抜け殻
朱音がいた部屋とは違い、廊下は暗かった。先ほどまではこの暗さが怖くて仕方がなかった早苗だったが、今は違う。
「なんでだろう、怖くない」
不思議と恐怖心は無くなり、優雨を見つけるという気持ちで心がいっぱいになっていた。
不気味に見えた燭台の上に見えるロウソクも、今になっては不気味さの欠片も感じない。
気持ちが変わるだけでここまで目に見えるものが変わるのか、と早苗は内心とても驚いていた。
目の前に新しいドアが現れた。躊躇することなく早苗はドアを開ける。
ドアの先はまた廊下だった。この廊下は木箱が積んであって、真っ直ぐには歩けそうにない。
早苗は木箱を避けながら進んで行く。そんな時だった。早苗は自分の足が震えていることに気がついた。
「そうか、疲れが溜まってたんだ」
ここまでは緊張と恐怖心でいっぱいだったからか、体のことを考えてこなかった。ここまで走ったり歩き続けたりしてきたのだ。疲労が溜まっていてもおかしくない。
早苗は軽く自分の足を叩いて歩き出した。
廊下に積まれた木箱は、早苗の身長よりもすこし高い。早苗は気にする素振りを見せず、進んで行く。
「降りられないよ、降りられないよ」
どこからか声がした。注意しないと聞き逃してしまいそうなほど小さい声だ。
「降りられないよ、降りられないよ」
あたりを見渡しても声の主は見当たらない。
こんな場所で時間を取っている余裕はない。そう思って早苗は歩き出そうとした。その時、視界の上の方で何かかが動いた。
早苗は正面にあった木箱を見上げる。するとそこには小さな人形があった。
「人形か……動いたように見えたけど」
早苗は人形を凝視する。すると人形は手を振った。
「お姉さん、お姉さん、ここから降ろしてちょうだいな」
人形は早苗に言った。
「え、えぇ」
早苗はそっと人形を木箱の下に下ろした。人形は小さくステップを踏んで行儀よくお辞儀をした。
「お姉さん、ありがとう」
早苗はにっこり笑って、人形のお辞儀を真似した。
「どういたしまして」
早苗の言葉を聞くと、人形は頭を上げてくるりと回った。人形は何かを探しているかのような素振りを見せる。
「何かお探し物ですか?」
早苗が尋ねると、人形は早苗の顔を見て答えた。
「鍵を探しているの。お友達が檻に閉じ込められていて、助けてあげたいの」
人形は手を後ろに組んで歩き出した。早苗もそれに続いて歩く。
「大変だね。でも私、先を急いでいるから手伝ってあげられないの……ごめんなさい」
早苗は人形に言った。
人形は振り返り、早苗を見上げる。
「お姉さんはもう私を助けてくれたじゃない。謝ることなんてないの」
そう言うとまた振り返って歩き出した。
気がつけばまた新しいドアの前に着いていた。人形がドアノブに飛びつき、ドアを開ける。
ドアの先は薄暗い。さらに足元に霧が立ち込めている。そしてかなり室温が低いようだった。人形はためらわずに進んで行く。
人形の体のほとんどが霧に隠れてしまった。頭の先がすこし霧から出ていて、それを見ながら早苗も進んで行く。
ちょっと進むとドアが見えた。また人形がドアノブに飛びついてドアを開ける。
ドアの奥は真っ暗。深い闇が、まるで早苗の侵入を拒むかのように一切の光を寄せ付けない。
そんな中、人形は怯むことなく部屋の中へ進んで行く。
「人形さん、真っ暗だけど大丈夫?」
早苗は人形に言った。
人形は振り返り、早苗を見つめる。
「私は大丈夫。あ、そうか、お姉さんは真っ暗だと周りが見えないね」
人形はそう言うと、自身の服の中から小さなペンライトを取り出した。
「お姉さん、助けてくれたお礼にこれをあげる」
早苗はペンライト受け取った。綺麗な青色のペンライト。金の装飾が施されていて、とても高級感がある。
「そのライトはどんなに暗い場所でも明るく照らしてくれるよ」
人形はそう言って、早苗に小さくお辞儀をした。
「それじゃあ、私は先に進みます。お姉さん、気をつけてね」
そう言って人形は闇の中に姿を消した。
早苗はペンライトのボタンを押した。すると、ペンの先から光の玉が現れた。
その光は早苗の前をふらふらと彷徨う。そして突然、ピタリと動きが止まって真上に上昇していった。
頭上で光は弾け、暗かった部屋が明るく照らされた。天井付近で弾けた光の粒が消えることなく輝き続けている。
部屋はそこまで広くはなかった。正面に大きな絵が飾ってある。その下に壁に寄り添うようにして座り込む人の姿があった。
「優雨くん!」
早苗は優雨に駆け寄った。
優雨はぐったりとしていて動く気配がない。早苗が顔を覗き込んでみるが、全く反応しない。目は開いているが、生気が全く感じられなかった。そして優雨の胸には黒い穴が空いていた。
「優雨くん! 優雨くん!」
早苗がどんなに呼びかけても優雨は返事をしない。
早苗の目から涙が溢れ出した。
早苗は返事をしない優雨の体を揺すり続けた。それでも優雨は全く反応しない。それでも早苗は優雨の体を揺することを止めようとしなかった。
こうすれば起きてくれるんじゃないか。またいつものように話しかけてくれるのではないだろうか。そう思って優雨の体を揺すり続けた。
しかし、優雨は全く反応しなかった。起きるどころか指一つ動かない。
早苗は揺するのをやめて、優雨の胸に自身の顔を埋めて哭泣した。
早苗の声が、明るくなった部屋に響きわたる。
部屋に飾られた大きな絵の表面が早苗をあざ笑うかのように揺れていた。




