二人の旅人
「それにしてもこの街は帝国兵が多いわね」
呟くように女がそう口にした。
その女は軽くウェーブがかかった髪を後ろになびかせていて、年のころは少女とも呼べないが女性と呼ぶにもまだ早いといったところだろうか。美しい海を思わせるような色をした髪と瞳を持っていた。
「そうだな」
特に返事を期待したわけでもない女の言葉に隣にいた男が同意した。
こちらの男も女と同じような色の髪と瞳だった。綺麗な顔をしていて、十代後半の少年といった感じが表れている。
彼らは数年前から各地を旅している二人組みの旅人だった。
四年前のメセティア暦477年にこのアストーン大陸をヴェルダ帝国が支配するようになって以来、この大陸ではいたるところの街で人々が圧政に苦しまれていた。
中には街にいるのが嫌で、街を出て行く人たちもいる。しかし外には魔獣が出現するのでとても危険なのだ。その魔獣を倒したり、人々の依頼を受けたりして生活していくのが旅人である。
しかしその旅人も最近では少なくなっている。それは魔獣を倒せるほどの力のある人物はたいてい反乱軍に入っていくからだった。
六年前、北の極寒の地にはゾディア聖王国という大陸で一番小さな国があった。
しかし領土は小さくとも軍の力はかなりのもので、その軍を率いる聖王国の王は当時少年だったという。その王は少年王と呼ばれ、さらにその彼を守る聖騎士という存在がいた。
だがこの国はどこの国とも国交がなく未知なる国と言われてきたので、まわりの国々は少年王や聖騎士の存在を噂でしか知らなかった。彼らの確たる存在と強さが知られたのはさらに二年前のメセティア暦473年になる。
その年にアストーン大陸の二大強国家の一つであるフューリア王国がその未知なる国――ゾディア聖王国を攻めた。
フューリア王国はかなりの軍力を持っており、もう一つの二大強国家でもあり大陸一の国――ヴェルダ帝国とも同等といわれるほどだった。誰もがあっけなく落ちるだろうと言われていたゾディア聖王国だが、兵のかなりの大差をものともせずにゾディア聖王国はフューリア王国を返り討ちにしたのだ。
この戦でフューリア王国は軍の総力の半分以上をも失うという事態が起きる。そして最大の被害はなんといってもフューリア王国の第一王子の戦死の報せだった。それもこれも少年王と聖騎士の力によるものだ。生き残って帰ってきた人々は彼らの強さを恐れて異名をつけるものもいた。そしてこれをきっかけにゾディア聖王国の圧倒的な力が大陸中に知られることとなる。
しかしその二年後で、今より六年前に今度はヴェルダ帝国が何の前触れも無くゾディア聖王国に攻め入った。その軍力はフューリア王国よりもかなりの数というのに加え、さらに魔獣という存在までもが一緒だった。
突然の襲撃と、なにより魔獣の大群にゾディア聖王国は奮闘したが、それも半年で終わりついには滅びることとなった。少年王は捕まり今でもなおヴェルダ帝国にて囚われているという。逃げ延びた聖騎士たちにもかなりの懸賞金がかけられて、大陸中に追われることとなった。もっとも聖騎士たちの顔は戦ったものたち以外には分かっていなかったので誰一人捕まっていなかったが。
この聖王国陥落の最大の原因は魔獣の大群だった。どういうわけかヴェルダ帝国は人間の敵である魔獣を従えていたのだ。
さらにヴェルダ帝国は何を思ってか他の国にも侵攻を開始した。まずは大陸の真ん中にある中立国家ジュールを落とした後、次はフューリア王国もヴェルダ帝国によって落とされた。その時のフューリア王国はゾディア聖王国との戦の傷が癒えていなかったのもあって落ちるのはあっけないものであった。
その後、南東にあるハノン王国が戦う前に前面降伏、南西にある城塞国家レストールは魔獣を従える帝国などに降伏はしないと言い、最後まで戦い滅んでいった。
そしてヴェルダ帝国はゾディア聖王国を滅ぼしてからわずか一年も経たないうちにアストーン大陸を支配することになった。しかしその圧政はひどいもので一年後には多くの地で小さい反乱が起こっていく。
さらにその二年後、各地の反乱していた者たちは一つに集まり反乱軍を結成する。そのリーダーになったのが当時19歳のなんとフューリア王国第二王子であるセイン=レリック=フューリアだった。彼だけではなく反乱軍の主要メンバーのほとんどはフューリア王国の人間となっている。それから二年間反乱軍と帝国軍の間で小さな争いが何度も起こることとなったのだ。
「そんなことより金をどうするんだよ。お前がさんざん使ったせいであと2,3日でなくなるぞ」
「嘘!?」
「嘘じゃねぇよ」
男はどうしてくれるんだよと言わんばかりに女に詰め寄った。旅人はたいてい仕事をしたり、何か依頼を受けたりして報酬に金を貰っている。その金で日々生活しているのだ。当たり前だがその金がなくなれば何かをしなければいない。
「仕方ないわね……魔獣でも倒しに行こうかしら」
この二人は腕が立つのでたいていは魔獣を倒すことで金を稼いでいる。幸いにもこの周辺には魔獣が何体かいるようなのでちょうどよかった。そう思って、さっそく依頼を受けるために酒場にでも行く準備を始める。
基本的に酒場には旅人が多く集まるので、依頼は酒場を通して受けることとなるのだ。
「ちょっと何やってんのよ!早く行くわよ」
いまだ準備をしようとしない男に女は促す。
「なんで俺まで行かなきゃいけないんだよ。お前が使った金なんだから一人で行って来いよな」
そう言って男は本を読もうと開こうとしたが、急にその本が燃え始めた。男はそれに呆れて原因を見つめる。その先には女がいて、右手には炎が渦巻いていた。
彼女は魔術師だったのだ。男の返答に怒って、本に目掛けて炎を放っていた。本来そんなことに使うものではないのだが、そんなことを気にしないのは女の性格だからだろう。
「ふざけんなよセレーヌ!」
「何よ!アレンが行こうとしないのが悪いんでしょ!」
「だからお前が使った金なんだからお前が行けよな!」
「私は女なのよ!一人じゃ危ないでしょ!」
「誰が女だって?」
「私よ!わ・た・し!」
それからしばらく男と女――アレンとセレーヌは言い合っていた。しばらくしていつまでたっても折れないセレーヌに降参してアレンは一緒に行くことにする。
「まったく。初めからそうすればよかったのよ」
「……」
部屋を出るときセレーヌはそんなことを言っていたが、アレンはすでに言い返す気力も起きなかった。
酒場に入るとその中はまだ昼だからか人は少ししかいなかった。セレーヌは酒場の主人に何か近辺の魔獣を倒す依頼はないか聞いた。
「一つだけありますよ。すぐ近くにまた<ベルド>が現れたらしいですからね」
「<ベルド>か……もっと大物はないの?」
「大物ですか?今は他にないですよ」
大物という言葉に主人は眉をしかめる。街の住人としては近くに強い魔獣など出てほしくもなかった。しかしセレーヌにとっては最弱級の魔獣である<ベルド>は物足りなく、もう少し強い魔獣を相手にしたかったのだろう。
「ふぅん。じゃぁそれでいいわ」
「はいよ。<ベルド>八体だけど大丈夫かい?」
<ベルド>自体は大して強くもないのだが、その数が八体となるとそこらにいる旅人にとっては荷が重い。酒場の主人は女であるセレーヌとまだ少年でしかないアレンの二人だけでは難しいと思ったのだろう。
「大丈夫に決まってんでしょ。ちょろいわよ」
「そうかい。それじゃぁお願いするよ」
「分かったわ」
そう言ってセレーヌは入り口のほうで待っていたアレンのところへ向かった。
「<ベルド>八体よ」
「八もか?面倒だな」
アレンも倒すのは楽だと分かってはいるが、さすがに八体とは面倒くさいと思った。どうせならもっと強い魔獣が一体のほうがいいのだろう。
「いいじゃない。結構な金が入りそうだし」
「どうだかな……。この街は結構苦しそうだぞ」
「それはそうね……」
この街――サルバスタは大陸の南東の方に位置していて、元フューリア王国の領土だ。フューリア王国の中でも結構大きな街で、その中には小さいが砦もあった。そして現在そこには二百ほどの帝国兵が駐留している。その帝国兵たちを従えているのは師団長の一人で名はザラムという。
師団長とは帝国軍の中でもそれなりの階級のもので、大まかにいえば、一番上に帝国七大将軍、そして将官、師団長、隊長、兵卒と続いている。
けれどこのザラムはこの街から税金をたくさんしぼりあげていたりする無能な男だった。そんな圧政にこの街の住人たちは苦しんでいるのだ。なので、いくら魔獣の依頼だからといって旅人に金をやる余裕はそんななかった。
「まぁとりあえずとっとと倒してきちゃいましょう」
「そうだな」
報酬のことは置いといて、二人はとりあえず夕方までには帰ってきたいのでさっさと行くことにする。
「これで金も入るし上手い酒飲めるわね」
「だからそうやって金が減っていくんだってば……」
「何か言った?」
「何にも……」
アレンは盛大なため息をついてから、先を歩いていたセレーヌのあとを追った。