亡国の王女
酒場は夜だというのに、昼と同じであまり客が入っていなかった。酔っ払っている数人のオヤジと何人かの旅人らしきグループだけだ。
アレンはこれを見てやっぱりこの街は駄目なのかと思う。けれどどうせあと数日でこの街も離れるので、関係ないことだとアレンはそれを頭から消し去る。とりあえずセレーヌが主人のところへ行って牙を八つ渡しにいった。
「帰ってきたのか」
その主人の言葉にカウンターで飲んでいた旅人らしき男がこちらを振り向いて笑った。
「ハハッ。ガキ二人でおつかいでも行ってきたのか?」
それにつられてそいつの仲間らしき男たちも大声を上げて笑う。セレーヌはそんなやつらを一瞥し、無視して主人へ牙を渡す。
「牙八つよ」
主人はそれを少し驚きながらも受け取り、その数を数える。主人は二人には無理だろうと思っていたので、帰ってきたアレンたちは倒せなくて帰ってきたものだと思っていた。しかし牙を見ても本当に倒してきたことがわかる。
「いま金を取りにいくからちょいと待っててくれ」
「分かったわ」
その言葉にセレーヌがうなずく。主人は奥の部屋へと入っていくと、先ほどの男たちがまたセレーヌに絡み始めた。
「おいおい。まさか<ベルド>八体倒してきたっていうつもりか?お前たちみたいなガキが無理に決まってるだろう。死体でも捜してきたのか?」
「ハハハッ」
周りの男たちがからかう様に笑い出す。セレーヌはそれでもまだ無視していた。しかし、その態度に男たちは苛立ち、今度は怒鳴り始める。
「てめぇ無視してんじゃねぇよ!ガキが調子に乗ってんじゃねぇ!」
一人の男が立つと周りの男も次々と立っていく。そんな男たちを見てセレーヌとアレンは密かにため息をついた。
(何こいつら。うざったいわね)
何とかしなさいよ、という視線がアレンに送られる。
(やだよ。めんどっちぃ)
アレンもそんな視線をセレーヌに送る。この二人は付き合いが長いため、だいたいのことならアイコンタクトで分かってしまう。二人はどうしようかと思っていると、酒場の隅のほうから助けとも思える女の声が聞こえてきた。
「ちょっと貴方たち!騒ぐんだったら出ていきなさい」
その声にアレンたちと男たちは同時に声の主を振り返る。そこにいたのは背がセレーヌよりも小さいくらいで、これまた先ほどぶつかった男がかぶっていたのと同じようなフードを被っている少女と男だった。男は背が高く、小声で何か少女に囁いていた。
「なんだてめぇ!まだガキがいたのかよ」
絡んでいた男はまだ笑っていた。アレンとセレーヌは助けが出たのかと思い、とりあえず黙ってみていることにする。
「さっきからガキガキってうるさいのよ。そういうあんたたちの方がよっぽどガキよ」
「何だと……!?ふざけんじゃねぇ!おい、やっちまおうぜ!」
そう言うと男は剣を抜こうとする。しかしそれはかなわなかった。少女がものすごい速さで剣を男の喉元に突きつけていた。それを見てアレンは感心する。
「なっ……馬鹿な…」
男たちは呆然としていた。いつの間に喉に剣を突きつけたられたのか分かっていなかった。動きも見えなかったし、なにより先ほど少女は抜刀さえしていなかったのだ。男たちは急に恐ろしくなり、瞬時にその少女には敵わないと本能が判断したようだった。
「ちくしょう!覚えてろよ!」
男たちはみんな慌てて酒場から出て行った。その後姿を見て少女は笑う。
「誰が覚えてるものですか」
それを聞いたセレーヌがアレンに言う。
「ほら。やっぱり普通は覚えないのよ」
「別に何も言ってねぇだろ」
本当は今のやりとりをついさっきも見たなと思っていたのだがアレンは何も言わなかった。
「貴方たち大丈夫でしたか?」
少女は剣を収めるとセレーヌたちのほうを見て言った。
「えぇ。誰だか知らないけどありがとね」
それを聞いて少女は微笑み、逆にアレンが驚いた。セレーヌはそのアレンを見て首をかしげる。
「お前……ちゃんとお礼言えたんだな……」
「ちょっと!それどういうことよ!?」
「どういうって……そのままの意味だろ」
アレンの言葉に今度はセレーヌが怒鳴り始めた。アレンは口が滑ったと思い、少しばかり後悔する。そんなやりとりをしている二人を少女は見ていたら、突然笑い出した。
「プッ。アハッハハッハハハハッ」
その声でアレンとセレーヌは少女のほうを奇妙な物を見るような眼で見やった。
「ごめ……ごめんね…。貴方たち見てたら面白くって……」
そんなことをまだ笑いながら言った。アレンはだからといってここまで笑う必要があるのかと疑問に思ったがとりあえず無視しておく。
「私、アイラっていうの。よろしくね」
「はぁ……よろしく…」
内心何がよろしくなのか分からなかったがとりあえずアレンは答えといた。その時やっと酒場の主人が奥から現れる。
「ほらよ。これが報酬だ」
その言葉に待ってましたと言わんばかりにセレーヌが受け取って中身を見る。その途端、セレーヌの動きが止まった。その間が数分のように感じながらもセレーヌは主人に詰め寄る。
「ちょっと!これいくらなんでも少ないんじゃないの!?」
アレンはセレーヌが珍しく報酬のことで怒っているのを見て、自分も中身を確認するとそこにはほんの少しの金しかなかった。<ベルド>八体退治の報酬にしてはあまりにも少ない。他の酒場の報酬なら最悪一体の価値でもある。
「しかしだなぁ……」
主人はセレーヌが怒ることを半ば予想していたが、余りの勢いに圧されて少し困惑する。そんな困っている主人に助け舟を出したのはアイラだ。
「それがこの街の現状よ」
セレーヌはアイラの声に振り向く。アレンもアイラのほうを見た。
「今この街を統括しているのは帝国軍の師団長でもあるザラム。彼はかなりの税を民から奪い取り、そのお金で砦の中で贅沢をしているの。払えないものがいればそれだけで殺すことだってあるわ。もうこの街の人たちは生きる気力さえ無くしているのよ」
「……」
アイラは何も言わない二人を見る。
「アイラ様」
そのとき先ほどアイラの隣にいた20代後半と思われる男がアイラの名を呼ぶ。
「グレイ……」
グレイと呼ばれた男はこちらのほうへやってきてアイラに囁いた。
「もうよろしいでしょう。彼らはただの旅人。関係ありません」
その声はアレンたちにも聞こえていた。様と呼んでいることからどうやらアイラのほうが立場は上らしい。グレイの言葉にアイラはつい叫んでしまった。
「関係あるわ!見たところ若いようだけど彼らは<ベルド>八体を倒せるほどなのよ。魔獣を倒せるような力を持った人物ならたくさん仲間になって欲しいのよ!」
アイラはグレイに向かって叫ぶ。実際<ベルド>八体を倒すことは楽というわけではないが、それほど難しいというわけでもない。しかしアレンとセレーヌくらいの年齢で二人組であれば難しいほうなのだ。
「しかしだからといって……」
アレンはなんとなく話が見えてきた。この会話とアイラという名、そしてさっき会った金髪の男。この二人がどうしてここにいるのかは知らないが何者なのかは察した。セレーヌのほうを見ると彼女も同じだったようだ。
「主人よ。申し訳ないがしばらくこの店を借りるわ」
アイラは遠くで見守っていた酒場の主人に向かって言った。
「アイラ様……よろしいのですか?」
酒場の主人は言うが、かまわないとアイラは答える。そばにいたグレイという男はいい顔はしていなかったが、無駄だと分かったのだろう。アイラはアレンとセレーヌに向き合って話す。
「今の会話を聞いていれば分かったかもしれませんが……私たちは反乱軍です」
その言葉は予想通りだった。そしてアイラとグレイは被っていたフードを取りながら口を開く。
「彼はグレイ。そして私はアイラ=レリック=フューリア。フューリア王国の第一王女です」