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妖しい紅  作者: 月猫百歩
籠の鳥
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第三怪 白竹の鳥篭

 後悔なんてしていなかった。

 少なくとも友人達は元の世界へ逃げられたのだから。

 みっちゃんも……彼女もきっとそのほうがよかったと思う。

 これ以上、辛い目に遭うことは無い。あんな辛いことが立て続けにあったんだから。

 

 先ほどから何度もそう自分に言い聞かせ、なだめていた。

 未だに震える手。それを胸に抱えて深呼吸を繰り返した。

 頭は驚くくらい落ち着いている。だけど身体は意に反して震え続けていた。


「憂いているのカナ?」


 突然かけられた声にハッとして顔を上げる。

 相変わらずニヤニヤ笑う鬼が一匹。


「……」


 私はその姿を見るや否やフイッと顔を背けた。

 正直あれから友達や、家族や将来の夢とか、色々考えてしまって泣きそうに何度もなった。でもこの鬼の前で泣いたりしたら大喜びする事間違いないだろう。

人の悲しみや苦しみが大好物な鬼のことだ。私がここに閉じ込められてメソメソ泣いているのを眺めて酒の肴にでもするつもりなんだ!

 しかし……だからと言って泣かないなら喰ってやれ! というのは勘弁して欲しいところなのだけれど。


「ご機嫌斜めなのカナ?」


 竹がしなる音が背後ですると、この『鳥篭』に鬼が入ってきた。

 十畳ほどの和室には雀が隠れ鬼をしている絵が描かれている襖に淡い儚げな光を放つ灯篭、奥には三畳ほどの白い和鳥篭が置かれていた。もちろんその鳥籠の中に居るのは鬼と契約した私だ。


「私をどうする気なの? 私なんか食べても美味しくないと思います」


 震える手を隠しながら努めて丁寧に言う。

 また先ほどの形相を見たいなんて思わなかったし、何より怒らせて酷い目に遭うのだけは避けたかった。

 しかし自分の意見はしっかりと伝えておく。


「いやいや。食べるのは今のところ遠慮しておこうカナ」


 私が怯えているのを悟ってか、薄ら笑いを浮かべながらズルリと赤黒い舌で口の周りを舐める。

 “今のところ”

 爛々としている鬼の目に思わず身体が強張る。

 鬼は勢いよくその場に座ると、私にお酒の入った入れ物を押し付けた。


「酌をとりナ。今日はそれで勘弁してヤル」


 腰に下げた皮袋から大皿ほどの盃を取り出した。おずおずと酒を受け取り、その漆塗りの大盃に注ぐ。

 お正月の時に親戚にお酌をして回ったことがあったけど、まさかこんな所で役に立つなんて……。

 これくらいで穏便に済むのなら安いもの。早く帰ってくれることを祈りつつ黙って従った。


「良い籠だロウ? 特注品らしくてナァー」


 上機嫌に注がれた酒を飲み干し、注げと言わんばかりにまた盃を乱暴に差し出す紅い鬼。勢いあまってコツンと酒瓶に盃が当たる。


「良い竹を使っているみたいダ。感触もいい」


 酒を注ぎながら、横目で骨のように白い格子を撫でている鬼を見る。

 赤黒い髪に赤銅色の肌。屈強な身体に走る朱色の模様。口端からのぞく真っ青な牙。だらしなく胸元を開けている緋色の着物。

 自分が赤鬼だと強調しているのだろうか。

 赤・朱・紅ばかりだ。そして何より紅いのが……


「何を見ているのカナ?」


 ハッとして顔をすぐに逸らす。

 どうにもあの紅い瞳が苦手でしかたない。目が合うと身体がすくんでしまう。

 吸い込むような、射抜くような、怪しい瞳。

 クッと鬼が笑むと無色透明の液体を赤い口に流し込んだ。


「上酒だナァ~。実に美味いっ」


 空いた盃にまた酒を注ぐ。

 そんなに大きな酒瓶でもないのに注いでも注いでも無くならない。

 牙の間を酒が通り過ぎ、空いた盃にまた酒を注ぎ、赤い口に酒が吸い込まれ、また盃に酒を注ぎ。


 酒が消え、酒を注ぎ


 酒が消え、酒を注ぎ……



 こんなにガンガン飲んでも平気なのだろうか。酔った勢いで酒のつまみにされたら堪らないのだけれど……。

 ハラハラしながら飲む速さを加速する鬼を見つめる。よほど機嫌がいいようで、鼻歌まで歌いだした。


「あ、の……」


 鬼の目が虚ろになりだしたころ、勇気を振り絞って声を出した。

 鬼は聞こえていないのか、宙をとろんとした目で見つめている。

 口からはだらしなく真っ赤な舌が犬のように垂れて、恍惚とした表情を浮かべていた。

 意を決してもう一度、既に消えかけている勇気を捻り出す。


「あの、もう、お休みに……なったほうが」


 よろしいのでは、と言う言葉は一瞬にして鬼の掌へと消えた。

 何が起きたか分からなかった。気がつくと顔の下半分は鬼に鷲掴みにされ、その大きな手は耳まで届いている。

 鬼は顔をゆっくり、ねっとり、こちらへ向けた。

 

 後悔した。


 何も言わなければ良かった。

 このまま喰われるのだろうか。それとも殺されてしまうのだろうか。

 何も読み取れない表情。しかし相変わらず焦点の定まらない深紅。

 手足は動き方を忘れたようだ。私は震えるのも忘れ、身動き一つせず涙を零した。

 ズルリと生暖かい真っ赤な舌が目元を這い回る。まるで生きているみたいに。

 顔を掴んだ手はズルズルと下げられ、人差し指を私の唇へと押し付け意地悪に笑った。


「お客さんのようだネ」


 ちらりと向こうの襖を見据えた。





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