第二十七話 彼と一緒の私の誕生日
私が彼の誕生日を知ったのは、彼の誕生日が過ぎてからだった。
気になったから、友人伝いで聞いてみたのだけど、その瞬間ため息をついてしまった。
彼の誕生日は2月7日。
私が告白する一週間も前の事だった。
おかげで、誕生日プレゼントなんかももう渡せるはずもなく、自分の運のなさを少し嘆きもした。
そんなふうに時間が過ぎて、私の誕生日がきた。
お母さんは、今日はパーティをするから早めに帰ってくるように言われながら家を出ると、彼との待ち合わせ場所へと向かう。
私は彼に自分の誕生日を教えなかった。
なんだか、そうすることでプレゼンをねだっているようにしか思えなかったからなんだけど、今思うと教えておけばよかったんじゃないかと思う。
今日は、久しぶりに彼の誘いで街へ出かける。
今まで、彼が街へと遊びに誘う事ほとんどなんてなかった。
ちょっと街に出る用事があるときぐらいだった。
そのときも、買い物の手伝い。
別に私はそれはそれで楽しかったんだけど、そういうときは家族のプレゼントを選ぶ手伝いだった。
彼の家は女系家族だ。
だから、必然的にプレゼントは女物になるため、同じ女である私に相談してくるんだけど、私については何にも聞いてくれなかったのだ。
ちらりと私の誕生日のことを匂わせるような事を言うんだけど、まるであたかも狙っているかのようにさらりと流してしまう。
おかげでたぶんいまだに彼は、今日が私の誕生日だという事は知らないと思う。
だけど、今更いうのもやはり気が引けるし、だからといって、せっかくの日を彼に祝ってもらえないとなると淋しい。
そういうことが頭の中で堂々巡りして、どうにもならない。
果たして、どうしたらいいのだろうか。
そんな事を思い悩んでいるうちに、どうやら待ち合わせ場所に着いたみたいで、待っている彼の姿を見つけて、傍まで走っていく。
早めに出たので、約束の時間より多少早いはずなのに、相変わらず彼は私より先に来て待っている。
そういえば、時間に遅れることなんてこと一度もなかった。
その代わり、約束が果たせないときはあったけど。
そのときは電話なりメールなりで早めにしらせて、私の手間を省いてくれる。
まあ、だからといって、手放しで喜べるわけではないんだけど。
それはさておき、彼の傍まで走っていくと、お決まりの台詞を言って早速デートをはじめる。
もちろんお決まりの台詞と言うのは、あの
「待った?」
「ううん、そんなことないよ」
である。
まさか自分までもがこんな事をするとは全く予想なんてしていなかったから、初めてそれを聞いたとき、呆れてしまったけど、改めてそんな状況になってみると、そうとしか言いようがないことが分かった。
それに、何も言わないのも失礼だし。
待たせていたわけだし。
そういうわけで、早速デートに出かけた私たちだったんだけど、まず早速腹ごしらえをするために近くにあるファミレスにはいった。
私はスパゲッティナポリタンで、彼はきのこと野沢菜のパスタを頼んだ。
たぶん、普通の男の子だったら足りないんじゃないかと思うかもしれないけど、彼は結構小食で、お弁当だって私よりか一回りくらい大きい程度ぐらいだ。
もちろん、私のお弁当は平均的な女の子の大きさで、極端に大きいわけじゃない。
だから、いつも彼はこれくらいしか食べない。
昼食を食べた後、私たちは早速買い物に出かけた。
その際、ちょっとしたごたごたもあった。
普段は割り勘なんだけど、今日はなぜか彼がおごると言い出したのだ。
しかも、彼にしては珍しく、押しが強く結局押し切られるようにして彼のおごりになった上に、更に今日は珍しく、誰かの買い物ではないらしく、純粋に街へ遊びに来たみたいで、いろいえろな所を回り、ああでもない、こうでもないといって会話を楽しませてくれた。
本当に普段の彼からしてみれば、悪い言い方かもしれないけど、変だった。
だけど、それ以上に嬉しかった。
しかし夢の時間はいつまでも続かない。
デートを終えた私たちは帰途へと付く。
結局今日一日彼から私の誕生日に関する話題が出てくることはなかった。
それがたまらなく淋しくて、瞬間的に思わず今日が誕生日なんだといいそうになる。
けれど、それを必死に我慢すると、できるだけ楽しそうに話をする。
そして、ようやく彼に送られて家に着き、彼と一緒に玄関へと入る。
何か私のお母さんに用事があるらしく、入れて欲しいとのことだった。
もう、そのとき既にお母さんと彼は非常に仲が良くなっていたから、何の疑いもなく、玄関に入れた。
けれど、どうやら手がふさがっているらしく、中に入ってくるようにと彼に返した。
その時、もちろん私は焦った。
たぶん今は、私の誕生日の準備をしているはずだ。
もし、そんなところに言ったら、勘の鋭い彼だ、絶対に気付く。
どうにかして、回避しなくちゃいけない。
だけど、彼は私の内心なんてお構いなしで、スタスタと中に入っていく。
「ちょ、ちょっと待って。」
何とか止めたくてそういうけど、彼は全く聞き耳を持つ気がないのか、私の声を無視して中に入る。
もうだめだと思った。
仕方ないけど、諦めよう。
彼に少しいやな思いさせるかもしれないけど、それも仕方ない。
私は、覚悟を決めると中に入る。
けど、その瞬間
「誕生日おめでとう!!」
クラッカーのなる音とともに両親、そして彼がそういう声が響く。
一体どういう事なのか全く意味が分からず思わず呆然としてしまう。
それがあまりにも全面に出ているみたいで、みんな今度は苦笑している。
「笑ってないで、説明してよ!!」
それがあまりにも悔しくて、ついつい怒った調子で叫んでしまった。
お母さんの話によると、こうなるらしい。
彼と私のお母さんがあっという間に仲良くなってからのことで、デートの帰りに、ほんの少し私の家によった事があるんだけど、その時私がちょっと席をはずしている間に聞いたらしい。
それで、その翌日深く話すためにわざわざ彼を呼んだと言う。
で、そのときの会話がこうなるらしい
「あの子の誕生日の事なんだけど、君の言うとおり内緒にしておいた方がいいと思うわ。それのほうが絶対驚くし、何より記憶に残りやすい。でも、それだけじゃやっぱりインパクトに掛けるから、その日一日完全に黙っておくの」
「黙っておくんですか?」
「そう。だって、お昼じゃなんとなくインパクトに欠けるでしょう?だから夜にするの」
「夜ですか?」
「そう、それで、二人が帰ってくるまでに私たちで準備しておくから、帰ってくるまでは何があっても誕生日関係の話に持っていかないようにする事。私も君が来る事は絶対に言わないから。そうすれば、いきなり君にお祝いされてもうびっくり、そのままもうどこにでも、って言う感じよ。何なら、そのままお持ち帰りでもいいわよ」
もちろん、その時彼は大急ぎで断ったらしい。
理由のほうはどうしても教えてくれなかった。
お母さんに聞けば、いかにも楽しそうな顔をして、内緒、と言うし、彼に聞いてもそれは同じで、ふんわりとした笑顔で受け流す。
ただ、その目は何があっても言うものかと言う意思がともっていた。
つまり分からない、という事になる。
まあ、気にしないけど。
ものすご~く、面白そうな事だけど、あきらめる事にする。
なんだか、思いっきり本人だけ蚊帳の外のような気がするけど、気にしないでおく。
彼の心を動かすのは、残念な事に今の私では無理だから。
それはさておき、四人で楽しい晩餐となった。
彼の話では、無理やりお母さんに丸め込まれたらしく、今日は家族と一緒に私の誕生日を祝ってくれるらしい。
まあ、お母さん曰くやっぱり恋人と一緒の誕生日の方が私は嬉しいだろうとのことらしい。
実際、それが事実なだけに何も言い返すことができないけど。
と言うか、諦めモードに入っている状況で、いきなり反転されたら、嬉しくないはずがない。
彼とお母さんが本当に楽しそうに話している。
いつの間にか、お母さんは彼のグラスにシャンパンを注いでいたらしく、それを飲んでいる彼の頬が少々赤い。
と言うか、お母さん私たちはまだ未成年なんですけど。
そんな事が頭の隅に浮かんだけど、すぐに諦める。
こと彼の事に関してお母さんに何か言ったところで、素直に聞いてくれることはない。
なぜか、どちらかというと、私より彼の方についている節がある。
それにお母さんの事だ、何かあるんだろうと思う。
「ねえ、私と浮気してみない?」
……訂正しよう。
きっと何も考えていないと思う。
「て言うか、娘の彼氏を口説かないでよ!!」
この人は本当に何がしたいのか全く分からない。
普通母親が娘の彼氏を口説きますか?
「あら、別にいいじゃない。気に入っちゃったし。それに、たぶん彼あなたじゃいろいろと満足できていないみたいだしね。特に下……」
「お母さん!!」
一体、この母親は人の彼氏の前で何を言うつもりなのだろうか。
全く下品でたまらない。
なんだか娘を止めたくなってくる。
しかも、彼はと言うと、いつもどおりふんわりとした笑みを浮かべている。
「もううちの娘に手を出したのか!?」
て言うかお父さん、そういって彼の胸倉を掴まないで。
絶対酔ってるでしょう。
思わずそんなことを内心で思いつつ、お父さんを止めに入ろうとするんだけど
「あら、あなた。私は別にいいわよ。彼にならこの子を任せられそうだし。て言うか、私も彼と浮気してみたいし」
「母さん!!」
お父さんはお母さんの発言で、泣きそうな声でそういっている。
て言うか、お母さんそれは本気なんでしょうか。
なんだか、どんどん頭の中だけが若返っていっているような気がする。
なんかもう、滅茶苦茶だ。
せっかくの私の誕生日なのに、主役を放ったらかしにして、勝手に盛り上がってる。
思わずため息をついてしまう。
けれど、はしゃいでいる両親は全く気付いていない。
それがなんだか余計に疲れるような気がして、私は再度ため息をついて、彼の方を見る。
彼はいつもどおりだった。
やはりアルコールが入っているため、少し頬に赤みが差してきているけど、柔らかい笑みは依然健在だ。
たぶん、それがせめてもの救いだったと思う。
馬鹿騒ぎの後、彼と私は二人して庭に出た。
もう夏が終わり、秋へと季節が移ろい始める時期のため、薄着だけでは少々肌寒い。
けれど、なぜだか今の私はそれを感じない。
たぶん、あの馬鹿騒ぎのおかげで心も体もあったまったからだと思う。
「いい家族だね」
彼がそういう。
どこか、羨ましげだ。
でも、私にしてみれば、あまり誇れない。
ねじが一本外れてるとしか思えない母親。
おまけに、自分の彼氏と浮気をしようとか言い出すし。
お酒が入ると暴走する父親。
なんとなく、わかるんだけど、人の彼氏を目の敵にしてるし。
だけど、そんなことより気になることがある。
彼の顔。
その顔に浮かんでいるのは普段と変わりない笑みのはずなのに、どこか淋しげに思えた。
「と、それはいいとして、いつまでもお邪魔しておくわけにも行かないから、早めに渡しておかないとね」
彼はそう言うと、包みを私に手渡す。
「開けてみて」
そういう彼の顔はもう普段どおりだった。
一瞬考え込みそうになった。
けど、それを振り払うと、包みと箱を開ける。
中からでてきたのは
「オルゴール?」
たぶん、オルゴールだと思う。
これに似た感じの奴を前街で見かけたことがある。
もしかすると、彼は覚えていてくれたのかもしれない。
デートに行くたびに私の目がオルゴールに言っていた事を。
「誕生日おめでとう」
そして、彼はもう一度そういって、優しい笑みを浮かべた。




