正体
今回は優雨視点になります。
優雨は昔のことを思い出しながら、黙って歩き続けていた。なぜ今、昔のことを思い出しているのだろう。そう思いながらも、微笑ましい過去を思い出して少し笑った。
「優雨、どうしたの?」
後ろから付いてきていた彼女が言った。優雨は振り返って、彼女に笑顔を見せる。
「ちょっと昔のことを思い出していたんだよ」
優雨は自分の頬を触りながら言った。
「さぁ、先に進もう。早く出口を見つけないとな」
彼女は黙って頷いた。
会話後、すぐに突き当たりのドアにたどり着いた。何の躊躇もなくドアノブを握った優雨だったが、すぐに手を離してしまった。そして両手をこすり合わせる。
「優雨、どうしたの?」
横から彼女が優雨の顔を覗き込んだ。そしてニッコリと笑い、ドアノブを握る。
「早く行こうよ」
彼女はドアを開けた。優雨は黙って彼女に付いていった。
「なぁ、早苗。ドア開けた時、何か感じなかったか?」
「いや、何も感じなかったよ。普通のドアだったと思うけど」
彼女は振り返らずに答えた。優雨は一人で首を傾げる。
ドアの先には広い部屋があった。横広の長方形の部屋で、正面にドアがある。そのほかにドアは見当たらない。
足元には冷たい霧が薄らと立ち込めていて、少し肌寒さを感じさせる。
「ほら、何してるの?早く行こうよ、優雨」
彼女が振り返って言った。
「あ、あぁ、行くよ」
優雨は小走りで前を歩いていた彼女を追った。優雨は彼女を追いながら自分の手を見て考え込んだ。
(さっきのドア、異常なほど冷たかった……。早苗は何も感じなかったのか?)
まぁいいか、と呟いて、優雨は彼女に追いついた。今は正面にあったドアの前に立っている。
「優雨、早く行こ」
「あぁ、わかった」
優雨は目の前にあったドアを開いた。部屋の中は何も見えないほど真っ暗だった。しかし、彼女は気にする素振りも見せず中へ進んで行く。優雨は少し恐怖心が出てきて、ドアを開けたままにしていた。外の明かりを入れて少しでも足元を見えるようにしようと考えたのだ。
優雨は一歩ずつ恐る恐る進んでいった。
部屋の空気が重く、一歩がとても重く感じる。なぜ彼女はあんなにも軽やかな足取りで奥へ進めるのだろう。優雨は不思議で仕方がなかった。
優雨が部屋に入って五歩ほど進んだ時、あることに気がついた。
ーー照らしていた光が小さくなっていっている。
焦った優雨は急いで振り返る。するとドアがひとりでに閉まろうとしていた。
「なんでだよ!」
優雨は走ってドアに体当たりした。しかしドアはびくともせず、さらにゆっくりと閉まっていく。
「ふざけるなよ……」
全力でドアを押し開けようとしている時、これまでに感じたことのないほどの悪寒が優雨を襲った。
じっとりと背中を冷たい汗が伝っていくのを感じる優雨。その汗が腰あたりに達した時、肩から胸にかけて冷たい何かが触れきた。氷のような冷たい感触。その感触が背中全体にも広がり、顔の横にまで到達した。
優雨が恐る恐る確認すると、『彼女』が背後から優雨に抱きついていた。
「どうしたの?優雨。先に進もうよ」
『彼女』は言った。
『彼女』は気持ち悪い笑顔を浮かべ、優雨を強く抱きしめる。しかし、腕は凄まじい力が入っていたが、手には力は入っていなかった。手だけは優雨の胸を優しく撫でている。
「お、お前……誰だ?早苗じゃない……」
優雨が「早苗」という言葉を口にした途端、手にも凄まじい力が入った。指が優雨の胸に突き立てられ、表面がえぐり取られそうなほどに強く引っ張られる。
「そんなことどうでもいいじゃん。ねえ、優雨。ずっとここに居ようよ」
少し寂しそうな口調で『彼女』は言った。心なしか手の力が緩んでいる。
「優雨がここに居てくれるなら、私、寂しくないな」
今にも泣き出しそうな声になっている。そしていつの間にか『彼女』の声は早苗の声ではなく、もう一人の聞きなれた声になっていた。
優雨は『彼女』の正体に気がついた。
「……俺はここに居るわけにはいかないんだ。ごめんな、朱音」
朱音は黙り込んだ。数秒の沈黙後、急激に腕に力が強くなった。
「……無理矢理は嫌だったな」
朱音が呟いた。しかし、それを優雨は聞き取ることができなかった。
ドアが閉まる力が強くなっていく。全力で押し返しても、じりじりと閉まってきてしまう。
「優雨がここに居てくれないなら、優雨の心、もらっちゃうね」
朱音の指の力がさらに強くなった。優雨の左胸をえぐるように指を突き立てる。その指はどんどん胸に入っていった。
その瞬間、優雨の体に異変が起きた。全身の力が抜け出し、意識も遠のき始めたのだ。
「これで優雨は私のもの……」
ククク……、ククク……。
笑いをこらえるような声が優雨の耳元で発された。優雨は意識を保つのに必死で何もできない。ドアはもうほとんど閉まってしまった。
キャハハハハハハハハ!
不気味な笑い声が部屋中に響き、ドアはゆっくりと閉まりきってしまった。
その笑い声がしばらくの間、部屋中に響き続けた。




