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第三十四話 追憶の砂浜

第一印象はもう最悪だった。


あたかも人のことを見下したような目で、おまけに汚物かなんかを見るような感じだった。


そりゃ、私と彼女とを見比べれば、まさしく美女とそれといわれても仕方がないと思う。


彼女はそれほどまで綺麗だったし、それに引き換え私は、根暗で平凡な男だったわけだから。


だから、そんな目で見られたとしても、別に間違いじゃないんだけれども、それでもやはり納得が行くわけもない。


もし、彼女の友達じゃなければ、まず私は近寄る事すら考えなかったと思う。


私に対する女性の評価は本当に厳しい。


比較的仲の良い部活の仲間や同じ図書委員の人は、そこまで強烈なものを言ったりはしないけれども、たいていの人は私のことを『きもい』といった感じで見ていた。


もちろん、別に私が何かをしていたわけじゃない。


ただ、あまり友達を作らず、読書ばかりをしていただけ。


それだけなんだけれども、それがはたから見れば、おかしかったんだろう、健康的と思われることはなかった。


そして、それは彼女たちも同じだった見たいで、私のことをそういう目で見ていた。


もちろん、彼女との交際期間が長くなるにつれ、比較的それもなりを潜めたけど、それでもやはり今回のことで相当頭にきたみたいで、目が以前のものに近くなっていた。


まあ、どこまでも彼女の味方である彼女たちにしてみれば、徹底的に傷つけた私のことを許せないのも当然なのかもしれない。


けれど、それでも私は彼女に謝るつもりはないけれど。


さすがにこれ以上彼女のことを傷つけたくはないからだ。


私はしばらくぼんやりと歩いていたんだけれども、ちょうど海が見えてきたので、あそこへと行く事にした。


もちろん、あそことは私のお気に入りのポイントで、何かを考えるには一番の場所だ。


私はすぐに砂浜に降りる。


冬特有の冷たい風が肌に触れるたび体の熱が失われていってしまう。


けれど、それが逆に気持ちよかった。


自分の中で鬱々とたまっている感情を洗い流してくれているようで。


海はいつもどおりに深い青と流木を抱き、悲しみくれるように、波立っている。


もしかすると、それが逆に自分の心を表しているようで、不思議と一体感をもてたのかもしれない。


そんな事を考えつつ、ようやく目的地に付いたのだけれども、そこには先客がいた。


もちろん、私の知らない人、いや子供か。


おそらく、小学校の中学年ぐらいだろうと思う男の子とが女の子仲良く遊んでいた。


男の子は、以前私がしていたようにその岩を登り、女の子はその姿をはらはらと見つめている。


その目は心配そうでいて、どこかうらやましげだった。


たぶん、きっとその女の子では無理なんだと思う。


さすがにスカートでそんな事に挑戦する勇気はないと思う。


それでも、男の子はそんな事関係なさそうにどんどん上っていき、ついには絶好のポイントに到着する。


「うわ、すっげぇ」


それと同時に感嘆の声。


その姿を見て、遠い昔の自分とだぶる。


初めてそこに到達し、そこからの景色を見た瞬間私は何かに取り付かれたように見入っていた。


そして、その後私は感嘆の声を漏らした。


あの時、あの場所を見つけた自分が誇らしくなった。


誰も知らない自分だけの秘密基地を手に入れたようで嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


だから、ここのことは誰にも教えなかった。


教えたくなかった。たぶんそのときからもう、私は心のどこか虚ろだったのかもしれない。


視線を先ほどの女のこの方へと戻す。


そこには既に姿はなく、気がつくとその女の子も男の子の傍で座り込んでいた。


たぶん、うらやましかったんだと思う。


男の子が思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどの景色を見ている事が。


もし、昔、私が初めてここに来たとき、一人じゃなかったら、今の私はどうなっていたんだろう。


やはり、今のままだったのだろうか、それとも違う私になっていたんだろうか。


残念だけど、予測は付かない。


だけど、別にどっちでも良かった。


どっちにしろ、最終的に一人になることは変わらないと思う。


昔の私はどちらかと言うと、いいお友達でいましょうね、そういうタイプだった。


だから、きっと特別な誰かがいるわけではなく、どうにもならない孤独を感じ続けなてはならないままだと思う。


特別な誰かに傍にいてもらう。


それもきっと幸せの本質のうちの一つに入ると思う。


たとえ、それが親でもいい、友人でもいい、何でもいいから、特別な誰か。


それがそっと自分の傍で寄り添っていてくれる。


孤独を拭ってくれる幸せだと思う。


けれど、残念な事に私には、特別な誰かはいない。


無条件で愛してくれる人はいない。


たとえ、親だとしても。


だから、私は探さなくてはいけないんだと思う。


私のことを無条件で愛してくれる人を。


だから、私はやはり元の私に戻らなくてはいけない。


昔の私のほうがはるかにとっつきやすいから。


海を見て、空を見る。


同じ青でもその源は異なるもの。


人も同じ、同じ人でも源は異なる。


一人一人が同一で、異端者。


一人一人が、枠の中から少しずつはみ出している。


そして、そのはみ出している部分に人は個性を感じ、惹かれて行く。


私も惹かれる個性を持たなくてはいけない。


今のままの個性ではどうにもならない。


変わるしかない。


変えるしかない。


方向転換をすると、ゆっくり歩き始める。


後ろからは本当に楽しそうな二人の声が聞えてくる。


彼女たちは幸せなんだろうか、それとも不幸せなんだろうか、それは私には分からない。


いや、たぶんきっと幸せと不幸せは表裏一体。


常に幸せの傍には不幸せが、不幸せの傍には幸せがいるのだろうと思う。


そして、その只中に、あの二人はいる。


できることなら、私のようなことはしないで欲しい。


それだけ近くにいるんだったら、私のように臆病にならず、信じる強さを持って欲しい。


そうすることで、不幸も幸せに変えられると思う。


私は階段を上り、砂浜から出ると、来た道を戻る。


時刻は夕暮れ時、もうそろそろ帰らないと、たぶんまた母親にとやかく言われることになると思う。


さすがに、これ以上面倒な事はごめんなので、さっさと帰って余計な事を言われぬようにするのが、まあ利口だと思う。


波の音が優しく鼓膜を震わせる。


母なる海、どこかでなくしたものをそっと渡してくれるそんな優しさを持っている。


まあ、私の家の母は私の心をどこかへなくすようにするけど。


そんな事を行ってみたところで仕方がない。


所詮親も人間、完璧である事は不可能だろう。


もう既に分かりきっている事。


今更行ったところでどうにもならない。


そんな事をぼんやりと考えながら、夕焼けにそまる海岸沿いを私はゆっくりと歩いて帰った。


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