亡国の王子
フードを取ると、少女からは鮮やかな金色の髪と、男からは金に少し茶が帯びている髪が現れた。これは少女のほうは紛れもなく王族で、男のほうは貴族ということが予想された、
「王女!?」
セレーヌが叫んだ。アレンはアイラという名を聞いたことがあったので予想はついていたが、セレーヌは知らなかったようだ。
「はい」
「へぇ……王女って剣使うんだ……」
「え……あ、はい……」
どうやらセレーヌが驚いたのはアイラが王女だったことではなく王女が剣を使うことだったようだった。確かにアレンもそのことには多少驚いていたけれども、それより先に驚くことがあるだろうと内心思う。セレーヌのほうを見るとセレーヌはアレンのことを見ていた。
「なんだよ?」
「べっつに」
セレーヌの言いたいことはなんとなく分かったが無視する。そしてアイラを見た。
「貴方たちにお願いがあるの。今反乱軍は着々と力をつけているわ。少なくとも数だけは大陸中合わせれば、当時のフューリアの軍勢に及ぶ勢いで集まってるわ。けれどまだまだ帝国軍とやり合うには全然足らないの。だから少しでも多くの力が欲しいのよ!……つまりは貴方たちに反乱軍に入ってもらいたい」
「……」
当時とはおそらくヴェルダ帝国に滅ぼされた頃だろう。その話からすると結構反乱軍の規模が大きいように見える。そのことにアレンは少なからず驚いた。すると今思いついたかのようにセレーヌがアイラに聞いた。
「そういえばさ、あんたたちは何でこの街にいるの?」
「アイラ様は王女です。もう少し言葉遣いに気をつけてもらいたい」
アレンも思っていたことをセレーヌが聞くと、セレーヌの言葉遣いをグレイが咎めた。言われたセレーヌは眉を顰める。
「何言ってんの?王女だかなんだか知らないけど、とっくにフューリア王国は滅んでいるのよ。敬称を使う必要なんてこれっぽっちもないわね」
「……!!」
セレーヌが言ったことは事実でもあり、グレイは何も言い返せなかった。セレーヌはさも当然と言わんばかりの態度だ。しかしセレーヌの場合はそんなことよりも性格が大きく影響しているのだろう。
「確かにその通りね。けれど面と向かって言われたのは初めてだわ」
「あら。それは悪かったかしら?」
「いいえ。そういう人嫌いじゃないわ」
微笑みながらアイラが言うと、隣ではグレイが少し嫌な顔をしていた。やはり臣下からすれば自分の国の王女に敬称をつけないで喋るのは嫌なことなのだろう。
「それで……さっきの話だけど…。私たち反乱軍はこの街を解放するのが目的なのよ」
「アイラ様!」
グレイがアイラをまたも咎める。しかしアイラは右手を上げてグレイを制するように黙らせた。
「へぇ……反乱軍はサルバスタを解放する気なんだ。出来るの?見たところ周辺に反乱軍が隠れるところなんてないけど……それとも二人だけで?……そんなわけはないか」
「そうね。この近くに私たちしか知らない隠れ場所があるの。そしてこの街にいる帝国軍はおよそ二百。それに対して私たち反乱軍は百程度。倍の差があるけれどもそこら辺は作戦があるから大丈夫よ。さすがに反乱軍の居場所を教えることは出来ないけどね」
「それじゃぁサルバスタを解放する自信はあるのね」
「もちろんよ」
セレーヌは少しだけ感心した。意味のない反乱を起こすだけだと思ったら反乱軍も少しはやるらしい。
「それで貴方たちは反乱軍に入ってもらえないかしら?」
アイラはさっきから一番聞きたいことをアレンたちに聞いた。
「だってさ。どうするアレン?」
セレーヌはアレンにそう聞いてきた。セレーヌはどっちでもよかったので、アレンに決めてもらうことにした。
「……帝国軍と戦うのだから常に死と隣り合わせになるでしょう。それ相応のものをそちらは用意してくださるのですか?」
アイラはそれを聞いて思わず叫んだ。
「そんな!貴方はこの街のように帝国の圧政に苦しんでいる人々を見て何とも思わないの!?」
「俺は自分が守りたいもののためにしか戦いません。そこまで心優しい人間ではないので」
アレンの言い分は確かに間違いではなかったので、アイラは何も言えなかった。
確かに反乱軍に入れば死ぬかもしれないのだ。アイラだって死ぬのが恐い。それを恐れて軍に入らない人間を罵倒する気はそれ以上起きなかった。
「だいたい俺たちの力がそこまで必要とは思えないのですが。身の上も分からない旅人ですし」
「旅人だろうとどんな人間だろうと構わない。一人でも多くの力が欲しいの……!」
アレンはその時アイラの瞳に涙が溜まっているのを見た。アレンにも彼女の想いが分からないわけではない。どうしたものかと少し考えることにした。
「そうですね……とりあえず考えときますよ」
アレンは今はそれで妥協することにした。
「本当!?」
アレンの言ったことは本当で、別にこのままうやむやにする気はなかった。
「はい」
アレンがそう答えるとまだ入ると言ったわけでもないのにアイラは嬉しそうな顔をしていた。アレンは隣にいる黙ってるグレイを見て、ついでだから聞いてみる。
「あなたは俺たちに反乱軍に入ってもらいたいと思ってるんですか?」
「私たちは帝国を倒すために戦っている。力ある人物なら当然入ってもらいたいが……中途半端な気持ちなら邪魔なだけだ」
アレンは少し驚く。どうやら反乱軍の想いは結構本物らしい。アレンはグレイに少し好感を持った。これならば結構反乱軍に入ってもいいのではないかと思っていると、その時酒場のドアが開いて一人の男が入ってきた。
「アイラ、グレイ!敵の戦力調べてきたぜ!」
アレンがその男を見ると、先ほどセレーヌがぶつかった相手だった。男はフードを取り、酒場を見渡してはじめてアレンとセレーヌの存在に気づく。
「お前!さっきの!」
男はセレーヌを指差して大きな声を出した。フードを取った髪からはさっき見たとおり金色の髪が現れていた。指を指されたセレーヌは男の方を見て首をかしげた。
「誰?」
「なっ!さっき俺にぶつかってきただろうが!」
「冗談に決まってるでしょ」
「ッ!?」
男とセレーヌがこのままだとまた言い争いになろうとしていたところで、グレイが声を掛けた。
「お前たちヘイス様を知ってるのか?」
「さっきここに来るときに会いましてね」
グレイが疑問を口にするとアレンが答えた。
「おいアイラ!なんでこいつがここにいるんだ!?」
ヘイスと呼ばれた男はアイラに向かって先ほど叫んだ。すでにヘイスにとってはアレンの姿はなく、セレーヌだけが見えているようだった。
「この人たちを私が反乱軍に誘ったのよ」
「何!?こいつを!?」
「そうよ」
ヘイスはアイラになんでそんなことをするんだとでもいいたげな視線を送るが、アイラはそれを完璧に無視していた。
「なんだ……。あんたがいるんじゃ反乱軍に入る気も失せるわね」
「んだと!?こっちだってお前みたいなやつ入ってなんか欲しくねぇよ!」
「はぁ!?誰が入るもんですか誰が!」
「ちょっ!ヘイス兄さん止めてよね!」
喧嘩しはじめた二人をアイラが必死に止めた。
「兄さん?」
セレーヌは喧嘩を止めて疑問に思ったことを聞いた。
「えぇ。この人は私の兄ヘイス=レリック=フューリアよ。フューリア王国の第三王子でもあるわ」
「へぇ……通りでこんな金髪なわけね」
「私たち王族は両親に兄三人に私、みんな金の髪を持っているわ。でも……もう生きているのは私とヘイス兄さんとセイン兄さんだけ」
「ふーん……」
セレーヌは何かを思うようにヘイスを見た。そして一つの疑問が浮かぶ。
「ん?第三王子ってことは……あんた何歳?」
「19だけど悪いか?」
「19!?…私よりも三つも年下……」
セレーヌは軽いショックに陥った。まさか三も年下の男と言い争っていたとは思わなかったのだ。アレンに言わせればそんなことどうでもいいと思うのだが。
「はぁ!?お前こそそれで22かよ!随分と子供っぽいんだな」
笑いながらヘイスが言ってるのを見て、アレンも心の中で同意しながらもセレーヌが怒りだすことを予想した。案の定セレーヌが今にも怒鳴ろうとしている。しかしセレーヌが怒鳴ろうという寸前で、それを見ていたグレイが瞬時にヘイスに本題のことについて話しかけた。