後悔の証
ヘイスとセレーヌは先に砦の中に侵入していて、誰にも見つからないように地下牢へ目指していた。
「はぁ……」
ヘイスはさっきからずっとため息をついているセレーヌを見た。
どうやら二日酔いがひどいようで頭を苦しそうに押さえている。そんなセレーヌを見ているとヘイスはだんだんと怒りが湧いてくる。
「お前さっきから何なんだよ。黙って歩けないのか」
「うっさいわね。頭に響くから喋らないでよ」
セレーヌはそう言ってヘイスのことを睨む。
(くそっ。何なんだこいつ。俺にこんな反抗する女は初めてだ)
ヘイスはフューリア王国の第三王子としてずっと甘やかされて育ってきたため、ヘイスは面と向かって言ってくる人間など今まで家族しかいなかったのだ。それはたとえ王国が滅びて反乱軍になったとしても同様であった。
周りにいる人間もいつもヘイスに取り入ろうとして機嫌を伺っているようなものだ。女だってヘイスに気に入られようと猫なで声で甘えてくる者ばかりである。そんな中セレーヌの存在は新鮮でもあった。ヘイスの言ったことに反抗してくる女は母とアイラを除けば初めてだ。それと同時にこんなむかつく女も初めてだった。
ヘイスは自分に甘えてくる女や、機嫌を伺ってくる男などを見て結構いい気分でもあったのだ。自分に逆らってくるやつはうざいだけでもある。
(だいたいこの女こんなんで役に立つのかよ。足を引っ張るのがオチだっての)
いまだ頭を押さえて唸っているセレーヌを見ながら内心思う。
「ちょっと何考えてるのよ。真面目にやりなさいよね」
「はぁ?てめぇがそれを言うんじゃねぇよ」
まさかセレーヌに真面目にやれと言われるとは思わなかった。二日酔いをしてるくせに何を言ってるんだと思う。その言葉に怒りのあまりヘイスは言い返した。するとセレーヌも逆に怒り始める。
「何言ってんのよ。私はちゃんとやってるわよ」
「どこがちゃんとやってるだよ!その二日酔いを治してから言えっての」
遂にヘイスは侵入していたことも忘れて怒鳴ってしまった。言ってからしまったと思い、辺りを見回した。まだ気づかれていなかったようなのでホッとしたが、いつばれるか分からないので自然と先を急ぐ。セレーヌもとりあえずは言い合いを中断してあとに続いた。それから無言で歩いていたが、やがて後ろのほうから声が聞こえてきた。
「こっちのほうで声がしたぞ!侵入者がいるはずだ。探し出せ!」
どうやらさっきの怒鳴り声で帝国兵が気づいていたみたいだ。ヘイスたちのほうへとだんだん近づいてくる。
「くそっ!ばれたか」
「あんたが怒鳴るからでしょ」
「元はといえばお前が悪いんだろ!」
「何でそうなるのよ!?」
二人はまたもや声を荒げて言い合いになっていく。その声は帝国兵にも気づいたようだった。
「いたぞ!あそこだ!」
その声にヘイスは焦る。そしてどうするか少し考えたが、すぐに迎え撃つことにした。逃げることも出来るが、これ以上騒ぎを大きくするわけにもいかなかったので黙らせるためだ。剣を抜いてやってくる帝国兵を待ち構える。足音からして五人のようだ。ヘイスにとってはおそらく楽勝な人数でもある。そう思っていると帝国兵の顔がやっと見えてくる位置まで来た。
「お前は!」
ヘイスは彼らの顔を見て驚いた。
「どうしたのよ?」
「フューリア軍の人間だ」
やってきた帝国兵たちはフューリア軍の者だった。ヘイスもさすがに彼らを斬るわけにはいかない。
「お前たちが侵入者か!?」
一人がヘイスたちを見て怒鳴った。ヘイスが王子だということは気づいていないようだ。数年も前だったのでヘイスはその時まだ少年だったので分からないのだろう。彼らはそう言って、途端にヘイスに斬りかかった。ヘイスはそれを受け流して後ろへ飛ぶ。
「止めろ!俺はフューリア王国の第三王子ヘイスだ!」
「ヘイス様だと!?」
帝国兵は一旦動きを止めた。
「俺はお前たちと争うつもりはない。退け!」
ヘイスは命令するような口調で言った。帝国兵たちもまだ少しの幼さが残る顔と、美しい金髪を見て彼がヘイスだということがなんとなく分かる。その言葉の通りにしようとも思ってしまったが、それを寸前のところで思い直す。
「だ、駄目です……我々には退けない理由があるのです!」
ヘイスはそれを聞いて人質のことだと分かり、舌打ちする。やはり人質を解放しないとフューリアの人間がこちらに付くことはないのだろう。そう言ったあと、また斬りかかってきた彼らにヘイスは防戦しながらも考える。
「みね打ちでもすればいいじゃない」
後ろで見ていたセレーヌはそう言った。セレーヌは基本的に殺傷能力のある魔術を使うので、こういう殺してはいけない相手と戦うことは嫌いだった。
「ふざけんな!一対五なんだ。そんな暇はねぇよ!それにこいつらはフューリアの精鋭でもあったんだぞ!」
さすがのヘイスも精鋭の五人を相手にみね打ちという器用な真似は出来ないのだろう。そもそもヘイスもセレーヌと同様にこういう戦いは苦手だったので、みね打ち自体したことがほとんどなかった。セレーヌはどうしたものかと思い、このままでは仕方がないのでなんとかすることにする。
「まったく……頭痛いっていうのに…それにあんまし好きじゃないのよね、こういう魔術」
そう言ってセレーヌは詠唱を始める。
「大気に集うあまねく風よ。その穏やかな風を以て眠りへと誘え!」
その途端ヘイスと戦っていた帝国兵たちは次々と眠りに落ちていく。セレーヌが唱えた魔術は風属性の敵を眠らせる下位魔術である。こういう魔術はセレーヌは好きではなかったので滅多に使わないのだ。しかも気分が悪かったので調子が出ず、本来なら簡単に詠唱破棄できるものをしなかった。逆にヘイスはこの魔術を見たこともあり、その時の術者は簡単に詠唱破棄していたのを見ていたので、セレーヌの実力をこれほどかと思っていた。
「一応礼は言っておくぞ」
「別にあんたからの礼なんていらないわよ」
しかし助けられたのは事実だったのでヘイスは礼を言ったが、セレーヌは特に気にした風もなかった。
(ほんとに可愛くない女だな)
セレーヌの態度にヘイスはさらにむかついていく。
「とっとと人質のところまで行くわよ」
セレーヌに言われるとなんとなく嫌な気分になるのだが、それを堪えてヘイスは先を進んだ。
「この先だ」
そう言ってヘイスは先に続いている暗闇を見た。ヘイスの調べによるとこの先が地下牢へと繋がっているらしい。セレーヌはヘイスと共に進んだ。そこから先はさっきいた場所とは思えないほどにじめじめしていた。
「何ここ……気持ち悪いわね」
セレーヌはただでさえ気分が悪いのにさらに気持ち悪くなっていくような気がしてくる。それはヘイスも同様だった。
「初めて気が合ったな」
ヘイスもこんなところから早く抜け出したいと思い、自然と早足になっていく。二人はそのまま黙ったまま歩いていると、やがて扉が見えてきた。
「どうやらここのようだな」
やっと目的地の場所へと辿り着いたヘイスたちは目の前にある扉を見た。さっき帝国兵たちに見つかったこともあり、すでに上のほうでは警戒が起こっているかもしれない。時間も予定よりかかってしまったのでこれ以上は無駄に出来ない。そう思って早く人質を助けようとヘイスは扉を開けようとするがそれはびくともしなかった。
「ちっ。鍵がかかっているのか」
「どうすんのよ。そんなもの探している暇ないわよ」
その通り鍵を探している暇など全くない。しかしヘイスは不敵に笑うだけだった。
「そんなこと分かってるって。鍵がないなら……壊すしかないだろ」
するとヘイスはセレーヌに下がるよう言い、剣を構えた。そして勢いよく剣を扉へと叩き込む。もともとぼろくなっていたのか扉は簡単に崩れ落ち、それを見てセレーヌは思った。
(なんで私の周りにはこういう型破りなやつしかいないのかしら……)
自分がしていることは棚に上げてそう思う。アレンもよくこういうことをするなと思うが、アレンに言わせれば一番セレーヌが危ないというものだ。しかしセレーヌはそんなこと全く自覚などしていなかった。
「行くぞ」
ヘイスは剣をしまい扉の先へと進む。それに慌ててセレーヌも着いていった。薄暗く静かな地下牢の中に二人の足音が響く。歩いていると不意に奥のほうから声が聞こえた。
「誰ですか……?」
その声は人質の一人のものだった。先ほどの扉が壊れた音と、いつもと違う足音に帝国兵ではないと思ったのだろう。その声のするほうにヘイスは進む。そしてその牢を見るとかなりの人数が詰まっているのを見た。
「お前たちが人質だな?」
その牢の中でぐったりしている人たちを見る。その中には明らかに衰弱になって死にそうになっているものもいる。彼らを見たヘイスは帝国に怒りを覚えた。牢にいる数人の人がヘイスの髪を見ると呆然と呟く。
「あぁ……貴方はまさか…」
「助けに来た。俺は反乱軍のヘイスだ」
その言葉を聞いて人質たちは皆顔を上げてヘイスを見る。そこにいる人たちの全てがヘイスのことが分かったのだ。
「長い間、辛い思いをさせて済まなかった……」
ヘイスが頭を下げると、人々はヘイスの名を口にし涙していく。それでもヘイスは頭を上げることはなかった。ヘイスは民がこんな辛い思いをしていたというのに、自分だけがのうのうと城から逃げ出したことがずっと許せないでいた。どんなに謝っても足りないくらいだ。次第にヘイスからも涙が零れ落ちていく。セレーヌは後ろのほうでそれを見ていて、ヘイスを少しだけ見直す。けれど今は急いでいるのでこのままだと進まないと思い、声を掛けた。
「早く牢から出してみんなに知らせるわよ。もう反乱軍は砦へ攻めているころでしょ」
そのセレーヌの言葉にヘイスはハッとする。そしてすぐに牢の鍵を壊し扉を開けた。そこからは泣いている多くの人質たちが出てくる。
「何が起こっているのか分かりませんが、ヘイス様たちは先をお急ぎください」
ヘイスは頷き、早くこのことを知らせなければと思い急ぐことにした。セレーヌも少し遅れて後に続く。だが、動きすぎたせいか心なしか二日酔いを超えて身体が重く感じていた。しかしそれを気にせず、二人は黙ったまま来た道を引き返していった。