今日の観光で疲れたのか御吉野よりもいつ入っていたのか分からないくらいいつの間に布団の中でゴロゴロしていた。瞼は重そうでいつ閉じきってしまってもおかしくない。

 四人中二人が既に寝る気満々であり、秋ノ葉も疲れ気味であるためここはもう寝るべきである、という結論に達した。

 足の痛みは大分無くなったがそれでもしっかりと休眠は取るべきである。

「皆疲れているようだし、寝ようか」

 神崎が布団に入った状態で言う。

 果たしてそれは秋ノ葉の目が悪いのか、皆の滑り込み速度が速いのか。

 結局最後に潜るのは秋ノ葉となってしまった。

 一度軽く溜息をついてから秋ノ葉も布団に入る。

 広い部屋であるのに何故か中心に密集している四人であった。

 入口の方に足が向くように四人とも整列し、入口から見て右側から、御吉野、タダ、秋ノ葉、神崎という順だ。

 理由は分からない、が、自然にこうなるのも団結の一種であると言えるのかも知れない。

 神崎がもう一度むくりと起き上がって電気を消すと、今度こそ本当の静寂が訪れる。

 人が隣にいるという事は確かに感じられるのに何故か一人取り残されたような、そんな感情に飲み込まれた気がして秋ノ葉は神崎に何か話しかけようとするがやはり何も話題が浮かばない。

 タダはもう完全に寝てしまっているだろうし、御吉野にはさらに声を掛け辛い。

 だからこの場は寝てしまうのが一番だろうとは思うのだが体は疲れを訴えているのにも関わらず中々休めずにいた。

 心なしか体が震えているような気がして震えを抑えようと体に力を込めるが、それによってまた体は震えてしまう。

 実際、そこまで怖い訳では無いのだろう。起き上れば向こうから声を掛けてくれるだろうし、電気をつければ先程と同じ状況に戻るのだから。声を出せば返事をくれるのだから。

 それでも秋ノ葉は一人孤独に耐えようとした。もしかしたら一人部屋の方が逆に緊張しなかったのかも知れない。

 近くに仲間と言ってくれた人がいるからこそ、今あらゆるものから干渉を受けていない自分がちっぽけなものだと思い心細くなるのかも知れない。

 しかし原因がどうであれ、秋ノ葉はこの孤独に打ち勝たなければならないと思った。

 その原因も、やはり分からない。

 ただ、自分がまだ本当の意味で神崎達の仲間になれていない事はよく分かった。

 それは神崎達に歓迎されていないという意味では無い。

 むしろ問題なのはきっと自分の方だ、と秋ノ葉は思う。

 まだ信じ切れていない。頼れていない。仲間だと確証を持って言えない。

 どれも自分がまだ割り切れていないせいだ。そう思った。

 何か問題が起きた時は必ず双方にその原因があるというが秋ノ葉はそれをあまり信じていない。

 殆どの事はそうなのかも知れないが自分の心に関しては全て自分にその原因が付属すると考えているのだ。

 受け止める方次第。そういう言葉があるが、それは正に心に関する事にぴったりの言葉だと思う。

 最終的に決心するのは自分。ならばどんな外的要因もその決断の参考資料としかならない。

 降りかかる災厄も思いがけない幸運も、どんな事であれ、最終的な決断をするのは自分でありその結果が周りに影響されたものであってもその決断と結果の責任は自分にある。

 そもそも周りに影響されないなんて事はあり得ないのだ。

 だから自分の行動理由を他人のせいにするのは間違っている。そう思った。

 だが心とは理屈では無い。原因がどこにあってどういう結論に行きついても、現実は変わらない。

 今秋ノ葉の心に押し寄せて来る不安の波は押し留まらない。

 それから解放されるのには他者の存在が不可欠だ。自分でできない事は自分以外の誰かにやってもらえばいい。

 他人任せは良く無いが何事にも程度がある。悪いように聞こえる事でも実際の行動如何ではその場に相応しい行動となるのである。

 例えば、アニメを制作する時にはシナリオ、原画、色付け、といった種類別の仕事を用意する事で効率化を図っている。

 仕事を分けるという事は自分に出来ないものを人に任せるという事である。

 だがそれは一つの物事を達成しようという意志の元集まった者達だからこそ許されると言える。

 つまりは同志による助け合い、という事だ。

 それならば、仲間である神崎に助けを求めてもいいのではないだろうか。

 後は秋ノ葉が彼らを信じさえすれば。本当の仲間になれさえすれば。

 すぐには難しい事ではあるけれど、絶対に必要な事であるのに変わりは無い。

 そう思うと、気持ちが少し楽になった。

「秋ノ葉君、ひとつ、私が神話を聞かせよう」

 静寂の中、突然神崎が声を発した。

 急にであったので反応が遅れたがそれでも構わず神崎は続ける。

「この世の歴史は全てが虚言。真実は闇に隠された。この言葉から始まるちょっと変わった神話なのだがね。いかにも病んでいる中学生が書くような始まりだろう? まあそれでも聞いてくれ給え」

 急に何を話し出すのかと思えばそれは秋ノ葉の予想もしないものであった。

 しかしそれで心が落ち着いてきているのも事実である。

「は、はい」

 秋ノ葉は小さな声で返事をした。

「地球とは何か。世界とは何か。国とは何か。街とは何か。集団とは何か。人とは何か。多くを語る上で言葉では言い表せない事が多数あると言われると同時に人の行動は言葉によって支配されてきた。故に本来人間の全ては言葉で表せるはずなのだ。表せないものがあるとそれを人間は言葉で定義する。そうやって発展してきた。であるから、そのような譎詭変幻の言葉を操れるからこそ、人は嘘という力を手にした。本当の事を偽る力を手にしたのだ。このような事を冒頭で語る。勿論、一言一句同じではないがね。神話というのに妙に論理的だろう?」

 確かに論理的だ。普通神話と言えば、あらすじのように起きた事を淡々と書いていくのが常であるのに。

「それに、神話というのに地球という言葉が出て来るのも少し変わっているよね。まるで最近書いたもののような口調だ。でもこの話は私達が生まれる遥か昔から存在するそうだよ」

 違和感を覚えつつも秋ノ葉は真剣に神崎の話に耳を傾けた。

「聳え立つビル群は人類の象徴。広がる荒野は破滅の証。点在する村々は反撃の灯。蹂躙されし世界の中心に在るのは人間か魔物か。そんな終末の世、一人の少年がいた。あらゆる魔物をその手のみで掻き消すその少年はある女性に誘われ異能者の学園へと誘われる。卓越した力とその代償により、彼は死神と呼ばれた。振りかざす鎌は人の因果をも断ち切り、魔物の叫びを千切りゆく。その内彼を取り巻く人の波は彼を救いの道へと運んで行く。決断に迷い、多くを失っても尚、彼は足を止めなかった。魔物、人、魔人。終末の世はさらに末期へと突入する。空は赤黒く曇り、吹き荒れる大地に立つ少年とその仲間は訪れる破滅の時に立ち向かう」

 神崎は一旦話すのを止め、数秒の後に少しの重みを加えて続けた。

「終焉の光はこの世の終わりを告げる。時代の終わり、物語の終わりに必ずやってくる。それを滅ぼすのは、その役目を背負いし者は、立ち向かわなくてはならない。絆という、一筋の光をもって。その役目を終えし時、その者は永遠という名の代償を受け入れる。少年は遥かな時を超え、感情を超越した時間の中でただ生き続ける。いつの世にも、その者は確かにそこにいる。……大雑把に話すとこんな感じだ。まったく、おかしな神話だろう? 本当に最近書かれたような気がしてくる」

 おかしいどころでは無い。遥か昔にビルや学園が存在する訳が無い。

「……神崎さん、こんな話よく覚えていましたね。どう聞いてもこじらせちゃった痛い人じゃないですか」

「確かにまったくの絵空事のようだ。でも、神話なんて本来ただの教訓にすぎないのだからね。そういう意味では神々が争う時点で十分他の話も病んでいるよ。ただこの神話がこれ程におかしく思えるのは、そこに確かに現実性があるからなのではないかな。ただの神話なら本当にあり得ないと最初から分かっているからその奇抜さを許せるのだと思うんだ。それに比べてこの話は妙に具体的過ぎる。本当は異常なほどに長い話なのだが、その内容がどうにもリアルで、いや、物語のようではあるのだがそういう事では無く、まるで誰かが自分の体験談を書いているような、そういう現実味がある、というか……」

 神崎にしては珍しくはっきりものを言えないような感じでそれを秋ノ葉に伝えようとしていた。

 秋ノ葉も、頭ではどう考えても嘘八百の妄想話だと思いながらも、どうにも神話らしくない雰囲気が気になっている。

「この話は今では昔の不思議な話という箔が押されている感じになっているよ。まだ私も生まれる前の話だけれど、この神話を元にした小説が刊行されてらしくてね、当時は全然売れなかったらしいのだが……何て言おうか、現代のライトノベルのような雰囲気の作品だったそうだ。だったそうだ、と言っても私も読んだから、「だった」という方が正しいのかな。古い作品だから今は全然見ないけれどよかったら今度貸すから読んでみてくれ給え」

 全巻持っているのか、と思いつつも一つ気になっている事があったので訊いてみる。

「その作者って誰なんですか?」

 結構な読書家である秋ノ葉はその作者が気になったのだ。大分古くてももしかしたら知っている作家かも知れないと思うと訊いてみずにはいられないようだ。

「分からないんだ。出版社はもう存在しないし、何より当時その会社がそのストーリーを発行する事になった理由が、怪しい数人組に脅されたから、だそうだ。この話を順次刊行しろ、と。それ以来全く音沙汰無したったみたいだが」

「変な話ですね」

「そうだね。終焉の光、なんていかにも残念なネーミングセンスだよ」

 話す事も無くなったのか、神崎は一度「おやすみ」というとそれきり喋らなかった。

 ただその話を聞いていて楽になったのは厳然たる事実で、それに関して神崎には深く感謝した。

 しかしその話が異常に気になる自分がそこにいる事もはっきりと認識していた。



 殺伐とした男子部屋の隣では女子四人が部屋に居座っていた。いや、椅子に座っていた。

 一時を過ぎたというのにまだ明かりをつけて楽しく談笑……と思いきや三氷の手にはなにやらカードの束が握られている。

 簡単に言ってしまえば、トランプである。どうやら黒塊戒告部隊はウノよりトランプ派らしい。

「じゃあ次何する?」

 一番乗り気なのは言うまでも無く三氷である。

 昼間の観光の疲れはどこへ行ったのかすっかり元気になった三氷は周りを巻き込んで盛り上がっていた。

 周りも嫌な顔をしている訳では無く(疲れているようには見えるが)そこが三氷の良い所だと言えよう。人を自然に巻き込む力はおいそれと身につくものでは無い。

「ちょっと私はナオちゃんを寝かせてくるのでその間は二人で何かやってて」

 ナオはいつからか畳でぐったりとしてしまっていてゲームには参加していない。兄妹揃ってお疲れである。

 やけに面倒見の良い四五六は既に敷いてある布団(何故か配置は男子部屋と同じ)に運ぶためにナオを持ち上げた。

「その間と言ってもすぐでしょうから待っていますよ」

 折木谷がそう言い、四五六は少し急ぎ目にナオを布団で寝かせるとそのまま隅の椅子に戻る。

「三人でトランプと言っても何だか白けますね」

「そ、そんな事ないでしょ!? ほら、オリギン強いし」

「だから白けるんじゃない?」

 運がいいのか何なのか、今までやった勝負の殆どは折木谷の勝ちとなっている。

「そ、そうなのかなぁ……」

 少し残念そうにする三氷である。そのような所は可愛らしいのだが十九歳である事を考慮に入れると少し素直過ぎるよな気もする。

「神崎さん達も寝たと思いますし私達もそろそろ電気を消しましょうか」

「そうね」

「え、じゃあじゃあ、一緒に寝ようよ~」

「一緒に寝ると言ってももう布団は用意してありますし、隣で寝るという意味では、一緒に寝る事になるのは普通だと思いますが」

「そうじゃなくて! 一緒の布団で寝るのです!」

「え?」

 立ち上がり、三氷は二人の手を引っ張りそのまま布団へとダイブする。

「ちょっ、私も!?」

「当然!」

「流石に狭すぎるでしょう……」

 少し照れながら折木谷が言う。

 確かに大き目の布団とは言え所詮は一人用、二人ならまだしも、三人が普通に寝られるスペースは無い。

「いいじゃんいいじゃん!」

 だが三氷の強引な押しの前ではそんな事は関係無いようである。

 渋々、という感じも無く、大人しく二人は同じ布団に入ったのだった。

「って私が真ん中なの?」

 自然と真ん中になったのは四五六である。普通なら三氷がなるはずだったのだが。しかし並び方などどうでもいいというように三氷はそのまま四五六を抱き枕にして寝息を立て始める。

「……三氷さん、寝ちゃった……」

「寝てしまいましたね……」

 騒いでいたのは空元気というやつだったのだろうか。布団に潜った途端、三氷は某眼鏡少年並の速度で眠りに落ちていた。

 四五六と折木谷は二人で苦笑いを浮かべるとそのまま目を閉じた。

 全員が寝静まった頃、その部屋から四五六の姿が無くなる事に気づいた者は当然いない。

勿論、本人も。



翌朝。森の小鳥の囀りを聞く事は出来なかったが秋ノ葉は目を薄らと開けた。

時間を確認しようと辺りを見回すが近くに時計は無い。

少し不便だなと思いつつ、まだ寝ていようかもう起きようか、迷う。

だが迷ったのは一瞬ですぐ起きる事に決めた。

まだ目覚めきっていない頭ではあるが、このまま寝過ごして皆に迷惑がかかる事は良くないと考えたのだ。

布団から起き上がろうとすると、何か違和感を覚えた。

 布団がやけに狭い気がしたのである。

 きちんと整列しているとは言っても隣の布団との間隔はそれなりにあるためそれ程窮屈では無いはずなのだが。

 だんだんと開いてきた目で布団を剥いでみるとそこには一人の人間がいた。

 それがまだ神崎やタダなら良かったのだが、そこにいたのは――顔ははっきりとは見えないが――どうやら違うようだ。

 まだ若干ぼけているため人間だという事しか分からない。

 そしてその内その人間が目を開ける。

 状況を正確に判断できていない秋ノ葉は未だに半身を起こしたままだ。

 そして不思議そうに互いを見つめる。

 右頬に不思議な模様。

 さらに暫く見つめ合う。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 何故か両方とも悲鳴は「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」であった。

 無論、この悲鳴が皆の目覚まし時計となったのである。



「ぼ、僕は何もしていないのに……」

 少し泣き出しそうな顔で秋ノ葉が畳の上で蹲る。

 誰も秋ノ葉を責めた訳では無く、ただ自分で自分を責めているような感じだ。

「大大丈夫、秋ノ葉君が悪くないのは皆分かっているから」

 神崎がそう諭す。

「秋ノ葉君、元気出して~」

 女性陣も秋ノ葉を励まそうとする。

「普通こういう所は私が落ち込む所なのだけれど……」

 四五六は、初めは驚いていたもののすぐに平静を取り戻したのだが、秋ノ葉は現在も引きずっているのだ。

「でも、僕の疑いは永遠に晴れる事が無いんですよ……? ううぅ……僕は何もしていないのに……」

 秋ノ葉が半分泣き出しそうになり女性陣が慌ててあやす。

 普通は女子が男子側を責めるものなのだが、この隊の男性陣は信頼されているのだろう、まったくそのような諍いは起こらず、ただ事の原因について考えていた。

「秋ノ葉君、そんなに落ち込む事は無い。八百万君も全く問題無いような顔をしているし、寧ろ嬉しかったのかも知れないよ?」

「そ、そんな事はありません」

 若干焦り気味に四五六が否定する。

 すると、何故か四五六に圧力が集中する。

 秋ノ葉を励ませ、そういう圧力である。

 冷や汗をかいた四五六だが仕方ないという顔(もしくは何かを諦めた顔)をした。

「……そうね、秋ノ葉君は女の子みたいだから全くもって平気だったよ」

 どんよりとした空気が流れる。

 秋ノ葉はさらに落ち込んだようにその場でひれ伏す。

「八百万君、こんな時に掘り返してどうするんだい」

「ご、ごめんなさい」

「まあ、でも秋ノ葉君、誰も君を疑ってなどいないけれど、そんなに気になるのだったら皆が納得できる方法が一つある。こんな所で初披露とは大分面白いけれどね」

 そう言うと目線を四五六に向ける。

「なるほど、それなら一発ですね。秋ノ葉君の気持ちがこれ以上無い程に一発で伝わります」

「ど、どういう事ですか……?」

 少しの希望を見つけたように秋ノ葉が顔を上げる。

「簡単な事だよ。私達は何も気負う必要は無い。何したって結果は変わらないから。八百万君の能力はね、人の思いを繋げる事なんだ。感情を繋げる、共有させる。そういう力だ。自分以外のね」

 秋ノ葉は四五六の思い出話を思い出した。

 ――あんただけ、ずるい。

 そう言われた、と言っていた。

 様々な人間の感情がランダムで繋がる中、自分だけが隔離されていた、と。

「そう、私には人が何を考えているのかを読み取る事はできない。よく超能力ものに出てくる、人の心が読める、っていう能力とは違う。私にできるのは互いが思っている事を互いに伝える事、つまり感情の共有をさせる事。だからこの場の私以外の思っている事を全て繋げれば、今秋ノ葉君が何を思っているのかが全員に伝わる。でも、流石に全員一度に繋ぐと誰かが感情の流れに耐えられなくなる可能性があるから、数人ずつにしよう。じゃあ、行くよ」

 教科書を持つような手のポーズを取ると、四五六は目を瞑った。

 その刹那、その手を藍色の光が包む。

「な、何だ……?」

 ――秋ノ葉君は悪くない。全然悪くない。

 ――秋ノ葉君はそんな事はしないと思います。

 ――あ、秋ノ葉さんは普通の人、だと、思います……

 ――僕はただ、現状が受け入れられない。僕を助けて、助けて……

 数秒の内に様々な言葉と感情の奔流が秋ノ葉の内に入り込み、また、出て行った。

「次」

 ――秋ノ葉君は何もしていない。

 ――兄上が悪さをするはずがないです!

 ――秋ノ葉はヘタレだと思う。

 ――何もしていない。つらい。つらい。助けて……

 秋ノ葉の辛さはただこの件に関してのみでは無い。

 四五六は皆の深い感情までを伝えるようにはしなかったが、それでも秋ノ葉の助けを呼ぶ声は皆に伝わった。

 関節の外れたような激動の日々を少しの間で経験した秋ノ葉の、心からの叫び。

 それが、四五六以外全員に伝わった。

「……どうだった?」

 四五六が訊く。それは結果を訊いたのではない。四五六自身も秋ノ葉を疑っている訳では無いからだ。

 どう、と訊いたのはちゃんと能力が発動していたかについてである。

「うん、問題無く発動していたよ。という事で、勿論秋ノ葉君には何の問題も無かったね」

 皆が頷く。

「だが……御吉野君の感情は面白かったね」

「そうですね!」

 タダも賛同する。

「若干ショックでした……」

「あれが本音なのだから仕方が無い」

 御吉野が悪びれる様子は無い。

「え? なんて思ってたの?」

 三氷が興味深そうに訊くが御吉野は答える様子が無い。

「秋ノ葉君はヘタレだ、と思っていたのだとさ」

 代わりに神崎が答えた。

 その答えに皆が爆笑する。

 秋ノ葉への気遣いはどこへ行ったのか、堂々と笑っていて、秋ノ葉も何だか落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなりゆっくりと立ち上がった。

「皆さん励ましてくれてありがとうございます。四五六が大丈夫なのに僕がいつまでも落ち込んでいる訳にもいきませんし。……でも、結局原因は何だったのでしょうか。やはりこれは……」

「そうだね。もしかしたら一連の事が関係しているのかも知れない。ただ、今回衝撃を受けたのは八百万君では無く秋ノ葉君だった訳だが」

「そ、そうですよね……」

「でもまだ可能性としては他にありますよね」

 折木谷が突然そんな事を言う。

「秋ノ葉君が無意識に出歩いて四五六さんを連れて布団に戻るなんて的確な事は出来るはずがありません。三氷さんもしっかりホールドしていましたし。でも四五六さんがするっと抜け出して秋ノ葉君の布団に入る事は、可能性としてはあります」

「確かに」

「そうだね」

 三氷と神崎が揃って言う。

「え!? それは無いって!」

 珍しく四五六が焦った表情を見せた。

 恐らくは心外な事を言われて驚いているだけなのだろうが、

「でも双六ちゃんの感情は見えないしなぁ」

「焦り方も怪しいですね」

「ち、違うって!」

 否定しても、秋ノ葉の場合とは違い、四五六の能力では自分自身の感情を人に伝える事は出来ない。

「え……? 四五六、本当なの?」

 秋ノ葉まで疑い始めた。

「秋ノ葉君まで! だから違うっ!」

 だんだんキャラが崩壊しつつあったのでそろそろかと思い皆矛を収める。

「……ところで折木谷さん、心里さんがしっかり四五六をホールドしていたという事は、一緒に寝ていたんですか?」

 秋ノ葉のその一言で、何やら気まずそうにする三人と不思議そうな顔をするナオだった。



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