第九話 雪景色
私が目を覚ましたのは、まだ夜も明けていない時刻だった。
携帯の電源をつけ、時刻を見てみれば、五時を回ったばかりである。
私はおもむろに起き上がると、浴衣の崩れを戻し、袋を持って外へとでる。
旅館のほとんどの明かりが落ちているため暗く、見渡しが悪い。
仕方がないので、私は、ドアを閉め、そこにもたれかかると目を瞑る。
まあ、こうしておけば、しばらくすればある程度は見渡せるはずである。
そして、案の定、三十秒ほど我慢した結果、歩ける程度まで暗闇に目が慣れた。
極力私は、壁をつたうようにして、廊下を歩き階段を下りる。
もうここまでくれば、安全である。
さすがに一階までくれば、廊下の明かりも少々ついている。
多少心許ない気もしないでもないが、まあ大丈夫だろう。
躓く事はないはずである。
私は、ある程度周りを見回してから、再度歩を進める。
向かう先は、電気の消えている部屋。
いや、部屋ではない。
浴場である。
他の旅館ではどうなのかは分からないが、ここは24時間利用可能なのである。
だから、どうせなららもう一風呂浴びようと思ったのだ。
一旦目が覚めた以上、今更二度寝しようとは思えない。
おそらく、そうすれば、朝食の時間に間に合いそうにもないからである。
二度寝したら、おそらく次に起きるのはきっと、昼近くになることはまず間違いないからである。
私は、脱衣所に入ると、手探りで灯りのスイッチを探す。
さすがにこんな時間にまで灯りをつけるようなことはしていないみたいである。
明かりをつけると、すぐに帯をはずし、浴衣を脱ぎ、籠に入れる。
やはり冬だけあって、早朝は夜なんかとは比べ物にならないほど、寒い。
いや、冷たいと言った方が正しいか。
肌が空気に触れた瞬間鋭い痛みを感じたのだ。
足先など、既に感覚がない。
私は出来るだけ急いで、中に入ると、さっさと頭と体を洗い、中へと入る。
足先にしびれるような痛みが走るが、逆にそれが心地よい。
窓の外を見てみると、家の明かりもなく、相変わらずの見渡す限りの闇である。
けれど、屋根や道路に新しく積もった雪が月明かりを浴びて淡く輝き、どこか幻想的だった。
できれば、いつまでも見ていたいと思う風景だ。
私は、屋内に掛けられている時計に目をやる。
まだ夜明けまでには時間がある。
まだ、しばらくの間は見れるはずである。
この幻想的な風景を。