それぞれの気持ち
ヘイスは軍議が終わった後、戦の準備をしようと自室へと向かおうとした。
その途中、向こうから歩いてくる人物がいたのでその人物に目を向ける。
「もう二日酔いは治ったのか?」
それを言われた人物――セレーヌはすぐさまカチンときた。
「おかげさまでとっくに元気になったわ」
「ずっと寝込んでればいいんだけどな」
「なんですって!?」
「結局お前は敵を眠らしただけで役に立たなかったみたいだし、反乱軍に入っても意味ないんじゃないか?」
「うっさいわね!調子悪かったんだからしょうがないでしょ!」
「言い訳なんていくらでも言えるって」
すぐに二人は言い争いを始めたのだが、幸か不幸かその周辺には誰もいなかった。おかげで誰も止めることなく続いてしまう。セレーヌも言われっぱなしでは癪なので反論した。
「何言ってんだか。だいたい私の泣くとこを見るとかいってあんたが泣いてりゃ世話ないわよね」
「何!いつ俺が泣いたって言うんだ!?」
「人質に頭下げてた時よ!」
セレーヌの言う通りあの時確かにヘイスは涙を流していた。状況が状況だっただけにセレーヌはちょっとまずかったかと思ったが、むかついていたのでそんなことに気を使っている余裕はなかった。
「……ッ!!お前にあの涙の意味の何が分かるって言うんだ!!」
「え……?」
「あの日父上と母上に言われて戦っている人たちを残して逃げていった俺たちの気持ちが!俺たちのせいで民に辛い思いをさせてしまったんだ!その気持ちがお前みたいな奴に分かってたまるか!!」
ヘイスは激昂していた。
そのヘイスの気持ちを見てセレーヌはやっぱりまずかったと思う。しかし言ってしまったことは撤回できないので、セレーヌは素直に謝ろうとする。
セレーヌにもヘイスの気持ちが分かっていたからだ。
「ごめん……」
「え?」
ヘイスもセレーヌが素直に謝ってくるとは思わなかったので少しばかり放心する。
「あんたは……逃げたこと後悔してるの?」
「何だよ……急に」
「どうなのよ?」
いきなりそんなことを聞かれてもヘイスは戸惑う。しかもセレーヌにそんなことを答える義理はないのだけれど、何故か気づいたら答えていた。
「……後悔してるに決まってるだろ。たとえ死んででもみんなと一緒に戦うべきだった」
「……バッカじゃないの」
「なにっ!?」
「結局あんたもあのリーダーという人と同じで憎しみで敵を殺しているのね。こんなんじゃ反乱軍の先が思いやられるわ」
この前セインがアレンに言われていたのを隣で見ていた時を思い出す。
あの時もどこか自分が責められているような気がしていた。そして今本当に言われるとセインのように怒りが湧いてくる。
ヘイスはセインよりはそのことを自覚しているからこそセレーヌの言ったことを簡単に認めることは出来なかった。
「ふざけんなよ!あいつらは父上や母上を殺したんだ!憎くて当然じゃないか!」
「別に憎むのが悪いと言ってるんじゃない!その憎しみを力にして人を殺すのが悪いって言ってるのよ!」
「黙れ!!」
あまりにも怒ったヘイスは我を忘れてセレーヌの胸ぐらを掴みかかった。けれどセレーヌは冷静にヘイスの瞳を見る。
「貴方は貴方を逃がした両親や臣下の気持ちを分かっていない。その憎しみで人を殺していたら彼らがうかばれないわ!」
「お前に俺の気持ちの何が分かる!?」
「……私にも分かるわ」
「何……?」
セレーヌの言葉は小さすぎてヘイスは聞き取れなかった。聞き返したがセレーヌは何も言わず黙る。
途端に二人の間には沈黙が走りヘイスも幾分か冷静さを取り戻すと、いまだセレーヌの胸ぐらを掴んでいることに気づく。慌ててその手を離して後ろへ少し下がった。
「悪い……」
たとえ嫌な女だとしてもさすがに女の胸ぐらを掴むのは悪く思い謝った。けれどセレーヌはそれにも何も返さず黙ったままだった。
そのまま二人は何も言わずに動かないで時間が過ぎていき、その沈黙に限界に達しようとしていたヘイスは何かを言おうとしたが、その先にセレーヌが口を開いた。
「私も悪かったわ……」
「え?」
急に謝った意味を問いただそうとしたがセレーヌはそれを言うとすぐにその場を離れていった。
一人残されたヘイスは呆然と呟く。
「いったいなんなんだよ……」
つくづくセレーヌという人間が分からなくなる。何も知らないうるさい女かと思えば、急に黙ったかと思うと謝ってきたり意味が分からなかった。嫌な女だと思うのにどこか気にせずにはいられない。そんな自分の気持ちが嫌だった。
あの時ザラムの魔術が放たれたときも無意識にセレーヌを庇おうとしていた。その事実にヘイスは後になってすごく驚いたものだ。そしてセレーヌの言葉を思い出す。
「俺は……間違ってるのか…?…民を守る……」
ヘイスはその場所から動かずにずっといろいろなことを考えていた。
出立を明日に控えた夜、アレンは一人外に出て夜風に当たりながら考え事をしていた。すると後ろから足音がしたので振り返るとアイラがこっちに向かって歩いていた。
「……アイラ様」
「こんなところで何してるの?明日は早いわよ」
「少し考え事を……」
アイラとちゃんと話すのはアレンが反乱軍に入ると告げた日以来だ。
あれからずっと忙しかったのか姿さえあまり見かけない状況だった。だからこうしていきなり話しかけられてもアレンは少し困る。アイラは返事に気にした風もなくアレンの隣へと腰掛けた。
「ごめんなさい」
「……?」
「ずっと貴方と話をしたかったのだけどここ数日忙しくて時間もとれなかったら」
「別に俺は全然大丈夫ですけど」
アレンにはアイラが自分と話をしたいと思っていたことが意外だ。
「……後悔してない?」
「え?」
アレンはアイラが急に発した言葉に意味が分からず聞き返した。
「反乱軍に入ったこと後悔してない?」
アイラはもう一度同じことを聞いた。
「なぜそんなことを聞くのですか?」
「なぜって……セイン兄さんにああいう風に言ってたし……。本当は嫌なんじゃないかと思って……」
アイラは心配だったのだろう。あの時のアレンの言葉を聞いてアイラも少なからず思い当たることはあった。
「後悔してませんよ」
アレンは本当の気持ちを正直に答えた。
「本当に?」
それでもアイラは信じていないのか聞き返してくる。それにアレンは苦笑しながらも肯定した。
「えぇ」
「良かった……」
アイラは安心したように胸をなでおろした。その様子から見ても本当に安心しているのが伝わってくる。
アレンはなぜここまでアイラが自分を心配しているのが分からなかった。それがもともとの性格なのか、それとも何か別の理由があるのだろうか。
それから二人はしばらく黙ったまま時が過ぎていった。するとアイラがふと疑問に思っていたことをアレンに聞いた。
「そういえばあなたたちのその青髪は珍しいわね。北の方の生まれなの?」
フューリア王国では茶髪の人たちが多く、青髪の人も少なくはないのだがアレンやセレーヌのようにこれほど美しい色は見たことがなかった。しかし国の北の方では青髪の人が多いと聞いていたので、アレンもその辺りの生まれかと思ったのだ。
「まぁ……そうですね」
アレンは少し濁った言い方をしながらも答えた。
それから二人の間にはまた沈黙が訪れた。しかしアレンはそれを気まずいと思わなく、むしろ居心地がいいようにさえ感じる。それはアイラも同様で、久しぶりに心が穏やかになった気がしていた。
大分時間が経った後、アレンはそろそろ部屋に帰らなければと思いその場所を離れようとする。
「それでは、私はそろそろ帰ります」
アイラはその言葉に初めて時間が大分過ぎていたことに気づいた。
「えぇ。もうこんな時間になっていたのね。私もそろそろ寝ないと……」
アレンとアイラは立ち上がり、最後にもう一度挨拶して反対の方向へと歩いていこうとした。するとアイラが突然振り返り、まだ遠くへ行っていないアレンに声を上げた。
「そうそうアレン。私、貴方とは対等でいたいの」
「……?」
「だからその言葉遣いやめてくれない?セレーヌに話すような感じで私とも話して欲しいの」
いくらなんでもアイラの頼みを簡単に受けるわけにはいかなかった。
「しかし貴女は王女ですし……」
「その王女として扱うのを止めてって言ってるのよ。普通の人間として接して欲しいの……」
アレンはそのアイラの様子に周りのみんなから王女として見られていることに重さを感じていることが垣間見えた。ならば自分一人が王女として見ないだけでも、負担を軽くできるならばいいと思う。
「分かりました……いや、分かったよ…アイラ」
その言葉を聞いた時のアイラは、とびきりの笑顔を見せて自分の部屋の方へと去っていった。
「王女の重みか……」
アレンにはアイラの辛さが何となく分かるような感じがした。特に今は反乱軍の幹部として、恐らくは昔よりも頼りにされているのだろう。
何処も同じだなと思いながらアレンも自分の部屋へと帰っていく。