想起
慌ただしく目覚まし時計が朝を告げる。激しい音が早苗の目を無理やりに覚まさせた。時刻は七時。
「ん……はぁ」
早苗は大きく伸びをする。
朱音が死んで数週間。早苗にやっと実感が湧いてきた。
「支度しなきゃ」
早苗は身支度を始めた。
学校には行くが、授業に身が入らない。朱音を失った喪失感もあるが、それとは別にもう一つ、何かを無くしたような感覚が抜けなかった。
早苗はそれが何なのか思い出すことができないでいた。
思い出そうとすると頭の中に靄がかかる。
放課後、早苗は自分の席に座って考え込んでいた。
「早苗、どうかした?」
クラスメイトが声をかけてきた。
早苗は少し考え込んで、頬杖をつく。
「んー、自分でもなんかよくわかんないなぁ」
早苗の煮え切らない態度にクラスメイトは首をかしげる。そして不思議そうな顔をしながら早苗を見つめた。
「私さ、朝、学校に来る時に早苗に会ったじゃん?」
「うん」
「私さ、今日は早苗一人なんだなぁって思っちゃったの。早苗いつも一人で登校してるよね。なんでだろう……」
それを聞いて早苗の頭に何かが過る。しかしそれは靄の中に消えていく。
思い出せそうで思い出せない。気持ちの悪い感覚がじんわりと心に広がる。
早苗は考えることをやめて、家路についた。
自宅では母親が待っていた。
「おかえり、早苗」
「ただいま」
早苗の母親の顔に生気がない。朱音を失ったことの悲しみから立ち直れていないのだ。
早苗はそんな母親を見るのが辛いと感じていた。
最近、同じ部屋にいても言葉を交わすことが少ない。今日もいつものように、何も話すことなくリビングにいた。
そんな時、母親が口を開いた。
「早苗、そろそろ朱音の部屋を片付けようと思うの」
早苗は俯いたまま頷く。
「早苗にも手伝って欲しいんだけど……いいかしら?」
母親が無理やり笑顔を作ろうとする。
早苗はその場にいるのが辛くなって立ち上がった。
「わかった」
早苗は、そう言い残して自分の部屋に向かう。
朱音の部屋は早苗の部屋の隣にある。
自室に入ろうとした早苗は、ふと朱音のドアに目をやった。
コトコト……コトコト……。
何かの音がする。
朱音の部屋から、微かに物音が聞こえていた。何かが揺れるような、微かな音。
「なんだろう……」
早苗は朱音の部屋のドアを開ける。
朱音の部屋は何も変わっていない。家族全員がこの部屋に入ることを避け続けた結果、朱音が死んだ時から時が止まっていた。
早苗は少し埃っぽい部屋の中を見渡してため息をつく。
朱音との思い出が詰まったこの空間が早苗の心を締め付けた。
コトコト……コトコト……。
やはり何かの音がする。
音は本棚のあたりからしていた。
「なんだろう……」
早苗は本棚の前に立つ。絵画の本や漫画、小説などがきれいに並べられていた。その中に一冊、他の本とは形状の違うものがあった。
早苗がそれを手に取ろうとすると、それは勢い良く本棚から飛び出して床に落下した。
スケッチブックだった。
ズキッ……。
早苗の頭に鈍い痛みが走る。
それを持ち上げ、中を見る。
『タイトル・お菓子の家』
お菓子でできた家が描かれていた。
——寂しい世界だ。
誰かの声が脳裏に響く。それに合わせて頭痛が増す。
頭が何かを思い出そうとするのを拒んでいるようだった。
早苗はページをめくっていく。
『タイトル・心の行方』
「うっ……」
早苗の頭痛が激しくなった。脂汗が滲み、呼吸が荒くなる。
さらにページをめくっていく。
『タイトル・宝箱の中身』
「くっ……」
頭痛が増し、早苗はその場に膝をついた。
スケッチブックを床に置き、頭を抱える。
その時、開いて置かれたスケッチブックのページが勝手にめくられ始めた。
ぱらぱらとページがめくられていき、白紙のページが開かれる。
そのページに、じわじわと文字が浮かび始めた。
思い出せた?
激しい視界の揺れとめまいが早苗を襲う。早苗は耐え切れずに目を閉じた。
これまで忘れていたことが視界いっぱいに広がっていく。
早苗がゆっくりと目を開けると、そこは朱音の部屋ではなかった。
「お帰りなさい、お姉さん」
人形が早苗に言った。




