軍議
セレーヌはすることもなく暇だったので、散歩でもしようと一人ぶらぶらと歩いていた。
野営地なのでさすがにアレンと同じテントとはいかなかったのだが、それはしょうがないとして今回はなんとアイラと一緒ということになってしまった。何でもアイラのほうから一緒がいいということだ。
目的もなく歩いていると何やら声が聞こえてきたので前方を見ると、見知った人影とそれに寄り添っているように見える女性が見えた。
「ヘイス様!お会いしたかったですわ!」
「リラ……」
それはヘイスとリラと呼ばれた女性だった。リラはヘイスに思いっきり首を回して抱きついており、ヘイスはそれに対して少し面倒くさそうにしながらも受け止めていた。セレーヌはそれを一目見ただけでその後は興味なさそうに二人のもとを通過しようとしたのだが、ヘイスがセレーヌを見つけたようで聞こえるような大きな声で声を掛ける。
「おい、セレーヌ!」
その声にセレーヌは何で呼び止めるんだと思わんばかりに、うざったそうに振り向いた。そのままヘイスはセレーヌの方へ歩いてくると、リラもまた訝しげな視線を送りながらもヘイスについてくる。
「何よ?」
「お前こんなところで何してんだよ?さては他の女共からいじめられてんのか」
「……うっさいわね。あんたに関係ないでしょ」
反乱軍の数少ない女性陣にとってアイラという存在はとても大きかった。自国の王女でもあるのだし、何より男顔負けの剣の腕を持っていることもあり、多くの人から尊敬されているのだ。そのほとんどがアイラとどうにかして近づきたいと思っているのに、それを新入りでもあるセレーヌがいとも簡単にやっているのが気に食わないでいた。しかもアイラからセレーヌに構っているということだし、何よりセレーヌのアイラやヘイスへの態度が一番問題だった。そんなこともあり、セレーヌは他の女性たちから軽いいじめのようなものを受けていたのだ。
「ふーん、図星か。俺が何とかしてやろうか?」
ヘイスは嘲笑うかのようにセレーヌに言う。しかしセレーヌはいつもと違い、怒鳴り返したりせずに短く切り返した。
「余計なお世話よ」
「無理すんなって」
「してないわよ」
セレーヌはいい加減にしろと面倒くさそうにしながらも答える。すると今まで黙っていたヘイスの隣にいるリラが口を開いた。
「ヘイス様、この女誰なんですの?」
「あ?あぁ、こいつはサルバスタで入ったセレーヌだ。お前と同じ魔術師だ」
それを聞いてリラはセレーヌに自己紹介をした。
「セレーヌと言うのですね。わたくしはマルコーニ家の娘リラ=マルコーニですわ」
しかしそれも形式ばかりで、セレーヌから見ればリラの目には嫉妬の視線が浮かばれている気がした。さっきのを見ていれば分かるがリラはヘイスのことが好きなのだろう。自分と話していたのに他の女に目を向けたので怒っているようだった。もちろんその対象はセレーヌに。
「マルコーニ家?有名な貴族なの?」
「なっ!貴女マルコーニ家を知らないのですか!?どこの田舎者なのかしら」
「知らなくて悪かったわね。あいにくそんな名前一度も聞いたことがないわ」
「ならば教えて差し上げますわ。マルコーニ家とは古くからフューリア王家に仕えてきた由緒正しき貴族なのですわ。その歴史はあのハルトス家とも劣らずとも言われているのです。マルコーニ家からフューリア王家へ嫁いた者も何人かいるのですよ」
実際これは誇張でもなく、マルコーニ家はフューリア王国の中でも有名な家でもあった。その名をほとんどの人が知っているのにセレーヌが知らなかったのは、ただ単にそういうことを勉強しないだけであった。悪く言えば無知なのだ。それゆえ周りからの反発が大きいのかもしれない。
「へぇ……で?」
「で……って」
「それで何なのよ」
セレーヌにとっては家が有名だろうが無名だろうがどうでもいいことだ。だからマルコーニ家が有名な貴族だろうと関係なかった。
「……!なるほど。わたくしの話は田舎者には難しかったようですわ」
「……」
「つまりわたくしの言いたいことは今後一切ヘイス様に関わらないで欲しいということです。貴女のような田舎者と関わるのはヘイス様にとって大きな害になりますのよ」
「おいリラ!」
さすがに言い過ぎかと思ったヘイスがリラを止めようとしたがもう遅かったようだ。
「何であんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」
セレーヌはいつものようにわめき散らしたい思いを抑えて静かに言った。
「あら。普通に考えても貴女のような輩がヘイス様とお話する事事体ありえないのですわ。当然のことでしょう。それにわたくしたちは将来の仲を誓い合った仲なのですよ」
リラは嘲笑するかのようにセレーヌを蔑んだ目で見下した。
「いい加減にしろリラ!それは子供の頃に言ったものだろ!」
「なにをおっしゃるのですかヘイス様!例え子供の頃だろうと、わたくしはあの時のことを忘れはしません!」
「子供の時の約束など無効だ。お前のやっていることは迷惑なんだよ」
「ヘイス様……!」
リラは途端に涙を流してヘイスにすがりついた。それを見てヘイスは言い過ぎたかと思い、優しく手を差し伸べる。リラもその手を取り、先ほどのように再びヘイスに抱きついた。
その一連の行動を見ていたセレーヌは馬鹿らしくなり、とっととこの場から去ろうとする。
「もういいかしら?」
「あ、あぁ。セレーヌ、リラの言うことは気に」
「別にいいわよ」
「え……」
「私だって好きで関わってるんじゃないんだから。別に私から関わろうとも思わないわよ。もう行ってもいい?」
そう言ってセレーヌは自分が来た方向へと歩き出す。それを見ていたヘイスは少し呆然としていた。
「……」
いくら好きではないやつだからといってこうもあっさりと言われると、それはそれで気になるものだ。心のどこかで少し寂しいと思いながらも、それを認めないよう振り切ろうとする。
「リラ、そろそろ離れてくれ。これから軍議があるんだ」
リラは軍議があってはしょうがないので、名残惜しそうにヘイスから離れた。そのままヘイスは何も言わずにサーネルのテントへと向かう。その足取りはどこか重苦しかった。
「全員揃いましたね」
テントの中にいるのは反乱軍の幹部のみ。セイン、ヘイス、アイラ、ロウエン、ミーア、グレイ、そしてサーネルの七人だ。
これから明日についての軍議が始まろうとしていた。みんなの表情にそれぞれ差はあるが、全員緊張した面持ちだった。
「それではこれより明日のダーナ城攻城戦の軍議を始めましょう。まずは戦力の確認を」
「俺がしよう」
その言葉と共にロウエンが立ち上がる。
「まずは俺たち反乱軍の数がおよそ五百。そしてダーナ城にいる帝国兵が千。倍近くある」
「そしてそれをまとめているのはブライアン軍将官マードックです。帝国兵も全て恐らくブライアン軍の者でしょう」
帝国軍は主に七つの軍に分かれていて、それを率いてるのはそれぞれ帝国七大将軍である。しかし七つに分かれていても、一つの軍の数は多くそして強大だ。つまり反乱軍にとっては一気に一軍を倒せるほどの力はまだないのに、それを七軍倒さなければならないのだ。それほどまでに帝国を倒すことは困難なことでもあった。
七大将軍にはそれぞれこの大陸に領地が設けられており、今セインたち反乱軍がいるフューリア王国の南方はブライアン=ビュースターという将軍が治めている。しかしブライアンは卑劣で残忍な男だった。領地であるフューリア王国の民を平気で何人も殺し、それを楽しんでいるのだ。自分の部下でさえ平気で殺すこともある。
そのような男がまとめているからこそ、その部下たちも酷いもので上に内緒で勝手に民から金品を巻き上げたり、女子供をさらったりと好き放題だった。すでに民たちは疲れ果て、生きることさえ困難な村もあるほどだ。それゆえに反乱軍はいち早くブライアンを倒し、フューリア王国南半分を解放しなければならなかった。
ブライアン軍には将官が三人いる。マードックはその中の一人で、ブライアンに負けず劣らず残忍な性格をしていた。ブライアンから言い渡されたダーナ城を守備しているのだが、近くの村からは金品や酒を巻き上げて、毎夜馬鹿騒ぎをしているような男だ。しかしその体躯は大きいのだが、頭のほうは決定的に悪かった。知能が低い馬鹿ばっかりが集まっているのもブライアン軍の特徴とも言えるだろう。そこがダーナ城を落とす勝機とも言えた。
「それで、具体的な作戦はどうするんだ?」
セインはすでに作戦を考えているであろうサーネルに聞く。
「まず我々は百人ずつ五部隊に分けます。精鋭を中心とした第一部隊と第二部隊をセイン様とヘイス様が、陽動中心の第三部隊をアイラ様が、右翼と左翼から回りこむ第四部隊と第五部隊をロウエンとグレイがそれぞれ率います。ミーアは後方で回復魔術師たちを指揮してください。よろしいですか?」
六人はみなうなずく。
「まずは第二部隊だけで城へ攻め入ります。すると恐らく帝国兵は数百を討伐に出してくるでしょう。それから後退する振りをしつつ帝国兵をダーナ城から離し、頃合を見計らって左右から第四部隊と第五部隊が挟撃して第二部隊と協力して帝国兵を倒します。そうなるとダーナ城では援軍としてさらに数百を送ろうとするでしょう。それを阻止するためにも第三部隊が援軍に対して攻撃を仕掛けます。恐らくやつらは標的を第三部隊に変えるでしょうから第三部隊は大きく迂回するように、第二、第四、第五部隊が戦っているところまで陽動します。そのころには最初の帝国兵は全て倒し終えてなければなりません。同様に今度は四部隊で援軍も倒します。敵は馬鹿ですからすでにこの時点で反乱軍と帝国兵は大差ないはずです」
サーネルは一息つき、一旦話すのを止める。話している間みんな黙ってサーネルに耳を傾けていた。そしてサーネルは続きを話始めた。
「私の予想通りであれば、マードックは精鋭の全軍をもって反乱軍を討伐に来ることでしょう。ここからは厳しい戦いになるでしょうが時間の問題です。城がほぼ空になっている間に第一部隊がハルトス家のみが知っている抜け道を通ってダーナ城へと侵入し、マードックを討ち取ります。そうすれば外にいる帝国兵の指揮系統は乱れ、あとは一網打尽にするだけです。……何か質問はありますか?」
サーネルの作戦を聞き終えたセインたちは少し難しい顔をする。
「この作戦が成功する確率はどのくらいだ」
「およそ七割といったところでしょうか」
「七割か……」
「こちらの兵力の損傷がどれほど抑えられるかが問題です。死傷者が多いと持ちこたえることも出来ず、たちまち全滅にすることになるでしょう」
サーネルは唯一の懸念していることを伝える。反乱軍の構成は大きく分けて三つだ。フューリア王国や他の国を中心とした軍人。民からの志願兵。そしてハンターや旅人など、各地で雇った傭兵。その中でも一番の問題は戦闘力が一番低い志願兵たちだった。あまり経験も積んでいないので帝国兵相手だとまだまだ勝てる見込みが少ない。今回の戦でもどれほど犠牲を少なくするかが勝負だった。
「ダーナ城よりすぐ北にメレゲン砦があったはずです。そこから援軍が送られてくることはないのですか?」
グレイが少し心配していたことを聞く。
「マードックの性格からいって援軍を要請することはないでしょう。それに例え来ることになってもメレゲン砦からの援軍が到着するには早くて一日ほどかかります。戦いが始まった後では到着するころにはダーナ城は我々のものになっているはずです」
「今から要請している、或いはメレゲン砦の者が用心のために送ってくるということは?」
「それこそありえませんね。奴らの知能は魔獣並みです。自分たちが勝つということしか頭にはないでしょうから」
「それならばいいのです」
サーネルの言葉にグレイは納得した。これまで帝国と戦ってきて生き残れたのはサーネルの軍略があってこそだった。サーネルがいなければここまで辿り着けなかったかもしれない。それゆえ反乱軍はみんなサーネルのことは信用していた。
「それではこれで終わりましょう。みなさん、明日に備えて早く休んでください」
軍議が終わるとセインたちは明日のことを考えながら、サーネルのテントを出て行った。