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妖しい紅  作者: 月猫百歩
常闇の庭
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第十五怪 白い幻惑

 鉛のように重い体に鞭を打ってひたすら砂利の上を歩く。久しぶりのスカートで足下がスースーする。もちろん下着無しよりはずっと良いんだけれど。

 砂利道の脇に咲き誇る木蓮の白い花が、闇夜に浮かび上がり、心なしか道が明るくも感じる。お花見の夜桜を見たときも綺麗だと思っていたけれど、前に紅い鬼が見せてくれた梅同様、他にもこんなに闇に栄える花があるんだと改めてそう思った。


「平気か?」


 すぐ前を歩いていた紅い鬼が振り返る。黒地に紅葉の着物が闇夜に浮かぶ。


「大丈夫です。ところで、どこに行くんですか?」


「河原」


「河原? 魚でも釣るんですか?」


 鬼が魚釣りする姿なんて想像できない。もし魚を獲るとするなら、熊みたいに手でバッサバッサと捕獲する画しか思いつかない。思わずこっそり口に含みながら笑ってしまう。


「友人に会わせてやるのさ」


「え!?」


 叫んで、ぴたっと足を止める。

 友人ってみっちゃんのこと?


「今からですか? な、なんでもっと早く言ってくれないんですか! それに時間がかかるって言っていたじゃないですか」


「お前がずっと眠っている間に準備が整ってナ。起きていたってどうせ何もやることないだろ?」


「そんな無茶苦茶な……って、私そんなに寝ていたんですか?」


 それだったらこんなに体がだるいのも理解できるけど……。

 正確な時間がわからないから、その準備というのにどれだけ掛かったのか知りようがないし、どれくらい眠ったかなんてもっと分からない。

 どれくらい眠ったらこんなに体が鈍くなるんだろう。

 

「疲れが溜まってたんだろ」


「だからってそんなに寝れないですよ」


 困惑している私にニヤっと笑って鬼はまた歩きだした。

 なにそれ。馬鹿にされた気がして、その背中をむっと睨みつける。 

 でもこれからみっちゃんに会えるんだ。いきなりっていうのもあってなんだか実感がない。

 鬼との契約が完了したらどうなるんだろう。ここにいる間も色々呪いみたいなのをかけられていたいだし、それが一気に自分の身に降り懸かってくるのかな。

 やだ……こわい……。

 恐怖を飲み込んで喉が鳴る。


「どうした?」


 肩越しに鬼が振り、こちらに紅の瞳をむけてくる。その目を見て、一瞬縋りたくなる衝動が起こるが、次の瞬間には罪悪感と嫌悪感に責められた。

 何を考えてるんだろう私……。


「何でもないです。みっちゃんになんて言おうか、考えていたんです」


「そうか。よ~く考えればいいカナ」


 本当になんてことを考えてるんだろう。しっかりしないと。嫌なことをいくら思い浮かべたって実際にどうなるのか分からないんだし、余計なことを考えるのはやめよう。


 しばらくお互い無言のまま木蓮に挟まれた砂利道を進んでいくと、目の前に道を阻むように急な土手が現れた。これだけ急なら立って行くのは難しそう。手で這っていくしかないみたい。もしかしたらこういうことを想定して制服に着替えさせてくれたのかな。


「鈴音。こっち来い」


 ヒラヒラと紅い手が手招きする。


「ずいぶん急な斜面ですね。上るの大変そう」


 鬼の傍らまできて鬼が素足なのに気がつく。赤銅色の肌が砂利に浮かび上がって不気味に写る。それはそうと、足の裏が痛くならないの? よく不健康な人が素足でデコボコしたところを歩くと痛いって言うけれど。……鬼は健康なのかな。


「そら、もうちょっとコッチに来い」


「もっとですか?」


 今でもかなり近いんだけど、さらに鬼の真横まで近づく。腕を伸ばさなくても鬼に触れるほどの距離だ。


「じゃぁ行くとスルか」


「どこに……っ」


 言うと同時に私を米俵の様に担ぎ上げ、驚き悲鳴を上げた私を無視して土手をどんどん上っていった。遠ざかる地面と高さにスーっとお腹のあたりが冷える。


「次は下るゾ」


「ふぇ?」


 揺れる視界に酔いながら聞き返すが、すでにその頃には浮遊感を覚え、悲鳴を上げる前にドスンとした衝撃が体を突き抜けていた。


「さぁ~着いたカナ」


 地面に降ろされるが私はその場で屈み込んだ。

 だっていきなり担がれたり飛び降りたりするんだもん。あぁ、目が回る。


「まだ着いてないみたいダナァ。ここらで待つか」


 屈み込む私の隣に鬼が腰を掛け、私にも座るよう促した。私は何度か深呼吸してから、鬼に促されるままその場に腰を下ろした。


「鈴音、そこじゃ痛いダろ。俺んとこに座れ」


「イヤです」


 未だにクラクラする頭を押さえながら即答する。少しだけ鬼が怒るんじゃないかと横目で盗み見るが、鬼はいささかムッとしただけで、すぐに遠くをぼんやり見つめ始めた。

 鬼が見た先に私も顔を向ける。大きな河が黒い水の流れを速くさせて、水面を蛇のようにうねらせていた。


「あ……白い、月」


 川の向こう側に真っ白な月が穏やかに上っていた。こんな不気味な世界には不釣り合いな、雪のように白い満月がこの河原一帯を照らしていた。

 月を眺めた後に川を見てみるが、黒い川はそれを映したりはしないでいる。どこまでも河は真っ黒だった。


「騙されるなよ」


 白い月を見ていた私に、鬼が低い声をかけてくる。


「何がですか?」


 鬼のどこかピリピリとした口調に私は眉を寄せた。


「あの月は嘘カナ」


「嘘?」


「そうダ」


 あの月は本物じゃないってこと? でも、それにしたって見事だわ。みればみるほど綺麗な満月。優しい穏やかな光。


「白い月に黒い河カ。腹黒いアイツにぴったりな風景ダ。イヤらしいナァ~」


 嫌味ったらしく言いながら大きくのけぞり、土手に体を預けるとそのまま目を閉じた。

 アイツ? 誰のことを言っているんだろう。私は首をかしげてしばらくぼんやり河原を眺めていたが、ふとある事を思い出した。


「ねぇ鬼さん。腕にあった灰色のことなんですけど、さっき見たら消えてたんです。どうしてか知ってますか?」


 鬼はそのままの姿勢で、目を開けることなく応えた。


「俺の鬼火を移したろ?」


 私はこくりと頷きながら『はい』と返事して、先を促す。


「それを俺に戻すついでにお前に溜まった妖力を吸い取ったんだ」


「ようりょく?」


 少し鬼は身じろぐと、気だるそうに説明し始めた。


「この世界は妖の気配で溢れていてナ。普通の人間がいるとそれに浸食されて一部肌の色が変わる。魂に繋がる瞳に色が全て行き着けば俺たちの仲間入りに一歩近づくカナ」


「じゃ、私もう少しで妖怪になりかけていたんですか?」


「肩までだからまだ猶予はあったカナ。まぁだが、ただそれだけじゃないぞ。妖力が馴染み始めるとなにかしらの神通力が身に付くこともある。身に付かない奴もいるガナ」


 ということはもしかして。

 何度か私の視点とは違う感覚が何度かあった。それが私が身につけた能力だったんだ。……あんまり役に立たなかったけれど。

 あれ? でも待てよ。


「鬼さん初めに肌の色が変わるだけって言っていませんでした? ここにいるなら特に問題はないって」


「俺達の仲間になるだけだろう? 問題あるカ?」


「お、大ありじゃないですか! 妖怪になるだなんてダメじゃないですか!」


「いや完全に物の怪になるワケじゃあナイからな。 問題ないだろう」


 なんて適当な。鬼の言うことはあまり当てにしないほうがいいのかも。


「あとそれと、瞳が紅くなっていたんですけれど、それも常闇の妖力というのに、あてられたんですか?」


「それは俺の鬼火が長く憑いていたせいで瞳の色が紅くなったんダ。完全に俺の妖力に呑まれる前に、俺が肌とついでにとっておいた」


 閉じていた瞼を上げて、ちらっとこちらを見ると口端をつり上げる。


「肌の色が瞳に行き着き、さらに俺の妖力に染まればお前はどんなふうに化けるか興味はあったんだがナァ。いや惜しいことをした」


「そんな勝手な――」


 不意に視線を感じ、口を閉じた。上流の川の向こうから誰かがこっちに向かって歩いてきている。立ち上がってそちらに注目するが、それでもよく見えなくて目を細める。

 闇の中をのろのろと何かを引きずりながら向かってきている。もしかしてみっちゃんかな?


 緊張と不安で落ち着きなくその影を見つめていると、ようやく月の明かりが届く場所に来たところで、その姿が見えてきた。

 そしてはっきり誰だと分かったとき、私の中の恐怖心がまた体を奥底から揺るがした。


「鬼さんっ!」


 ほぼ悲鳴と同様の声を張り上げて、すぐそばで目を閉じている鬼の腕を揺さぶった。


「鬼がっ、あの般若の鬼がまたっ」


「ん~?」


 のんきな返事をしている鬼はちらっと片目をうっすら開けてその影に視線を投げた。

 濃い黄色の二本の角が暗闇から現れ、あの時と同じ顔で月明かりに照らされながら、なにかをズルズルと引きずりながら歩いてくる。


 何でこんな時に来るの!?

 

 私達からそんなに距離がないところまでくると、白い月の明かりに照らされて、よりそのおぞましい姿が浮かび上がった。

 私はその光景を見て過去に経験したことがないくらい血の気が引いた。一瞬息をするのも忘れて、目の前の様子に呆然となった。

 真っ白な月明かりの下で、あの時私を襲った鬼女が、ぐったりとしたみっちゃんの体を引きずってそこに立っていたのだった。





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