バート三兄弟
「敵は五百全てを城の前に展開しているようですね」
「奴らも馬鹿ばかりではないということか」
「あぁ。だが結局は無意味なことだ」
グレイが報告すると、ヘイスとロウエンがそれに反応する。
帝国軍は残りの百を懸念してこの布陣なのだろうが、セインの部隊が通る道は裏からで表にいる彼らにばれることはない。
敵との差はあるが、セインがマードックを倒すまで持ちこたえればいい。その後はセインの部隊も合流して戦いは勝利に終わるだろう。
先を予想しながらも反乱軍はダーナ城へと進軍していく。帝国軍との距離はあとわずかだ。あとは号令一つで戦いが始まるだろう。
両軍が止まってから、号令が発せられるまでの間がかなりのものように思えた。先に発したのは帝国軍だった。
「進め!我らの勝利は絶対だ!」
高らかな士気のもと帝国軍は反乱軍に向かって走り出す。
「時が来るまで持ちこたえろ!倒せる敵だけ倒すんだ!」
反乱軍もヘイスの号令のもと勢いよく帝国軍を迎え撃つ。
あちこちで響いている剣がぶつかりあう音。気合をいれるように叫んでいる兵士たち。次々と濃くなってくる血の匂い。そのどれもが戦争が起きてるということを象徴していた。
アレンは向かってくる敵を次々と斬り倒す。その後ろでは背中合わせになりながらセレーヌが魔術を唱えている。二人の周りにいる敵だけがどんどん減っていってるようだった。それを近くで見ながら戦っているジェイクは、その二人の強さにただただ感動していた。そして自分もあれくらい強くなりたいと。
「紅蓮の炎よ!」
さっきからヘイスの傍を離れないリラはヘイスに近づいてくる敵を魔術で一掃する。
ヘイスは逆にそれが少し鬱陶しかった。
「おいリラ!俺のことはいいから他に行け!」
「そんな!ただわたくしはヘイス様を守ろうと……!」
ヘイスに他に行けと言われたことが気に食わないのか、リラは涙目になる。しかしヘイスは分かっていてもカチンときた。
「俺がお前に守られるほど弱いと思ってんのか!?」
「そうではありません!ただわたくしがヘイス様の傍にいたいのです!」
「今は戦いの最中だぞ!個人の感情で動くな!」
「……」
リラはヘイスの勢いに恐れて何も言えなくなる。
「分かったなら他のところへ行け、これは命令だ」
さすがに命令と言われては従うしかなく、リラは渋々といった感じで離れていった。ヘイスはそれを見て少し安堵する。
別にリラのことは嫌いではないのだが、ずっとくっつかれても正直迷惑だったのだ。それからまだ周りには敵がいっぱいいたので再び気合を入れる。
ヘイスは周りにいた敵をあらかた片付け終わると一息ついた。そして次に状況が悪いところへ助太刀に行こうとすると、前から剣を片手に持った一人の男が現れる。
「反乱軍の将とお見受けしますが」
「誰だお前は?」
ヘイスは目の前にいる人物がただ者ではないことを感じる。
「私はブライアン軍師団長ドール=バート。貴方を倒す者ですよ」
ドールはうっすらと気味の悪い笑みを浮かべた。
「そうかい。俺は反乱軍のヘイスだ。……あんたを倒すやつだよ」
ヘイスも不敵な笑みを浮かべて、剣を構えた。
「岩石のつぶてよ、奴らに風穴を開けろ!」
ロウエンは攻撃魔術師としてかなりの実力を持っており、主に良く使う魔術は地の属性だった。
地の魔術は攻撃としても便利だが、補助として味方を守る魔術も重宝されていた。
攻撃魔術としていろんな属性があるが、その全てが攻撃魔術だけではない。地の属性のように味方を守る術もあれば、水の属性のように傷を癒す術もあったりと、属性ごとにそれぞれ特徴があった。ただし傷を癒すといっても、回復魔術のように大きな傷を治すことは出来ない。せいぜい小さな傷を治すくらいだ。
ロウエンは魔術で味方を守りながら敵を少しずつ倒していた。おかげで敵を殺した数は少ないが、味方の犠牲も少なかった。そういう意味ではロウエンにはこういう防戦のようなものは合っている。
「なんだあれは!」
突然一人の兵士が上空を指差して叫んだ。ロウエンもつられて上空を見やると、そこには大きな炎の塊が浮かんでいた。炎の塊が急に現れたことにより周りの兵たちは少しざわめき始める。
「あれは……魔術か!?」
ロウエンが炎の大きさに驚いていると、いきなりその炎の塊が反乱軍のいるところに目掛けて急激な速度で落ちてきた。
「守れ!!」
ロウエンはそれを見て咄嗟に辺り一体を覆う魔法障壁を詠唱省略して展開した。魔法障壁のおかげで反乱軍はみんな無事に済む。ロウエンが上空を見るとすでに炎は消えており、さっきのは何だったんだと思っていると突然後ろから声が聞こえた。
「へぇ。あの瞬間で魔法障壁を出すなんてね……あんた結構の使い手だね?」
そこにいたのはいかにも魔術師のような格好をした妖艶な女だった。
「今のはお前の仕業か!?」
「そうさ。あたしはブライアン軍師団長サネラ=バート。同じ魔術師同士仲良くやろうじゃないか」
ロウエンにもサネラが強い魔力を持っていることが分かった。一筋縄じゃいかない相手だと知るが、負けるつもりはない。
「言ってろ、このブスが!」
それを聞いてサネラは初めて顔を歪める。
「ふざけた餓鬼だね!どっちが上か思い知らせてやろうじゃないの!!」
グレイは家宝でもある槍を振り回し、次々と敵をなぎ払う。その姿はまるで幻の鬼を思わせるほどの姿でもあった。
――グレイの家であるメルヴィ家はフューリア王国に仕える武人の家系で、その槍さばきは代々有名に語り継がれてきた。
グレイが所持している槍――サラザードは代々メルヴィ家の中でも一番に強い者が所持する決まりがあった。グレイは二年前に反乱軍が結成した時に父からサラザードを譲り受けている。
しかし父親はまだまだ現役で、ここにはいないが別の場所で反乱軍の重要な幹部として今も戦っている。そこには弟も一緒だ。弟もグレイに似て、槍には類稀な才能があり、反乱軍に重宝されていた。つまりはメルヴィ家の人物たちは反乱軍にとって必要な人物たちが揃っているのである。
グレイたちは五年前に逃げる際、家に一人いた母親を置いてきていた。今頃は帝国の圧政の中苦しんでいるのだろうと思うと、苦しくてたまらない。
そして今は四人家族なのだが、昔は後二人いたのだ。十五年前に突然現れた、父がグレイの母とは別に愛した女性とその娘。つまりはグレイにとっての義母と異母妹だ。
当時は年頃のグレイにとっては、自分の母親とは違う女性と父の子どもということで複雑な想いがあった。弟がすごい懐いていたのを見て、それがさらに嫌だったのかもしれない。なぜ父が母とは別の女性の子を産ませたのか、今でも不思議でならなかった。聞いても父は答えを濁すばかりで、教えてはくれなかった。
その二人も十年前にいなくなった。妹も父の才能を継いでか、訓練すると女とは思えないほどの槍の腕を持ちはじめたのだ。当時天才とも言われていたグレイともいい勝負をしていたのである。
しかし十年前のある日、グレイが見たものは血だらけで動かない妹の母と、血に塗れたサラザードを手にしていた妹だった。その状況を見れば一目瞭然である。すぐさまグレイは父と母を呼んだ。所有者しか使うことを許されないサラザードを持ち、さらにそれで自分の母を殺した罪をメルヴィ家は許すわけにはいかなかったのだ。
メルヴィ家の掟により本来なら死ぬはずのところを、さすがにまだ十六の娘だからか殺すのは忍びなかったのだろうか、妹はメルヴィ家から追放されることとなった。しかしいくら何でも少女が一人何も持たずに外へ放り出されるのは、魔獣が徘徊するこの世界では死ぬと同義でもあった。
妹は最初から最後まで、何も言い訳をすることはなかった。罪を認めもしなければ、否定もしない。けれど家を出るとき、最後に妹は物凄い形相で母を睨んでいた。
全ての真実は未だ謎のまま。すでに妹は生きていることはないとグレイも父も思っている。弟だけはわずかな希望を信じているようだったが――
グレイはそんな因縁のあるサラザードを持ち、帝国軍の中へと進む。一振りで数人の敵をなぎ倒すその姿はまるで鬼人そのものでもあった。
「こんなものか……」
何だかあっけない帝国兵に少し物足りなさを感じていると、殺気がグレイを襲った。殺気が放たれた上を見やると、そこには槍を振りかざした男が飛んでいた。グレイは間一髪でそれを避ける。
「よく俺の槍を避けたな。面白いじゃん」
大きな槍を持った男はグレイを見て不敵に笑う。
「お前は……」
「俺は師団長のニアだ。……あんた強そうだな……けど、俺のがもっと強いぜ!」
ニアは走りグレイに攻撃する。
「槍使いか……!」
サラザードの所有者として、グレイは槍使いには誰にも負けるわけにはいかなかった。
「始まったか……」
セインは城への薄暗い抜け道を通っていた。すでに城の裏から忍び込み、セインの部隊は進軍している。
「はい。我々も急ぎましょう」
サーネルもセインの護衛として一緒にいた。サーネルは知略だけではなく、ロウエンと同じように攻撃魔術を得意としている。その腕前もかなりのものだ。
セインの胸中は穏やかではなかった。外では帝国の精鋭五百と反乱軍四百が戦っている。数の差に違いはあるが、兵の一人一人は反乱軍の方が強いという自信はあった。
だが例え勝てたとしても、反乱軍も多くの兵を失うだろう。ただでさえ少ないので、それは避けるべきことだった。そのためにもセインは早くマードックを倒し、敵の士気を減らして加勢しにいく必要があるのだ。
「扉が見えてきました。あの向こうはすでに城の中です」
サーネルの落ち着いた声が聞こえてきた。セインも先を見ると、うっすらとだが城の光も見えてくる。やっと辿り着けたのだと分かり、セインの足は自然と早くなっていった。