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妖しい紅  作者: 月猫百歩
常闇の庭
33/40

第十二怪 紅に伏す

 


 火照った体に、暗めの赤に大輪の花が咲く着物で包まれる。土や汗で汚れた体と髪は今ではすっかり綺麗に洗われて気分も良くなる。

 できればもっと露天風呂でゆっくりしたかったのに。せめて鎖無しで入らせて欲しかった。

 私の逃亡を防ぐためとか言って鬼はお風呂に入れるのを許す代わりに、囚人を繋げる鎖を私の片手に繋げた。逃亡しようと思ってした訳じゃないんだけど。でも、それでもあの広い豪華なお風呂に入れたのは有り難かった。以前入った時と違って、お湯はミルクのような色をしていて柔らかなお湯だった。

 身体と髪を洗ってお湯に入り、五分もしないうちに小鬼から出ろと合図がきた。もう出ないといけないの? と顔をしかめていたら、子鬼が入るぞと言わんばかりに入り口を叩いてきたので、渋々お湯から上がることになったのだ。

 


 あの時と同じように、着飾りを終えて鏡の前に座らされる。

 その時、鏡に映る自分の瞳をみてぎくりとした。

 

 なんで、紅いの?


 鬼の瞳には劣るにしても、目を動かす度にきらりと紅く光る。まさか。慌てて左腕を捲くり上げ肌をみた。薄い灰がかった桜色に染まっているはず腕は、元の日本人特有の黄色みを帯びた肌に戻っている。しかしもっと腕を捲くり上げると肩の近くにまで色が移動していたのだ。

 

 これ、なんなの? どうなっているの?

 

 怖くなって捲りあげた裾をゆっくり戻した。

 鬼の契約と何か関係があるのかな。そういえば誰かが妖怪に飼われた人間が鬼になったって言っていたし。その考えにぞっとして鳥肌が立つ。

 私も鬼になるの? 人間じゃなくなる? 

 ……。

 もしかして、みっちゃんにもこの契約をあの白い鬼としているんじゃ……。

 紅い鬼はみっちゃんに会うにしても帰すにしても時間がかかると言っていた。でも、それって本当? なにか時間稼ぎをしているんじゃなくて? どうして時間が掛かるんだろう。

 

 もう待てない。

 たとえ今すぐに行動できないとしても、知ったとして何も出来ることがないにしても、どうしても知りたい。

 子鬼が髪を結い上げ顔に薄い化粧を施される。後ろから両方のこめかみを押さえ、顔を上げさせられた。鏡に映る自分の表情はぎらぎらと瞳を煌めかせ固く決意したものだった。

 もう曖昧なことはいらない。鬼に聞こう。すべて分かってすべて終わるのなら、今ここで契約を完了してもかまわない。

 支度をしていた子鬼たちが離れると、私は誰に言われるまでもなく立ち上がった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 襖を開けると、鬼はちょうど酒を飲み干しているところだった。子鬼が私の腕にはめられた鎖を解くと、静かに後ろに下がっていく。

 畳の上をするすると着物を引きながら鬼の前に座る。そして両手をついて頭を下げた。


「お前、なにも食べていないダロウ?」


 鬼が立ち上がる音がすると、まもなく私の前に少し乱暴に善が置かれた。視界の上の方に黒光りした足が二つ見える。


「食え。痩せこけた奴を飼っていたって仕方ないカナ」


 はじめはろくに食事を与えてくれなかったのに、何を今更なことを。下を向いたまま私は口を尖らせたが、顎に何かが振れ、急に視界が上に向いた。


「下向いてないで、さっさと食え」


 鬼はそう言って私の顎から紅い指を離した。目の前には豪華な食事。色鮮やかな平皿や小鉢には新鮮な魚や、細かいところまで細工された野菜や煮物が乗せられていた。

 私は一度大きく深呼吸し、ぐっと膝の上にある両手をつよく握った。


「鬼さん。お食事の前に良いですか?」


 視線は紅い鬼に向けていない。視界に映るは極彩色の食べ物。しかし私はそれを見ていなかった。全神経が紅い鬼に向けられている。

 唇をかんで、鬼の出方を待ったが何も聞こえなかった。私はそれを承諾したと解釈して、また深呼吸すると切り出した。


「すべて話して下さい。みっちゃんのことを」


 身体を伝って心臓の鼓動が直接耳に響いてくる。耳の真横に心臓があるような錯覚を起こす。


「だからそれはだな」


「私は今ここで鬼さんと契約を完了しても構いません!」


 鬼の言葉を遮って叫んだ。


「時間が掛かるのはどうしてですか? みっちゃんは本来帰れたはずって、どういうことですか?」


「それはお前に話したって、分からないことカナ」


 また『私には分からない』ですって?

 顔が赤く染まっていき、私は唇が震えるのもかまわず鬼に向かって叫んだ。


「もう、うんざり! 魚さんもみっちゃんも、ついには鬼さんまで! 私には分からないってそればっかり! 話してくれなきゃ、いつまでも分からないよっ!」


 嗚咽を無理に堪えた為に、最後のほうの言葉が上手く出てこなかった。

 紅い鬼は何も言わない。顔を向けていないのでどんな顔をしているのか分からないけれど、禍々しい気配も怒った気配も感じない。ひたすら静かだ。

 肩で息をして身体全体が熱く、目頭から流れ出る雫に気が付いた時、少しだけ冷静さが戻ってきた。私は鼻をすすりながら何度か胸を上下させると、両手をついた。


「今どうなっているのか。みっちゃんはどうしているのか。どうなるのか。それだけで良いです。どうか教えて下さい……お願いです」


 言葉の終わりと共に、畳に額をつけた。

 興奮のせいで身体全体が息をする度に上下する。目を閉じて無心に頭を下げ続けた。


「鈴音」


 静かな、穏やかな紅い声が上からかけられる。目をそっと開けて顔をわずかに上げる。


「まずは食え。話はそれからだ」


 ぼやけた視界に肩眉をつり上げて呆れたような口と表情で、私に顎で食べろと促す鬼が映った。

 上体を起こして、鬼へと顔を完全に向ける。


「お話、聞かせてくれるんですか?」


「食べたらナ」


 気だるそうに言って、その場にごろりと寝そべった。

 話、聞けるんだ。そっか。緊張した身体から力が抜け、はあっと鬼に聞こえないように大きく息を吐いた。それと同時にまだ頬を伝っていた涙が膝の上に落ちる。


「食べなきゃ教えんゾ」


「た、食べます」


 びくっと肩を揺らし、涙の跡を拭くのも忘れて慌てて箸を手に持った。

 本当は食欲なんて吹っ飛んでいたんだけれど、食べ始めればお腹がもっとくれと鳴きつつあったので黙々と食べることに集中する。

 これから話されることを考えてしまうと、箸が止まりそうで、私はただ無心に食べ続けた。





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