第六怪 漆黒の始まり
「一緒の高校に行けなくなっちゃった」
弱々しく微笑んで、夏休みの終わりに彼女は私にそう告げた。
伏せた目が寂しさをより感じさせていた。
みっちゃんは私にとって妹のような存在だった。口数の少ない内気な子だけど、笑うととても可愛い思いやりのある子。
学校が始まり、テストが終わり、そして文化祭の時期が来た頃。
みっちゃんのお母さんが希望した高校に行かせてくれない理由を知った。
バイトが出来ない事、そして高校卒業後にすぐ就職して欲しいのがその理由だったみたいだ。
文化祭も無事に終了した黄昏時。
文句ばかりいう男子2人と他のクラスの女の子、そして私とみっちゃんの五人で図書館に本を返しに行った帰り道。通りかかったコンビニでピタリとみっちゃんが足を止めた。彼女の目線の先には学校の先輩達の姿。その中に、彼女と仲の良い男の先輩が見えた。
みっちゃんはクラス問わず男子から何度も何度もからかわれ、すっかり男子嫌いになっていたけれど、その先輩には心を開いていた。
「あの先輩、落とした荷物を拾ってくれたり、傘を忘れたとき貸してくれたんだ。それにね、廊下ですれ違ったら話しかけてくれたの」
ある日の下校途中で、その先輩の話を彼女は嬉しそうに話してくれた。その時の、はにかんだ笑顔はとても可愛らしくて顔中にその先輩は特別だと書いてあったほど、嬉しそうに笑っていた。
私もその先輩とは一度だけ話をした事があった。
文化祭の準備がまだ慌しい時で帰りが遅く、たまたまその先輩と帰り道が一緒になった日のこと……。
「先輩は遅くまで、どうされたんですか?」
「いやさぁ、美術の課題のオルゴール、先生の提出が終わったから持って帰ったんだけどよぉ。文化祭に出展するのすっかり忘れちまってさ」
「え。どうして持って帰ったんですか?」
「自分流にアレンジしたくてさ。そうしたら……」
先輩が言いよどむので私が目で先を促すと、ガシガシと頭をかきながら苦笑いして、ぶっきらぼうに言った。
「そしたら失くしちまったんだよ。で、さっきまで美術の先生にこってり絞られてたワケ。まったく……だっせぇよなぁ~」
みっちゃんと同じ屈託のないその笑顔を見て、先輩はきっと彼女を大事にしてくれてる。と、なぜだかそう思えてならなかった。どこかガサツだけれど、優しい表情がとても印象的な先輩だった。
だけれど……。
夕闇が迫るコンビニ。店内の明かりが浮かび上がるその前で、友達と座り込む先輩達の会話は彼女にとって最悪なものだった。
「なぁ、なんであんなダサい後輩と仲良くしてんだよ」
「うるせーな、だから言ってんだろぉ。罰ゲームなんだって」
「そうそう、コイツこの前ゲーセンで負けてあのキノ子に10回優しくする事になってんの。この間なんか頭撫でてやったんだよなぁ~」
「ほっとけよ、見てんじゃねー! でもあと4回かぁ。面倒くせーな。」
みっちゃんの髪は近くに住んでいる親戚のおばさんがいつもカットしていた。
何故かいつもマッシュルームカットで背が低い上に目と口が小さい彼女がその髪型にすると、より真っ黒な髪が全体的に大きく見えてしまいとてもアンバランスにうつったのだ。
いつからか、誰かが『光子じゃなくてキノコだ!』と笑いとばしたのをきっかけに、彼女のあだ名は悪意ある「キノ子」になったのだ。
コンビニで笑い転げる先輩達。それを呆然と見つめるみっちゃん。
私がなんと声をかけて良いか分からないでいると、彼女はボロボロと涙を流しそのまま駆け出した。
「待って、みっちゃん!」
慌てて私は後を追った。
彼女を捕まえようと手を伸ばす。
「待ってよ!」
伸ばした手は空を掴んでばかりで彼女に届かない。
おかしい……足は彼女より速いはずなのに何故か追いつけない。それでも必死で追いかけると、見えた先には鬱蒼とした山道の入り口。その山道は神社の裏へと続く階段。あの紅い鬼が笑った場所に続く階段。
「ねぇ、ダメ! そっちに行っちゃダメ!」
一体どうしてなんだろう?
追いかけても追いかけても、何故か追いつかない。
彼 女はどんどん遠ざかる。小さくなって見えなくなる。
お願いだから行かないで! そっちに行ったらダメ!
ねぇ、お願い!戻ってえぇ!!
泣きながら叫ぶけれど、口からは掠れた声すら出てこなかった。
辺りは真っ暗闇。何も見えない。何もない。
「みっちゃん……」
息を切らしながら走るのをやめて辺りを見回す。
やはり何も無い。誰もいない。
「そんな……みっちゃん! みっちゃん!」
暗闇に自分の声がこだまする。
その叫んだ声に応えるかのように、どこからか笑い声がきこえる。
人をあざけったような、嫌な笑い声。
どこから聞こえるんだろうと辺りを見回す。注意深く見回したとき、視界の端に何か捉えた。ゆらゆらと陽炎のように揺らめく背中。
「みっちゃん?」
呼びかけるが返事は無い。駆け寄って「ねぇ」と呼びかける。
声にびくりと人影が反応しゆっくり振り返った。
振り返ったその顔は鬼の顔をした親友だった。