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第十八話 彼女の思い

彼のことはあえてカテゴライズするならば、友達程度にしか思っていなかった。


彼の話は一つ一つ興味深く、とても参考になった。


「人が優しくできるのは、たぶん他の人に優しくしたり、愛してもらいたいからだと思うの。ほら、人は愛なしでは生きて行けないってよく言うでしょ。」


そう答えたんだけど、彼はそれを笑って否定した。


ううん、それとは少し違うか、自分自身にとっての優しさはそうじゃないと言っていた。


彼の答えはこうだった。


「優しさなんてものは、たぶん自己満足なんじゃないかと俺は思うよ。だってほら、よく考えてみて。小説とかで、主人公が好きな人のために命を張って何かする場面っていうのがあるでしょう?一見すると、何て健気なんだろうとか、そういうふうに思ってしまいがちだけど、護ってもらう方からしてみればたまったものじゃないと思う。護られた人はその人の分まで生きなくちゃいけない。しかも、自分のせいでその人は死んだんだと言う罪の意識を抱えながら。彼からしてみれば、自分の意思でそうしたんだから、彼女がそんなふうに思わなくて欲しいだろうけど、人の心なんてものはそう簡単に割り切れるようにできてなんかいない。絶対心のどこかで罪の意識にさいなまれ続けなくてはいけなくなる。ね、そう考えたら、そういう健気さも、どこか独りよがりな感じを受けない?優しさも同じだと思う。まあ、相手からしてみれば、罪の意識にさいなまれないで済むだけ良いけど、でもやっぱり俺からしてみれば、自己満足でしかないように思えるんだ。結局、相手の嬉しそうな顔を見たいわけでしょう?それはあくまでも自分の利益にしかならない。それに、優しさが常に、人のためになるとは限らない。自分の罪の意識にさいなまれている人が、罰してもらう事を望んでいる人に優しく手を差し伸べたところで、なんになる?逆に余計に辛くなるだけだと思わない?そんな時に使う優しさなんて、まさしく自己満足じゃないか。自分はその人より優位な立場にいて、かわいそうな彼を慰めてあげる。そんな自分は何て優しいんだろう。ほらね。自己満足だと思えてこない?」


初めて、それを聞いたとき私はもう、頭に血が上ってしまってどうしようもなかった。


なんだか、人というもの全てを否定しているような口ぶりが、我慢できなかった。


いや、我慢する気なんてものはしなかった。


もう、ありとあらゆる罵詈雑言を並べて、彼に言っていた。


けれど、彼は決して言い返そうとはしなかった。


逆に私が落ち着くのを待って


「まあ、俺からしてみればそんな感じなんだけど、なんかいやだよねこういうの」


あっけらかんとそういったのだ。


私は、もう呆然とするしかなかった。


そして、それと同時に恥ずかしくもなった。


私と彼、どちらが子供かということがここで今はっきりとしたからだ。


それに彼も気付いたのだろう、珍しく淡い笑みを浮かべると


「だから、君はそのまま純粋でいて欲しいな」


そう言った。


彼からしてみれば、褒め言葉のつもりなのだろうけど、はっきり言わせてもらえば、何の慰めにもならない。


逆に、君はこのまま子供でいてくださいといっているようにしか聞えない。


私が逆に落ち込んでしまったことは言うまでもない。


と、話がずれてきたので、戻すけど、そう最初のうちは本当にいいあいのできる友人だった。


私には友達が少なかった。


自分でも言うのもなんだと思うけど、確かに私の容姿は良い。


平均並を超えていると思う。


だから、男子にはもてはやされて、それが理由で女子からは妬まれる。


だから、気の許せる友達なんて、せいぜい数人だった。


けれど、その友達とでさえも、言い合いなんてできなかった。


たぶん、友達を失いたくなかったから、それが怖くてできなかったんだと思う。


だから、彼が唯一のけんか友達だった。


まあ、いつも一方的に丸め込まれていたのも確かだけど、私はそれはそれで楽しかった。


男子は本当に苦手だったんだけど、彼からはなんと言うか男臭さなんてものを感じなかった。


後で聞いた話、彼自身も彼のお母さんにそういわれたらしい。


何でも、彼の話しでは、お父さんは仕事のため長期で家を留守にするため、普段は女性しかいなくて、しかも近所にも女の子しかいなかったため、必然的に女の子と一緒にいる時間が多くなった実際に彼と話していてその仕草はどっちかと言うと、と思ってしまう時が何度もあった。


彼自身も分かっているのだろうけど、直せないらしい。


まあ、今ではそんな一面もいいと思うけれど。


そんなわけで、彼とは仲のいいけんか友達だったのだけど、それが変化したのは彼と彼の同じ部活の人と話しているときの姿を見たときだった。


彼は、今まで一度として、私に見せた事のない姿を、その人には見せていたのだ。


しかも、女子に。


これが、まだ男子だったら違ったのかもしれない。


まだ、男子だったら、やはり男子同士で通じ合うものがあるんだろうと思えたかもしれないけれど、現実はそうじゃなかった。


彼は本当に楽しそうに、その女子と話していた。


私に一度も見せた事もない、本当に人懐っこくて周りを明るくするような笑顔で、その女子と話していた。


私はそれがたまらなく悔しかった。


自分には絶対にそんな姿を見せない。


私に対しては絶対そんなふうに笑ったりしない。


ううん、それどころか、めったに笑う事すらしない。


だと言うのに、その女子とは……


それがたぶん、私が初めて感じた嫉妬と言う感情だと思う。


高校生にもなったと言うのに、私はまだ初恋すらしたことがなかった。


だから、そんな感情なんてものが自分にも存在する事なんて、全く知らなかったし、実際そのときもまさか自分が嫉妬しているなんて微塵も思っても見なかった。


ただ、彼のことを責めるばかりだった。


そう、彼がいくら話しかけても、私はそっけない態度で対応するようにしたのだ。


今考えれば、何て幼稚な事をしていたんだろうと、あまりの情けなさにため息をついてしまうけれど、その時の私にはそれをしなければ気がすまないぐらいの不条理さを感じていた。


けれど、それでも彼は感情的にはなりはしなかった。


ただ、彼からそっと離れて行っただけ。


以前と同じように無愛想で仮面をつけたような顔で、必要事項しか言わなくなってしまった。


彼からしてみれば、当然のことだったのかもしれない。


彼には、こう感じられたんだと思う。


自分は嫌われたのだ、と。


だから、自分が身を引けばそれで済むと。


それに気がついたとき、情けない事に私はさらに強い怒りを彼に対してもってしまった。


彼のその余裕ぶっているところが気に入らなかったのだ。


別に余裕ぶってたわけじゃないんだと思う。


けれど、余裕のない私にはそれがわからなかった。


だから今度は完全に無視した。


返事すら返そうとはしなかった。


けれど、それでも彼は感情的にはならなかった。


あたかも仕事のように事務的に処理していた。


要するに彼から話しかけることすらやめたのだ。


よっぽどの事情がない限りは。


今度こそそれに気がついて愕然とした。


自分の幼さに。


そして、自分の弱さに。


けれど、私は謝ることは出来なかった。


あれだけのことをやっていたくせに、謝る事すらできなかった。


ただ一言、ごめんなさいといえなかった。


本当に、そんな自分が惨めだった。


そんな自分が無様だった。


それからしばらくは、彼とはまともに顔を合わせられず、当番中以外は彼から避けるようにした。


そして、文化祭のとき、久しぶりに彼の姿をしっかりと見ることができた。


演劇の舞台上のことだった。


彼が入っていた部活は演劇部だった。


彼はもともと演技する事が好きだったらしく、迷うことなく即決断したらしい。


そして、実際彼は演技がうまかった。


素人目だから、うまくはいえないけど、彼には独特の雰囲気がある。


何ともいえない、その翳りみたいな物が。


そして、私はそれをまるで何かに取り付かれたみたいに食い入るようにしてみていた。


それぐらい、私のことをひきつける何かを持っていた。


彼の演技は。


そして、だからこそ、めくるめくる変わる彼の表情を自分だけのものにしたい。


そう思ってしまった。


そう、そのときになってようやく自分の心内が理解できた。


狂おしいほどまで、彼の全てを欲している。


何が何でも、彼の全てを手に入れたいと思う。


そして、どんなことをしてでも、彼を他の人には渡したくない。


そう、自分が彼に恋していると言うことに。


しかも、どうしようもないほど強く。


自分でも自分が抑えきれないほど強く。


そして、それと同時にだからこそ、あんな幼稚な事をしてしまったと言う事に。


彼を独り占めにしたいからこそ、あんな幼稚な事をしてしまったということに。


全てが単なる嫉妬から起きたということに。


公演が終わり、せめて彼に謝るだけ謝ろうと思い、ステージ脇に行こうとしたところで、彼を見かけた。


どうやら、ここではなく別のところで着替えるらしく、脇にサブバックを持っており、すたすたと歩いていってしまう。


予想外の事でを、仕方なく私は彼を追いかける。


そして、ついたのは、


「…男子トイレ」


そう、男子トイレだった。


しかもなぜか特別教棟の。


と言うか、なぜこんなところで着替える必要があるのだろうか。


そして、だからこそ、めくるめくる変わる彼の表情を自分だけのものにしたい。


もしかして、彼は部員からいじめられているのではないだろうか。


半ば以上そんな事を悶々と考えていると、どうやら着替えが終わったらしく、トイレからでてきた彼と目がしっかりとあった。


「あ、あははは……」


なぜだろう、どうして人はこんなときに笑ってごまかそうとしてしまうのは。


そう、今の私は変な方向を見て、一人で笑っている。


不審者と思われても仕方ないような気もする。


けれど、いつまでもそうしているわけには行かないので、早いうちに謝っておこうと、彼の方に向き直ったのだが、そこには彼はいなかった。


いつの間にか、移動していたらしく、既に私の横を通り過ぎようとしていた。


「ちょっと待って!!」


思わず私は叫んでいた。


しかも、しっかりと彼の腕を掴んで。


周りを見れば、私とそして腕を掴まれている彼のことを興味津々顔で見ている。


つまり、今の私たちは格好の好奇の的と言う事になる。


「えっと、ちょっとこっちに来て」


さすがにこんな状況下ではまともに謝る事なんて出来そうにもないので、彼をぐいぐい引っ張ると、そのまま上へと上がる。


ちょうどいいことに、最上階には図書室がある。


先生にお願いして、ほんの少しの間だけ貸してもらおう。


いればの話だけれども。


どうやら日ごろの行いが良かったらしく、先生がいたので適当な理由を作って教室を貸してもらうと、ようやく一心地ついて、そっと息を吐いてると


「そろそろ、腕離してもらえないかな」


そして、その言葉でようやく気がついた。


今の今までずっと彼の腕を掴みっぱなしだったと言うことに。


それはつまり……


先生の前で説明しているときも、と言う事である。


もしかすると、先生全て分かっていたんじゃないのだろうか。


そして、それを分かった上で、あえてここを貸してくれたんじゃないのだろうか。


そんな憶測も浮かんでくる。


「あの、離して……」


「わあっ、ご、ごめん」


どうやら、一人で考え込んでしまって、その事をすっかりと忘れてしまっていたみたいだ。


慌てて私は彼の手を離すと、彼の方に向きなおす。


彼の方は、前と同じく無愛想、そして仮面つき、である。


どうすれば許してくれるだろうかと思ったが、全く妙案が浮かんでこない。


と言うか、今ここに来て、私は彼のことをぜんぜん知らない事に気がついたのだ。


確かに、たくさん話すことは話したけど、それでも大半は私が話してばかりで、彼はたいてい聞き役に回っていたのだ、彼の事を知りようがなかった。


私は、心のうちでそっとため息をつくと、決心をした。


もう、こうなれば覚悟を決めるしかない。


ここは素直に謝ろう。


それしか方法はない。


彼はすんなり許してくれた。


もともと怒っているわけではなかったんだけど。


それでも、私はそんな事関係なしに喜んだ。


まあ、せっかく好きだと言うことが分かったと言うのに、その日のうちに嫌われてしまっている事が分かってしまえば、立ち直れない事は必至だったと思う。


だから、当然と言えば当然なのかもしれない。


まあ、どちらにしろ、どうにかまた彼と今までどおりに話せることには違いない。


その後、私たちは一緒に行動した。


彼は特に誰かと約束していなかったので、簡単に了承をもらえたので助かった。


しかも、その時に彼のお母さんにも会った。


とは言っても、ただ単に、彼が今日舞台で使った衣装を渡すためだけに会っただけで、私はそれに付いて行っただけのことなんだけなんだけど。


それでも、やはり顔見知りと言うのはポイントが高いんじゃないかと思う。


やっぱりこういうところから根回しをしておかないと。


て、違うか。


まぁ、少し話がずれてきたので戻すけど、文化祭は彼と一緒に行動した。


時々、それぞれ私と彼の知り合いに、からかわれもしたけど――特に彼が――とても楽しかった


本当にいい思い出になったと思う。


彼にとってもそうだったらいいとも思った。


それからしばらくの間は、堂々と言うのは何だけど、彼の情報を集めた。


とは言っても、彼は一体どういう人なのか、と言う事だ。


それが分からなくちゃどうしようもない。


けれど、それは最初から難航した。


この高校に彼と特別に親しい人なんていなかったからだ。


だからと言って、孤立しているわけでもない。


付かず離れずで付き合っていた。


だから、彼が一体どんな人なのかをこの高校で知る事はできそうにもない。


そういうわけで、仕方がないので、今度は彼と同じ中学校の出身の人に話しを聞いてみたのだけれども、その答えもあまり芳しくなかった。


もともと、この学校には彼と同じ出身の人は女子だけのため、立ち入った事を知らないため、聞き


出すことは難しかったし、その上彼女たちが知っている事は到底参考にできるようなものじゃなかった。


中学校のときの彼は、まさしく明朗快活でいわゆるお調子者だったらしい。


けれど、今の彼の姿を見て、そんな事を言われても到底信じられないし、例えそうだったとしても、何の参考にもならないからだ。


結局、彼のことを調べようとしても、無駄でしかないという結果に終わった。


それからは、彼とできるだけ一緒にいて、観察するようにした。


演劇の大会があるときは、わざわざ応援にも行ったし、観客席で座っているときは、傍までいって話しかけもした。


できるだけそばで観察して見た。


してみたのだけけど、その結果もやはりあまり芳しくなかった。


何を考えているのかまったく予測が付かなかった。


いや、相手の事を立てたり、一歩引いて行動している事ぐらいは分かるんだけど、何でそんな事をしているのかがさっぱり分からなかったのだ。


そして、だからこそ、さらに彼に惹かれてしまった。


その彼独特の神秘性に。



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