反乱軍
その日は一日中、街で祭りが行われた。
昨日の夜遅くに反乱軍がこの街を解放したことで街の人たちは皆喜びに溢れている。
「すごいな……」
アレンは宿から外を見て思わず呟いた。あの後セレーヌは限界だったのか倒れてしまい、そのまま宿へと運んできたのだ。どうやら無理をしすぎていたようでいつの間にか高熱に侵されていたようだった。
今は昨日からずっと寝続けているが、熱も大分引いてきているので明日にはいつも通り元気になっているだろう。
「……ん…」
声がしたので振り返るとセレーヌが起きたようだった。体を起こし、アレンを見る。すると開口一番呆れるようなことを言ってきた。
「酒……」
「……」
アレンはさすがに瞬時に反応できなかった。いくらなんでも起きて一番に酒はないだろう。しかしそれがセレーヌらしいというか、自然と笑みがこぼれる。セレーヌは次第に状況を思い出したようで、自分が倒れたのだということが分かった。そして昨日のことを鮮明に思い出す。
「アレン……」
「何だ?」
「ありがとう」
「……」
「信じてたわ……」
「……あぁ」
昨日のザラムが放った魔術のことを言っているのだろう。珍しくも素直に礼を言ってきたので、なれないのかアレンは照れている。そして気を直してセレーヌに酒でも買ってやろうかと思った。
「酒買ってくるよ」
「え?本当に!?」
「たまにはな」
嬉しそうにしているセレーヌを横目にアレンは宿を出た。恐らくこの祭りだからいい酒が安く手に入るだろう。そんな期待をして街の中を歩いていく。街はかなりの人たちが明るい声で賑わっていた。昨日まではあんなにも元気のなかった住民たちが皆笑顔を浮かべている。そんな光景を見ているとアレンも気が少し緩くなる。すると多くの笑顔の民たちに囲まれている反乱軍リーダーたちを見つけた。彼らもとびっきりの笑顔で民たちと笑いあっている。
(こんな幸せな光景……懐かしいな)
アレンは少しだけ昔を懐かしむ。するとセインたちがアレンに気づいた。
「アレン!」
やってきたのはセインたち三兄妹だった。昨日までは見られなかった笑顔でアレンに近寄ってくる。
「アレン、昨日はありがとう」
「いえ……大した役には立てませんでしたけど」
事実アレンは昨日あまり目立った活躍もしていなかった。アレンの戦う姿を見てアイラはそこそこ強いとは思ったが、そこまでは強くはないとも思っていた。しかし昨日のセレーヌを庇う素早い動きを見てアレンに何かの可能性を見出した。だからアイラはさらに反乱軍に入ってもらいたいと思うようになったのだ。
「それでアレン……反乱軍に入ってもらえるかしら?」
セインとヘイスもその答えを見守る。二人も昨日のことを見て、アレンが結構強いことが分かった。だから反乱軍に入ることに異論はない。もっともヘイスの場合はセレーヌのことは別だったが。
「それは……」
アレンは迷った。恐らくこの反乱軍なら期待出来るかも知れない。けれど昨日のセインの様子を見ると少し悩んでしまう。あの時のセインは明らかに憎しみで敵を斬っていた。だからアレンはその真意を聞こうとする。
「返事をする前に一つお聞きしたいことがあります」
「……何?」
アイラはアレンが真剣な顔をしていたので、少し緊張してしまう。
「反乱軍リーダーセイン殿に聞きたい。貴方は何のために帝国軍と戦っているのですか?」
「何……?」
急にそんなことを聞かれたセインは少しだけ戸惑う。アイラたちもその質問の意味が分からなかった。
「それは……帝国軍を倒すためだろう」
「何故帝国軍を倒そうとするのですか?」
「何を言ってる。今やフューリア王国の民たちはヴェルダ帝国の圧政によって苦しんでいるのだ!やつらがこのまま大陸を治めていれば、いつかこの世界は滅んでしまう!お前もそんなことくらい分かるだろう!?」
セインにはアレンの言いたいことが分からなかった。
「それだけですか?」
「何?」
「本当にただ民を守りたいという願いなのですか?」
「何が言いたいんだ!」
だんだんとセインは怒りが募ってきた。
「私には……貴方は復讐のために戦っているとしか思えられません。貴方が帝国兵を斬るとき、その想いは憎しみしか感じられませんでした。……本当に貴方は民を守りたいという願いだけで戦っているのですか?」
アレンの言葉は力強く、セインたちの心へと侵入してくる。否定したかったが、セインはそれが出来なかった。アレンの言うとおりその想いはセインの中に含まれている。少なからず、それはヘイスとアイラも同様だった。
「だが!やつらは多くの人間を殺してきた!我らの民も!そして父上と母上も!」
「だから帝国軍に復讐すると?」
「――ッ!!」
「アレン!」
アイラがアレンを止めようとした。しかしアレンは止めずに続けた。
「憎しみで人を殺すようではこの戦いには勝てないでしょう」
「俺は間違ったことはしていない!帝国軍を滅ばせば全て終わるだろう!」
セインのように考える人物が少なくないことはアレンも知っているが、反乱軍リーダーがこれでいいのかとも思う。セインも恐らくずっと悩んできたのだろう。けど、だからといって憎しみで人を殺しているようでは駄目だ。
「私は反乱軍に入りたいと思います。そうなったら帝国軍とも戦って殺すことになるでしょう。けれどそれは憎しみではない、守りたいもののために戦うのです。それをどうか知っていただきたい。……もっとも私が反乱軍に入るのを許してくれればの話ですが」
アレンは悩んだが決意した。セインが民を想うがゆえに、憎しみに駆られていることも分かっている。だからこそこの先のセインを、そして反乱軍を見たいと思ったのだ。
「……アレン、お前が入ってくれると私は嬉しいと思う。だが……俺は自分の考えを貫いていく。それが嫌になったならばいつでも抜けてくれてかまわない」
「分かりました」
セインはアレンの言った言葉に動揺こそしたが、それでも改める気はなかった。アレンはそれでもいいと思った。結局自分は目的のために反乱軍を利用することに他ならない。だが反乱軍に入ったからには上の命令もちゃんと受ける気でいる。リーダーであるセインにはもう何も言う気はなかった。
けれど願う。
どうか自分の言ったことを忘れないで欲しいと……
メセティア暦481年の春が終わりかけた夏の始まり、春の82日。
アレンとセレーヌは旅をしていた街サルバスタで反乱軍と出会い、そしてそれに加わることとなる。
旅人アレンと反乱軍リーダーのセイン。この二人の出会いがアストーン大陸に何をもたらすのだろうか――