絶望の指揮者 9 「謎の宴会」
子供の声が自分にだけ聞こえるなんて事はホラー以外の何物でも無いが、幸い今回は心霊現象では無かった。
何故なら、秋ノ葉は走り回った挙句その声の主を住宅街の路上に見つけたからである。
幽霊などでは無く、人間から発せられた声だったという事に安堵しつつも、こんなにかけ離れた場所の声が何故聞こえたのかという事を考え出すとやはり奇妙だったりする。
そういう意味では十分に心霊現象なのかも知れない。
しかし今の声が目の前にいる小さな子供から発せられたのは間違いない。現に今だって啜り泣いているのだから。
歳は十歳程だろうか。フードを被っているためしっかりと顔は見えないが背負っているバッグのデザインからして女の子だと思われる。また、フードからは金色の髪が伸びていてもしかしたら外人かハーフなのかも知れなかった。
もし純外国人なら話は通じないよなと思ったが話しかけずに戻る訳にもいかない。
秋ノ葉はなるべく怖がられないように優しい表情、優しい声で語り掛けた。(普通のままでも全く怖くないが)
「ま、迷子、かな?」
道中で小さな子供が一人蹲っていれば迷子の可能性が一番高い。路地裏のほうだから人通りも全く無く――いや少しはある筈なのだが何故通行人はこの少女(仮)を助けなかったのだろうか。少し腹立たしくはあるものの今自分が話しかけているからいいかということにした。
「ううっ……うううぅぅぅ……」
泣き声だけでは分からないがどうやら日本の血は入っているようだ。少し安心して、秋ノ葉は次に掛けるべき言葉を探した。
――どうしようか。
ママはどこに行ったのかな?
それだと何だか無性に馬鹿にしている感じがしていくら小さい子でも良くないと思う。それに迷子の場合、母親の事を思い出させてしまうと余計に泣いてしまう恐れがある。
はぐれちゃったのかな?
高確率で親とはぐれているためそれを認識させる事は逆効果である。
お兄ちゃんが一緒に探してあげるよ。
……秋ノ葉はお兄ちゃんに見えない。
お名前は?
これは一見良さそうだが先程からずっと泣いている所を見ると暫く返答は期待できそうにない。
怖くない、怖くない。
……これだ。
まずは宥める事が大事である。そのような結論に至った秋ノ葉は少女(仮)の背中をさすろうとしたが流石に知らない人に触られるのは嫌だろうと思いすぐに手を引っ込めた。
「こ、怖くないよー。大丈夫、怖くない」
「うう……」
「泣かないで? 怖くないから」
「…………うう」
秋ノ葉の外見も有効に作用してか、少女(仮)の泣き声は少し収まった。
「全然怖くないよー」
全然、怖くない。
全く、怖くない。
コワクナイ。
ソウ、コワクナイ。
秋ノ葉は少女(仮)に念じた。自らの目が赤紫に染まっている事には気づかずに。
怖くない、怖くない。
「……うう、怖く、ない……うん、怖くない。あ、ありがとう、お姉さん!」
急に顔を上げた少女(仮)はどうやら(仮)ではなかったようでフードを外すとそこから翡翠色の両眼が覗いた。日本語を使っている所を見るとハーフなのだろう。
まるで恐怖から解放されたような、生き生きとした顔で秋ノ葉を見上げた。
――お、お姉さん、ね……
この子とはもう会わないだろうから誤解を解く必要も無いと思い、そのまま親密な雰囲気で母親の事を訊いてみた。
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
もう元気になっているのでそう訊いても問題ないと思っての発言である。
「うん。でも大丈夫、怖くないもん」
「そ、そっか。そうだよね。全然怖くないよね。でも、ぼく、わ、私も一緒にお母さん探そうか?」
この場で「僕」という一人称を使うと「僕っ子」の概念をまだ理解していないであろう幼女には不思議に思われてしまうと思ったので一応「私」にしておいた。
「あ、ありがとう! でも大丈夫! 怖くないから自分で探せるよ!」
そう言うと少女はそそくさと走って行ってしまった。
あどけないその姿はとても可愛らしく、また、自分の言葉でしっかりと勇気を持ってくれた事が嬉しかった。
「可愛かったなぁ」
秋ノ葉はロリコンでは無い。そのような趣味は持ち合わせていない。きっと持ち合わせてはいないだろう。恐らく持ち合わせてはいないはずだ。
「さて、戻るかな」
相当走ってきてしまった為無事に戻れるか少し心配ではあったが秋ノ葉は屈めていた腰を上げた。
そして古く錆びたカーブミラーを見る。
そして見た。
ワインと血を混ぜたような、奇怪な色に染まった自らの瞳を。
相談すべきか否か。
当然そのような戸惑いが生まれる。
だが秋ノ葉はこの件をそれほど重大だとは思っていなかった。
何故なら、秋ノ葉は四五六の目の光を目の当たりにしたからである。
能力が使う時には体の一部が光る。そう四五六は言っていた。
四五六の目の色は藍色に光っていて実際の目の色と大差無かったが、それは似ているから分からなかっただけで、場合によっては眼孔の色そのものが変わっているという可能性だってあり得る。
故に秋ノ葉の瞳が紅色に変ったからと言って、ずっとその色に変わっている訳では無い。
だから――
と、ふと秋ノ葉は思う。
能力を使うと体の一部が光るのなら。
体が光るというのは能力を使った証ではないか。
「何が、起きたんだ……?」
使い方も効果も一切分からない。にも関わらず実際に能力は発動していた。
そんなものは最早自分の力では無い。
制御出来なければそれは自らの内側から自身を蝕む毒となる。
秋ノ葉は今になって、自分の能力の詳細に対する考察を怠ってきた事がどれ程危ない事だったのかを悟った。
だが気づいただけである。
それに気づいたからと言って危険性が減る訳では無い。
折木谷は自分の能力の効果を知るのに一年かかったと言う。
ならばまだ大丈夫。
そう短絡的には考えられなかったが、それでもそう確認する意味はあったと秋ノ葉は思った。
「秋ノ葉君も来てほしかったなぁ」
ロビー、というのは旅館にたいする言葉としては少し不適切かも知れないが、皆がロビーに戻ってきて秋ノ葉が最初に聞いた言葉がこれだった。
普通は「ただいま」という言葉が最初なのだが秋ノ葉がロビーのソファーで寝過ごしてしまい起きた瞬間に隣にいた三氷が秋ノ葉に言った、という訳である。
秋ノ葉は思いのほか外を歩いてしまったためぐったりとしてここで寝てしまったのだがまさかその間に皆が帰ってくるとは思ってもいなかったのだ。
現在午後七時、つまりは丁度夜と呼ぶのに相応しい時間である。
小さい頃は七時というと食事をする時間でありアニメを見る時間でありゴロゴロしながら明日について考える時間であった。(少なくとも秋ノ葉には)
今はそんな事は無いがそれでも七時を夕方とするのは少し無理がある。サマータイムの欧米ならその限りでは無いが。
とにかく、秋ノ葉は目覚め一番に三氷の顔を見て三氷の声を聞いたのだが――いや、それ自体は問題無い――何とも恥ずかしくあった。
これでは自分がよくソファーで寝る人間だと思われてしまう。幸い折木谷は反対側のソファーにいたがそれでも相変わらず四五六は秋ノ葉の右隣にいる。
現状を把握するのに少し時間がかかったが何とか立て直して(体も)何と返せば良いのかを考えた。
来てほしかったなぁ、と言われるとどう返したらよいものか分からない。
そうですか、と言うと大分白けた雰囲気になって何だか居心地が悪くなりそうである。
だからと言って、じゃあ行きましょうか、と言っても過去にはもう戻れない。
だから秋ノ葉は悩んでいる。
悩んでいて、取り敢えずの苦笑いしか浮かべる事が出来ない。
「確かに、色々面白いものも見られましたし、秋ノ葉君がいないのは残念でしたね」
「おや、オリギン、秋ノ葉君がいないと寂しいのかな?」
「え? いえ別にそういう意味で言った訳では――」
「そうかー、寂しいのかー」
特段、折木谷に照れている様子は見られない。
だが思わぬ誤解を生む言い方をしてしまった事に対して少なからず弁解の余地を求めているようではある。
しかしながら(折木谷は知らないが)折木谷が秋ノ葉とソファーで寝ている所をこの場の全員が知っているため皆何か含みのある笑い方をする。秋ノ葉は継続的に苦笑いしかできないのだがどうやらこれが正解だったようである。
「な、何ですか皆して。私が何かしましたか」
若干押され気味になっている折木谷だがそれでも何か意味ありげな雰囲気は消えない。
そして秋ノ葉は今になってこの場に救井兄妹がいない事に気づく。いないからこそ「意味ありげ濃度」が増してしまっているのかも知れない。
「まあでも秋ノ葉君がいなくて寂しかったのは全員が思う所だよ。せっかく新たな仲間が増えたのだから一緒に居たいと思うのは当然の事だろう」
神崎のフォローでこの場は少しまとまった。
折木谷に対する冷やかしから始まったこの会話だが、では何故皆ここにいたのだろうという疑問が湧き、秋ノ葉は訊いてみる事にした。
「ところで、何故皆さんはロビーに集まっていたんですか?」
「それは勿論、秋ノ葉君がここでぐっすり眠っていたからさ」
「そ、そうですか……」
何となく予想はついていたのだがまさか本当にそう返してくるとは思ってはいなかった。
「そうそう! 秋ノ葉君が全然起きないからここで休んでようって事になったんだよっ。ほら、せっかくみんなで来たのに分かれちゃ意味無いでしょ」
「ナオちゃんはとても疲れたようなので先に部屋に行きましたが。秋ノ葉君とは違ってちゃんと部屋に戻って休みましたが」
「そ、そうですか……」
何故か少し毒を吐かれたような気がして秋ノ葉は先程と同じ答えでしか対応出来なかった。
「タダ君は御吉野君の所に行きましたね」
「え、あの二人は仲が良いんですか?」
少し意外で秋ノ葉は訊き返してしまった。
歳も結構離れている二人に何か接点があるのだろうかと気になったのである。
「さあ、私達もよく分からないのです。タダ君に、どこへ行くのか、と訊いたら、御吉野さんの所、と答えたので」
「そうなのだよ。本人に訊いても何も答えないんだ。何かあるとは思うのだがいまいちよく分からないね、あの二人の関係は」
「そ、そうですか……」
どうやら秋ノ葉の言葉だけループしているようだ。
「実際の所は、ここに皆が集まったのは今日の出来事についての整理とそれについての推論を行うためなんだ」
実際の所、と言われなくても何か他の目的がある事は分かっていたが神崎の言葉から少し重い議題なのかも知れないという事を悟り、秋ノ葉は敢えて何も言わなかった。
「救井兄妹と御吉野君はいないが彼らは大丈夫だ。特に御吉野君はね」
その言葉が意図するところを秋ノ葉含め全員が理解していないようだったがそれで何か問題が生じる訳でも無いので何か口を挟む者はいない。
「で、秋ノ葉君。主に話すべき対象は君な訳だ。よく聴いていてくれ給え」
「は、はい」
「今日私達は人切りに遭遇した」
人切り、つまりは通り魔である。
心底一緒に行かなくて良かったと思った。
一緒に来てほしかったとか、面白いものが見られたというのは何だったのだろうか。
秋ノ葉は身震いした。
「ぜ、全然楽しくないじゃないですか折木谷さん!」
「いえ、犯人はその場で神崎さんが取り押さえましたし、その後は皆で買い物に行ったり富士山を見たりしましたので楽しかったというのは本当ですよ」
「そ、そうですか……」
話がぶれてしまうのも良くないと思い秋ノ葉は話の軌道修正を試みた。
「嫌な出来事に遭遇した、という事は狙われたのは……」
「いや、八百万君では無い」
「私じゃないよ」
「そ、そっか……」
何故二人に言われたのかはいまいち分からない。
「人切りが狙ったのは八百万君の隣にいた制服の女子だ」
その事実を聞いても、それが何を意味するのかを推理できるものでは無い。
が、それは神崎達も同じはずである。
現場にいたという事を除いて彼らは等しくこの奇妙な不幸の連続について殆ど把握していないのだから。
であるから、だからこそ、皆が集まったのである。三人よれば文殊の知恵、四人揃えばいろんな知恵というように人は集まれば集まるほどその知識をより高度なものへと変化、すなわち昇華できるのである。
そのような応用的、発展的な知性を期待して神崎は秋ノ葉にもこの話に関する議論に参加させたのだろう。
「秋ノ葉君はこの件についてどう思う? 素直な考えを述べてくれれば良い」
素直な考えといっても「この件」というのはアバウトなため具体的に何について言えば良いのか迷ってしまう。
だが、秋ノ葉はヘタレのような外見に見合わずしっかりと周りの事を考えられる人間である。空気を読む事も人並み以上には出来るし相手が何を期待しているのかも大体把握出来る。
今回の場合、秋ノ葉の考えを訊くという事は神崎が最初にも言ったように、秋ノ葉なりの推論を行ってほしいという事だろう。
そして、情報を一つしか与えない事から、現場の状況によって先入観を与えられていない者からの目線が欲しいといったところか。
アバウトに訊いたのも恐らくはどの部分を答えるかを自分で決めろという事だと思われる。つまり気になる事について自由に話せという事を示している。
と、わざわざ頭の中で理論立てていた訳では無いが、そのように瞬時に考えられる秋ノ葉はやはり気回りが良いのだろう。
秋ノ葉が今言うべき事は、大きく分けて三つ程だ。
一つは、この件が本当に負の連鎖に関連しているのかという事。
これについては、「関連している」と答えなければ次の話に続かないので答えはもう決まっている。
第二に、四五六では無く見知らぬ女子高生が狙われた理由。
もしくは不幸の連なりが四五六を「中心に」起こっている事の理由。
そして、これからの対応策である。
ざっと秋ノ葉の思考を羅列するとこうなるのだが各々個人個人にも考えがあるはずであるからだらだらと話す訳にはいかない。
「僕は、この件は一連の災難に関連していると思います」
「ほう、何故そう思うんだい?」
「明確な根拠はありません。ただ時間の感覚と現象が十分にこの不幸の連続に合っているから、というしかできません」
「だがそれがただの偶然かも知れない」
神崎自身、ただの偶然と思っている訳では無いのだろうがそこは上手く秋ノ葉の言いたい事を引き出す言葉、という事である。
「そうですね、でも僕は基本的に偶然を信じていませんから」
「秋ノ葉君は奇跡や運命を信じないタイプなのかな」
何故か急に恥ずかしい議論を吹っ掛けられた秋ノ葉であった。
ここで自分のちっぽけな哲学を話すのも躊躇われたのであまり深くは言わないでおく事にする。
「奇跡や偶然は必然、運命は宿命、実際はもう起こる事は決まっているのだと僕は思います。だから僕がこうしてここで皆さんと一緒にいるのも元々決められていた事なのでしょう」
さらっと出て来た言葉だったがよく聞くと大分痛い発言である。だが神崎らは少し感動した様子で秋ノ葉の話を聴いていた。
秋ノ葉は時々ぽろっと痛い言葉が出てくるがそれは若さ故の精神的病の一種だと思われる。別に異常では無い。実に真っ当な人間らしさを持っている。
「で、ですから、今回の件も普通に考えるなら偶然の連なりに見えるでしょう。ただ運の悪い時期なのかも知れない。けれど僕はついこの間皆さんのいる世界を知ってしまった。現在の科学では理解する事のできない事象が数多く存在するのだと。だから、僕達のような能力を持った人間による何か、と考えるのが妥当ではないかと。四五六は何か心当たり無いかな?」
「……ない、ね」
「秋ノ葉君は探偵みたいですね。犯人を追いつめている感じがします」
「確かに秋ノ葉君探偵みたい。 美少女探偵!」
「いや美少女では無いんですが……」
これからもからかわれる時はこういうネタが含まれるのかな、と少しばかり用心した。
「では、秋ノ葉君の考えでは、この一連の現象は何者かの能力による事件だ、と」
「ええ、神崎さん、何かこのような現象を引き起こせる『TM』、または能力を持った人を知りませんか」
知っていたらとっくにその可能性に至っているはずであるがこれはその方面についてより神崎に詳しく考えさせる促しだ。
神崎は暫く考えた後、
「……思い当たる事は無いが、まだ秋ノ葉君に話していない事でそれに少し触れるかも知れない話がある」
「……天敵破壊団の事ですね」
折木谷が答えた。
天敵破壊団。どこかで聞いたような名前だと自分の記憶を漁ってみる。
「そうだ、その名前は四五六から聞きました」
四五六の襲撃に遭った時、確かに彼女はその言葉を口にしていた。
「え? 私、言ったっけ?」
「ほら、僕の事を天敵破壊団の一員じゃないかって疑ってたよね」
「あ、ああ、そんな事もあったかも、ね……」
あまり思い出したくないのか四五六の言葉は若干途切れ気味である。
「天敵破壊団の事だけじゃない。まだ名前も分からないあの組織についても、せっかくだから今話してしまおう」
あの組織、なんていう呼び方をする時点で大分怪しさが伝わってきた。黒塊戒告部隊に良い影響を与える事が無いのは明白である。
「天敵破壊団とは、まあ、我々と同じような集団なのだが、その活動目的は大きく異なる」
「私達の目的が、あの<黒い塊>を調べ、警鐘を鳴らす事なのに対して、彼らの目的はあの物体を破壊する事にあります」
「あれを、破壊?」
「そうだ。彼らはあの塊の事を<天敵>と呼び、それを破壊するための集団だ。その攻撃的な集合意識から、あの団の方針は結構過激でね。我々と衝突する事もしばしば。ただ、あの組織も政府の承認を受けているから、そこまで邪険に扱う事は出来ないのだがね」
方向性が大分違う二つの組織を承認するのには何か意図が含まれているのだろうか、と一瞬考えそうになったが、それはここで考えるべき事では無い。
「けれど、そこのメンバーにはこのような力を持つ人はいないんですよね?」
「まあ、私達もあの連中の手の内の多くを知っている訳では無いから確たる事は言えないが、少なくとも結成以来、向こうがこのような属性のちょっかいを出してきた事は無い。そもそもこの現象はどのような発動内容を元に起こっているのか分からない。それを先に考えた方がいいだろう」
「はい、でもその、あの組織、という組織にもこの件に関して心当たりは無いんですよね?」
「ああそうか、一応軽くそっちの話もしておこうか。詳しい事は追い追いという事になるが、まず一つ覚えて欲しい事。我々の仕事は仲間の勧誘と敵の殲滅、その敵についてだ。我々は新しく能力を発現した者に交渉して仲間になってもらうかそれが駄目なら放置するか無理矢理連れてくる。何か能力を使って悪さをしたらその度合いによって粛清する。粛清と言っても正す方の粛正では無い。そんな人間を裁くような権利は、我々は一切持っていないのだからね。正義でも何でもない、ただの汚れ仕事だ。で、そのような仕事を行っているのだが、その敵というのは必ずしも個人とは限らない。寧ろ個人は少ない。つまり、あの組織というのは得た能力を使って何やら悪さをしようとしている連中という事さ。奴らも能力をあの塊から得たのだろうが、奴らにとってそんな事はどうでもいい。言うなれば、能力を得たただの犯罪者さ。しかし奴らにも、八百万君をピンポイントで狙うような理由も能力も無い」
「なら誰が何のためにやっている事なのでしょうか……」
折木谷が推理の定型文のような言葉と共に溜息をつくと暫くの間沈黙が生まれる。
行き詰まりの雰囲気を漂わせるのは危険なので秋ノ葉は秋ノ葉なりに頭を振り絞った。
「……全ての事件に共通している事は四五六に災難が降りかかるという点だけ。なら、それが能力だと思っていいのではないでしょうか」
ふと思った事を口にする。
今までよく考えていたのに気付かなかったがこの事件が能力を用いたものならばその力の結果が現れているはずなのだ。
「だが、八百万君に嫌な思いをさせる能力、少し抽象化すると特定の人に嫌がらせをする能力というのは何だかはっきりしないね」
神崎が尤もな疑問点を挙げる。
「はい、だからそれは一つの可能性です。あとこういう状況であり得るのは……」
秋ノ葉は今まで読んだ本のシチュエーションを記憶から引きずり出した。記憶力は良い方であるから、また読書は嗜む性格であるから、様々な状況を結びつける事ができる。
「少し短絡的かも知れませんが、相手は複数いてそれぞれの現象で別の能力を使っているとか」
敵の存在を見た時、人間という生き物は無意識にそれを一つと捉えてしまう。
人数に限らず、団体、チーム、組織、そういった「自分の敵」を一色の色で塗ってしまうのだ。
だから単発な対抗策しか考え出せない。
しかし秋ノ葉はそれを今までの経験上(主に本だが)で知っていた。
殆どは外れだとしても可能性のあるものはなるべく多く、その対抗策を練るべきなのだ。
「やはり秋ノ葉君はとても頼りになるね。私達だけでも少し話し合ったがすぐにそこまでの事を言葉に出せる者はいなかった。だが結局、まだ詳細が分からない以上、八百万君に危険が及ばないように皆でカバーする、という事以外に対応は出来ないね」
「そうですね……」
なし崩し的に、では無いが最終的には皆の意見を聞く事も無く秋ノ葉が考えを述べただけで終わってしまったようだ。
始めから秋ノ葉の為に開いた会議だったため別にそれでいいのだが。
「ただ、能力が原因なのだとすると、相手の姿を一度も捕捉できないのはおかしい……」
新たに浮上した疑問点はそれだけで十分謎に満ちていて、現在の情報だけで解明する事は不可能だった。
ただ、秋ノ葉らを取り巻く絶望の渦は刻一刻とその半径を縮め、その濃度を増していた。
果たして、渦の中心にいるのは――
宴会、という人数では無いため、秋ノ葉、神崎、折木谷、三氷、四五六、ナオ、タダ、御吉野、八人勢揃いの畳の部屋は普通以上に大きく見える。
どことなく寂寥の感がこみ上げてきそうな広大さだがその雰囲気は全くと言っていい程逆だった。
「え? なに、オリギンお酒苦手なの? 大人なのに? そんなこと言わないで飲め飲め~」
「あ、あなたはまだ未成年でしょう!」
「私が飲んでるのはアップルジュースだよ?」
そう言って三氷がアップルジュースをぐびぐびと飲む。
「っはー! おいしい!」
が、その様子は飲み会で大立ち回りを演じるようである。
「心里君、そんなに飲み過ぎるとお腹が痛くなってしまうよ」
酔ってしまう、という事は無いが確かにお腹が痛くなる恐れはある。中々に適した指摘だった。
飲んでばかりいるため飲み物ばかりに目が行きがちだが目の前に広がる料理は流石旅館と言わんばかりの豪華な和食だ。
秋ノ葉は鯛の生け作りなど食べた事が無いが、そんな事を言ったら今置かれている贅沢な料理の殆どを食べた試しが無い。
「じゃ、じゃあ僕はこれを戴こうかな……」
鯛料理や牡蠣料理も食べてみたくはあったが何だかおいそれして、秋ノ葉はいくつかの皿に分けられた刺身を取った。
秋ノ葉は別にそこまで刺身が好きな訳では無いが気軽に取れるものがそれくらいしか無かったのである。
皆も飲み物だけを飲んでいるのでは無く豪勢な料理も食している。
特に食べっぷりが良いのはタダだ。
食べ盛りの年頃という事もありタダの平らげる速度は周囲の二倍以上である。八人でも少し多いのではないだろうかというこの料理の数もタダの為にあると言っても良いだろう。
しかし残念な事にタダはそこまで身長が高いという程でも無い。
男性の中では歳も一番下だが身長も一番下である。
秋ノ葉が177センチ、神崎が186センチ、御吉野が182センチと他の男勢は平均身長が異常に高いのだがタダは168センチである。
小さくは無いが他が大きい(女性陣も背の高い人が多い)為小さく見えてしまう。
その事を気にしているのかどうかは定かでは無いがやはり男ならもう少し身長が欲しいと思う所だろう。今は座っている為それ程目立たないが。
そんな事はお構いなしにタダはただただ飯を食らっている。と言っても下品に食い散らかしている訳では無い。あちらこちらにご飯粒が散乱、などという光景は見られない。マナーはしっかり守れるようである。
この隊は平均年齢が大分若いがその分精神年齢が高いのかも知れない。
ガヤガヤとまではいかないが八人にしてはそれなりに騒いでいるのを傍目に見る秋ノ葉は何だか疎外感を感じた。
いつもは秋ノ葉が会話の中心にいるのだが、今は各々が自然体という感じで今までの信頼に裏付けされた距離感が仲間内にはあった。
秋ノ葉が信頼されていない訳では決して無い。だが時間という強固な結びつきの無い者達はどうしても寄り添うのに力がいる。
正に今、自分のアングルを視点とした第三者的ポジションから宴会の様子を見ているような気分なのである。
だがそれによって特段落ち込んだりはしていない。
秋ノ葉は変な所で前向きな為、こういう場面では「早く自分も打ち解けられるといいな」という見事なまでのポジティブシンキングができてしまう。中々便利な能力である。
その宴会の様子を見て、秋ノ葉は宴会というものについて考え出した。
宴とは「うたげ」である。
飲食をして遊び楽しみ、コミュニケーションの輪をより強固なものにするための会である。
宴会と聞くとお酒の席を想像してしまいがちだが――というより実際は殆どそうなのだが――本来の目的は友好関係を深める事にあるのだ。
神崎はゆっくりだがさり気なく大量のビールを飲んでいるが一向に酔う気配が無い。それでいてしっかり話の輪に入る事ができているため流石隊長である。
折木谷は先程から何度も三氷にちょっかいを受けている。迷惑そうにはしているもののその実それ程嫌がってはいないようだ。歳が近い事もあって仲睦まじい雰囲気は見ているだけで癒されるかも知れない。
御吉野は相も変わらず静かに食べ続け、四五六はおしとやかにしながらナオの世話をしている。
世話、と言ってもナオは十三歳で、つまり普通なら中学一年生だ。学校には通っていないがそこまで面倒を見る必要は無いはずだが四五六は何かと隣のナオを気にかけている。
こちらの光景も見ていて心が安らぐだろう。
何とも不思議な集まりだなと思いつつ秋ノ葉は宴会の目的をもう一度考えた。
宴会の目的は交流を深める事。
ならば秋ノ葉は宴会の狙いを無視している事になる。
誰とも話さず周りと絶妙な感覚を開けながら黙々と刺身を喉へ滑らせているのだから。
何か話すべきかなと思うもののこんな時に限って話すネタが思い浮かばない。
こんな時に限って、と秋ノ葉は頭の中で復唱したが過去を振り返ってみても秋ノ葉から話しかけたシーンは殆ど無いのであった。
秋ノ葉は人と喋る事自体はそれ程苦手では無いが話しかけるのは苦手なようである。
そしてその事を今更ながらに自覚した秋ノ葉は、さてどうしたものかと箸を止めて考え出す。
例えば。
どれが美味しかった? と隣の四五六に話しかけてみるとする。
そうしたらどうだろうか。
何か品目を答えてくれた場合、その後その品目について自分の意見を述べた後どう繋げればいいのだろう。
そこで思考がストップした。
他には――
と暫く考えるが何を思いついても会話のキャッチボールは一度か二度で終わってしまう。
人と話すのは難しいんだなぁ、と一人黄昏ているのだがそんな事で悟りを開いたような顔をしても逆に気味悪がられるだけである。幸い秋ノ葉の不自然さに気づく者はいなかったが。
取り敢えず刺身を食し続ける秋ノ葉だったが、
「よし! ゲームをやろう!」
と三氷がその場でいきなり立ち上がり箸をいくつか持って高らかに宣言した。
割り箸をいくつも持っている時点でやるゲームというのはほぼ決まってくるのだが……
あまりにも勢い良く立ってので危うく刺身を喉に詰まらせる所であった。
「三氷さん。何をするんですか?」
仕方なく一杯程ビールを飲んで少し具合の悪そうな折木谷がいつもより少し低い声で言う。
「そりゃ勿論王様ゲームだよ?」
「違うだろう心里君。第三調査隊風王様ゲームをするのだろう?」
「え? 何ですかそれ」
そんなものは無いようである。
だが神崎はそのまま話を続けた。
「よし、では第三調査隊風王様ゲーム、通称王ザマゲームを開始する」
やろうと言ったのは三氷だったのだがいつの間にか神崎に主導権が移っている。これぞカリスマ性を応用した権利の奪取というものである。
「神崎さん、王ザマゲームって何ですか?」
神崎の中では一応元のメンバーは知っている扱いになっているはずなので適役であろう秋ノ葉がその正体不明のゲームについて質問した。
「よく訊いてくれた。王ザマゲームとは――うん、御吉野君、説明をお願いする」
またもや神崎は説明を受け流した。受け流しスキルが高いのでは無くただ強引に受け渡すのだ。それ以前に御吉野だって得体の知れないゲームについて説明する事はできないだろう。
「王ザマゲームとは、王様ザマァ見ろゲームの略である。その名の通り王様を馬鹿にするゲームであり、本来のルールーはくじで当たりを引いた者が他の番号を指名して何でも命令できるというルールであるのだが王ザマゲームでは王様になってしまった人がその他全員の要求を聞かなくてはならないという鬼畜設定になっている。そもそも王様とは一国をまとめる人物でありそれ相応の大きい器を求められるものだ。故に国民の要求にはなるべく答えなくてはならない。では何故王様ザマァ見ろ、なのかというと、それは歴代の王様が大抵どうしようもない人格者だからである。それ故に歴史上では王様というのは国民に忌み嫌われる事が多くチャールズ一世などはその典型だ。であるから王様に不満が溜まった国民からザマァ見ろのコールを受けるのは時代背景的に考えてみても適していると言える。尚、このゲームでは王様の僅かな力を以て一度だけ要求を断る事ができる。あの人からの要求は絶対に聞きたくないとか、この要求は聞きたくないというものがあればこの権利を行使する事によって回避できる。といったいじめにも発展しかねない、というかもう半ばいじめとなってしまっているえぐいゲームであるため、これを行うのは互いに信用し合いしっかりと場の空気を読める高尚な団体においてのみ行う事を強く推奨する、と神崎が見せてきた暇つぶしブックに書いてあった」
と、さらっと謎の文章を何も見ずに御吉野は読み上げた。
凄まじい記憶力であるのと同時にそんなどうでもいい事まで覚えている事に対して秋ノ葉は少し心配になった。
「御吉野君は相変わらずの記憶力ですね」
「よしのんすごーい! どうでもいいけどすごーい!」
「よし、では始めようか。心里君、席について割り箸を混ぜ混ぜし給え」
混ぜ混ぜ、というのは若干馬鹿にしているような気がしなくも無い。
「はーい! では行きますよー。皆もっと近寄って!」
何か只ならぬ事が始まりそうで正直近寄りたく無かったがこれもコミュニケーションの一環だと諦めた。それにしても随分特殊なコミュニケーションだが。
「せーの! 王様だーれだっ!」
息ぴったりで皆同時に割り箸を引いたが御吉野は左手で箸を引きつつ右手で箸を使って綺麗に並べられた魚を食べていた。食への執着があるようには見えないがしっかりと胃袋に食べ物を蓄積させているようだ。
引いた箸を確認するとそこには11と書かれている。そう言えばいつ番号を書いたのだろうと思ったがそれよりももっと不思議な事があるのに気付いた。
――十一人もいないんですが……
人数は全員で八人である。十一人もいないのだ。これは何かの心霊現象であと三人は自分には見えていないだけなのだろうか、と不安になりもしたがそんな人はいるはずない。そもそも割り箸に余りは出ていない。つまり丁度八本なのだ。
ならばこの11という数字は何なのだろうか。
だが実際少し考えれば分かるものである。
八本の中に一つだけ王様の割り箸が入っているならその割り箸にはどんな模様であれ1~7以外の何かが書かれている、あるいは何も書かれていないのだ。
つまりこの11という数字に意味は無くただこの割り箸が示しているのは「お前が王様、もといいじめの対象だ」という事である。
だが何故こんなに紛らわしい事をしたのかは気になったので一応訊いておくことにする。
「あのー、僕の割り箸に11って書いてあるんですが……」
「おや、心里君、何故11と書いたんだい? 箸はちゃんと八本なのに。算数は苦手だったかな」
「な、何ですか! 別に算数が苦手とかそんな低レベルな事じゃないですよ! ほら、キングのKはアルファベットの十一番目じゃないですか、だからです!」
「と言うより、この王ザマゲームでは王様の箸以外にマークは要らないのだがね。心里君はご丁寧に一から七の数字を書いてくれたようだ。これでいつでも王様ゲームにチェンジできる。中々考えたね」
「いや、別にそういう考えは無かったんですけど……」
「とにかく、今回の王様は秋ノ葉君な訳ですね」
嗜虐的な雰囲気では無いのだが何だか怖い。というのが秋ノ葉の素直な感想だ。
「まあ、大体こういうのは最初に僕に回ってくるんですよね。で、大体数回当たるんですよ」
「そうか、それは災難だね。じゃあ、せっかく心里君が番号を書いてくれた訳だし、その番号順に秋ノ葉くんをい……要求を言おうか」
「神崎さん、今明らかに秋ノ葉君をいじめる、と言おうとしてましたね」
僕いじめられちゃうのかなぁ、などと情けなくはならないが少し身構えてしまう。
「では、一番は私なので。そうですね秋ノ葉君。ではこれからゲームが終わるまでずっと三番の人の膝に乗っていて下さい」
「えぇ!? ずっとですか!?」
「王様なのですから、国民の要求は聞かなくてはなりません。まあ、権利を使えば拒否できますが」
「い、いえ、えっと、三番は誰ですか……?」
暫くの間静寂が続く。
「えっと、誰、ですか、ね……」
「……」
「私は三番ではないよ」
「私は一番ですしね」
「私は二番だよ!」
「私は四番」
「俺は七番っす!」
「……五」
「……」
「えっと……」
神崎だけは番号を言わなかったが、三番でない、という事は神崎があまりの六番である。
残りは――
「あ、あの、流石にナオちゃんの膝に僕が乗るっていうのは面積的に厳しいのでは……」
「ん、そうですね、ではナオちゃんにずっと乗っていてもらいましょうか」
「折木谷君、中々鬼畜だね。年下に容赦無し」
「そういうゲームですから」
「……」
ナオは少し驚いたような顔をしていたが別段嫌がる事も無くスルスルと秋ノ葉に近寄るとちょこんと膝に乗った。
ナオは見た目も歳より幼く無口な為全体的にかなり幼く見える(しかもゴスロリ)がメンタルが弱いとか小さい子に特有のなよなよしさは無いようだ。
そうは思っていなかった秋ノ葉は正直かなり驚いた。折木谷もナオの性格を分かっていてそのような要求をしたのかも知れない。
このゲームが深い信頼を要する理由が少し分かった気がした。
ナオの性格は簡単に言うと無口にした折木谷、といった所だろうか。
秋ノ葉の膝に座ったきり全く動作を起こさない。
中二病のような見た目であり四五六も「コードネームのまま」と言っていた為どんな性格なのかと思ったら大分おしとやかなようである。
「……想像以上に恥ずかしいですね」
「そうかい? まあこのゲームが終わるまでの辛抱だ」
「本当は嬉しいのではないですか?」
「えぇ……?」
地味に言葉で責めてくる折木谷である。
「はいでは次、とその前に。折木谷君が番号指名して気づいたのだが番号を伏せておけばちゃんとこのゲームで使える訳だね。次からは番号は伏せて行おう。なるほど、心里君はここまで考えていのだね」
「いえ、別にそこまで考えては……っと私の番か! じゃあねぇ」
三氷はどこからともなく(正確にはポケットから)サイコロを取り出すとそれを軽く投げた。
「よし、では秋ノ葉君は四番の人とゲーム終了まで手を繋いでいて下さいな!」
「……は、はい」
「……四番は私」
丁度隣にいた四五六がすっと秋ノ葉の左手を握る。
心臓がドキッとはねた。
それは突然手を繋がれたりしたら誰でもそうなるだろう。
「……だんだん僕の周りに人が増えてきている気がするんですが……」
「いいじゃないか秋ノ葉君。ハーレム大国が出来上がるかも知れないよ」
別にそんなものは望んでいない! と言おうとしたが若干失礼な気もしたのでやめておいた。
暫く間が空いた所で、
「……秋ノ葉さんは、じゃあ、えっと、ゲームが終わるまで折木谷さんと手を繋ぐ、ということで……」
ナオがさり気なく反撃した。
いや、さり気なくでは無い。三氷が使ったサイコロも使わず名指しで折木谷を指定したのだ。これは立派な反撃である。
このゲームはもしかすると王様はただ被害を被るだけで民間人同士の争いなのかも知れない。
「し、仕方ありませんね……」
「このゲームでは別に番号を使わなくてはならないなんていうルールは無いからね」
反対側にいたためわざわざ席を立って秋ノ葉の所まで来なければならない。地味に人間の場所が移動するゲームである。
「では次は私。じゃあ、ゲームが終わるまで三氷さんの膝の上に座る、ということでどうかな」
「え、そろそろ許容量が――」
「オッケーオッケー! さあ秋ノ葉君おいで! と言いたい所だけどそれだと移動するのも大変だろうから私がそっちに行こう!」
こうして合体風に秋ノ葉は四人の女性に囲まれる形になったのだった。
「秋ノ葉君、気分はどうだい?」
「……複雑です……」
秋ノ葉も男である以上別に嫌な訳では無い。嫌では無いのだが実に恥ずかしいのである。
「次は五番、御吉野君だね」
「……目の前の魚料理を平らげろ」
簡潔な要求(口調は命令)だった。
「え、食べろと言われても両手が……」
「御吉野君も中々鬼畜だね。両手が塞がっているのに食べろなんてそんななの犬のように食べろと言っているようなものじゃないか」
「えぇ!? そうなんですか!?」
「いや、冗談だ。でも食べ物が残ってしまうのは勿体無いから食べている間だけ手は左手の八百万君の方は放しておくしかないかな。だからと言ってゆっくり食べるのは無しだよ、秋ノ葉君」
目の前にある魚料理、とは言っても大分量は減っているためそれ程時間はかからないだろう。
「さて、次は私かな。では秋ノ葉君、ハーレム王に、俺はなる! と言ってみてくれるかな。実に面白いものが見られそうだ」
王様だけに中々マッチした事を言う神崎だがそれでも鬼畜な要求である事には違い無い。
秋ノ葉は一つ諦めたように溜息をつくと、
「……は、ハーレム王に俺はなる!」
と気合たっぷりに言った。
「あっはっは! はっはっはっは!」
三氷が爆笑しそれにつられて皆が笑い出した。
「は、恥ずかしい……!」
この盛り上がりこそまさしく宴会。ではあるのだがやはりどう見てもこれは秋ノ葉いじりの流れである。秋ノ葉が神崎達の事を深くは知らないように神崎達も秋ノ葉の性格やら何やらを細かく知っている訳では無いはずなのだが、空気を読めているというかぎすぎすしないというか、場を調整するのが実にうまかった。
秋ノ葉も全く嫌な気はしていないし周りは皆大爆笑中だ。こういう采配ができる力は大切なのだと実感した。
「最後は俺っすね! 兄上! お水をどうぞ!」
空になっていたグラスにタダが水を注ぐ。
「あ、ありがとう」
その水を少し飲むとまたタダに振り返るがタダはもう自分の用は終わったとばかりに肉料理を食べている。
「……あれ、タダ君? 要求は?」
「要求は兄上に水を飲んで戴く事です!」
――い、良い子だ!
おそらく全員がそう思ったことだろう。
結局この後皆のネタが無くなるまでこのゲームを続けたのだが、六回中三回秋ノ葉が王様という本来なら喜ぶべき事が起きてしまったりした。
その他王様になったのは三氷とタダと折木谷だったが三人とも対処が上手い性格をしていたのでその場のノリでさらっと流れていった。秋ノ葉としては神崎か御吉野が面白い事をするのが見てみたかったのだが。
盛り上がったのは秋ノ葉が王様の時でそれはもう全身を封じられながらも何とか要求を聞いていったのだった。
盛り上がり過ぎて王様の特権を使う事を忘れつつ。
暑くて忙しい日々が続きますが更新が途切れないようにします!