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妖しい紅  作者: 月猫百歩
籠の鳥
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第五怪 若草色の湯


「お前さん、湯浴みでもしてこい」


 女の人が帰って一言、鬼が唐突に私に言った。

 あまりにも急に言われたので思わず「え?」と聞き返す。


「小汚い雀なんぞ飼いたくないカナ。案内をやるから行って来い」


 鬼が手を鳴らすと籠の外の天井からいくつかの小さな影が降ってきた。

 驚いて飛びのき、その何かを凝視した。


 あ! これは……子鬼だ!


 私の膝くらいの身長にギョロリとした大きな目。

 緑色の手足は骨のように細く、お腹は太鼓みたいに丸く出っ張っている。

 腰には気持程度にしかない布が巻かれていて「きぃきぃ」と古いドアが鳴る様な小さな声で鬼に挨拶し、頭をたれた。


「お前さんら、魚どもに湯浴みの用意をさせろ。あとそうだナァ~。着物も用意させるように伝えろ」


 子鬼達は頷くと籠の出入り口で整列し赤い鬼が籠から出るのを待った。

 鬼は籠から出るとうんと伸びをしてこちらにくるりと向きなおる。


「さ、早くソコから出て子鬼の後についてイケ」


 私はよろめきながら立ち上がると籠から出た。

 子鬼はそれを確認すると小走りで襖の方へと走っていき「こちらへ」と私に手招きをした。




 脱衣所に到着して一人になったところで、ふと、こんないつ何が起こるか分からない所で無防備(とは言っても服を着ていても同じなのだろうけど)な格好をするのには些か抵抗があった。どうしようかとモジモジしていると


「はよう……お入りぃ……」


 喉がつかえている様な低い声が背後から聞こえ、思わず叫び声をあげる。

 後ろを振り返ると魚の頭をした浴衣姿の人物が目に入った。

 腰を抜かして口をパクパクさせている私を見て、ゆっくりと手に持っていたカゴを私の手前にそっと置いた。

 

「紅の鬼様のぉ、お屋敷でぇ、勝手な行動をとる者はおりません……。安心してぇ……入られると宜しいかとぉ……」


 淀んだ目を私に向けてそう言うとノソノソと歩いて脱衣所から出て行った。はぁーっと思わず安堵の息を漏らす。一体今のは何だったんだろう。

 ともかく、今の魚(それとも魚人?)さんの話を聞いても安心できなかったけれど、このままモタモタして鬼の機嫌を損ねるのも良くない。それに『小汚いのは飼わない』と言っていたから、もし入らなければそれこそ酷い目に遭わされた挙句、喰われてしまうかも。

 その考えにぞっとして慌てて制服の上着を脱いだ。

 もう二度と学校に行くこともないんだろうなと、しんみりしながらも黙々と脱ぎ、丁寧にたたんで足元のカゴにそっと入れた。


 脱衣所の奥にある龍が彫られた大きな引き戸。

 これがお風呂の入り口なのかな?

 やや重い引き戸を両手で開けて中を覗き込んだ。


「うっわぁ……すごい露天風呂!」


 目の前に広がる光景に思わず声を漏らしてしまった。

 向こうに見える手入れをされた和庭園には優しい光を放つ灯篭に立派な松の木。岩と言う岩は鏡のようにスベスベしていて黒曜石のよう。

 温泉の中央には本物そっくりの白虎の石造がとめどなく口から温泉を出し、瞳は猫の目をした宝石がはめられている。

 漆黒の空を見上げると線香花火のような妖しくも美しい満月がこちらをぼんやりと見下ろしている。

 風が通るたびに踊る湯気の中を進み岩風呂へと恐る恐る近寄ると若草色をした温泉が見えた。あまりにも濃い色だったので少し躊躇したが、手でお湯をすくい身体にかけて、ゆっくり身体を温泉に浸からせた。

 いざ温泉に浸かれば恐怖心が和らぐものだ。

 しばらくの間、何も考えずにただ大きく息を吸って吐き出すのを繰り返した。


 身体が温まってきたせいか睡魔がゆっくり頭の中に忍び足でやってくる。

 そういえば今は何時だろう?みんなどうしているのかな。うとうとしながら、元の世界の事を思う。

 今頃みんな心配しているのかな。

 みっちゃん達は無事に帰れたのかな。

 様々な事が思い浮かぶも、次第にまぶたが重くなり、それに任せて目を閉じる。思考がだんだん遅く鈍くなってゆく。


 呼吸もだんだん深いものになり、ついに睡魔は私をとらえたようだ。

 意識は深いところへ深いところへと沈んでいった。





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