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希望の光

 早苗は宝箱にもたれかかり、人形たちに囲まれていた。


「よかった、スケッチブックに気づいてくれて」


 人形の一人が言った。


「みんなで協力して、宝箱の中からスケッチブックを揺らしたの」


 早苗は引き締まった表情で正面のドアを見つめる。

 黒い霧が漏れ出しているドア。元の世界に帰る前より、それの禍々《まがまが》しさは増していた。



 ドアの威圧感に圧された早苗だったが、すぐに前のめりになってドアへ向かっていく。


 その時、ポケットにしまわれたペンライトが光りだした。


「ペンライトの力が増したみたい」


 早苗は人形に言う。

 人形はペンライトを見つめて、少し跳ねた。


「やったね! そのペンライトの光は何でも照らすことができるの。真っ暗な部屋でも、どんな心の闇でも」


 早苗はペンライトを握って見つめる。

 ペンライトは心なしか暖かい。その暖かさは、早苗の緊張を和らげた。

 人形はペンライトの光を見つめて話を続ける。


「その光はとても強力。でもね、それは一回しか使えないの。一度使えば、そのペンライトは力を完全に失う」


 早苗の手に少し汗がにじみ始める。


 今、朱音に対抗するための武器はこのペンライトのみ。その武器が一回使い切りのものだということが、早苗に新たな緊張を与えた。


「それの光は何かにぶつけないと弾けないからね。使い所を間違えないでね、お姉さん」


 人形はそう言ってドアを開ける。

 早苗は薄暗いドアの先へ歩き出した。




 迷路の霧が濃くなっている。元の世界に帰る前より視界が悪くなっていた。早苗は目を凝らしながら進んで行く。


 部屋に響くのは早苗の足音のみ。早苗自身に聞こえるのは、足音と自身の胸の鼓動と呼吸音。現代ではそこまでの静寂さは珍しい。数週間、元の世界で生活していた早苗にとってその静寂は心地の良いものではなかった。


「ここまで静かだと不気味で落ち着かない……」


 ぽつりと呟く。

 早苗の心拍のリズムはとても穏やかだ。ペンライトの暖かさと優雨を助けたいという気持ちが心の平穏を保っている。


 しかし、数回曲がり角を曲がったあたりでリズムに乱れが生じ始める。


 異様な匂いが漂い始めた。

 甘い匂いと鉄のような匂い。そして生臭さが混ざり合って、この世のものとは思えない匂いになっている。


 早苗が口と鼻を覆った時、霧の中にうっすらと何かの影が蠢いた。


 早苗は立ち止まり、それを凝視する。すると、それに合わせたかのように霧が薄くなっていった。


 徐々にあらわになっていくそれに、早苗は息を呑んだ。


 朱音が倒れた優雨の頭を抱いて座っている。朱音の傷から流れ出る血が、優雨の額を伝って床に落ちていく。


「どうして、戻ってきたの……?」


 朱音が早苗を睨む。

 早苗は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


「せっかく逃がしてあげたのに……どれだけ私を苛立いらだたせれば済むの?」


 朱音は鬼の形相を浮かべ、早苗に這い寄る。

 


——逃げなきゃ……死ぬ。



 早苗の脳裏に言葉が過る。しかし思い通りに体が動かない。

 一秒が数分にも感じられる時が流れた。朱音が一歩前へ進むたびに、玉の汗が顔を流れる。


 強くなる悪臭。朱音の体は腐り始めているようだった。


 とうとう朱音が早苗の目の前にまで到達した。

 朱音は凄まじい力で早苗を引き倒し、肩を掴んで上に乗る。


 朱音の顔が早苗の目前にまで迫る。


「お姉ちゃん、もう、死んで」


 朱音が早苗の首に手をかけた。


「がはっ」


 凄まじい力が早苗の首にかけられ、呼吸を封じられる。


 その時だった。


「早苗!」


 早苗を呼ぶ声がした。

 優雨が目覚めたのだ。

 優雨の声が聞こえて、早苗はペンライトをポケットから取り出した。



——これで、終わらせるんだ。



 早苗は手の震えを抑えながら、自身の上に乗った朱音に向かってペンライトのボタンを押した。


 ペンライトの先から光の玉が飛ぶ。それは朱音の顔に勢いよく向かっていった。


 これで全てが終わる。















 はずだった。


 朱音が首を反り返らせた。頭が背中に付き、普通ではあり得ないほど首が曲がっていた。


 光の玉は朱音の顔に当たることなく真上へ飛んでいく。



 早苗は光の玉に手を伸ばしたが、届かない。

 光の玉はついに見えなくなった。

次回、最終回です。

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