約束
あれから数日、反乱軍はサルバスタでずっと軍備と補給に追われていた。
サルバスタにいる反乱軍の数はフューリアの軍勢が入り二百となったので、いろいろとやることが増えたようだ。
今日はこれからのことについて軍議があると聞いている。アレンは王族に直接誘われたといえ、幹部ではないので当然軍議に出ることはなかった。
特にすることもないので本でも読んでようかと思っていたとき、扉のノックの音が聞こえてくる。
「アレン、いる?」
その声の持ち主はセレーヌだ。
セレーヌはあの日酒を飲むとすぐに元気になり、またいつものように騒がしくなっている。反乱軍に入ると告げたときも特に何も言わずに頷いていた。
相変わらずヘイスとは馬が合わないようで、会うたびにしょっちゅう喧嘩するので、一緒にいるこっちとしては迷惑ばかりである。
「あぁ」
返事をすると扉を開けて部屋の中に入ってきた。
「何か用か?」
「別に。することもなくて暇なのよ」
どうやら暇なのでアレンのところに来たようだった。そしてそのまま勝手にベッドに腰かけて寝転ぶ。
「全く…いつになったらこの街出るのよ」
「さぁな。今日はその軍議があるんだろ」
暇を持て余しすぎて、セレーヌは早くこの街を出て戦いがしたいとさえ思ってしまう。
セレーヌは別に敵を殺すことが好きなわけではなく、ただ純粋に戦うことが好きなのである。だから帝国軍と戦うよりは魔獣と戦うほうが、人を殺すこともなく好きだった。
逆にアレンの場合は基本的に面倒くさがりで、自分の興味のあるものしか進んで動くことはない。だからこういう暇な時間も好きで、本を読むなどして楽しんでいた。この二人は正反対な性格だからこそ上手く付き合えるのかもしれない。
けれど昔はもう一人いたのだった。いつも三人でお互い心が分かりあえる友が。
「ねぇ……あの男ってあいつに似てるよね……」
突然セレーヌが言い出したことを何のことかと思った。けれどすぐに理解したが、あいつという人物の心当たりがアレンには二人いた。
「あいつってどっちだよ」
「生意気なほうよ」
「どっちも生意気だと思うけどな」
「そんなの分かってるわよ。あのチビのこと」
「チビってな……まぁ確かに少し似てるけど…」
「今頃何してるのかしら……」
セレーヌは昔の思い出を馳せながら呟いた。別に返事を期待しているわけでもないのでアレンは答えなかったが、同じことを思う。
(まぁあいつのことだから元気だろうけどな……)
そのあと、他愛のない昔話を二人でずっと話し始めた。
「約束……か」
「……あぁ」
話のキリがいいとこで一旦黙ると、セレーヌがポツリと言った。その言葉にアレンも頷きを自然と返す。
「いつか……果たされる日が来るのかな」
「絶対に、果たしてみせるさ」
「……そうね」
ふとアレンはセレーヌとこんな話をするのは久しぶりだなと思う。故意的に避けていたのか分からないが、昔の話は全然しなかったのだ。
けれどこれからはそうはいかないかもしれない。反乱軍に入ることがその約束に近づくのだから。
アレンはセレーヌに聞こえないような声でもう一度静かに呟いた。
「そう……絶対に…」
その決意を秘めるような呟きは、遥か彼方へと飛んでいったように感じた。
反乱軍リーダーセインと幹部であるヘイス、アイラ、グレイは狭い室内の中で話し合っていた。
「もうすぐ軍の補給も終わり、出発する準備が整います」
グレイがセインへと報告する。
「分かった。それでは……これからのことについて話す」
そしてセインは少し間を空けてから話し始めた。
「今俺たちがいるのはこのアストーン大陸の東に位置する元フューリア王国領土のサルバスタだ。これから我々はここより南西にあるフューリア王国宰相ハルトス家の領地ダーナ城を奪還する。我々二百と、ダーナ城の南にあるノートリアス砦からサーネル=ハルトス率いる兵三百。この五百でダーナ城を奪還する」
「五百だけで可能なのか?ダーナ城にいる兵はおよそ千だ。こちらの二倍近くある。それにあそこを守っているのは帝国七大将軍の直属の将官だろ?」
ヘイスは五百だけではさすがに無謀だと言いたかった。
帝国七大将軍とはヴェルダ帝国の皇帝ゼルリアス=ボーニリア=ヴェルダの次に君臨する七人の強者の将軍たちだ。
その中でもクォーツ=ザステルは最強とも言われ、また帝国の民に対する信頼も厚い。圧政で苦しんでいる帝国の民たちが反乱を起こさないのはクォーツの人柄があると言っても過言ではなかった。
クォーツはとても誠実な武人で、今の帝国には似合わないほどの人物でもある。そんな彼がなぜ帝国にいるのか皆疑問に思っているのだが、クォーツは絶対に帝国を裏切るような真似はしない。たとえ皇帝が暴君と成り果てても最後まで居続けるのだろう。それほどまでに忠誠心の強い男だった。それゆえ、反乱軍が一番危険視している人物でもあるのだ。
「そうだな。単純に差で言えばこちらの負けだ。だがダーナ城を守備するのは帝国七大将軍の中でも一番暗愚と言われているブライアン軍の者だ。勝機はあるかもしれない。それにこっちには我が軍の最高の軍師サーネルがいる。サーネルはダーナ城の城主でもあるのだから内部の構造を知り尽くしているはずだ。お前もサーネルの実力は知っているだろう」
「それはそうだが……」
それでも何か言いたそうなヘイスだった。そしてアイラとグレイも同様に勝てるとは思えなかった。
「お前たちの言いたいことは分かっている。だがサーネルの軍略は大陸でもかなりのものだ。何か策もあるらしいからな」
「分かったわ。私はセイン兄さんがそういうなら信じる」
「私も同じです」
アイラとグレイは少しの不安はあるがセインがそこまでいうなら賛同することにした。それを裏付けるのは、サーネルの実力があるからだろう。
「……分かったよ」
ヘイスも渋々といった感じだが認めた。
「だが、必ず勝てるというわけではない。苦戦は必至だ。しかしダーナ城を手に入れればそこを拠点に少しずつ勢力を伸ばしていくことが出来る。負けることは許されない戦だ!」
「あぁ」
その言葉でみんなの顔も真剣になってくる。
「出立は明後日。その五日後にダーナ城の南にある平原でサーネルたちと合流する手はずだ」
次の戦いも間近。辛い戦いになるだろうが絶対に勝たなければならないのだ。
そんな思いのもとセインは気を引き締めた。