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妖しい紅  作者: 月猫百歩
籠の鳥
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第四怪 金と黒


「あらん。こちらにいらしたのぉ?」


 ねっとりとした声が聞こえたと同時に籠の向こうにある襖がゆっくり開いた。

 格子に負けないぐらい白い手が見える。それがぬるりと襖から離れると、金と黒が印象的な、煌びやかな遊女が現れた。

 まぁ、遊女と言っても映画や漫画で見たくらいなので目の前にいる女性が本当にそうなのかは分からないけれど。

 それにしてもなんて気持ちの悪い声なんだろう。一瞬にして鳥肌が立つ。


「鬼さんが籠に入っている姿なんてぇ」


 ふふっと笑い「なかなか見れない絵よ」と付け加えた。

 応えるようにひらりと紅い手が揺れると鬼は相変わらず上機嫌で彼女に笑みを向けた。


「おぉ、蜘蛛の姫さんじゃぁないか。久しいナァ~」


「鬼さんちっともいらしてくれないから、寂しかったわぁ」


 しなりと身体をよじらせて籠に近づく。

 金色の空に黒い雲が漂っている着物の絵柄。よく見ると妖怪が人を襲ったり、それを見て笑っている鬼が描かれていた。

 なんて悪趣味な着物なんだろう。この女の人も物の怪なのかな。

 大きく後ろで二つに結われた漆黒の髪に、桃色の羽が左右に飾られ、飴色をした八本のかんざしは蜘蛛の足のように広がっている。


「あらん。なんて美味しそうな人の子なのかしらん」


 そのセリフに私は思わず絶句した。 その悲鳴を表すために、ぜひ「え」に濁音をつけて頂きたい。

 じろじろ見てしまったことを不快に感じたのか分からないが、笑みを浮かべてはいるが、白目部分が段々と黄色くくすんだ色に変わって行き、文字通り獲物でも見るかのような眼を私にむけている。

 硬直した私をよそに鬼が「そうだろう」と自慢げに話した。


「この籠をもらってナァ。入れる雀を探していたんダ」


 ガシリと首根っこを掴まれた。……あ、熱い!

 火傷するほどではないにしても、カイロをグッと押し付けられたかのようだ。私を掴んでいる手が、人の体温とは比べ物にならないほど熱い。

 さっき顔を掴まれた時はなんでもなかったのに!

 ながく触られたら低温火傷でもしてしまうんじゃないのだろうか。


「ねぇん。この子、私にくださらない?」


 嫌な汗が背中をじっとりと濡らした。

 首の熱さよりもこの女性から感じる絡めるような視線のほうが怖い。


 嫌だ。食べられたくない!


 反射的に心の中で叫ぶ。

 鬼はむぅと唸ると怪訝そうな顔で彼女を見返した。


「だってお前さン。男しか喰わんのだろう? コイツを貰ってどうするんダ?」


 ……え、そうなの?


 その言葉を聞いて少し安堵する。この遊女に喰われる心配はなさそうだ。その点に関してはこの鬼より安全かもしれない。しかし次の言葉に完全にその望みは絶たれた。


「ワタクシだって、たまには柔らかい お肉を頂きたいのよぉ。お願い、鬼さん」


 ぬめりと白い指が籠の中の鬼へと伸びた。

 鬼の足の甲に白い手が這うように撫でる。鬼は特に嫌がりもせず、私の首を放し、盃を咥えてまたむぅと考えをめぐらす。


あぁ、やっぱり。


 淡い期待がしぼんでいくのを感じる。

 ここでは人間は遊び道具兼、食料でしかないのだろう。例え運よく食べられなかったとしても、殺されてしまう可能性だって十二分にあるのだ。

 女性は艶っぽい声で格子にもたれ掛かり囁いた。


「だってね、鬼さん。このまえ天狗さんのところで美味い人の子が宴で出されたそうよ。最近出される人の子は良い物を食べてるせいか、大変美味だそうで」


「ほほう。それは良いことダ。昔は骨と皮ばかりで不味いのばかり出回った時期があったからナァー」


「それに人間を飼うのも、それはそれは大変みたいよぉ。前に狒々(ひひ)が人の子をさらって 飼っていたみたいなんだけれど、うるさくて我慢できずに食べてしまったって言うしぃ鬼婆さんは面白がっていじめ過ぎちゃって、人の子が鬼になって困ってたみたいだしぃ」


 鬼はそれを鼻で笑うと、盃をグイッと私に差し出した。

 しかし私はそれに気づかず真っ青になり震え上がっていた。


「奴等は飼い方が下手なだけダ。第一飼いならすなんて柄じゃないだロウ? 物事を楽しむなんてこと、出来るとは思わなんだ。……おい、酒だ」


二人の会話を聞き、完全に思考が麻痺したようで何も耳に入らない。



 ……食べた?

 いじめ過ぎて鬼になった!?

 一体どういうこと!?


 いい加減この状況に耐え切れなくなり、瞳からまた涙が零れた。

 手も身体もガクガクと震えてのどが詰まる。心臓がドクドクいっている。


いつ酷い目にあうんだろう?

いつ弄られるんだろう?

いつ死ぬのだろう?

いつ喰われるのだろう?

もういっその事、発狂したい!


 本当に今更、私は今いる世界に対して強く恐怖し、絶望した。


「かわゆいのぅ」


 くつり。薄い三日月の口が笑った。引いた紅から鬼とは違う、これもまた三日月のような牙が覗く。

 音もなく遊女は立ち上がり凛と背筋を伸ばした。


「鬼さん、おねだり聞いてもらえないみたいだからワタクシ帰りますわぁ」


 踵を返した遊女にひらりと紅い手を振り


「おぉ、おぉ。すまないナァ土の姫さん。そのうち埋め合わせをしようカナ」


 鬼の言葉に「えぇ」と頷き襖に手をかけて、ふと何かに気がついたように女性は肩越しに鬼に言った。


「それと。人の子と言えど、飼っているのなら身だしなみは大切。そんな低俗な服なんて剥いで、上等な召し物でも与えてくださいまし」


 ズルリと粘着質のある声と共に、襖の向こうへと、彼女は消えた。

 鬼はそれを鮮やかな深紅の瞳で見送った。




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