ぶつかった男
アレンとセレーヌは街を出てから近くにある森の中へと入っていく。
「この辺りかしら……」
森の中をしばらく歩いたあと、そう言って周りを見回した。
「そういや……」
アレンが何かを言い出そうとする。
「何?」
「もともとはお前のせいなんだから俺が二体でお前六体な」
「ちょっ!不公平よそんなの!」
いきなり言い出したアレンにまだ気にしてたのかと思いながらセレーヌは突っかかる。
「何言ってんだ。どうせお前は魔術師なんだから一発で終わるじゃないか」
「だからってね……」
何か反論しようとしたが、その時後ろのほうで物音が聞こえてきた。振り返って見てみると<ベルド>が二体こっちを睨んでいた。
「ちょうどいい。こいつらは俺だな」
そう言ってアレンは剣を構えた。
<ベルド>は剣を向けてきたアレンに対して二体同時に飛びかかってくる。その攻撃をアレンは後ろに飛んで避けた。さらに<ベルド>はアレン目掛けて攻撃を繰り返す。それをまたアレンが避けるという堂々巡りをしていた。
「ちょっと!早く倒しなさいよ!」
それを見ていたセレーヌが見かねて叫ぶ。セレーヌはアレンがわざと遊んでいるようにしか見えなかった。実際そうだったのだが、セレーヌは早く帰って酒を飲みたかったので、とっとと倒してほしいのだ。
「分かった分かった」
そう言うと同時にアレンは逃げるのをやめて<ベルド>に走っていった。急に走り出したアレンに<ベルド>は一瞬動きを止めたがすぐに向かってくるアレンに対し飛び掛る。アレンはその攻撃を軽くかわしてすれ違いざまに剣を振るう。すると<ベルド>は二体ともそのまま地につくことなく首が落とされていた。
「ふぅ」
息を吐いてアレンは剣をしまった。そしてセレーヌを見て言う。
「それじゃ、あとよろしく」
「分かったわ」
そう言ったセレーヌは右手を上げる。
「面倒だし……一気にいくわよ!」
そう言ったセレーヌとアレンの周りはいつの間にか<ベルド>に囲まれていた。その数はちょうど残りの六体。アレンとセレーヌはそれにはとっくに気づいていて、セレーヌは一気に倒せる魔術を詠唱する。
本来魔術は詠唱することによって発動するものだ。しかし弱い魔術や、強い魔術でも才能があれば詠唱を省略したり破棄することもできる。
「降れ!雷の雨よ!」
その短縮した呪文と同時にセレーヌの周りに雨のように雷が次々降っていく。そしてその一つ一つが次々と確実に<ベルド>に命中していた。六体の<ベルド>はセレーヌに攻撃する暇も無く死んでいた。
「相変わらず派手な魔術が好きだな……」
アレンは<ベルド>の有様を見て呆れたように呟く。セレーヌは攻撃専用の魔術士だ。
基本的に魔術師はたいてい攻撃か回復のどちらか一方しか使わない。両方使える者も存在するが、そういう人は中途半端にどちらもそこそこまでのレベルしかいかなかったり、片方は強くても片方は弱かったりするのだ。両方を最高に扱える人物は本当に天性の才能がないと無理だろう。
そして攻撃にも炎や水などの属性があり、セレーヌは性格のせいか、殺傷力があり派手な炎と雷の術が得意だ。他の属性も使えるが基本的に好きではないので使っていないだけである。
「悪い?」
「別に」
「まぁいいけど。それよりも牙を取らないと……」
そう言ってセレーヌも<ベルド>の死骸へ歩いていく。依頼では魔獣を倒したあと、必ず証拠に何かを持っていかなければならないのだ。<ベルド>の場合は牙と決まっている。しかしこの牙は硬いので抜くのにまた一苦労だったりもする。ちなみに魔獣の死骸はなぜだかは分からないが、時間が経つと消滅してしまう。それゆえ証拠が必要なのだ。
「ふぅ。八個集まったわね。それじゃぁ帰って酒でも飲もうかしら」
「はぁ……分かったよ」
辺りはすでに薄暗くなっており、もうすぐ夜になろうとしている。アレンはセレーヌを止めることは無駄なので、自分も帰って飲もうかと思いはじめていた。
街に着いたときにはすでに辺りは暗くなっていた。セレーヌは早く酒が飲みたいのか自然と酒場への歩みが早くなる。
(まったく……あんな急いでると誰かにぶつかるっつーの)
そんなことを後ろで歩いてるアレンが思っていたら、案の定前方でセレーヌが倒れた。
「痛ッ!」
セレーヌは酒のことを考えながら歩いていたので、角から人が来ていたことに気づかずぶつかってしまう。それはむこうも同じだったようで、すぐ傍には男が倒れていた。セレーヌはぶつかってきた相手を見る。その男は自分より同じくらいの年のようで、背も高い。そして目を引いたのが、フードをかぶってはいるが、そこから少し出ている金の髪だった。
金の髪を持っている人間などこの大陸ではほとんど限定される。恐らくはフューリア王国の王族や貴族だろうか。金の髪にかかわらずこの大陸では髪や瞳の色によって、だいたいどこら辺の生まれか分かってくるものだ。
(フューリアの生き残りかしら……)
そんなことを思っていると向こうから声がかかってきた。
「悪ぃ。大丈夫か?」
それを聞いてセレーヌはぶつかられて今だ倒れていることを思い出す。実際は向こうだけが悪いのではないのだが、セレーヌはそんなこと考えてもいなかった。
「ちょっと!いきなりぶつかって来ないでよね!」
「なっ――!」
そのセレーヌの言葉に男は絶句した。男にとってみればぶつかってきたのは向こうで、何か文句の一つ言ってやろうと思っていたのだが、余計な諍いを起こすわけにもいかず謝ったのだ。しかしそう言われたので、男も少し頭に来たのか怒鳴り返した。
「ふざけんな!ぶつかってきたのはお前のほうだろ!お前こそちゃんと前向いて歩けっての!」
「な、なんですって!?」
二人はここが道の真ん中ということも忘れて怒鳴りあっていた。アレンはそれを見ていて、ため息をつく。
(何でこいつはこう次から次へと……)
アレンは無視して通り過ぎ去りたかったがそういうわけにもいかず、二人を止めに入った。
「騒がしいからやめろっての。早く酒飲むんだろ?」
アレンはわざと酒という言葉を出した。セレーヌも酒と聞いて本来の目的を思い出す。
「そうね。こんなとこで変な男と喋ってるのは時間の無駄だわ」
「誰が変な男だと!?」
男は自分が変な男と言われてさらに頭に来た。
「あんたのことに決まってんでしょ」
「てめぇ……!!」
アレンはこのままではまたさっきに逆戻りしてしまうと思い慌てて今度は男のほうへ話しかける。
「あんたも早く帰ったら?目立っちゃまずいんじゃないの?」
「……!」
男は気づいていないようだが、アレンにもセレーヌも男から金髪が見えている。恐らくはフューリアの貴族か何かなのだろうが、この街にいるのは何か訳ありなのだろう。男は当てたられたことに驚いたが、アレンの言う通りだった。冷静さを取り戻してこの場を離れようとする。そして去り際にセレーヌに向かって一言言った。
「お前今度あったら覚えてろよ!」
「なんで私が覚えてなきゃいけないのよ」
「てめっ!」
セレーヌの返事にまた頭に来たが、男はいけないと思いつつ走ってここから離れていった。セレーヌも男のせいで機嫌が悪く、早く酒場に行くことにした。
(ほんと世話のかかるやつだな……)
アレンは本日何度目かのため息をつきながらもセレーヌのあとをついていった。