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第二話 逃げた先は

逃げる場所。


その場所として選んだのが、城崎温泉だった。


ぜひ、一度は行ってみたい所だったので、こうして選んでみたのだが、そこに行くまでの運賃が非常に掛かった。


おまけに宿泊代とかも考えると頭が痛くなってくる。


それこそ、今まで無駄遣いなどせず、こうしてお金をためていなければ、実行する事など不可能に近いほどであった。


そういうわけで、どうにかこうにかして、旅館に泊まったのだが、逆にこうしていると、何か時間がありすぎて手持ち


無沙汰になってしまう。


それこそ、また彼女のことを思い浮かべてしまって、さらに心を痛めてしまう。


仕方がないので、気晴らしとして温泉に向かう事にした。


城崎温泉の変わっているところはこれで、外湯と言うものがある。


旅館ではなく、完全に温泉に入るためだけに存在する施設、と言うものである、と考えればいい。


普通の温泉地ではこうはいかない。


例え、温泉だけ入れるところがあったとしても、それはあくまでも旅館の一サービスでしかなく、温泉だけが独立していない。


けれど、城崎温泉はそれだけで独立しており、団体で管理されている。


とは言っても、私もそれはここに来て初めて知った。


そもそも、外湯なんてものがあること自体知らなかったのだ。


やはり、温泉と言えば、旅館と言う勝手な固定概念が自分の中に埋め込まれていたのだろう。


「ばかばかしいな。」


そこまで考えて、思わずため息が漏れた。


こんなところにきてまで、そんなややこしい事を考える必要などないのである。


せっかくここまで来たのだ、余計な事は考えずに、ぼうっとした方が、よっぽど得である。


私はまず一の湯へと行く事にした。


私が選んだ旅館はどうやら、割とサービスが良いらしく、その施設まで送り迎えをしてくれるらしく、そう言うと早速車を出してくれた。


周りの世界がゆっくりと移ろっていく。


こういうところが都会と違う。やはりどこかゆっくりとした時の流れを感じる。


それは人も同様で、観光客たちもゆっくりと歩きながらどこかへと向かっている。


私もそれに習うようにしてのんびり、ぼんやりと眺めていると、不意に運転手が話しかけてきた。


「この時期ここまで来るのは大変だったでしょう。」


運転手が何を言いたいのかがすぐに分かった。


おそらく、雪のことを言っているのだろう。


私は山陽本線から途中播但線に乗り継いで、最終的に山陰本線でここまで来たのだが、その幡但線がすごかったのである。


何がすごいのかと言われると、かなりの積雪量だったのである。


私の住んでいるところは南の方で、しかも海岸付近だったため、雪は降ってもあまり積もる事はなかった。


そのため、初めて銀世界と言うものを知った。


その分、汽車も雪のため途中途中で止まり、結果的に遅れてしまったのである。


「そうですね。でも、雪がとても綺麗だったので、そんなことは、帳消しになりますよ。」


それでも、十分心が和む景色だった。


それからつくまでの間、しばらくあったのだが、一言二言話すと、目的地についたので、礼を言って車の外へと出た。


どうやらまた雪でも降り始めるらしく、空には厚い雲が張っている。


まあ、雪見酒ならぬ雪見風呂というのもまた一興だろう。


心の中でそう落ち着けると、さっさと中へと入る。そして、それと同時に驚いた。


結構古くから始まったところだと聞いたのだが、意外に内装は綺麗なのである。


おそらく、改装したのだろうが、何となく興醒めのような気がした。


私はどこかで、古い造りをして、どっしりとした感じのところを求めていたのかもしれない。


けれど、こうしてここに来てしまった以上、もうどうにもならない。


私は、半ば諦めるような気持ちで、出る前にもらった券を番頭に手渡すと、下駄を脱ぎ、中へと入る。


今更だが、今の私はまさしく温泉街に相応しい格好である。浴衣に陣羽織、そして足袋に下駄である。


まあ、せっかく部屋にあったのだから、着ないともったいないと言うわけである。


中に入ると、すぐに帯をはずし、脱ぎ始める。


暖房が効いているにはきいているのだが、やはり少々肌寒い。


こういう時、浴衣を着て来たことを良かったと思う。


着るには苦労するが、逆に脱ぐときは本当に楽で助かるからだ。


私は、脱ぎ終わると早速中に入ってみたのだが、湯気だらけで視界がかすんでいる。


少々目が慣れるまで入り口でつたっていてが、いつまでもそんなところでいるのも、情けなく思えて、適当に歩き回る事にした。


案の定、大して広くない洗い場なので、すぐに座椅子を見つめた。


後は、そこに座ってしまえば言い。


目の前に、その他諸々があるからである。


どうでもいいことだが、私は、まず頭を洗ってから、体を洗う。


そのとき、体の場合はまず左腕から洗う。


以前はそうでなかったような気がするが、気がつくといつの間にかそうなっていた。


けれどそれが一番自然でしっくりと来るのは確かである。


全てを洗い終えてから、ようやく中に入る。


これが私の最低限度の礼節である。


まあ、常識ではあるが。


しかしそれはさておき、中は予想外に深く、少々落ち着かない。


ゆっくりとしようと思えば、ゆっくりとできるのだが、それではどこか本末転倒に思えて仕方がない。


けれど、このままではゆっくりする事はできない。


仕方がないので、私はここを諦め、露天へと向かう。


できれば中で一通り暖めてからと思っていたのだが、どうやらそれは諦めるしかないようである。


ドアを開けると別世界だった。


よくそういった表現を聞くが、まさしくこの状況はそれだった。


そう、まったくの別世界だったのだ。


今まで、私が見てきた露天風呂とは。


そういえば、看板で見たのを思い出したが、この温泉は確か洞窟温泉とか言のがあるらしい。


それが、どうやらこれなのだろう。


そうなのだろうが、これは果たして洞窟と呼べるのだろうか。


どちらかと言うとだだっぴろい洞穴としか思えない。


と言ってみても、虚しくなるだけでしかない。


それ以上追求する事はやめると、早速中に入ってみる。


どうやら、温度は中に比べると少し低いらしく、すんなりと入れた。


けれど、それと同時に何ともいえない安堵感と言うか、幸福感と言うか、どっと力が抜けるような、そんな感覚に陥った。


もしかすると、張りっぱなしだった気が緩んだのかもしれない。


そのせいか、思わずこくりこくりと頭がふらついてしまう。


もしかすると、眠たいのかもしれない。


そう思ったと同時に、頭の中が一瞬真っ白になった。



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