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第三十七話 彼女の告白と彼の告白

月曜日に彼女の母親に会ってから以降は本当に何もなく、比較的穏やかな生活を送れた。


金曜日が、また登校日だったんだけれども、その日は彼女は何も言ってこなかった。


正直言ってほっと一安心していた。


もし彼女にまた言い寄られたら、たぶん以前と同じく彼女のことを傷つけることになっていたと思う。


だから、その日彼女が何も言ってこなかった事が何よりも私の心を落ち着かせた。


けれど、次の日の昼、メールが来た。


送ってきたのは彼女だった。


『いつもの公園で待ってます』


内容は、彼女らしくない、絵文字も顔文字も一切ついていない文字だけ。


私は思わず首を傾げてしまう。


けれど、こうして呼び出しを喰らってしまった以上良くしかない。


本当は行かない方がいいのかもしれないけれど、たぶんそれはそれで無意味だと思う。


行かなければ、おそらく彼女はずっとメールを送り続けると思う。


そして、私が来るまでずっと待ち続けると思う。


彼女は一旦こうだと決めると、そう簡単には心を変えたりしないから。


私は、外着に着替え、身だしなみを整えると、外へとでる。


その際母親がまた何かうるさい事を言ってきたが無視する。


あの日以外、私は母親が嫌がることを何一つしていない。


模範少年ではないかもしれないが、それでも普通の人らしくは振舞っている。


だから、余計な詮索を受けるつもりは毛頭ない。


途中途中で隣近所や知り合いの人あったので、しっかりと挨拶をする事も忘れない。


これは昔からやっていたことだし、やって無駄な事になるわけでもないので、一応しておいたほうが利口だからだ。


そんな事をしながら、十分ほど歩いたところでようやく公園に着いた。


いつもの使っていたベンチの方に視線を持っていくと、すぐに彼女の姿を見つけた。


やはり、いつもの公園のいつもの場所であっていたみたいだ。


できるだけ歩調を変えないように心がけながら彼女のところまで歩く。


ずっと俯いてばかりだった彼女だったが、足音で気がついたんだろう、すっと顔を上げる。


目があった。


久しぶりに見る彼女だ。


その姿は先週の別れ話のときと違い、気力に満ち溢れ、生き生きとしていた。


もしかすると、ようやく吹っ切れたのかもしれない。


そんな事が脳裏を掠めた。


そして、それと同時にその言葉に信憑性が強い事を感じる。


やはり、俺みたいな人間に強い執着心を感じるような人はいないのだ。


「用は何?」


彼女と目があうとすぐにそう訊ねる。


私のほうは、無駄に時間が余っているのでどっちでもいいのだけども、彼女の時間を無駄にしたくはない。


彼女は一旦目を伏せ、深呼吸をすると


「渡したいものがあって」


そういって、すぐ傍においてある手提げバッグをあさる。


なんだろう?


一瞬、わけも分からず、ぼんやりと考え込んでしまったが、すぐに思い当たるものがあった。


たぶん誕生日とクリスマスに渡したプレゼントか何かなんだと思う。


やはり、別れた男の物をいつまでも持っておくのが忍びなかったのかもしれない。


私としては、今更返されても困るのだけれども、まあせめてもの罪滅ぼしとして、受け取るつもりだ。


どうやら、ようやくお求めのものを見つけたらしい彼女が、包みを手に持って私に差し出す。


わざわざ私が挙げたものにラッピングまでして。


内心でそんな事を思いつつ、それを受け取ろうと手を伸ばそうと……


「えっと、バレンタインのチョコレート」


「え?」


として、途中で固まった。


バレンタインのチョコレート。


それは、一体どういう意味なのだろう。


「やっぱりね、どうしても、他の人じゃだめみたいなんだ」


私の内心に気付いたんだろう、一旦差し出した包みを抱き込むと、そういう。


「いろいろと考えたんだ。あそこまで嫌がられたんだから、やっぱり諦めるべきなんじゃないのかってね。私はあなたのことが好きで、出来ればいつも一緒にいたいと思う。あなたには笑っていて欲しい。出来れば、私の前で。でも、私と一緒にいると、辛いだけなんだったら、もう諦めたほうがいいんじゃないかって」


そう語る彼女は眼を伏せる。


一瞬泣いてしまうんじゃないのだろうかと思って心配になったが、もう一度顔を上げた彼女の顔は先ほどと変わりなく、意思と活力に満ち溢れていた。


「それでも、やっぱり心の奥底では諦め切れてなかった。嫌われたり、他に好きな人ができたわけでもなかったわけだから、どうしても納得できなかった。それにやっぱり一度好きになってしまった以上、そう簡単に自分の気持ちを切り替えられるほど、器用でもなかったしね。だから、そんな思いの中で、ずっと揺らいでいて、心はずっと不安定で、どうしようもなかった。だけど、そんなときに、お母さんが言ってくれたの。求めるだけじゃだめ、求められている事を叶えてあげないと、って。私はずっとあなたが何を考えているのか分からなかった。何を思って、私といてくれるのかって言う事が。だから、どこかでもしかすると、私はずっとあなたに甘えていたいと思っていたのかもしれない。あなたの傍って本当に居心地が良かったから。何も考えなくてもいいほど私は私のままでいられた。だから、私はたぶん求めているばかりだったんだと思う。自分でも気付かないうちに。」


私の世界。


それは、周りの事ばかりを考えて作られた世界。


だから、彼女の言うとおりで居心地がいいのかもしれない。


いや、たぶんいいんだと思う。


私は誰かに嫌われたくなかった。


だから、いやな思いをしなくてもすむ居心地がいい人間を心がけていた。


「あなたは、もう傷つきたくないんだよね?もう、これ以上私が傷つくところを見たくないんだよね。でもね、たぶんきっと私は生きている限り、傷ついていくしかないんだと思う。生きていくってことは簡単な事じゃないと思う。悲しい事や辛い事を経験していかないといけないと思うの。それは嫌だし、できれば避けたい事だけど、どうしようもないと思う。それはあなたがどんなにがんばってもどうしようもできないと思う」


人という生き物は、たぶん周囲の環境に敏感なんだと思う。


だから、私がいくらがんばったところで、私が無理をしている事にやがて気がつく。


そして、それに気がついたものの内、必ず一人か二人は悲しみ、そして悔やむ。


だから、どんなにがんばっても傷つかないって言う事はない。


そんなことはとっくの昔に知っていた。


それでも止められなかった。


たぶん、それをする事で自分の世界を支えていたんだと思う。


逆に言うと、それでしか自分の世界を支えられなかったんだと思う。


私は臆病だから。


「あなたは臆病なんだって、お母さんが言ってた。誰かに必要とされていないとだめで、だけど必要とされすぎるとその期待に答えようとして無理をして、やがて疲れ果ててしまう。それは、私のときでも同じで、私はずっとあなたに頼っていて、苦しむ事は全部あなたに任せてきた。悲しいときも辛いときもあなたによりかかって、見ないふりをして、あなたに全部押し付けていた。あなたが無理をしてそれを受け止めている事に全く気付かないで」


どんどん、彼女が私の本当の姿に近づいてく。


誰にも見せたくなかった、


彼女にも絶対見せたくなかった私の素顔。


それにどんどん彼女が近づいていく。


けれど、どこか私は落ち着いていた。


それどころか、安心していた。


以前、彼女が私の心に触れようとしたとき、私の素顔に近づこうとするときは、恐怖を感じていたのに、今の私は、どこかそれに安堵している。


彼女は、もしかすると、私の願いをかなえようとしてくれているのかもしれない。


私は、彼女に護ってもらう事を望んでいた。


男として、情けない事なのかもしれないけど、それでも護ってもらいたかった。


私は彼女のことが好きだ。


たぶん、それは時間がたっても変わらないことだと思う。


だからこそ、私は彼女にとって居心地のいい私を演じ続けた。


そうすることで、私の居場所を作っていた。


逆に言えば、そうすることでしか、私の居場所は作れないと思っていた。


だから、怖くて私は彼女に護ってもらおうとはしなかった。


いや、そんなそぶりを見せる事ができなかった。


私は、彼女に甘えていたい。


できる事なら、彼女と一緒にまどろみの中で生きていたい。


私の心は弱いからそれを望んでいた。


けれど、弱いからこそ、拒絶される事を恐れていた。


彼女は前言った。


もう、私なしでは生きられないと。


けれど、それは私も同じ、彼女なしでは生きられない。


彼女の笑顔なしで生きていけるなんて思えなかった。


だからこそ、私は彼女に拒絶される事を恐れ、私は彼女が望むままの私を演じ続け、何も望まぬように振舞い続けた。


そして、別れる時は、もう彼女の笑顔が見れないなら、いっそうの事自分の手で、と思い、やがて、彼女を傷つける事しかできないなら、自分から身を引こう、そう思った。


彼女は続ける。


「私はね、あなたのことが好きなの。情けない話、もうあなたなしでは立っていられない。今だって、断れたらどうしよう。拒絶されたらどうしよう。そればっかりが頭の中に浮かんでくるの。私は一年前から成長してない。初めてあなたに告白したときも、私はそんな事ばかり考えていた。私の自信はあなたの前では木っ端微塵になってしまう。好きな人の前では、どんなに自分に自信があっても、傷つく事が怖くて、自分が見えなくなってしまう。それでも、こうしてここにいるのは、やっぱりあなたのことが好きだから。どんなに傷つけられても、どんなに冷たくされても、それでも私は好きだから。臆病だから人一倍人を愛さないと生きていけないあなただけど、そんなあなたが私は好きだから。だから、決めたの。もう、これ以上あなたには甘えない。もう、これ以上求めてばかりではいない。私も成長する。せめて、あなたの苦しみや悲しみを感じられるくらいには。だから、私の前ではもう、強がらなくてもいい。私だってもちろん優しくされたいし、愛されていたい。だけど、無理はして欲しくない。優しくされたいし、愛して欲しいけど、それ以上に私はあなたのことを愛していたいし、護ってあげたい。あなたはあなたのままでいられる。臆病なままでもかまわない。今のあなたがもう本当のあなただから。そんなあなたを私は愛しいと思ったから。だから、あなたは私に甘えてくれてもいいの。辛かったら、私に寄りかかってくれてもいい。悲しかったり、苦しかったら、私に愚痴を言ってくれてもかまわない。私はそんなあなたでも受け入れるから。だから、お願い。もう一度私をあなたの傍に置かせて」


今日、ここで言おうと思ったことは全部言ったんだろう、もうこれ以上何も言う事はないという顔をしている。


昨日見た彼女の顔。


それは昔よく見た、私の大好きな顔だった。


だから、もう昨日のうちに全ての決心はついていたんだと思う。


いまだに迷い続けていた私とは違って。


彼女の提案は私にとって破格のものだと思う。


そこまでしていっているんだから、受け入れても全く問題がなさそうに思える。


いや、受け入れなくてはいけない提案だと思う。


それでも、今の私は迷っている。


いまだに恐怖心が拭いきれていない。


「俺はね、ものすごく臆病者で、しかもよわっちくてね、自分でもいやになるくらいなんだ。性格がひねくれていて、物事を真正面からとらえられなくて、いっつも曲がったものの見方しかできない。人に優しくされても、どこか違うところに目的があるんじゃないかと疑ってみないと、何もできない。裏切られて、傷つく事が怖いから。正直言って、昨年、君に告白されたときも、同じだった。俺は自分に自信がない。特に顔がいいわけでもなければ、頭が言いわけでも、スポーツができるわけでもないし、性格も性根が曲がっていて、しかも根暗だから、そんな自分に自信なんて持ちようがなかった。だから、君に告白されたとき、これはもしかすると、芝居なんかじゃないのか、そんなふうに思った」


彼女の顔が何ともいえないものになる。


彼女からしてみれば、たぶん一世一代の告白だったんだと思う。


それを芝居なのかもしれないと、疑われたんだ、そんな顔になっても仕方がない。


けれど、そのときの私の気持ちはまさしくそんなものだった。


「俺のように自信のない奴は、たぶんそんなふうに感じると思う。明らかに、自分とつりあわない人に告白されたら、まず面食らい、その後訝しがる。馬鹿みたいに喜んで、騒ぎまわるような事はしない。それは付き合い始めてからも同じで、自分に自信がないから、いつ振られるのかと言う事ばかりが頭に言って、まともに自分を出せない。変に自分を出して嫌われたりでもしたら、そこでおしまいだからね。だから、後手に後手に回ってばかりで結局疲れてしまい、小さなことで簡単に壊してしまう。俺のようにね」


結局、自分を護りたいのだ。


他人のせいにして、自分が傷つかないようにしたのだ。


それはたぶん卑怯な事なんだと思う。


けれど、そうでもしないと、自分に自信のもてない人は、自分の感情をもてあまして、さらに卑屈になってしまうだろう。


結局は、そう自己防衛手段なのだ。


「正直言って、俺は自分に自信がない。それはたぶん、どんなに時間がたっても、どんなに偉くなったり、有名になったりしても、変わりはしないと思う。一度、そんなふうに自分を位置づけしてしまった以上、それは変えることはできないと思う。私は臆病で、弱くて、それで誰かに必要とされていないと、生きてはいけないと思う。だから、もし、ここで君の願いを受け入れたら、君を傷つけることになるかもしれないし、甘え続ける事になるかもしれない。君の事を護ったり、君の事を包み込んだりできないかもしれない。それでもいい?本当の私は、君が思っているほど、たいした人間じゃない。どちらかと言うと、弱い部類に入る人間だけど、それでもいい?そんな俺でもいい?」


それが私から見た本当の自分。


だから、もし私と一緒にいたいと思うなら、いても言いと思うなら、こんな私だとしても受け入れてもらわないといけない。


こんな私を受け入れる覚悟がなくてはいけない。


そう思っての、私の一世一代の告白。


彼女が勇気を振り絞って告白したのなら、私もそれに見合う告白をしなくてはいけない。


だから、私も彼女と同じく、私の心の中にある言葉で、彼女に返事をする。


そして、私は彼女が言ったように、私もまた彼女と同じく言うべき事を言った。


だから、返事を待つだけ。


彼女の眼を見る。


その瞳は輝いている。


私の瞳も彼女と同じように光り輝く事が出来るのだろうか。


それともやはり、私の瞳程度ではどんなにがんばってみたところで輝く事なんて出来ないのだろうか。


そんなことは、分からない。


だけど、それはそれでいいのかもしれない。


私が輝けないなら、彼女が輝けばいい。


何も二人して輝く必要なんてない。


ただ、それだけのことなんだ。


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