油絵の世界
階段を下っていくと、とても大きい木製の門があった。この大きさの門を開かなきゃいけないのか、と思った優雨だったが。
「あ、小さいドアがあるじゃん」
よく見ると普通のドアくらいの入り口が用意されていた。優雨は迷わず奥へ進む。
ドアの先には、すべてを油絵で描いたような風景が広がっていた。室内なのに木や草がある。油絵で描かれているようなものなのだが。そして壁に文字が書いてある。
『入口』
チラッと文字を確認しただけで、優雨は奥へと進んだ。
代わり映えしない景色がしばらく続いた。そして大きな穴の前にたどり着いた。そこの見えないような穴だ。穴の前には看板があり、文字が書いてある。
『一緒に遊ぼう。さぁ、飛び込んで』
「なんか嫌だな」
正直な感想だった。普通に考えてこんな穴に飛び込みたがる人はいないだろう。しかしほかに道はなく、外に出る方法もない。
(今は明らかにおかしい状況だ。普通の思考じゃだめかもな。一時的に常識を捨てるべきか)
そう思い、優雨は目を閉じて穴に飛び込んだ。
穴はそこまで深くはなかった。マットのような物の上に落下した優雨は、安心して息をつく。落ちた先は薄暗く、そして横に狭い部屋だった。この部屋の壁にも文字か書いてある。
『画廊』
まっすぐと続いた通路をよく見ると、いくつもの絵が飾ってあった。優雨は少し怖くなったが、頬を軽く叩いてあるきだした。
一つ一つ、絵を確認しながら歩く優雨。すべての絵にちゃんと題名が付いていた。
『お姉さん』
赤いドレスを身にまとった若い女性をモデルにした絵だ。椅子に座り、微笑む女性を優しい色合いで描いている。髪のつやまでこだわって描いているのが素人の優雨でもわかった。
「きれいな絵だな」
優雨はつぶやき、先に進む。その時だった。
「……ふふふ」
背後から女性の笑い声が聞こえた。優雨は驚いて振り向いたが、人の姿はない。ただ先ほどまで見ていた女性の絵があるだけだ。気のせいかと思い、先に進もうとする。
「まってぇ……」
やはり女性の声がした。もう一度振り返り、背後を確認する。その時だった。絵の中の女性と目が合った気がした。
(まさか、なぁ)
優雨は女性の絵を凝視する。すると女性はまばたきした。恐怖と驚きが一気に頂点に達する。優雨はその場に腰を抜かし、座り込んでしまった。
そんな優雨を見た女性はクスクスと笑い、そして額縁に手をかけた。
「う、嘘だろ?」
女性は絵の中から上体を出し、優雨に手を伸ばしてきた。逃げようと必死に動こうとする優雨だが、なかなか体に力が入らない。だんだんと優雨の顔が青ざめだした。
このままでは手が届かないと判断したのか、女性は絵から出てきた。上半身しか描かれていなかったからだろうか、女性に下半身はなかった。女性が這いつくばった後には、べっとりと赤い液体が付いている。それが血なのか絵具なのか、今の優雨にどうでもいいことだった。
「くるなよ…… おい!」
笑みを浮かべたまま這いよる女性。恐怖に震えながらも、優雨は必死に自らの足を叩いた。