花たちはあなたを見ている
いくら叩いても動かない足。恐怖に震えて自分ではどうしようもなかった。徐々に近寄ってくる女性。このままではマズイ、そう思った優雨は必死に動こうとした。しかし、足に続いて手までもが震えだして思うように動かない。
「なんで……。なんで動かねぇんだ!」
もう目の前にまで迫った女性。優雨は後ずさりする。そして何気なく床に
手をついた時だった。優雨の手に軽い痛みが伝わった。
「いっ……。なんだこれ、小石?」
手を見ると小石が軽く刺さっていた。なんだ、と一瞬思ったとき、足が動くようになっていることに気付いた。女性はもう優雨に手を伸ばしている。つかまれる寸前に優雨は立ち上がり、走り出した。
(良かった……。逃げ切れるよな)
少し安心しつつ、優雨は後ろを確認する。すると真後ろに女性の姿があった。優雨は全力で走り続ける。
「なんで! なんでこんなに動きが速いんだよ!」
優雨はそんなに足が速いというわけではない。しかし、ごく一般的な男子高校生の足の速さはある。そのスピードに、手だけで移動している女性が追いつけるなんて思わないのが普通だ。
(やっぱ常識は捨てるべきだな……)
少し走ると目の前にドアが見えた。あそこに入るしかない、と判断した優雨は本気で走った。そして、ドアの前についたと同時に中に入りドアを抑える。一瞬だけ安心し、息をついた。
ドンドンドン!
「うあぁ!」
ドアを勢いよく叩く音に優雨は飛び上がった。そして必死にドアを抑える。しばらくドアを押さえていた優雨は、あることに気がついた。
(こいつ、ドアを叩くだけで開けようとしてない……?)
優雨はためしに手を離してみた。すると、女性はドアを叩くだけで開けることはなかった。
「ドア、開けられないのか」
女性は自分ではドアを開けられないようだ。優雨は一息つき、先に進む。
逃げ込んだ部屋にはたくさんの花があった。いろんな種類の花があったが、パッと見で一番多かったのは薔薇だった。この部屋の壁にも文字が書いてある。
『花園』
文字を確認し、優雨は先に進む。花々の間にできた細い道を見つけ、その道にはいろうとした時だった。道の入り口に立札を見つけた。
『花たちはあなたを見ている。花たちはみんなつながっている。花たちはこの世界の住人とつながっている。』
少し不気味に思った優雨だが、さほど気にせず道に入った。思ったよりも花が近くにあり、顔に当たったりして優雨は顔をしかめながら進んだ。
道は優雨が想像していたよりも長く、険しかった。足元が悪く、花々が視線を遮ることがストレスを与えていたのだろう。優雨の表情に疲れが見え始めた。
「くそ……。どこまで続いてんだ」
優雨は立ち止まり、その場にしゃがみ込んだ。そしてあたりを見渡す。その時、優雨はあることに気が付いた。
「花が、全部俺の方を向いてる……?」
花がすべて自分の方を向いている気がしたのだ。さすがに気のせいだろうと思った優雨は、位置を変えてもう一度花を確認する。
「マジかよ……」
花はすべて優雨の方を向いていた。この時優雨は、道の入り口にあった立札を思い出した。
『花たちはあなたを見ている』
こういうことか。優雨はそう思った。花は自分を監視している。しかし、花自体が危害を加えてくるわけじゃない。そう理解した優雨は、気にせず先に進んだ。