第三話 二人の仲のきっかけ
彼女と一番初めに話したのは、図書委員での活動のときだった。
それ以前にも彼女の存在は知っていたのだが、まともに話したのはそのときがはじめてである。
彼女の人気はそれこそすごかった。
さすがにファンクラブとかが出来るようなことはなかったが、それでも噂が良く飛び交うぐらいの人気だった。
私もそれをよく小耳に挟んだ。
クラスメイトからそういった話を良く聞いたからだ。
それで、同じくして図書委員になったのが、私も彼女も二年のときだった。
これは珍しい事で、通常図書委員に関しては、普通変わることはない。
仕事の仕方を覚えなくてはいけないからである。
けれど、それにも例外がある。
クラス替えの結果、前回の図書委員がいなくなってしまったときである。
そうなれば、新しくクラスから選出しなくてはならない。
そして、私のクラスでは私が、彼女のクラスでは彼女が選ばれたわけである。
まあ、彼女のほうはどうしてそうなったかは知らないが、私の方は、半ば無理やりだった。
なんて事ない、ただ私が良く図書室を出入りしている事を言われたのである。
そうなれば、勝手に本好きと決められてしまい、もう逃れられない状況になる。
強引に断れば、自分の立場が危うくなる事ぐらい容易に予想ができたからだ。
別にそんなこと考えすぎだと思うかもしれないけれど、そんなことが思い浮かぶくらい、そのときの私は、クラスで浮いていたのだ。
その浮いている私が無理に断れば、良くない噂が飛び交うことぐらい簡単に思い浮かぶ。
けれど、私はそれを今更どうこういうつもりはない。
いや、むしろ感謝したい。
彼女と知り合う機会を与えてくれたのだから。
同じ委員会になった私と彼女は、何かの縁があったのだろうか、当番は二人で組む事になった。
うちの学校の図書館はいまどき珍しく、いまだにカードに記入しなくてはいけない。
そのため、非常に作業に手間取ってしまう。
だからどうしても、一人では手が回らない。
時々、誰も来ておらず、ヘルプとして私がするときもあるが、その際一人だと相当辛い。
向こうにも予定があるのだから、のらりくらりするわけにもいかず、必死になってスピードを上げなくてはいけない。
通常の三倍速ぐらいになったこともあり、本当に死ぬかと思った。
そのため、どうしても二人組みにするしかなく、その上やり方を知らない人間には知っている奴がつかなくてはいけなくなるのである。
その結果として、私がついたのである。
そこで疑問が浮かんでくるだろうが、実は私も図書委員の仕事を知っていたのである。
先ほど言ったように、私はよく図書室に行っていた。
ただ静かな場所だったから、足を運んでいただけなのだが、時々本も読んでいた。
しかし、私は昼食が済むとすぐに行っていたため、当番はおらず、教師しかいなかった。
私と言う人柄はどうやら年が遠い方が案外打ち解けやすいらしく、その教師は女性だったのだが、その彼女ともすぐに仲良くなった。
そのため、仕事内容も教わり、自分の事は自分でし、当番がいない時に人が来た時は私が代わりにした事もあった。
だからこそ、私がつくことになったのである。
仕事を良く知っている人間として。
皮肉な事に、他のどの図書委員よりも、私の方が仕事を知っていたのだ。
そして、彼女ともそこで少しずつ打ち解けていく事になった。
けれど、とは言っても、それにいくまでに、最初のうちはかなり時間が掛かった。
もとより話し下手で、しかも人見知りが激しかったからである。
そのため、最初のうちはほとんど仕事の内容しか喋らなかったし、自分から話しかけることなんて皆無に近かった。
そんな私が、始めて彼女にまともに話しかけたのは、確か、昨年の十月に入ってからだったと思う。
普段の仕事が終わった私と彼女が、帰ろうと、席から立ち上がったとき、不意に背中から声をかけられた。
もちろん、この教室にはもう、私と彼女と、図書の先生以外誰にもいないので、おのずと決まってくる。
「なんですか?」
私は振り向くと同時に尋ねる。
隣にいる彼女のほうを見れば、同じ気持ちなのだろう、そう言いたげな顔をしていた。
「ちょっと仕事を頼まれてくれない?」
「仕事、ですか?」
「ええ、新書の受け入れがまだ全部終わってないのよ。」
その言葉を聞き、内心ちょっといやな気持ちになった。
新書の受け入れには結構面倒な作業が多々ある。
私はあまり好きではない。
だが、そんな感情が表に出ないように気をつけ、それをひた隠しすると
「俺は、全然かまいませんよ。」
了承の言葉で答える。
良くも悪くも私はこのような人間である。
決して人からの評価を下げないように、立ち回る卑怯な人間なのである。
ここで断っても、たいしたことにはならないかもしれない。
けれど、それでも、評価を上げておいても損にはならないだろう。
そういうことだ。
「私も大丈夫です。」
そんなわけで手伝いをする事に決まり、極力早めに終わらせるため、早速作業に移ろうとしたところで、隣にいる彼女も私と同じ答えを出した。
正直言って驚いた。
夏が過ぎたため、もうそろそろ日が暮れるのも早くなってきている。
だから、女子である彼女が手伝いをするとは思わなかったのである。
いや、それ以前に、そんな事をするような人には見えなかったのである。
彼女はこの高校では有名人である。
かなりの美少女だといってもいい。
けれど、だからこそ性格は破綻しているものだと思っていたのだ。
世の中、美少女で性格のいい女なんてものはいるはずがなく、絶対にわがままな奴だと思っていたからである。
周りにちやほやされて、そんなふうになるものだとばかり思っていたからである。
けれど、彼女はそんな私の予想を裏切り、手伝う事を了承した。
まあ、その裏切りは正直助かる。
やはり、一人より二人、二人より三人である。
それからしばらくの間は、全く無言であった。
ちょこちょこ先生が話しかけてくるが、用事があって外に出てしまった今では、それすらない。
静かな沈黙が部屋を満たしている。
別にそんなものになれている私としては、何ともなかったのだが、どうやら彼女のほうは耐えれそうにもないらしい。
まあ、普通の人にはこういうのは耐えられないのかもしれない。
自分が異常だと言うつもりではないが。
「もう、遅くなってきたから、帰ったほうがいいんじゃない。後は俺と先生がやっておくから。」
だから、私は親切心で一応彼女に、話しかけてみた。
彼女は、少々びっくりしたように私の顔を見る。
まあ、私から話しかけることは、皆無なので、そのような反応を取ってしまいたくなるのも分かるが、正直にそうされ
ても少し困る。
少々傷ついてしまう。
けれど、私はそれをおくびにも出さず
「もうそろそろ日も暮れてくるだろうから、早めに帰ったほうがいいと思って。女の子の夜の一人歩きは危険だし」
そう続けたのだが、今度こそ本当にびっくりした顔をしている。
おそらく、私がこんな事を言うなんて、まったく予想できなかったのだろう。
まあ、それも当然なのかもしれない。
彼女と一緒にいるときはたいてい、無愛想で、あたかも鉄仮面をかぶったような表情をしている。
そのため、それに合わせて冷たい人だと思われたのだろう。
まあ、確かに私は冷たいのだが、これぐらいの配慮はする。
「ううん、平気。私も続けるよ。」
けれど、彼女はそれを断ると仕事を続け始める。
「そっか、それならよろしく。」
彼女がそういうのなら、それでいいのだろう。
私には、彼女することを強制できるわけでもないし、彼女の自由意志ならそれで良い。
私も、自分の分の仕事を始める。
結局、仕事が終わったのは、それからまたしばらく掛かり、既に七時を大きく回ったときだった。
先生のほうは少々申し訳なさそうな顔をしていたが、私たちの仕事が遅かったのだから仕方がない。
私は、先生の言う謝罪の言葉をうまく受け流すと、かばんを持って下駄箱へと向かう。
何の連絡もなしに遅くなったので、母親が少々立腹しているかも知れない。
今更だと思うが、できるだけ早めに帰らなくてはいけない。
そう思って極力急ごうと思ったのだが、トイレに行きたくなった。
長い間いすに座っていたため、少々下半身が冷えたからだろう。
できるだけ手早くそれを終えると、自分の下駄箱に上履きを入れると、次に靴を取り出し、履き替える。
それと同時に傘置きにおいてある傘を手に取る。
つい先ほどから急に振り出したのだ。
朝しっかりとニュースで予報を見といて正解だった。
まあ、この時間帯まで学校にいなければ、不要だったかもしれないが、備えあれば憂いなしというものである。
私は昇降口のドアを開け、早速外へと出て傘を差したのだが、視界の端に人影をとらえた。
電気がついていればすぐに分かっただろうが、この学校はよっぽどの理由がない限り、基本的に完全下校が七時であるため、基本的にこんな時間にこの場所にいることはない。
野球部やその他の運動部の人間もここではなく、全て部室で終えるため、ここまで来る事はない。
よって、ここに電気がついていることはほとんどない。
そのため、外に出るまでは人がいるとは全く思わなかった。
誰だろうかとちらりと横目で見たのだが、すぐに分かった。
まあ、こんな時間にこんな場所で突っ立っている人なんてものは限られてくる。
部活動をしている人間か、はたまた何らかの理由で残っていたかぐらいである。
そして彼女の場合は、後者だった。
先ほどまで一緒に私と図書室で仕事をしていた彼女である。
どうやら、私がトイレに行っている間に、抜かれてしまったようだ。
それで、当の彼女は、外に出て初めて雨が降っていることに気付いたてところだろう。
何となく少々鈍いのではないかと失礼な事も考えたが、そんなことはさっさと心の奥底にもぐりこませると
「もしかして、傘ない?」
分かりきっている事だが、あえて聞く。
どうしても、私はこうしないと話しかけられないからだ。
そんな私の内心のことなど知らず、彼女は少々照れくさそうに苦笑して頷く。
まあ、傘があるのならば、いつまでもこんな所で立ち尽くしているはずもない。
私は、自分の持っている傘を彼女に差し出すと、自分のかばんの中からもう一本の傘を出す。
これは折りたたみで普段、もしもの時ようにもってきているものだが、どうやら今回役に立ったみたいである。
「俺、二本あるから、それ貸してあげる。それじゃあね」
その折り畳みを差し、彼女のほうへと向き直るとそういってさっさと玄関から離れていく。
少々強引な気がしないでもないが、まあそうでもしないと彼女は素直に受け取らないだろう。
実際、先ほど良かれと思っていった事もさらりと返されたのだ、これぐらいの強引さも必要だろう。
そう思ってのことだった。