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第二十八話 彼と彼の妹とお母さんと

そのオルゴールは今も机の上に飾ってある。


今の私の一番の宝物。


クリスマスのときにももちろんプレゼントをもらったけど、それよりもこのオルゴールの方が思い出深い。


あの後、彼は両親に別れを告げてから家に帰った。


私はそのオルゴールをもって二階に上がり、ずっとその音を聞いていた。


曲名は分からないんだけど、旋律がすごく綺麗で、思わず聞きほれてしまうほどのものだった。


彼はこういうものを選ぶセンスがいいと思う。


クリスマスプレゼントだってそうだった。


まあ、クリスマスのときはそれほど長くは入れなかったけど。


さすがに、両家はさんでというわけには行かないし、だからといってどちらかで、と言うわけでも行かない。


結局夕食を食べてお開きと言う形になった。


まあ、それはそれで楽しかったんだけど。


それにお正月は一緒に初詣に行った。


初めてお母さんに晴れ着を着付けてもらったんだけど、それを見て彼は目を細めて似合ってるって褒めてくれた。


そのときは本当に嬉しくて飛び上がりたいほどだった。


そして、その後しばらくしてから私は練習に入った。


そう、いつもいつも迷惑ばかりかけている彼に、せめてものお礼とそして彼の誕生日を祝うために、お母さんに協力してもらって……


気がつくと携帯がなっていた。


一瞬彼からなのかもしれない、そう思って手に取ったけど、曲が違う事に気がついて思わずため息をついてしまう。


期待するだけ間違いなんだと思う。


もし彼が掛けてくるなら、さっきの電話だって出てくれるはず。


そんな事を内心で思いつつ電話に出る。


相手は昨日アドを教えた彼女。


「お兄ちゃんから電話がありました」


開口一番に彼女はそういう。


けれど、いいことのはずなのに、なぜか声はそれとは全く逆だ。


でも、たぶんそれもそろそろ教えてくれると思う。


そうじゃなくちゃ、電話なんて掛けてこないと思う。


そして案の定、彼女は話し始めた。


「お母さんがいうには、どこかに旅行に言っているみたいだそうです。しかも、話し方は全然何でもなさそうにあっけらかんとしていたそうなんです。それでお母さん、それに腹が立ったみたいで……」


つまり、またやつあたりをされたって言うことなんだろう。


「なんだか、本当にお兄ちゃんのありがたみが分かりました。いつもいつも、自分が防波堤になって、私たちを護ってくれていたんだなって。私なんて、お母さんの事あまり好きじゃないから、たった一度二度八つ当たりされたぐらいで、もう話したくもなくなるんです。お兄ちゃんも、私と同じで、お母さんの事なんて大嫌いのはずなのに、それでも自分の役割こなしてるんです。なんかもう、劣等感感じまくりですよ。て、すみません、なんだか愚痴になって」


「気にしなくてもいいよ。こういう時のために教えておいたんだし。どんどん言ってくれてもかまわないよ」


私がそう言うと、彼女は本当に安心したように息を付く。


きっと、彼女は学校では誰にもそんな事を愚痴れないと思う。


いくら親しい友達でも自分の身内の恥になるようなことは決していえない。


ううん、たぶん言わないようにいわれていると思う。


前、彼が言っていた。


うちの母親は自分を商品としてでしか見ない、って。


もちろん最初は、彼の思い過ごしなんだろうと思っていた。


その理由もはっきり教えてくれなかったし。


まぁ、聞けなかった、というほうが正しいのかもしれない。


聞こうとすると、そのときは目に見えて分かるほど、彼の表情が変わる。


どこか自嘲的で、自虐的な表情になっていた。


だから、無理に聞けなかった。


嫌われてしまうのが怖くて。


だけど、普段顔色をほとんど変えない彼がそこまで変えるんだから、それなりの理由があるんだとも思えた。


それに私自身も彼のお母さんに会ってみたんだけど、なんとなく怖かった。


どこか寒々とするような目をしていた。


表情は友好的に見えるんだけど、その目がどうしても気になって、怖かった。


その事は彼に言わなかったんだけど、すぐに分かったみたいで、すまなさそうな顔をしていた。


だから、きっとそれであっているんだと思う。


彼女からの電話が終わり、しばらくの間はもう何もする気力も起きなくて、ぼんやりとしていた。


それがお母さんにとっては、すごく心配みたいで、そんな顔をしていたけど、聞いてくることはなかった。


たぶん聞かれたくないことを分かってくれているんだと思う。


そのまま午後も自分の部屋で何かをするわけでもなく、ただぼんやりと時間が移ろい行くのを待つ。


自分は何て弱いんだろう。


思わずそんな事が脳裏によぎった。


今の私は何かをするだけの気力がない。


せめて、情報を集めることぐらいはできると思う。


なのに、私はそれが出来ないでいる。


たぶん、言いたくないんだと思う。


別れてしまったことを、誰にも言いたくなかった。


誰にもいわなかったら、もしかすると、まだやり直せるかもしれない。


そんな気がするから。


それに話を大きくしたくもない。


きっと、友達に言ったら大騒ぎになると思う。


だから誰にも言いたくなかった。


誰にも言うつもりはなかった。



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